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第二章 その3 嵐の前は

〈その3 嵐の前は〉

「どこのモンだい?あんたら……応答なしか!」

 いつの間にか囲まれていたクロガネは、ためらわず正面のゴーレムに向かう。ここはヤマからの帰り道で、左右は林の一本道。自分の逃げ場はないが、敵の隠れ場所だけは不自由しない。

「アイアンに見えるけど、あれは外付けだな。中身はどうせウッドのマン・マテリアルだろ!」

 大正解である。安価で量産性の高いウッド(木)やクレイ(粘土)のマン・マテリアル・ゴーレムに、オプションで鉄の装甲を取り付けた簡易兵士ゴーレムなのだ。

 動きは遅いが、それを補う頑丈さが売りで、武装商人や傭兵、小国の軍では人気だが……。ジョーは左右に視線を飛ばし、声で指示しているはずの使い手を捜すが、隠れているらしい。探すのは早々に諦め、クロガネの指示に集中する。

クロガネは正面に立ちふさがったゴーレムを殴りつける。盾でかばうゴーレム。しかし!

 ゴオオオオオン……ギャガアアアン!

 クロガネの右拳で盾を砕かれたばかりか、その衝撃だけで素材のウッドが爆散した。その破片の一つがジョーの頬をかすめ血を流す。

 それを見たわけではないであろうが、隣の同タイプのゴーレムが大きなメイス(棍棒)を振り下ろす、もちろん、その狙いはクロガネ唯一の弱点、頭部のジョーだ。

クロガネの頭部は、ここ数日の改造で防水布や絨毯、手すりに命綱などを取り付けてはいるが、上がったのはもっぱら居住性ばかりである。改造の方向性が大いに間違っているのだが、所詮素人仕事ではそんなものではあろう。当然、一番大事なはずの防御力の向上はほぼない。

 それでも

「そうくると思ってた!」

 というか、頑丈さが取り柄のクロガネだ。「自分」以外のどこに当たっても怖くはない。

 まして狙いがわかっていれば対応は早い。ジョーはクロガネの左腕で敵のメイスの軌道を遮るよう指示を出した。頑強なクロガネの腕が折れることはまずあるまいと絶対の信頼がある。

 とは言え、目の前に迫る巨大な棍棒の迫力はかなりのもの!それでも最後まで目を見開いたままのジョーだ。そしてその瞬間。

ゴィィィィィ~ン!

 鈍い金属の衝突音。慌てて耳を塞いでも手遅れで、耳の奥に振動が残り、なかなかにイヤ~ンな感じである。それをこらえ、微妙な顔のジョー。メイスは砕け、無数の破片となって、ジョーの周りにも飛来し、跳ね返り、まるで跳弾のようである。鉱夫のヘルメットには小さな破片がぶつかって傷をつくっている。もちろんジョー自身にも多数の切り傷で、おまけに辺りには火花もチカチカ。実害はないが被害は甚大という不思議な状態である。

「……畜生、パンチだ!」

 グオオオオオン!……ズシャアアアン!

再びその右拳がうなりを上げる。今度は盾を構える暇すら与えず、胴体に大穴が開く。そして四散。そして、クロガネに敵の盾を拾わせ、左腕に装備する。

「これでアタマも少しは安全かな」

 頭への直撃を腕で防いでも、音やら火花やら破片やらで地味にイタイ。見てるだけでもかなりの勇気で、ジョーへの精神的なダメージでいえば、着実に効いているのだ。

 その間にも、後ろから大きな足音が近づいて来る。囲んでいたうちの一体がやってきたのだ。

 悠然と振り向き、後ろから来たゴーレムの攻撃を、装備したばかりの盾で受け止めてみる。

 ガイイイィィィ!……ドクワアアアン!

