第3話
目の前には、これでどうだと言わんばかりに盛られた竜田揚げ。
添えられているのは大根おろしとポン酢、見ているだけでお腹が鳴りそうだ。
「わぁ……わぁ!」
「語彙力なくなってるぞ」
「だって見てよ、これ全部食べていいのよ?」
目をキラキラと輝かせながら、朱宮はお箸を二つに割った。
パキッという小気味の良い音は、これから始まる小さな小さな宴会のスタートの合図にも聞こえて。
「……俺のも残しといてくれよ」
「も、もちろんじゃない」
絶対一人で全部食べる気だっただろ。
ふい、と逸らされた目に口元が緩む。
朱宮つづりがこんなに食いしん坊、というか美味しいものに目がないと知ったのはいつからだろう。
ここ数年なのは確実なんだが、いつの間にか朱宮とはこういう人だと受け入れてしまっていた。具体的にはたまにポンコツになる残念美人だと。
ほら、今だって割り箸が上手に割れず、アルファベットの「P」みたいになったのを見て「ぴえぇ」とか鳴いてるし。
突きつけられた難題にも淀みなく答える、昼間の「朱宮さん」はどこにいったんだ。
「えーえー!私は割り箸ひとつも上手に割れないポンコツですよーだ!」
むきーっとこっちを見て顔を顰める彼女は、同い年のはずなにどうにも年下に見えてしまう。
「何も言ってないだろ」
「でも笑ってるもん!」
「あぁ、かわいいとこあるなと思って……あ、」
おっと気が抜けていた。
思わず脳と口が一直線に繋がってしまった。
「ねぇ今なんて?ねぇねぇ!もう1回!私がかわいいことはもちろん把握してるけどあなたの口から聞きたい!ねぇ!」
伸びてきた腕を振りほどく。うぜぇ。
こんなんだから残念美人って言われるんだぞ、褒められたら黙ってにっこり微笑んどけばいいものを。
「ほら、ビールの泡なくなるからさっさと飲むぞ」
「言ってよ〜かわいいって!」
くそ、強情だな。
「はいはいかわいいかわいい」
「ちーがーう!!もっと『あ、思わず言ってしまった』みたいなかわいいがほしい」
「それわかっててやったやヤラセじゃねぇか!いいからほら、乾杯」
「むーんかんぱーい!」
カツン、と汗をかいたジョッキが重なり合う。
飲み口から少し溢れた炭酸は、先ほど思わず飛び出た言葉よりも勢いがよかった。
さて、何はともあれまずは酒だ。どうにもこれがないと、飲み会は始められない。
喉を大きく開けて黄金色の液体を流し込んでいく。
仕事の不満や独り身であることの不安、ほんのちょっとだけ自覚している朱宮への独占欲といった心の奥底のもやもやも、アルコールに混ぜて一気飲みすれば少しは和らぐというもの。
「「はぁ、うま」」
重なった言葉に顔を上げると、同じく目を見開いた朱宮がいた。
「ふふっ」
「なんだよ」
照れくささを誤魔化すために枝豆に手を伸ばす。
「んーん、同期の絆?ってやつを見た気がして」
「どちらかと言うと、このクソみたいな残業地獄を生き残った戦友だろ」
「それもそうね〜あむ!」
彼女は相槌を打つやいなや、大口を開けて竜田揚げへとかぶりついた。
ジュワッと音が聞こえてきそうな、CMでも見ているような感覚。
食べ盛りの高校生のように大きな口ではむっとかぶりつく朱宮はレアだろう。
俺以外で彼女と飲みに行った人は、こんな一面を知っているんだろうか。
なんて心の内に一瞬湧いたもやもやは見えなかったことにして、汗をかいたジョッキに再び口をつけた




