嫌な予感
目が覚めた。
勢いよく起き上がると、目の前には森が広がっていた。薄暗く、不気味な森だ。
ただ、私が寝ていたこの場所にだけキレイな花が咲いている。森は薄暗く不気味だけど、不思議とここだけはキレイで不気味さを感じさせない。
「……」
ここは、災厄の森だ。
確か私は……災厄に飲み込まれたんだっけ。その後なんか夢みたいな場所でクシレンと出会い、災厄を倒す方法を教わった。
「……夢じゃない」
そう。アレは夢なんかでは決してない。全ては本当で、クシレンが私に言った事は全て事実だ。
私は自分の頭に生える角に手を這わせてみる。
私が黒王族の王になったと、クシレンは言った。私が願えば、黒王族から不死という力が無くなる。そうすれば災厄は不死ではなくなり、倒す事が出来るようになる。
「あ……」
木々の間の向こうに視線を感じ、目をこらしてよく見てみると、遠くに災厄が立っていた。こちらをじっと見つめてはいるけど、今は敵意を感じない。
見返していると、やがて静かに去ってその姿は見えなくなった。
今戦い、全てのカタをつけてもいいのだろうか。
迷う所だけど、今ではない気がする。災厄も今はクシレンの意識が残っているのか襲い掛かって来なそうだし、それになにより身体がちょっとダルい。アレから私の身に何がおき、どれくらいの時間が経過したのだろうか。
そこで思い浮かんだのは、リズの顔だ。ガランド・ムーンの皆の事も心配になり、やはり今は戦っている場合ではないと気づいた。
いてもたってもいられず、私は災厄がいた方向とは反対側に向かって駆けだす。こちらが正しいかどうかは分からないけど、なんとなく勘でこっちのような気がする。
念のため途中で木に登って上から見渡してみると、見覚えのある平原と、イデルスキーさんの家を発見。進んでいた方向とは若干ズレてはいたけど、ほとんど私が今行くべき方向に向かっていたようだ。さすが私の勘。
方向を確認してから、猛然と走って皆の下へ向かった。皆の安否が心配すぎて、どれだけ疲れようと全力で走ったまま足が止まらない。
やがて森を抜けて、災厄とガランド・ムーンの戦いの場となりボロボロになった場所を抜け、平原に静かに佇む建物の近くへやってくるとそこにはガランド・ムーンの面々が集まっていた。皆ボロボロで、怪我をしていたり、怪我をしていない人も酷く憔悴している。
活気もなくて、まるで敗残兵の集まりのようだ。
私は悔しくて、唇をかみしめる。
本当は、こんな事になるはずじゃなかった。災厄に勝って、この世界を災厄の恐怖から解き放って皆で喜びを分かち合う。そんな未来が待っているはずだった。
「──シズ?」
皆の様子を伺っていると、一番聞きたい声が私の名を呼んだ。
声のした方を見ると、彼女は既にこちらに向かって駆けだしており、私は彼女を受け入れるために両腕を広げると、その中に飛び込んで来た。
「シズ……シズ……!良かった、シズが無事で!シズ……!」
全力なんじゃないかという勢いで力強く抱きしめられながら、私の胸に飛び込んで来た人物──リズは、私の耳元で泣きながら私の名を何度も呼んだ。
「リズも、無事でよかった、です……」
私もリズが無事で心底安心した。ほっと胸をなでおろしつつ、熱い抱擁を抱擁によって返す。
「ほう。無事であったか、黒王族の娘。てっきり死んだかと思っていたが、よくよく考えれば黒王族は不死。生きていて当然といえば当然か」
そこへ、金色の長い髪を地面につくギリギリまで伸ばした美しい少女がやって来た。
それはランギヴェロンなんだけど、前に人の姿で話した時とは少し空気感が違う。前はもうちょっと砕けた感じだったけど、今はまるで竜のランギヴェロンを相手にしているかのような威圧感がある。
「き、来てくれて、ありがとう、ございます。でもこんな事になっちゃって……その……」
「謝る必要はないぞ。我はゆりちゃ……オホン。自分自身の威信を守るためにやってきただけだ。竜族の王の娘であるユリエスティが無様にやられれば、我の威信に関わる故にな」
それは絶対に嘘だ。ランギヴェロンはユリエスティを守りたくてやって来てくれただけである。
彼女が来てくれたおかげで、ユリエスティは怪我を負ったものの、この様子では生きているはず。良かった……。
「貴様が殿を務め切ったおかげで、大勢の命が救われた。しかし大勢の命を救った英雄の帰還だと言うのに、この空気をどう思う?まるで葬式のようだとは思わんか?」
「……」
辺りの皆は、ランギヴェロンが指摘した通り静まり返っている。あのバカ騒ぎが好きで、楽しそうに過ごしていた皆とは別人のようだ。
それも無理もない。私達は災厄に負け、大勢の仲間を失ってしまったのだから。負けて仲間を失う前のように、騒がしくなんて出来る訳がない。
「……まぁ、この組織の王たる人物がアレでは仕方あるまいか」
ランギヴェロンがため息交じりに言った。
この組織の、王?
