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熊ヶ谷ユリカの事情

熊ヶ谷ユリカ、後のアップロード男爵のお話です。


 とある中2の夏休み。

 熊ヶ谷ユリカは乙女ゲーム『聖ドラゴンハート学園~君とスキルで恋をする~』略して『君スキ』の完全攻略を目前に控えていた。


 ルート攻略率86%、スチール(又はスチル、1枚絵のご褒美イラスト)回収率85%。

 夏休みはあと2週間。


 残りの12日で1日に約1%ずつ進めていけば良いのだ――――。



 この夏、ユリカは期末試験で見事に好成績を収め、念願の乙女ゲーム『君スキ』を手に入れていた。

 両親から「夏休みの間は好きなだけゲームしていい」と言われ、彼女はすぐにゲームの世界に没頭。

 睡眠も食事もそっちのけで、夢中になって『君スキ』の攻略を進めていく。


 という訳で、最初はゲーム好きの兄の端末を借りていたのだが、今ではユリカの部屋にもVRMMOの専用端末『ドリーム・オーバー・コック・ギア』略して『Docギア』が置かれている始末だ。

 ただし、ユリカの方は『君スキ』がそこまでスペックを求めなかったので、廉価版の『Lite』ではあるが。


 ちなみに、超どうでも良い情報だが、『Docギア』及び『DocギアLite』はその形状と正式名称に『コック』が入っている事もあり、別名『ニワトリ』とも呼ばれている。



 ここで、ユリカのハマっている『君スキ』についても簡単に説明しておこう。

『君スキ』とはVRMMOのシステムを使って行うゲームだが、普通のVRMMOと違い、完全な一人プレイ用の『乙女ゲーム』である。


 更に『乙女ゲーム』について知らない諸兄に向けて簡単にどういうものか説明する。

『乙女ゲーム』とはの名の通り、結婚前の女性が擬似的に色々な男性との恋愛を体験して、様々な人生の教訓を学べるという、乙女の為の『ゲーム』である。


 ユリカが夏休みを全て捧げる事になった『君スキ』というゲームについて、もう少しだけ詳しく説明しておく。

『君スキ』は多くの日本女性をVRMMOの世界に導いた、この当時画期的なゲームだった。

『君スキ』のどこが画期的だったかというと、『乙女ゲーム』のシナリオをVRMMOのシステムに持ち込んだことで、攻略対象のキャラクターとの触れ合いがよりリアルになった事である。


 実際の男性アイドルグループがモーションキャプチャ(役者の実際の動きをセンサーで取り込むこと)や声優として参加した事は、それまで『乙女ゲーム』を含めてゲームに見向きしなかった層の取り込みに成功した。

