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プロローグ 転生特典『改造』

 退屈だ。


 死ぬほど退屈だ。


 いつからだっただろう。


 何かに興味を持つことも、楽しさを感じることも難しくなったのは。


 ゲームでランキング上位に入っても、運動で身体を鍛えても、勉強して学年トップクラスの成績を取っても、この虚しさは埋まらなかった。


 最初は楽しかった。


 目標を立て、努力し、それを達成する。


 だが、いつの頃からか、すべてが同じことの繰り返しになっていた。


 目標を達成すれば、次の目標を立てる。それも達成すれば、また次の目標を立てる。


 そんなことを繰り返しているうちに、ふと気づいた。


 どれだけ前に進んでも、自分が立っている場所はいつだって同じなのだと。


 今日も変わらないルーティン。


 変わらない学校。


 変わらない人生。


「はあ〜……どこかで心臓が跳ねるような出来事でも起きないかな……」


 そんなことを呟きながら横断歩道を渡っていた、その時だった。


 キキィィィィッ!


「……ん?」


 ドガァァァン!!


 こうして俺は、トラックに轢かれて死んだ。


 ◇ ◇ ◇


 ……。


 涼やかな風が頬を撫でた。


「んん……」


 まぶたの隙間から暖かな日差しが差し込んでくる。何度か瞬きをしてから、ゆっくりと身体を起こした。


「……ここは?」


 周囲を見渡す。


 どこまでも広がる草原。


 風に揺れる緑の草。


 遠くには小さな村が見え、その向こうには山脈がそびえ立っていた。


 そして何よりも。


「……ん?」


 視界の片隅で何かが蠢いた。


 透明なゼリーのような身体。丸くてぷにぷにとした見た目。


 それは間違いなく……!


「ははっ! スライムじゃないか!!」


 魔物だ!


 魔物がいる!!


 ああ、これは夢じゃない。


 そうでなければ、こんなことが起こるはずがない!


 死んだと思ったら草原で目を覚まし、遠くには村が見えて、目の前にはスライムまでいる。


 どう考えても、あれじゃないか!


 異世界転生!


「ははは! ついに! ついに俺も異世界に来たのか!!」


 胸が高鳴った。


 心臓が激しく鼓動する。


 こんなにも胸が躍ったのは、一体何年ぶりだろう!


 魔法があり、魔物がいて、ダンジョンがあり、勇者と魔王が存在する世界!


 現代社会の退屈な日常なんかとは比べものにならない冒険が待っているはずだ。


 そして、その最初の相手こそ、目の前にいるスライム!


 よし。


 軽く準備運動でもしておくか!


「おい、スライムども! かかってこい!!」


 両腕を広げ、スライムに向かって駆け出した。


 しかし。


「……あれ?」


 スライムがぴたりと動きを止めた。


 かと思うと、ぷるぷると震え始める。


 ……ん?


「ちょっと待て、なんで震えてるんだ?」


 スライムはしばらく俺を見つめたあと。


 ぽよんっ!


 弾むような音を立てて、反対方向へ逃げていった。


「……あれ?」


 呆然とその後ろ姿を見送る。


「お、おい! 待て!」


 スライムは待ってくれなかった。


「なんで逃げるんだよ! 俺はレベル1の丸腰の人間だぞ!!」


 いや、本当に!


 剣もなければ、鎧もない。魔法だって使えない。


 誰がどう見ても初心者中の初心者じゃないか!


 それなのに逃げるだと?


 スライムのくせに?


「……まあ、いい」


 まだ失望するには早い。


 スライムはもともと弱いモンスターだ。


 そうだ、きっとそうに違いない。


 もう少し強いモンスターなら、きっと反応も違うはずだ!


 拳を握りしめ、草原の奥へと歩き出した。


 それから間もなく、ついにそいつを発見した。


「おお……!」


 狼だった。


 ただし、普通の狼ではない。


 体格は一般的な狼よりも一回り以上大きく、灰色の毛並みには黒い縞模様が走っていた。口元からは鋭い牙が覗き、黄金色の瞳は獲物を狙う猛獣のように輝いていた。


『こいつは……!』


 間違いない、魔物だ!