そう言われて思いつくのは、サリアさんだ。サリアさんがどうしたというのだろうか。
「……シズ。ショックかもしれませんが、聞いてください」
私に対する抱擁を弱めたリズが、少し離れて私の顔を見据えて来た。
相変わらず泣いてはいるけど、その涙は私と再会出来て喜んで出ている涙ではない。何かショックな事があり、酷く落ち込んでいる様子の涙だ。
そんなリズを見て、私は嫌な予感がして背筋が凍り付いた。
私は昔、同じように言って来た人を思い出す。あの時は私の両親が死んだと告げられて、私は頭の中が真っ白になってしまった。
「私達は、シズが災厄を押さえてくれている間に災厄からは逃げる事が出来ました。しかし災厄の欠片や魔物達からの妨害に合い、包囲され、逃げる事がままならない状況に陥ってしまいまったのです。追い詰められてしまい、絶体絶命のピンチに陥った所で、後方に待機していた魔族をウプラさんが率いて助けに来てくれました。おかげで逃げる事が出来たのですが……その際にウプラさんが大怪我を負ってしまい、出来る限りの治療は施されましたが……」
シズはそこで言葉を詰まらせ、崩れかけてしまった。慌ててその体を支えた私もまた、崩れ落ちそうだ。
村長さんが、怪我をした?出来る限りの治療はしたけど……その後に続く言葉が恐ろしくて、私は呆然とした。
「早く行ってやった方が良いのではないか?その人物が大切なら、最期に会って貴様の無事を知らせてやるが良い」
「そ、そうですね。こっちですシズ」
最期だなんて、言わないで欲しい。けどもしそういう状況なら、急いだほうがいいのは確かだ。
私はリズに連れられて、慌ててイデルスキーさんの家の前へとやって来た。
「シズ……無事だったか」
家の前にはグラサイが立っていた。
けど、いつものような迫力が全くない。声も小さくて、彼らしくない。
「早く中に入ると良い」
かわす言葉は少なく、そう促されて私とリズは建物の中へと入った。
「シズ……!?お前無事だったのかよ!」
慌てて家の中に入った私に、ルレイちゃんが半泣きで飛びついてきた。でも抱擁は一瞬で、すぐに手が離されて深刻そうな顔を見せて来る。
「魔族の嬢ちゃん……!」
「殿で災厄を引き留めたっていうから、心配したぞ!」
続いておじさんとウォーレンも私を出迎えた。
私を見て嬉しそうにしてくれるけど、皆のその笑顔もすぐに曇ってしまう。
「……お前の無事を確認したら、村長も安心できるはずだ。会ってやってくれ」
「こちらへどうぞ……」
顔を伏せながら、おじさんが涙を零した。
イデルスキーさんは余計な事は一切言わず、訪れた私を部屋の中へ入るように促して来る。その導きに従い、私はイデルスキーさんが開いた扉の中へと足を踏み入れた。
その部屋の中には、ベッドに横たわる村長さんがいた。
「シズ……無事、だったんだね……。良かったよ」
ベッドに横たわる村長さんが、私を見ていつも通りの笑顔で出迎えてくれた。
でも少し視線をズラせば、村長さんの身体にまかれた包帯が目に入る。包帯には血が滲んでおり、怪我をしている様子が伺える。また顔も青くなっており、血の気がないように見える。
村長さんは……生きている。だけど、今にも消えてしまいそうな状態だ。




