二人だけでも
皆を魔物達からの包囲から逃がすために、村長さんは率先して部隊を率いて駆け付けた。奮闘する村長さん達のおかげで、どうにか突破口を見出す事が出来た皆は、そこから逃げる事が出来た。だけど魔物の追撃は激しく、仲間は大勢殺される事になってしまう。少しでも皆を逃がすために深くまで入り込んだ村長さんだけど、そこを魔物に襲われて怪我を負ってしまった。全身のあちこちを刺され、体を潰され、もう内臓がろくに機能していないらしい。
「よくやったね、シズ。あんたがいなけりゃ皆災厄にやられて全滅だったみたいじゃないか……」
そんな状況だというのに、村長さんは笑って私を褒めてくれる。
私はゆっくりと、村長さんに近づく。
私の親は、別れる間もなく私の前からいなくなってしまった。あまりにも突然の事で、何も感じる暇もなく、ただただ時だけが過ぎていって気づけば私は自分の殻に閉じこもるようになった。
でも村長さんは今生きていて、まだ時間がある。
「わ、私は……まだ、何も出来ていません。これからもう一度、災厄を倒しにいかないと。そ、村長さんにも一緒に来て……ほしいです」
「ああ、そうだね。アタシ達は確かに負けたけど、まだ生きている。まだ、グレイジャが視た未来は訪れていない。ここからが正念場だよ……。シズ。アタシの手を握っとくれるかい?」
「……」
私は言われた通り、ベッドに横たわる村長さんの手を握った。
……冷たい。冷たすぎて、怖い。でも私が握ると、村長さんも少しだけ握り返してくれた。
「アタシはね、もう十分すぎるくらい生きた」
「ま、まだ……まだです。村長さんには、もっといろんな事を教えて欲しい、ですっ」
「……楽しかったねぇ。アンタとリズリーシャがアタシの村にやって来て、それからまるで昔に戻ったみたいに冒険をして……遠い過去に置き去りにしてきたはずのものを、シズとリズリーシャが思い出させてくれたんだ。本当に、感謝してるよ……」
「そ、それは私の台詞です!私の方こそ、村長さんに凄く感謝しています!私、私……本当に、村長さんの事親みたいに思ってて、この人の娘になら本当になってもいいかなって思ってましたっ。村長さんの事……最初はちょっと苦手意識を持ってたけど、村長さんが褒めてくれると嬉しくて、村長さんのご飯は凄く美味しくて、村長さんが傍にいてくれると安心できて……だから、お願いだから死なないで……!」
私は村長さんの手を握りながら、祈るように声を振り絞ってそうお願いをした。
途中から、自然と目から涙が溢れ出ていたようだ。私の涙はとどまる事を知らず、ベッドに落ちてシミを作ってしまう。
「すまないねぇ。こればっかりは、もうどうにもならないみたいだよ……。本当に、ごめんねシズ」
そう言うと、村長さんは残った力を振り絞るかのように私と繋いでいた手を動かし、私の頭の上に手を置いた。
心地いい。まるで、死んでしまった私の親にされているかのように、暖かい気持になる。そんな事をされると更に涙が溢れてしまう。とめるつもりもないけど、とまらない。
「辛気臭い話はここまでにしとこう。シズはこれから、どうするつもりだい?」
突然、村長さんが話を切り上げた。
私にとっては辛気臭い話だろうがなんだろうと、村長さんともっと話をしたい。村長さんに、もっと私の気持ちを伝えたい。
けど村長さんはもっと別の話をしたいらしい。
「……」
私は涙を袖で拭き、それから村長さんを精いっぱい力強く見返す。それでも涙は出て来たけど、村長さんの問いに答えなければいけない。
「私は、災厄を倒します」
「バカな。貴様、災厄に負けた事を忘れたのか?忘れたのなら教えてやる。貴様等は災厄に負けたのだ。負けた結果、多くの仲間を失い、その人間も瀕死の重傷を負って今まさに死へと向かっている。もう一度言うが、貴様等は災厄に負けたのだ」
私の発言に噛み付いてきたのは、ランギヴェロンだ。
彼女が辛辣な言葉で、私達と災厄との戦いの結果を教えてくれる。
「災厄を倒す方法が、分かりました」
「今がそう言って災厄に挑んだ結果ではないのか。貴様も見ただろう。不死たる者を倒す方法はこの世に存在しない」
「その昔、黒王族がどうして不死の力を失ったのか知っていますか?」
「知らん」
「黒王族の王様が、黒王族の皆からその力を奪ったから、です」
「それと災厄とどう関係があるという。……いや、災厄のあの角はシズにもついている黒王族の物に似ていたな」
「災厄は、黒王族の王様が変化してしまった物です。黒王族の王様は、争いばかりの黒王族に愛想をつかせて彼等から不死の力を奪ったんです。その結果、死んだ皆から呪われて今の状態になってしまいました」
「災厄の正体は、黒王族……」
リズが神妙に呟いて、私がもたらした情報を繰り返した。
「だとして、どうなるというのだ。そもそも貴様はその事を知っていて今まで黙っていたのか?」
「ち、違います。災厄との戦いで災厄に飲まれてしまって……そこで黒王族の王様と少し話す事が出来たんです。そして私に、そう教えてくれました」
「夢か幻でも見たのではないか?」
「ち、違います。たぶん……。でも黒王族は何か不思議な力で繋がっていて、それでクシレンと話す事が出来たんだと思います」
「クシレン、ですか……」
イデルスキーさんが、何か思い当たる節があるみたいでその名を呟いた。リズやランギヴェロンも、その名を聞いてはっとした表情を見せている。
どうやら、皆クシレンの名前の事を知っているようだ。
「確かに、クシレンとは伝え聞く黒王族の王の名だ……」