 スライムなんかとは格が違う!


「よし……! ようやくお出ましか!」


 ゆっくりと狼に近づいていく。


 狼もこちらに気づいたのか、低く唸り声を上げた。


「おおお……!」


 いいぞ、いいぞ!


 そうだ!


 俺が求めていたのは、そういう反応だ!


 拳を握り、構えを取る。


 魔法も剣もないが、そんなことは関係ない。


 こういう状況をずっと待ち望んでいたんだからな!


「かかってこい!」


 その瞬間。


 狼が地面を蹴った。


「来たあああああ!!」


 巨体が一瞬にして目の前まで迫る。


 鋭い爪が見えた。


 反射的に身を縮める。


 終わった!


 これが命懸けの死闘というやつか!


 俺はこういう刺激的な瞬間を待ち望んでいたんだ!


 ……と思った、その瞬間。


 ドサッ。


「……ん?」


 狼が俺の目の前に寝転がった。


 それも、腹を丸出しにして。


「……あれ?」


 狼は尻尾を振った。


 そのまま俺を見上げ、ハッハッと舌を出し始める。


「……ええ?」


 ちょっと待て。


 なんだ、これ。


 まさか……。


「……」


 手を伸ばすと、もふもふの毛が手のひらに触れた。


 柔らかい。


 思っていた以上に柔らかい。


「おお……」


 狼は気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振り続けている。


「……」


 ……いや、ちょっと待て。


「なんで俺が魔物を撫でてるんだよおおおお!!」


 叫び声が草原に響き渡った。


 狼はびくりと身体を起こすと、俺の手を一度ぺろりと舐め、そのまま悠々と森の中へ消えていった。


「行くな! いや、行くなって意味じゃなくて! 戦えよ!」


 もちろん、狼が戻ってくることはなかった。


「……はあ」


 頭を抱えた。


 おかしい。


 確かに異世界に来たはずだ。


 確かに魔物もいる。


 なのに、どうしてこうなるんだ?


 ……いや、まだだ。


 まだ諦めるには早い。


 この近くには村が見えるじゃないか!


 村に行けば、きっと何かあるはずだ。


 騎士団だっているだろうし、魔法使いだっているだろう。冒険者ギルドだってあるはずだ。


 美少女エルフの魔法使いとの運命的な出会いだって期待できる!


 そうだ!


 異世界の本当の楽しみは、これから始まるんだ!


 何より、この胸の高鳴りを失いたくなかった。


 俺は期待に胸を膨らませ、村へと足を向けた。


 ◇ ◇ ◇


 村にたどり着くと、木造の建物が目に入った。


 古びた柵に井戸、道端に置かれた荷車。


 村の入り口では農夫らしき男が荷物を運んでおり、少し離れた場所では子供たちが走り回っていた。


「おおおおおっ!」


 感激のあまり、思わず声が漏れた。


 そうだ!


 これだ!


 これこそ異世界だ!


 さあ、早く出てこい!


 美少女エルフの魔法使いでも、鎧を身にまとった剣士でも、怪しげなローブを羽織った賢者でも!


 誰でもいいから頼む、出てきてくれ!


「……」


 ……。


「…………」


 誰も出てこなかった。


 いや、正確には人はいた。


 だが、彼らが着ているのはごく普通の布の服で、手に持っているのはごく普通の農具。そして、彼らがしていることも、ごく普通の農作業や商売だった。


 どこからどう見ても、ただの田舎の村。


 それ以上でも、それ以下でもない。


「……いや、ちょっと待て」


 何かがおかしい。


 あまりにもおかしい。


 ここはファンタジー世界だろ?


 魔物が存在する世界だろ?


 なのに、どうしてみんなこんな普通に暮らしているんだ?


 せめて村の入り口に見張りくらいいるべきじゃないのか!


 魔物の襲撃に備えて城壁を築くとか、冒険者を雇うとか、そういうのがあってもいいだろ!


