第二次大戦の推移について
ここでは一つ、第二次大戦の推移を追うことに
1942年末現在、日本とアメリカ参戦で一気に戦禍は太平洋、大西洋とインド洋と文字通り世界規模に広がっていた。
ここでは、一度戦局全体を俯瞰して見よう。
ヨーロッパの過半はドイツの支配下にあり、イギリスは大陸の端にて唯一頑張っている。
戦争が3年すぎるとさすがにイギリス海軍、イギリス商船隊も大きな犠牲を払うようになっていた。
スカパフローに潜入した潜水艦は戦艦ロイヤルオークを撃沈した。
空母もアークロイヤル、イーグル、グローリアス、などが沈没。
他にも多数が沈んでいる。
一方ドイツ海軍は、潜水艦の活躍で通商破壊戦が好調なこと、戦艦クラスの損害は今のところ自沈したグラーフシュペーのみが目立つ。
このことは、独ソ戦にも陰を落としている。
ソ連は戦車工場などを疎開させて生産するなどしているが、多数の戦車に対して、それらを支援する多数の軍用車の生産が追い付かない。
戦車を支援するための回収班や、弾薬、部品、燃料などの補給段列、整備小隊を送り込むための車両などが必要になる。
戦車部隊とてその他の支援がなければ、すぐ動けなくなるのである。
これに対してイギリスから対ソ輸送船団が送り込まれたりしているが、大西洋の戦いが激しく輸送船団の護衛が大変になり、輸送が追い付かないなど遅れが目立つ。
他のルートも開拓されつつあるが、距離や前線までの輸送やら考えれば、北海回りが最短である。
この対ソ輸送船団がUボートやドイツ軍の長距離爆撃機、いわゆるポケット戦艦やらに叩かれるため、輸送が滞ることが頻繁に起きるようになってきた。
顕著な例では、ボルガ川の要衝スターリングラードをめぐる攻防戦では、立てこもるドイツ第6軍をソ連軍が攻めきれず、最終的には解囲されてしまった。
これによりドイツ軍は主導権を取り返し、続いてのハリコフ付近の戦いなどでは、当初心配されたクルスク付近でのソ連軍の大突出部も、ドイツ軍の反撃で壊滅して東部戦線は安定するようになった。
こうなるとソ連も米英が故意に補給を遅らせ、独ソ戦での共倒れを期待しているのか?と疑心暗鬼の状況になって来ている。
また好調な通商破壊戦は、イギリス本土での航空機生産にも悪影響を及ぼしている。
例としたら、アブロ社のマンチェスター爆撃機はエンジントラブルから量産が遅れ、これをマーリンエンジン4発に改装したランカスターは、資材不足から、エンジンの供給が追い付かない状況で、イギリス空軍の爆撃軍団が狙う「1000機爆撃」なども、訓練部隊まで動員しても、当面実現しそうにない、とのことである。
これは、ブレストへの爆撃軍団の圧力が弱まることにも繋がる、副次的な影響も無視できない話となった。
これに対して太平洋である。
こちらも、ミッドウェイ海戦以降、にらみ合いなのである。
ミッドウェイ海戦は本来、日本が「勝つはず」の戦いであった。
満を持して挑んだはずの空母戦は三隻に傷を負わせたが、米空母の抗堪性の高さ、レーダー、無線電話を活用しての効率的な防空戦などに阻まれ、航空攻撃だけでは1隻も撃沈できなかったのである。
ハワイであれだけの実力を見せた第1航空艦隊とは思えない戦果である。
様々な要因があげられたが、とどのつまりは、システマチックな防空網を破るためのあらたな方策が必要になった、ということである。
後にこれは、日本製の固体ロケット弾の技術に、ドイツの誘導技術が日独技術交流でもたらされたことで簡易な誘導兵器が作られるようになるのである。
当初、重量の点で陸上攻撃機や大艇などの大型機にしか搭載できなかったが、目標を「空母の飛行甲板」や「軽い防御しかない軽艦艇」に限定して、弾頭重量を削減した改良型が艦上攻撃機(後に艦上爆撃機と統合)に搭載されるようになった。
これは、目標を目視で照準器に捉えた後に投下滑空させ、大まかな方向にケーブルを介して縦、横の方向の操作をした後に、ロケットを点火させ後は突入させる。
制御できる範囲は限定的だか、目標の至近距離からの投下することが対空火器の高性能化で危険にもなってきたから、わずかでも離れたところから攻撃できる兵器は歓迎された。
さすがにこんな「新兵器」については、新たな戦術の開発、教育、訓練などの手間も必要だから作戦にはなかなか投入できないのである。
またアメリカの太平洋艦隊も戦艦部隊に続いて空母部隊まで半身不随にされたから、しばらくは、新たに就役してくる空母、修理改装した戦艦やらが出てくるまで待たねばならない。
また新戦艦は、大西洋岸にも必要になりかねないから、これまた目論見通りに行かないのである。
さあどうなるやら
日独の新たな作戦準備は英米の侵攻に間に合うだろうか?
国力とあわせて気になるところです




