【外伝】田中正也 後編
本編では、ほんの少ししか出てこなかった彼でも、こんなに話が広げられるのだなぁと書いていて思いました。楽しく書かせてもらいました!
俺は田中正也、現在イーストNにという声優事務所に所属する新人声優だ。
一度は養成所から正式に本採用されるオーディションに落ちて自棄にもなり、しまいにはパチンコ依存症で首を吊ろうとしたが、そのパチンコのCR機に出ていた真理子とヤスさんの共演を見て、死の誘惑から引きずり戻された。
あれが無かったら…俺は怨み骨髄に至るパチンコホールのトイレで首を吊って死んでいたんだと思うと寒気がする…。いつか売れる声優になったら、真理子とヤスさんを叙〇苑に招待して命の恩人だと礼が言いたい。
現在、俺はアニメやゲーム、ドラマCDなどのモブと端役を演じて経験を積んだ。
とにかく声優ってのは自分で仕事を作り出せないからな…。いつでも、どんな役が来てもいいように日々稽古の毎日だ。
真理子とヤスさんは、ここイーストNで中堅以上の声優になれたというのに本当に稽古熱心だ。収録の合間にボイトレ、腹式呼吸、課題劇を絶やさず行っている。俺もその中に入り芸を磨いている。今日も事務所のレッスンルームで汗を流し、その休憩中…。
「なかなか声優だけで食べていくのは難しいっすね」
「まあなぁ…。俺も養成所時代とランクがジュニアのころは近くの小学校の給食センターで働いていたよ」
「私はずっとマーケットだったわ。いま思うといい勉強になったし楽しかったな」
真理子とヤスさんも声優一本で食べていける前は厳しかったようだ。俺もファミレスのバイトだけ継続中だ。
「そういや正也、今度ミュージカルのオーディション受けるんだって?」
「そうなんすよ。『フィールドプリンス』の2.5次元ミュージカル、芸域を広げるためにも挑戦してみたくって」
「ああ、少年ウイングに連載している美形キャラだけのサッカー漫画か…」
ヤスさんは読んでないだろうなと思う。何となく知っているくらいだろう。
しかし真理子は
「『フィールドプリンス』ねぇ…。私はあんな美形キャラばかりだと逆に興ざめかな。やっぱ漢はヤスさんみたいなワイルドさがないとね!」
「嬉しいこと言ってくれるな真理子~」
「うふふっ、ヤスさんたら」
勝手にイチャついてくれと思う。親子ほどの歳の差だが、この二人が結ばれるのも遠くないだろう。それは素直に祝福したい。
しかし、このオーディションはチャンスだ。絶対に役を掴みたい。
原作もばっちり読み込んだ。俺は主人公海原大地のライバル東城勝彦を狙う。
つーか、中学生サッカーが舞台なのに、出演者の平均年齢が二十歳前後ってどうなの?
いやいや、そういう野暮は考えるな!とにかく俺はライバル役が欲しい!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてオーディションの日、俺は会場のビルを後にした。
…ふう、やれるだけのことはやった。稽古の成果も出ていたし。
あとは結果を待つばかりだな…。
俺は夕暮れに映えるビルを振り返った。
途中、俺が人生を狂わすきっかけとなったパチンコ屋の前を通った。
いま思えば、何であんなに夢中になったのか。しかも首を吊る寸前まで。
いやいや、声優である以上、必要以上にパチンコを嫌悪するべきじゃないな。パチンコとスロットは声優に仕事をくれる貴重な業界だ。真理子とヤスさんはパチンコ業界に当たり役をもらえたんだ。俺もいっそパチンコ業界を利用してやるくらいの気持ちでないとな…。
ホールから真理子演じるミラクル☆サチコが必殺技を繰り出している声が聞こえた。
綺麗な声だと思った。
数日後、俺はいつものように事務所に行き、所属声優のスケジュールが記されているホワイトボードを確認。事前にスケジュール帳に記載して分かってはいるが、どうにも小心者で時間があれば見に来る。
「ええと、よし、今日は神谷町のスタジオで収録だな。異世界もので主人公に無様にやられる盗賊のボス役か。こりゃ、いい殺され方しなきゃな。その後は新宿に移動してドラマCDの収録…。悪役令嬢転生もの、馬鹿王子の取り巻き役だ」
チョイ役だが名前もちゃんとある役だ。気合入れねーと!
「正也!」
「はい」
俺の担当マネージャーの三田村さんだ。事務所のドアを開けるや、俺に向かって走ってきた。
イーストNは宮田プロデューサーの下に七人ほどマネージャーがいて、一人のマネージャーが複数の声優を担当している。声優にとって仕事を取ってきてくれるマネージャーは神様だ。
「『フィールドプリンス』のライバルキャラ東城勝彦役が取れたぞ!」
「……えっ」
役が取れた!?東城勝彦は主人公の海原大地最大のライバル!全国大会決勝で戦う敵チームのエースストライカーだ!思い切って狙ったけれど競争相手の面々が凄すぎて半ばあきらめていた!
それが…それが…!