 それとは別の流れとして、数多くの日本女性が『君スキ』を経て、他の本格的なVRMMOの世界へと旅立っていく事にもなった。


 ちなみに、ユリカの兄も成績優秀だが、重度のVRMMO中毒者であった。

 彼がハマっているゲームは、ベースのシステムを『君スキ』に提供した『スキル・ワールド・ツリー・オンライン』、略して『SWTO(スワット)』だ。

 こちらは日本だけでなく、世界中で大ヒットしているVRMMOゲームである。




 それは、8月後半に入ったとある真夜中2時。

 蒸し暑さで肌がべたつくような夜だった。


 ルート攻略率86%、スチール回収率85%。

 ユリカの『君スキ』攻略は順調に進んでいたのだが、突如『DocギアLite』のセーフティ機能が働き、ユリカは現実世界に戻された。


 小腹が減ったと感じたユリカが自分の部屋がある2階から1階に降りて台所を漁ると、殆ど食料らしき食料が0だった。


 部屋の中は蒸し暑かったが、外は風があり、少し冷えると感じたユリカ。

 寝巻き用のTシャツの上から長袖のフード付きパーカーを羽織り、下はパジャマからジャージに着替えて、近所のコンビニに向かった。


 ユリカは道を曲がり、いつものコンビニへ向かっているつもりだった。

 しかし、歩いているうちに周囲の風景が変わっていることに気がつく。

 見覚えのない道が続いている。


「おかしいな……。さっきまで知ってる道だったのに」


 慌てて引き返そうとするが、どちらに進んでも見慣れない景色が広がっていた。

 石畳の道路が足元に現れ、遠くに見える建物もどこか異国のようだ。


「ここ、どこ……?」


 ユリカの胸に不安がこみ上げてくる。

 見知らぬ場所に立たされ、どうしようもなく心臓が波打つ。

 周りを見回しても、助けを求める人影は見当たらない。



 ユリカは知らない場所にいた。





 朝が明けた。

 ユリカは昨晩、風が凌げる場所を探し求め、ある建物の門の柱の影に身を潜めていたのだった。


 いつの間にか眠りに落ちていた。

 体を揺り動かされ、ハッと飛び起き相手を確認すると、明らかに彫りの深い、外国人の男の顔だ。


「*&#%@※♪∥^?」


「? すみません、何をいっているのか分かりません。」


「!? &#%@※♪*……」


「ついてこい」というようなジェスチャーをされ、後ろをついていくと、建物の中に入っていく。

 どうやら、保護してくれると言っているような気がする……


 どんどん中に進み、建物の中の小さな家に入った。


 テーブルと椅子があり、座れと促される。


 お腹はすいているか?

 というようなジェスチャーをされ、たしかにすいていたので、はい、とうなずく。


 しばらくして、スープのようなお粥のようなお椀が出てきた。

 慌てるように、掻き込むようにして食べてしまった。


 やがて、もう一人の男性が部屋に入ってきた。

 先ほどの男性の装いは簡素だったが、今度の男は、豪華で古風な衣装に身を包んでいる。

 衣装にはきらびやかな刺繍と宝石の装飾が施されていた。

 ユリカはまるで異国の時代劇の登場人物のようだと感じたが、その佇まいから、この国でかなりの地位にいる高貴な人物だと直感した。


 そして、この人物の衣装を見て、ここまでで何となく感じていた違和感と懸念が現実だと予測してしまった。


(やっぱり、これは異世界転移……)


 ユリカが動揺するのを必死に堪えていると、異世界の高貴な男性は、ポケットからいくつかのカードを取り出し、ユリカに手渡してくる。

 カードには、英語、日本語、そして見たことのない言語が並んでいる。

 そして、日本語のカードには、「あなたは日本から来たのですか?」と書かれていた。

 ユリカはそのカードを手に取り、うなずいた。


「なるほど、日本からお越しですね。歓迎いたします」



 ◆



 ユリカの目の前の人物は『日本語』で自然に語りかけてきた。


「日本語は分かりますか?」

「はい」

「心配は入りません、この国では日本からの客人を受け入れる準備があります」

「はい」

「何か質問はありませんか?」


 何とはなしに、ユリカは国名を尋ねてみることにした。

 予感があった。


「……この国の国名を教えて下さい」

「クオリス王国といいます」

「……!」


 予感が当たっていた。

 聞き覚えのある国名、見覚えのある衣装。

 偶然ではないだろう。


 この世界はユリカが夢中でプレイしている『君スキ』の世界で間違いなさそうだ。



「貴女は、この国の国名をご存知なのですね。それはどのようにして?……いえ、当ててみせます。あなたの国でいう『ゲーム』という物語の中に登場した……。どうです、合っているのではないですか」


 図星であった。

 ユリカはコクリと頷くしかなかった。


「他に質問はありますか」

「……あなたのお名前は?」

「私の名はフィリップ。フィリップ・コンファーム公爵です」

「……フィリップ・コンファーム公爵……」


 フィリップ・コンファーム公爵と名乗った目の前の男は、よく見ると驚くほど整った顔立ちの持ち主だった。

 その美しさと威厳に、つい全てを任せてしまいそうになる。



「これからどうされますか? もし行く当てが無ければ、我が王国で貴女を保護出来ますが」

「……」


 フィリップ・コンファーム公爵は、丁寧にユリカに対して話しかけ続けた。

 彼はこの国の高位貴族であり、異世界からの来訪者を守る役目を負っているという。

 ユリカはまだこの状況に戸惑っていたが、彼の言葉には確かな威厳があり、少しずつ安心感が芽生え始めた。


「この国には、異世界から来た方々を保護する体制が整っています。もしも今、行く場所がないのなら、私たちが責任をもってあなたを保護しましょう。安全な場所で生活を整え、あなたがどうしたいかを考える時間を持てるようにします」


