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後編

 初めは、美しい美青年――ルーエンスとの二人暮らしに慣れず、アドミラの方から避けていたが、行く手を遮るように彼はどこにでも現れた。


 彼は、墓守の仕事を手伝うだけではなく、塔の掃除や家事を代行してくれている。墓守の彼女が苦手としている遺体の処理も代わってくれるので、アドミラは非常に助かっていた。


 どうすればルーエンスのように、平気で遺体を扱うことができるのか尋ねたことがあった。


 彼はこう答えた。


「僕みたいになる必要はないんだよ」


 長い冬を越した後も、彼の言葉の意味を読み取ることはできなかった。


 ☆


 不気味な程にルーエンスとアドミラの仲は良好だった。喧嘩の一つもせず、お互いに不満もない。


 心に傷を負ったアドミラが楽しく話せる過去は一つもなく、ルーエンスの話にうなずくだけの毎日だったが、彼女は幸福を噛みしめていた。


 ある日、彼の話に一人の女性が登場した。


「僕にはマルガレーテという友人がいて、彼女はまさに、僕の理想の女性だよ。蝶の羽と蜂の腹を併せ持つ素晴らしい美少女だった」


 アドミラは息を呑んだ。マルガレーテという女性に負の感情を持ったからだ。


 震え声でどんな女性なのか、探りを入れる。


「彼女がどんな人か、って? 美しい花には棘がある。まさにそんな人だよ」


 彼は、うっとりとした表情で嬉々とマルガレーテについて語る。その後、アドミラは陰でしくしくと泣いた。


 ☆


 嵐の晩、アドミラはルーエンスの胸に縋り、涙を流していた。


 ルーエンスは眠ったまま、何日も何日も目覚めなかった。


 彼女は顔が隠れるほど大きな布を被り、塔を出た。手がかりを探し求めて、マルガレーテの子孫に会いにいくために。


 アドミラにとって、試練の連続だった――。


 雨雲が星月夜を覆い隠す。暗い夜道をふらふらと歩く彼女を、雨が濡らし、打ちつけた。冷えた風に切りつけられているようだ――。


 町で暮らしている間は、拷問のような日々だった。年中、罵倒され居場所はどこにもない。彼女の家ですら――。


 それでも、彼女は憎き町を目指して歩く。歩き続けた。


 視界が不明瞭なまま歩き続ける彼女の前に、ならず者の男たちが横の茂みから現れた。彼女が心配するのは貞操よりも命。ルーエンスを助けるまで尽きるわけにはいかなかった。


「犯す! 犯す! 犯してやる! 覚悟しな、女ァ!!」


 未知の敵にアドミラは身震いをするだけだった。


 下品な言葉遣いで浅黒く日に焼けた、半裸の男たちが、怯える彼女を笑いながら、距離を詰めてきた。


「なんだこいつ? 変な奴だ。アハハッ。反応がないな。顔を見せろ!」

「……きゃっ!」


 顔を覆い隠していた布を奪われ、醜い顔があらわになる。


「こいつ、すげぇブスだ! ギャハハハハハ――!!」

「ほんと、ちょーブス! ヤバイ! 笑い……止まんねぇ――!!」

「ブスブス、ブース! オイッ! 死ね死ね死ね!! 聞こえねぇのか!? ブス! テメェに言ってんだよ!! ブス! ブス!!」


 彼女は怒りを抑えようと拳を強く握りしめた、爪が食い込む程に。歯が軋む程に。


「ルーエンス……。ごめんなさい……」


 全てを諦めた瞳で暗雲を見つめた。


「アドミラ――――!!」


 雷鳴のように、アドミラの名を叫ぶ声が聞こえた気がした――。


 暗雲を見つめたまま、ハッと目を見開いた。


「なにシカトしてんだ、ブス!」

「やっ、嫌……!」


 長い髪を無造作に掴まれ、ぐちゃぐちゃの大地に顔面を押しつけられ、現実へと無理やり意識を引き戻される。


「ハハハッ! きったな! 汚い顔にお似合いだな! ブス!」

「ざまぁブス! ブス、ブース!!」


 罵倒よりも、彼女自身の弱さに無性に腹が立った。


 わざわざ腰をかがめ、ならず者たちは彼女を囲んで汚い言葉をぶつけてくる。頭がおかしくなりそうだった。


「助けて……。ルーエンス……!」


 泥を握り、土が入った口で彼に助けを求めた。


「ブ、ぐはあっ!!」

「ぐっ、がっ――!!」

「あ、ぎぎぎぎぎ……!」