 なのに、村にあるのは粗末な柵が一本だけだった。


 俺は通りかかった村人に声をかけた。


「すみません」


「ん? どうしたね?」


「この村には冒険者ギルドはないんですか?」


「冒険者ギルド? なんだい、それは?」


「……え?」


「もしかして、王都にある役所のことかい?」


 ……。


「じゃあ、騎士団は? 魔法使いは? ダンジョンは?」


「騎士団なら王宮にいるだろう。魔法使いも王都にいるはずだ。ダンジョンは……さあ? 聞いたこともないねえ」


 男は首を傾げると、荷物を持って行ってしまった。


 俺はその場に立ち尽くした。


 ……待て。


 まさか。


 まさか、この世界は……。


「……そんなはずない」


 その時だった。


 ぽよんっ。


 足元から聞き覚えのある音がした。


 見下ろすと、スライムが一匹、道を横切っていた。


 ……お前。


「こ、この……!」


 歯ぎしりした。


「この役立たずスライムが!!」


 ドカッ!


 つま先に何かが弾ける感触が伝わった。


 スライムはあまりにもあっけなく弾け飛んだ。


「……ん?」


 その瞬間だった。


≪ピロン! レベルが上がりました≫

Lv.1 → Lv.2


≪ピロン! 転生特典スキルが解放されました!≫


≪固有スキル『改造(オルタレーション)』を獲得しました!≫

──必要条件を満たした場合、対象の特性・性格・構造などを強制的に書き換えることができます。


「……改造?」


 目の前に浮かび上がったステータス画面を見つめた。


====================================

【ステータス】

・名前:アキ

・種族:人間

・レベル:2


【固有スキル】

・『改造』Lv.1

──対象の特性・性格・構造などを強制的に書き換える。


※ただし、書き換えには別途条件が必要。


【称号】

・転生者

====================================


 改造。


 対象の特性や性格、構造を強制的に書き換える。


「ふむ……」


 顎に手を当て、ステータス画面を眺めた。


「それなら……」


 ふと、一つの考えが浮かんだ。


 ステータス画面の名前欄に手を伸ばす。


 すると、名前を示す文字が揺らぎ、薄れていった。


「おお……?」


 しばらく考えた末、新しい名前を入力した。


====================================

【ステータス】

・名前:アキ → アルター

・種族:人間

・レベル:2


【固有スキル】

・『改造』Lv.1


【称号】

・転生者

====================================


「……」


 しばらくステータス画面を見つめた。


「……はは」


 ははは。


 はははははははは!


「あはははははははははは!!」


 ああ、そういうことか。


 そういうことだったのか!


 この能力ならできる。


 魔物を変えることもできる。


 弱いモンスターを強くすることもできる。


 ダンジョンを作ることもできる。


 もしかしたら、この世界そのものだって……!


「よし……!」


 両拳を強く握りしめた。


 こうなったら、もう待つ必要はない。


 魔王がいないなら、俺が魔王になればいい。


 ダンジョンがないなら、俺が作ればいい。


 勇者がいないなら……。


「……勇者はどうにかなるだろ!」


 たぶん!


 いや、絶対に出現させてやる!


 俺は空に向かって両腕を広げた。


「よし! 決めたぞ!」


 このクソつまらない世界。


 平和なだけで、魔物すらまともに戦ってくれない退屈な世界。


「俺が直接、変えてやる!」


 魔物を改造し、ダンジョンを作り、魔王軍を組織し、人間の国々に宣戦布告する!


 そしていつか、この世界のどこかに俺を倒す勇者が現れるはずだ。


 そいつが俺を倒すその日まで、この世界の地獄は終わらない!


「待っていろ、勇者よ! お前が活躍できる舞台は、俺が必ず用意してやるぞおおおお!!」


 ……。


「……」


 ちょっと待て。


 そもそも、勇者がいるかどうかも分からないじゃないか。


「……まあ、なんとかなるだろ!」


 こうして俺は、このクソつまらない世界を自分好みに改造することを決意した。




最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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よろしくお願いいたします!

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