 フィリップは優しい目でユリカを見つめた。

 しかし、彼の提案を即座に受け入れるべきかどうか、ユリカの心には迷いが残る。

 異世界に迷い込んだとはいえ、簡単に他人に頼ることには抵抗がある。

 まだ中学生ではあったが、安易に他人を信頼する危険は知っていた。


「……本当に私を保護してくれるんですか?」


 ユリカは慎重に尋ねた。

 フィリップの言葉に信頼を置きたい一方で、この異世界の状況がまだ把握しきれていなかった。


 フィリップは微笑んで答える。


「もちろんです。私の役割は、異世界から来た方々を安全に導くことです。そして、私の立場に誇りを持っています。あなたを守ることは私たちの義務です」


 その誠実な声とフィリップの美しい顔に、ユリカは少しだけ自分の心が開かれていくのを感じる。

 そして、自分には今、他に選択肢がないことを悟った。



 ここでふと、ユリカは自分が今すぐに確かめなければならない、あるゲームの設定のことを思い出した。



 フィリップの話が途切れたのを見計らい、思い切って尋ねた。


「今、王国暦何年ですか?」


 突然の質問にフィリップは少しとまどった様子だったが、


「クオリス王国暦119年ですが、何か気になることでも?」


 と答えを教えてくれる。


 ユリカは内心、小さく息を呑んだ。


(間違いない……この世界は『君スキ』そのものだ。しかも、今はちょうど物語が始まる時期。私はこの先に待っている運命を知っている。けれど、それは幸福な未来ではない……)


 彼女の胸に、焦りと恐怖の小さな炎が生まれる。

 ゲーム通りなら、この世界には破滅が確実に待ち構えている。



「いえ、少し確認したかっただけです」とユリカは微笑み返したが、心の中は別の思考でいっぱいだった。



(でも、119年なら、まだギリギリ間に合うかも知れない)



 ユリカの胸の中に焦りが湧き上がる。

 ロアーナを見つけなければ、この世界は崩壊する。


 次に、エントリー伯爵家。

 彼らを滅ぼさないと、あの恐ろしい結末が待ち受けている。

 ゲームの中で何度も見た、エントリー伯爵家が滅びの原因となるバッドエンドの記憶が蘇る。

 それを防ぐには、この世界の運命を変えなければならない。


 その未来を変えなければ、この世界は救われない。

 そして、それは自分が生き残るために絶対に必要なことだった。



 ユリカはふと、自分の中にある目的を再確認する。



(でも、これはただ自分が助かりたいから?  それとも、この世界の人々を救うために必要なことだから?)



 そっと目を閉じ思考する。



(そうだ、これは私の為だけど、この世界の人々が救われるためでもあるよ! 絶対に)



 自分と彼らの両方の未来を守るため。

 そう思うことで、ユリカはその考えを正当化する。


 エントリー伯爵家を滅ぼすということを。



「……そう、必要なことだから」



 静かに自分に言い聞かせるように呟くと、ユリカは再びフィリップに向き直り、決意を秘めた目で彼に伝えた。


「……お願いします。私を保護してください」

「承知しました。すぐに受け入れの準備を整えますので、少しお待ちください」



 そうして、ユリカはひとり建物に残され、待つことになった。

 2時間ほど、そのまま待ってただろうか。


 スマホもモバイル端末も何も無しにこんなに長時間、何かを待つことにユリカは慣れていない。

 慣れていないが、待つしかない。


 だが、ユリカは苦にならなかった。

 なぜなら、これからのことを考えるのに忙しかったから。



「フィリップさんに、王様に会わせてもらえないかな……」



 今、日本女子中学生の無謀な行動力が発揮されようとしていた。






 END










だいぶ前に投稿・完結した作品ですが、ついおまけ話を書いてしまいました。

と言いましても、ずっと書いては消し書いては消ししていたのですけども……w


やっと手を離れた。

そんな感覚ですww


あと、聖女ロアーナ視点の話があるのですが……

これも、もし書けたら追加予定です。


いつも拙作を読んでくださりありがとうございます。

m(_ _)m





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