 突如、ならず者たちが殴られたかのように、苦しみの声をあげ始める――。


「なに……?」


 頭上から聞こえる唸り声に顔を見上げると、そこには浮いた両足があった。ばたばたと泳ぐようにもがいている。


 体を半分起こすと、全容がすこしずつ掴めていく。


 体が浮いたならず者の太い首には、細い指がめり込んでいた。血が微かに流れている。その指は赤く染まって――。


 見覚えのある指に、彼女は自身の目を疑った。


「ルーエンス、まさか、貴方なの……?」


 彼を疑った己の声が疑わしい――。


「お前らは! 僕からまた! 彼女を奪う気か!」


 ならず者の体に遮られた向こうから、怒りに染まった彼の怒声が雨の中、響いた――。


 アドミラの声は、ルーエンスには聞こえていないようだ。


「また、殺し尽くしてやる!」


 ルーエンスの表情を、伺い知ることはできない。アドミラの口から漏れるのは、荒い息だけだった。


「ひっ! 化け物! 化け物だ!」

「やっ、やめろぉ……」


 殴られた箇所や切り傷を押さえて、後ずさりで逃亡を図る者たちもいた。


 ならず者の首を掴む力が強まる。カランと落としたのは血で汚れたスコップ。ならず者を殴って回った武器の正体。


 これが、ルーエンスの……化け物の由来。


「ルーエンス、やめて……!」


 アドミラの制止の声が届いたのか、届いていないのか、そこでめり込んでいく指の震えは小さくなっていく。


「やめてと言われて、お前らはやめたのか!」


 ならず者たちは、無反応という反応で肯定の意を示した。


「ルーエンス……。貴方が一番辛そうだから……。お願いだから、もう、やめて……!!」


 彼の前で必死に隠してきた涙が溢れ出てくる。人の目も気にせず、泣きじゃくる。


「やだよ。アドミラの分際で僕に指図しないで」

「えっ……」


 その声色はとても無邪気で、負の感情に満ち溢れていた。


「貴方のこと、ほっとけない……」

「僕の顔が美しいから?」


 その声と同時に、宙に浮いたならず者がルーエンスの手から解放され落下して、泥にまみれたまま必死に息を吹き返した。


「ルーエンス。貴方、知っていたのね……自分の美しさを」


 その兆しはあった。アドミラは騙されたとは思ってもいない。


 雨に濡れ、髪の毛が張り付いていても彼の顔は美しかった。たとえ、白いブラウスが土と血で汚れていても――。


「ああ。そうだよ。話の続きは、このならず者たちを埋めてからにしよう」


 うん、ともいいえとも言えず、アドミラはずっと座り込んでいた。その間に、大捕物は終わっていた――。


 気づけば、二人でならず者たちの死体を埋めていた。無表情で土を掘り続ける彼に恐怖を感じていた。


 意識は途切れ途切れで――。意識を手放すようにベッドで眠ったのだった――。


 ☆


 アドミラは熱を出してしまったようで、ルーエンスに看病されていた。冷たいタオルが頭に乗せられている。


「が、ルー、エンス……。ありがどう……。ゲホッ!」


 咳もひどく、話すことすら難しかった。


「アドミラ、返事をしなくていいから。どうか、僕の話を聞いてほしい……。君にも関係のあることなんだ。マルガレーテの話はもうしない」

「マ、ル……ガ、レーデ……」


 縋るようにルーエンスの顔を見つめる。


「マルガレーテは君が思うより遥かに性格の悪い女で、強かだった。僕は好きだったけど、恋愛感情はなかったよ。お互いにね」

「よ、がっだ……」


 優しい眼差しでアドミラの頭を撫でた。髪の間を細い指ですかして通り過ぎていく。


「美しいアドミラ。泣かないで……」


 弱って、涙もろくなっているアドミラの目尻に、溜まった涙をすくった。


 アドミラは彼の話を聞こうと、うなずいた――。


 ☆


 ――ルーエンスはかつて、完璧な美しさを鼻にかける傲慢で傍若無人な吸血鬼だった。


 町に出かけた日。町で一番、美しい人間の女と恋に落ちた。心も美しい彼女とは順風満帆で結婚の約束をしていた。


 だが、ある日。彼女は帰らぬ人となった。その美しさと純真さに目をつけられ、町の外で賊に貪られ殺された。