 が、つき出された盾の勢いだけで、衝突したメイスごと後ろに飛ばされる敵ゴーレム。

 その頭部から何かがちぎれ飛ぶのが見える。

「黒い布?……軽すぎじゃない?あんたら……」

 もちろんそんなことはない。「外付け」と言われる鉄の装甲だけでもかなりの重量なのだ。それすら軽々とはじき返すクロガネの力。いつしかそれを引き出すようになったジョー。

「さて、このまま前進するけどついて来るかな?」

 半ば挑発気味にゆっくり進むクロガネを追いかけるゴーレムはいなかった。

「黒布党の残党?逆恨みってヤツか?……それにしては諦めがいいな」


「……なぜ追わなかったのかしら!?」

 ここは鉱山町にあるヤマシ、ミズランドの事務所、その一室である。

「一瞬で外付けアイアンが二体ですよ?あのまま追っかけたら何体やられたか……」

 盾をつきだすだけで、ゴーレムを大きく跳ね飛ばすあの力は異常である。襲撃を指揮した身としては無駄な損害を避けざるを得なかった。

「それでも追うべきだったわ。損害を度外視しても、そう言ったはずよ!」

 アリエラからすれば、多少の損害が出ても「対象」の情報が知りたいわけで、途中で引き上げられて何もわからないでは意味がないのである。「力が強い」の情報はもうたくさんだ。

 ここ数日の調査が進展を見せない。確定しているのは使い手の少年に特筆する点がないというくらいで……それで今日の強硬策であったが。あわよくばそのまま強奪の予定だった。

「それは早計ですな、副支配人殿」

「そういうあなたは機密調査室長。あの坊やになにがあるっていうのよ?魔術師だとでも?」

 実質上の腹心に対し、アリエラは驚きを隠さない。

「それはさすがにないでしょう。ですが、素人の初心者にしては手際がよ過ぎる」

 それを聞いて、襲撃班長も勢い込んで言い出した。

「そうです。囲まれたと知っても動ぜず、真っすぐ一点突破し一瞬で二体撃破。しかも追撃する勢いを完全に失わせた、あの盾での一撃……かなり戦い慣れているのではしょうか?」

 トン、トン、トン……アリエラが机をたたく音が響く。

「だけど…‥あの坊や、聞けば若い猫人に追われてよく逃げ回ってたんでしょ?闘ってもやられる一方だったって……そう報告を受けてるけど?」

「それを挙げたのはわたしの部署で、間違いではない。だが……素手の戦いと使い手では求められる能力は異なるし、更に勘繰れば、ガキの相手などまともにしたくなかった、と見えなくもない……もう一つ。さほど重要視していなかったのだが、『対象』は記憶を失っているとか」

