第18話 三日間の回答
通知の翌朝、カイトは執務室で書類に向かっていた。
名簿の洗い出しが続いている。鉱山周辺で魔石の横流しに関わった者の記録を、ゴルが集めてきた一覧と突き合わせる地道な作業だ。四天王の回答を待ちながら、別の仕事を進める。待つだけの時間を作るつもりはなかった。
扉が開いた。ノックはなかった。
ヴェイルだった。
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カイトは顔を上げた。窓の外はまだ朝の明るさだ。一日目の、朝だった。
「早いですね」
「考えるのに三日はいらなかった」
ヴェイルは何も言わずに書面を机に置いた。几帳面な字で留任の意志と署名が書かれている。返済計画の欄にも、すでに数字が入っていた。月払いの金額、完済までの期間。自分で計算してきた数字だ。
カイトは書面に目を通した。数字に問題はない。
「受け取りました。理由を聞いてもいいですか」
「仕事をする。今度は正しく」
短かった。怒りもなく、言い訳もなく、殊勝さもない。ただ、そう決めた、という声だった。
通知の翌朝に、返済計画まで整えてくる。解雇状を受け取った人間が最初に動かすのが感情ではなく計算だったとすれば、それは最初からそういう人間だということだ。カイトはしばらくヴェイルを見た。
「理由は、それだけですか」
ヴェイルはわずかに目を細めた。
「今のところは」
それだけ言って、出ていった。扉が静かに閉まる。
カイトは書面を引き出しに入れた。「今のところは」という言葉が、少し頭に残った。ゴルが扉の外から顔を出す。
「……一人目、でありますか」
「一人目だ。作業に戻る」
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二日目の昼、フォルカが来た。
書面は持っていた。しかしすぐには署名しなかった。椅子に座り、懐から自分で作ってきたらしい書類を取り出した。数字と路線図が手書きで並んでいる。
「補給ルートの記録を、今後はどう扱う」
「財務の管理下に置きます。ただし運用の判断はフォルカさんの担当です。記録を出してもらえれば、内容には介入しません」
「ラーゴスとの取引が始まった場合、補給ルートの一部を転用することになる。軍の補給に支障は出るか」
「試算しています。問題ない規模です。必要なら数字を出します」
フォルカは書類から目を上げなかった。次の質問を探しているような間があった。しかし言葉は出てこなかった。
自分が積み上げてきた補給ルートの知識が、正当な形で使われる見通しが立った。それだけのことだったが、それで十分だったらしい。羽が、ゆっくりと落ち着いていった。
「……よろしく頼む」
署名して、出ていった。扉が閉まってから、カイトはゴルに目を向けた。
「フォルカは実務から確認する人だ」
「信頼のかけ方がそういう人でありますね」
「自分の知識が正しく使われるかどうかを確かめてから決める。合理的だ」
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三日目の午前、シルヴィアが来た。
扉を開けるなり、杖の先が床を叩いた。いつもより音が大きかった。
「一つ条件がある」
「聞きます」
「研究予算を削減しないこと。魔導部門の研究費には手をつけるな」
シルヴィアの目が、カイトを真っ直ぐ見ていた。研究費を守ることが、自分が留まる理由の全てだと言っている顔だった。
「幽霊部隊が三十名います。月3.2万Gはそこから出ていた。実在しない人員の人件費が、正当な研究費に移ります。数字上は増えます」
シルヴィアが口を止めた。
「……増える?」
「これまでは研究費という名目で人件費を流用していた。その流用分が消えた分、正式な研究予算として計上できる額が増えます。削減ではなく整理です」
沈黙があった。シルヴィアは杖の先を見た。何かを計算しているような間だった。そして計算が合ってしまった顔になった。
「……わしの負けじゃ」
短く言って、署名した。立ち上がる前に一度振り返った。
「また来る」
「いつでも」
出ていく背中が、来たときより少しだけ軽く見えた。
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三日目の夕刻、ガルガンが来た。
書面を握りしめていた。手の力が強すぎて、紙の端が少し折れている。期限の直前だった。
椅子には座らなかった。立ったまま、カイトを見た。
「一つ聞く」
「どうぞ」
「財務長官は、北方軍に口を出せるのか」
カイトは答えた。
「軍の作戦には介入しません。予算の執行と記録は財務の管轄ですが、誰をどこに動かすかはガルガンさんの判断です。戦える状態を維持するための数字を作りに来ました。それ以上でも以下でもない」
「……兵士の食料や装備はどうなる」
「改善します。横領分が消えて収入が増えれば、北方軍に使える数字は今より必ず増えます。悪化することはない」
ガルガンは動かなかった。長い沈黙だった。
この男は、不正を働いていた。それは事実だ。しかしガルガンが北方軍の備品費を流用していたのは、私腹を肥やすためではなく、予算が足りない北方軍の穴を埋めるためだった。帳簿を見れば、そのくらいはわかる。
だからといって横領を認めるわけにはいかない。しかし、この男が何のために北方軍に残ろうとしているかは、数字を見ればわかっていた。
「……俺は北方軍が好きだ。兵士たちが、な」
ガルガンは書面を机に置いた。ゆっくりと、署名した。
それだけ言って、出ていった。扉が閉まった後、廊下に足音が遠ざかっていく。
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ゴルが茶を持ってきた。机の上に四枚の書面が揃っていた。
「……全員、でありますか」
「全員だ」
「最初から全員が留まると思っておりましたか」
カイトは書面を引き出しに入れた。
「ヴェイルは確信だった。ガルガンは七割。フォルカとシルヴィアは条件次第だと思っていた」
「確信とは、どういう根拠で」
「通知の場で質問してきたのはヴェイルだけだった。留まった先に何があるかを聞いてきた。出ていくことを考えている人間は、その先を聞かない」
ゴルはしばらく考えた。
「……ガルガン様は七割だったのでありますか」
「ああ」
「残りの三割は」
「帳簿を見れば、ガルガンが兵士のために動いていたことはわかる。だが、誇りの高い人間は、条件を受け入れることを屈辱と感じることがある。その可能性が三割あった」
カイトは茶を一口飲んでから、机の上の別の書類を引き寄せた。名簿の続きだ。
「次の作業に入る」
「承知しました、長官」
ゴルが静かに下がった。
松明の光の中で、ペンが動き始めた。