 全裸の彼女の遺体を辱めようとする墓守と、死体の奪い合いになった挙句、墓守を殺めてしまった。


 墓守の死があらわになると、町民たちによって正体が暴かれたルーエンスは、開き直って怯える町民たちにある提案をした。


「醜い女を墓守として寄越し続けてくれたら、吸血鬼は墓守の塔で眠り続けるだろう」


 最愛の人の死に対して、吸血鬼は悩みに悩み抜いて、一つの答えを出していた。


「もし、彼女が醜くて狡猾だったら、死ななかったのでは。殺されなかったのではないだろうか」


 そんな彼の前に現れた、美しく狡猾なマルガレーテ。しかし、女として愛することはできず、墓守の塔で眠る時まで、親しい友人であり続けた。


 いつしか、男の愛は歪んで――醜く狡猾な女を運命の人だと――眠りながら待ち続けることになった。


 墓守の塔に、何人もの醜く狡猾な女が訪れたが、全員、臆病で卑屈で開かずの間を開ける者が一人もいなかった。


 そして、ようやく――開かずの間を開けた者がいた。アドミラだ。


 一悶着あって、目を覚ましたふりをすると、男の目に映ったアドミラの顔はひどく醜かった。


 だけど、その黒い瞳は悲しいほどに美しかった。絶望、諦め、不安、心配が渦巻いている。見知らぬ男を心配するその瞳が美しかった。


 美醜の価値観が逆転したふりをした。彼女を何度も騙し続けるが、全く気づかない。愚かだと心の中で嘲笑った。


 でも、彼女こそ――男が求めていたお姫様だった。


「こんなに醜ければ、彼女の心の美しさに誰も気づかない。粗野な男たちにも汚されない」


 初めは、浅はかな女だと高を括っていた。後に、彼女もまた、傷ついていないふりをして、顔だけの男を見事騙していたのだと知る。


 こっそり塔を抜け出して、町に行く彼女の後をついていったりすることもしていた。彼女を待ち受けていたのは罵詈雑言の嵐だった。


「彼女は強い。こんなに理不尽でひどい目にあっても心が歪まない。醜いのに、なんて、素晴らしい、美しい女性なんだ……!」


 世間の汚さは知っているけれど、心は清らかで勤勉。男はますます彼女に入れ込んでいった。


「はあ。素人の僕が死体を平気で弄れるのは、僕の心がどこか歪んでしまっているからだ。彼女にはそうなってほしくない」


 そんな部分を、彼女に尊敬されても嬉しいと思えない。


「果たして、僕は――見た目が美しいだけで、彼女にふさわしい男なのだろうか」


 その悩みが原因なのか、何日か寝坊してしまった。


 彼女が塔を出た形跡を見つけ、嵐の中探し回る。男の目に入ったのはトラウマの焼き直しに等しい光景だった――。


 ☆


 ルーエンスの顔に柔らかい表情が戻ってくる。


「後は、君が知ってるのと一緒だよ」

「う、うん……」


 熱で溶けた頭では、非常に理解が難しい過去だった。


「大変そうだね。さっさと忘れてほしいから、今、話したんだけどね。僕って意外と、性格悪いよ?」

「うん……」


 とても楽しげな様子でなによりという感じだ。


「僕と結婚してくれる?」

「うん……」


 病気に侵されたアドミラは、返事をすることで精一杯だった。


「よかった! ねえ、両腕出して」

「……うん」


 大人しく、彼の言う通り両腕を差し出した。ルーエンスは白いリボンで、アドミラの両腕を軽く縛る。


「あれ……ルーエンス?」


 ルーエンスはニコニコしていて、非常に楽しそうだ。その笑顔につられてアドミラも顔が、にやけてしまう。


「キモイね。アドミラ。えへへっ」

「えっ……」


 彼女をいきなり罵倒したルーエンスは、恍惚とした笑みを浮かべている。


「ルーエンスったら……」


 幸せそうな彼に、アドミラはそれ以上なにも言えなかった――。

 続きは書かないので、ざっくりとここに書きます。


 その後、ルーエンスは自分の美しい顔をいい感じに焼いて、アドミラに「僕、一人じゃ生きていけないよ〜」と甘えて、共依存の関係に持っていきます。


 ルーエンスの寿命は長いので、アドミラが先に死にます。アドミラが死んだら、彼女が生まれた町の人間を皆殺しにしてから、ブスを救う旅に出ます。

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