 思いっきり顔をしかめるアリエラ。自慢の妖艶さが台無しである。

「それって……記憶が戻ってみたら意外に強者つわものだったってこと?」

「ま、可能性としては。戻ったかどうかもわからないし、そもそも最初から本当に記憶を失っていたのかも確証はない」

「わたしが知りたいのはあのゴーレムの謎であって、あの坊やのことじゃないんだけどね……」

 肩をすくめるが、それでなにかが進展するわけではない。不確定情報に仮定ばかりだ。

「もっと言えば、あのゴーレムを取り戻したいのよ。わかる?」

 迫るアリエラに、マグダスは渋い顔でこう返す。

「……では強硬策を続けるしかあるまい。ま、相手の弱みは明らかだし」

「あのいじめられっ子の健気な子ネコちゃんたちを襲えってことね?さすがねぇプロは」

 悪いのは献策した部下、と言いたげに、ようやく笑みを浮かべるアリエラである。

「では、もう一度チャンスをあげるわ。その次はないけどね」

 その言葉の意味を知り、襲撃班長は顔をこわばらせる。

「は!必ずやご期待にお応えします!」

 追いつめられた彼には、それ以外の答えは期待されていないのだ。


「ジョー!やっとかえってきた……なんだい、そのたては?」

「途中に落ちてたんだ」

「ふうん」

 疑うことを知らないクローナはあっさり納得したが。

「いやいや。落ちてないから、そんなの」

 ぼそっとつぶやくミアルである。しかしクローナは聞いてもいない。

「ねえねえ、もういいかげんボクをつれていってよ。なんでまいにちるすばんなんだい?」

「お土産!今日のお土産はナニナニ?フルスは当然として、ひょっとして服なんかは?」 

一転して左右から腕にすがりついての質問攻め。ある意味息があってきた二人だ。

「おかえりなさい、ジョー。ケガなんかしていませんか?」

 自分を気遣うルミアの声に、自然と頬が緩むジョーである。

「へへ。大丈夫。元気ですひょ」

 語尾が「ひょ」になったのは、別段猫人族に対抗したわけではない。両の頬をつねられただけである。

「ジョーはなんであのキメラあいてになるとニコニコするんだい」

「姉ちゃんにばっかヘラヘラして、わかりやすすぎ」

 それでも怒ったりせず、つねらせたままのジョーは大物であろう。女子に弱いだけではない。

「いふぁいよぉ、ふとぅぁりとも……なきゃよくにゃってうりぇし~けど」

 これでけっこう幸せそうである。


「ねえ、ジョー。あしたからはボクもいっしょにいっていいよね?」

 自分にべったり甘えるクローナの仕草は無邪気でかわいいのだが、ルミアの視線が気になるジョーだ。特に何も言われてはいないのだが、それはそれでかえって怖いし、少し寂しい。

「どうかな?」

 つい姉妹、特にルミアに伺いを立てる。

「風邪はもう大丈夫だと思うよ」

「それは……ですが、外に出すのは、もう少し常識を身につけてからがいいいでしょう」

 人前で男子に抱きつく、すぐに裸になりたがる、なにかとはしたない上に、歩くのに慣れてない……ルミアがクローナの非常識さを指折り数えると、頭が痛くなるジョーであり、「それのなにがわるいの?」と首をかしげるクローナである。そこからまちがっているのだが、なかなかわかってもらえない。いや、「ヒト」という意識がない「生体部品」なのだから仕方がないと言えばそれまで。ジョーが望むから従っているだけなのだ。これで常識が身につくわけはない。

 それでもここ数日、ルミアは「それがジョーのため。ジョーと一緒にいたいならこれくらいは」と言い聞かせている。ミアルと交代でクローナの世話をしては、娘らしいふるまいを躾けているし、一緒に散歩をしながら「外」のことも教えているのだ。ほとんどお姑である。

「それよりも、ジョー。あのゴーレム……あなたの魔力で動いているとしか思えないのです。一日中一緒にいて疲れませんか?」

 ルミアはクロガネを危険視している。その力、材質、動力。自分がかつて学んだゴーレムに既知のものはない。一日くらいなら魔力を蓄積している可能性もあったが、もう三日目である。次第にイヤな予感がしてくる。ただ、ジョーはこんなモノを手に入れても、いつもと全く変わらない。他の人族や猫ヤングのように、うぬぼれたりもしないのだ。安心だけど、変わってる。

「う~ん……そう言われれば夕方近くになると疲れてるけど?」

 答える様子もいつもと変わらないジョーに、ルミアはホッとするが、それでも心配が出る。

「クロガネにはナゾが多すぎます。あなたがこれと一緒にいることには賛成できません」

「なにいってるんだい!クロガネがないとボクがジョーといっしょのりゆうもなくなるだろ。ボクはすてられちゃうよ!」

そう怒るクローナに見向きもせず、ルミアは続ける。

「ジョー……考え直しませんか?」

「姉ちゃん……ゴーレム嫌いなのはわかるけど、それじゃクローナちゃん、かわいそうだし……それに毎日金貨2枚だよ?」

 金貨2枚と聞いて途端に胸を抑えるルミアである。これはこれで一種のビョーキであろう。

「僕は女の子を守んなきゃいけない。それはクローナを守るってことだし、そのためにはクロガネが必要なんだ」

 加えて、ジョーの決意。3年前、幼い自分が言い聞かせたことを、この人族の少年は守り続けている。その結果、彼が出した結論にルミアは言葉を返すことができなかった。

 自分は、この少年に、あの時の自分が捨てようとして捨てきれなかった「人族の理想の姿」を、全て押し付けてしまったのではないか。そんな彼に、いつまでも自分たちの世話させ続けることは、彼の生き方を狭めていないだろうか……そう感じてしまうのだ。

 それでも、明日まではクローナに躾をすることはギリギリ通した。いくらなんでも服も着ないで人前で抱きつかれてはジョーも困るであろう。最低限そこだけでも、そう言って。


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