「シズは異世界から来て、これまでその名を知る機会はなかったはずです」
「かといって、シズが本当にクシレンと話したという証拠にはならんだろう。どこかで知る機会があったのかもしれん」
「……シズがそう言うんだ、ランギヴェロン。信じてやっとくれないか」
「し、信じてください」
村長さんが、消え入りそうな声でランギヴェロンにそう言ってくれた。
私は嘘を言っている訳ではなく、クシレンとの会話も現実の物だったという確信がある。
信じてほしくて、私もランギヴェロンに訴えた。
「……いいだろう。信じるかどうかは置いておき、では貴様に問う。貴様は災厄を倒すと言ったな。このような状況になっても希望を捨てず、災厄に挑むつもりか?」
「はい。私は災厄を倒します」
「一人で、でもか?」
「私が一緒だから、二人ですね」
「は、はい。例えリズと二人だけでも、です」
「……」
「はっはっは!」
私とリズがランギヴェロンに答えると、ランギヴェロンは頭を抱え、村長さんは笑い出した。
苦し気だった村長さんが、まさかそんな大きく笑うとは思いもしなかった。そもそも私達はそんなに面白い事は言っていない。笑われる理由が分からなくて、皆もちょっと驚いている。
「聞いたかい、サリア。アタシ達よりも遥かに若いこの子達は、まだまだ諦めちゃいないよ。アンタも下ばかりみてないで、顔をあげて前を見たらどうだい」
サリアさん?この部屋にはいないはずだけど……と、私は周囲を見た。
すると、それはイデルスキーさんの影の中から這い出て来た。それは着物を身に着けた、金髪の美しいエルフのサリアさんだ。
彼女は先の災厄との戦いの中で片腕を失い、片方の袖が空っぽとなっている。
それになにより、顔色が悪い。悪すぎる。まるでこの世に絶望し、全てを諦めてしまったかのような……そう。この顔はまるで、両親を失ったあの時の私のような顔だ。
「……うちのせいで、仲間が大勢死んでもうた」
「アンタのせいじゃないよ」
「皆そう言うてくれるな。でもどうしても考えてしまう事があって……うちが仲間に誘わなかったら、失われる事のなかった命がたくさんある。うちがあの時呼び留めてしまったから、ウプラの命が今ここで失われようとしてる。せめて目標の災厄討伐が達成されとれば、まだ救われたやろう。けど、災厄討伐には全く手が届かなかった……!うちはこの百年間、一体何をして来たんや?全部、無駄だったんか?グレイジャの予言は、嘘だったんか?いや、ちゃう。どうせ何をしたってグレイジャの予言の通りになると思って、きっとうちは驕っていたんや」
サリアさんは、どこかに怒りをぶつけるかのように少しだけ大きく怒鳴っていった。その怒りの矛先は、自分だ。サリアさんは自分に対して怒っている。
けどその怒りは見当違いというか、間違っている。皆はこの世界から災厄を消し去りたくて、何よりサリアさんが好きで、サリアさんについてきたはず。だから彼女の怒りはちょっと違う。
いや、理解できても受け入れられないのか。
彼女にとって、あの戦いは最後の戦いになるはずだった。その中で命を失う人もいるだろうと、予想はしてたはず。だけどそれは災厄討伐という手土産があって、はじめて受け入れる事の出来る犠牲だ。
災厄に負けた今、災厄との戦いに敗れた皆への面目がたたなくなり、結果として彼女は負けてしまったという訳だ。
「あーもう、ぐだぐだと言ってんじゃないよ……!」
村長さんが、突然ベッドから起き上がった。起き上がると、そのままサリアさんの胸倉を掴み取り、サリアさんのオデコに自らのオデコを打ち付けて頭突きをした。
村長さんの身体にまかれている包帯に、更に血が滲んで床に落ちていく。村長さんは、たぶん本来こんな動きを出来るような状態じゃないはずだ。それがサリアさんへの怒りやら何やらが彼女を突き動かしている。
「いいかい!アタシがここに来たのは、自分の意志だ!その結果をアンタに背負わせるつもりなんて全くないし、そんなの他の連中も一緒だ!アンタはこのまま、グレイジャの予言通り災厄を倒す者としての責務を果たしな!幸いにもシズが災厄を倒すための道しるべを示してくれて、希望の光が見えてるじゃないか!腐るのは早いんだよ!でもアタシはね……グレイジャの予言で名が出てこなかったんだよ!災厄を倒すために修行してきたってのに、災厄を倒すのはアタシじゃないって、アイツはハッキリ言ったんだ!でもアンタは違う!アンタは災厄を倒すんだよ!今思えば、アタシが災厄を倒す者の名に出てこなかったのは、アタシがここで死ぬからだったのかもしれないねぇ!アタシがここで死んで、その後サリア達が災厄を倒せば予言通りってもんだろ!でもそんな事はどうだっていいんだよ!いいかい、サリア!とにかくこんな所で腐ってないで、アンタが集めた仲間と、シズ達と一緒に災厄を倒しな!アタシはここで終わりだけど、アンタ達は──……!」
「ウプラ……!」
そこまで言って、村長さんが崩れ落ちた。
その身体をサリアさんが抱きかかえるも、村長さんはまるでそれが最後の力だったかのように、そこで息を引き取ってしまった。
その日は、皆で泣いた。サリアさんも、私も、リズも、ウォーレンもおじさんも、ユリエスティやサンちゃんやハルエッキに、グヴェイルまで泣いてくれて、村長さんと関わりのある人は皆泣いた。
ひとしきり泣いた後は、前を見る。昔の私ならそこで腐ってしまっていたかもしれないけど、今は違う。
私はこの世界で、世界を救うヒーローになってみせる。
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