「あっ、ああ…。うっ、ああ…」
情けねえ、俺ってば、その場で泣き崩れた。
「馬鹿野郎、泣くのは早い、分かっているだろうが、この監督は鬼だからな!」
「望むところっすよ…」
首を吊ろうとした男には過ぎた話。だが、このチャンス、絶対にものにする!
そして真理子、ヤスさん、美津子と共演するんだ!
<エピローグ><真理子視点>
…美津子の時と同じ、本来あったことが変わってしまった。
アラフォーで売れない声優だった私の前世、正也はパチンコ依存症になった挙句、その起因となったパチンコ屋のトイレで首を吊って自殺してしまう。
前世と異なる点は私がミラクル☆サチコというCR機のヒロイン役を掴んでいたこと。
正也は、そのCR機を見て再び奮起したと言っていたけれど、おそらく自殺を踏みとどまったのも、その瞬間だったのではないかと思う。
私は素直に嬉しかった。私が演じたサチコによって仲間が自ら命を絶つことを踏みとどまってくれたことが。
本来死んでいたはずの正也、今はどうだろう。
正也の『フィールドブリンス』は私と美津子も観に行ったけれど素晴らしかった。
私とヤスさん、美津子と共演がしたい。いつも口癖のように正也は言っている。
光栄だわ、正也。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヤスさんと真理子は結婚し、美津子も同じ事務所の先輩と結婚してしまった。
養成所入校のさい、ひそかに想っていた女たち二人、あっさり他所の男に持っていかれた。
しかしまあ…ヤスさんは言うに及ばず、美津子の旦那もいい男なんだ、これが。
美津子が惚れるのも当たり前だと思い、悔しさすら感じなかった。ちなみに俺は独身だ。
さぁて、結局同期で声優として生き残ったのはヤスさん、真理子、美津子、そして俺の四人だけ。改めて厳しい業界だと思う。
その四人がいよいよ共演を果たす時が来たんだ。
王道たる勇者の冒険譚、原作の人気は高くアニメ化、俺が主人公の勇者カイト、真理子が賢者マリア、美津子が戦士エレン、ヤスさんはラスボスの魔王ゼノヴァだ。正直、ヤスさんの演技に圧倒されないか心配でならない。
収録初日、ヤスさんがスタジオに入ってきて俺を含めた共演者たちが挨拶するなか、真理子と美津子はヤスさんをガン無視だ。真理子、アンタの愛しい旦那様だろう?その態度はどうかと思うが、ヤスさんも納得ずくのこと。そのまま言葉を発せず、スタジオ内の椅子に座った。
あの大御所声優、井上美鈴さんから発した作中で敵役を演じる声優とは収録前に親しく話さないという姿勢、俺はまだその領域に至らず、ヤスさんに『あざーっす』なんて言ってしまったが真理子と美津子はそっぽ向いて、ヤスさんと顔を合わせようともしない。徹底しているわ。
第一話のオープニングは最終決戦から始まる。長い旅を経て、ついに魔王との対決の時が冒頭から始まり、そこから改めて勇者の旅立ちという流れだ。
『おのれ勇者ああああっ!!』
『受けてみるがいい、ゼノヴァ!これがお前の馬鹿ぬした人間の力だあああっ!』
噛んだーっ!!!
でも収録は続く。声優は絶対に自分で芝居を切ってはいけない。噛もうがトチろうが芝居は続けるのだ。芝居を切っていいのは監督だけ。で、その監督が芝居を切ると真理子と美津子は大爆笑。
「『馬鹿ぬ』って何よ正也!あはははははははは!」
「勘弁してよ正也!こっちは笑っちゃいけないと必死だったわよ!あははははは!」
そんなに笑わなくても…美津子は腹を抱えて笑っている。
ヤスさんも台本で顔を隠しているが笑っているのが分かる。
「すっ、すいません監督…」
「ああ、最後にその場面だけ録り直すから大丈夫だよ。しかし『馬鹿ぬ』は傑作だった」
「ははは…」
スタジオに並ぶ四本のマイク、プロの現場で俺はヤスさん、真理子、美津子と立つのが声優としての悲願だった。
そしてバイトもこのアニメ収録後に辞めて、声優一本で食っていくことにした。正直、バイト無しでは懐は厳しい。だけど、俺はもう声優しかないという覚悟を改めて決めたんだ。
そんな俺にCR機のオファーが来た。『CR戦国ヒーローズ』というもので、俺は準主役の真田幸村を演じることになった。
収録のスタジオに電車で向かう俺、車窓の景色をぼんやりしながら見ている。もう2.5次元ミュージカルに出るほどの若さではなくなった俺は真理子や美津子のようにアイドル役を経てステージに立つことはないが、それでも声優で生きていけることは嬉しいし誇りだ。
パチンコの声優か…。ついに俺を地獄に叩き落としたパチンコに落とし前を付ける時が来たな…。派手に行くぜ『真田幸村参上!』てなぁ!
ちなみに私はパチンコを止めました。作中で正也が三十二万円勝ったと云う描写ありますが、あれは私の実体験でもあります。でも何にも残りませんでした。あぶく銭とはよく言ったもの。とにかく依存症にならず、きっぱり止められて良かったです。小説を書いている方が楽しいですよ。




