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マキア  作者: ヤマト
3/3

3人の冒険 その2





悪である、魔物。それは、人が文明を築く過程で、憎まれ、疎まれ、排斥され、生物として当たり前の感情を有した、個体の当然の帰結であり、特別最初から悪である生物など存在しなかった。


こっそりと人から隠れ生きる者、魔女と結託し人間への謀反を企むもの、そして人との共存を夢見て、今日も人との交流をはかろうとするもの。




「おーい、レイド!」


仲間の呼ぶ声が聞こえる。


「なんだー!モルノ!」


「旅の馬車がここ通るってよ!どかすの手伝ってくれ!」


「あいよー!」


レイドは、村に住む若者であった。誰よりも率先して人の嫌がる仕事をして、揉め事が起こったときには、必ずレイドが間をもって、話を聞いていた。力仕事も何のその、人々から慕われ、愛されて、彼は近隣の民衆から多大な評判を得ていた。


ガタガタと畦道(あぜみち)を馬車が通ろうとする。


「本当に、可哀想ですわ!!最初から、悪い人だって決めつけるのは、良くないことですのよ!!」


「そうは言っても、殴りかかられてからでは遅いではないか!魔物が道を塞いでいたら、切り捨てるのが騎士の道理だ!」


「まぁまぁ、2人とも、落ち着いて。」


馬車の中では、3人の女性が何やら話し合っている。珍しい、格好………身分の高い、貴族だろうか?俺は、余計な揉め事が起こっても嫌なので、ここは素直に通り過ぎるのを待つことにした。




ガタッ、と大きな石に車輪が乗り掛かる。彼女達の乗っている馬車が大きく傾いた。


「危ないっ!!」


俺は、馬車の側面に駆け寄り、倒れそうなところを間一髪両腕で支えた。そして、モルノを呼んで、2人で馬車を立て直す。


「も、申し訳ございません。」


御者の方が、俺たちと馬車に乗る3人に、頭を下げている。黒髪の少女は俺たちに会釈し、ペコリと頭を下げていた。金髪の女騎士は御者に向けて、鋭い目付きを放ち、強い言葉でいいつける。


「くれぐれも気を付けろ!!次はないぞ。」


それに対して、いかにも王族といった格好のおさげの少女はその態度を戒めるように言った。


「ちょっと、いくら何でも言い方が酷いんじゃありません!?見損ないましたわ!」


すると、黒髪の少女は女騎士の顔を覗き込み、心配そうに言った。


「ミレイユ、目の隈が酷いわ。ちゃんと寝てる?」


すると、ミレイユと呼ばれた騎士の女性は、首を横に振り答える。


「護衛は、昼夜問わずお守りするのが、役目だ。寝ている余裕など、ない。」


「ね、寝てなかったですの!?まさか、一度も!?」


「ミレイユ、それはダメよ。」


騎士を真っ直ぐに見据える黒髪の女性は、彼女の顔に優しく手をやり、微笑んで言った。


「ミレイユは頑張り屋さんだから、私は、しっかり休んでほしいわ。」


「わかった。休もう。」


「即答ですわ!素直なこと!」


3人のやり取りに、俺は思わず少し微笑み、声を漏らしてしまった。それが耳に入ったのか、3人はこちらに振り向く。そんな彼女たちを見て、俺は、そうだ!と提案した。


「もしよかったら、うちの村で休んでいかないか?疲れてるなら、もてなすぜ。」


3人は顔を見合わせる。


「いいんですの?」


少女は窓から顔を出して、俺に問いかけた。


「もちろん。何もねぇ、ところだけどな!」


俺は、3人ににこやかに答えた。


オークの村である。ふつうなら初めての人間は、警戒して、近寄らないものだけれど、この3人なら何だか、大丈夫な気がした。


「ミレイユ、少し休ませてもらいましょう。」


「くっ、オークの村など、信用ならん!ダメだ!」


「頑なですわ!この女!」


何だかんだで、3人は俺たちの村に少しの間留まることになった。





















くぅー、くぅー………と、ミレイユは私の膝の上で寝息を立てる。チルノは村の子どもたちと楽しそうに魔法を使って遊んでいた。オークの村の人々は、嬉しそうに歓迎してくれて、ご飯まで振舞ってくれた。魔物って、怖い印象を持っていたけれど、そんなに人と変わらないんだなって、思った。


「…………これ、どうかしら?」


オークのおばちゃんが、和やかに微笑んで、クッキーのようなお菓子をバケットに入れて持ってきてくれた。ミレイユを起こさないように、おばあちゃんは、ゆっくりと、部屋に入り、私にそれを手渡してくれる。


「旅の疲れね。あんまり無理しちゃダメよ。」


「ありがとうございます。」


静かに会話をする。本当に、祖母の家に帰ったときのことを思い出す。なんだか私は安心して、段々と心地のよい気分になって、ミレイユと一緒に眠ってしまった。部屋に差す、日差しがあたたかくて、久しぶりにゆっくりと眠りにつくことができた。












レイドは声を上げる。


「魔物討伐作戦!?」


しーっ!!とモルノは大きな声を出さないように、レイドに注意した。静かな声で話をする。


「そうなんだ。魔女の勢力が何者かによって、大きく削られたらしく、これを好機と見て、王国は俺たち魔物ごとまとめて滅ぼそうって魂胆らしい。………ほんっと、嫌になるよな。」


レイドは、顎に手を当て、考える。そして、フッと微笑んで言った。


「チャンスじゃないか?」


「えっ?何を言って………」


モルノは困惑した表情を向ける。


「魔女が撤退して、暴れるようなことがなくなれば、人間に余裕が生まれる。余裕が生まれれば、俺たちの話を聞く、人間が王国や、貴族側の人間に、現れるかもしれない。そうなれば、俺たちはもうビクビクして、暮らさなくても良くなる。」


「ま、まぁ、確かにそうかもしれないが、そんなに上手くいくか?」


「いくさ!お前も知ってるだろ?人と魔物なんて、姿形以外何も違いっこないんだ。ちゃんと話し合えれば、きっと分かり合えるさ。」


すると、カンカンといつもみんなの食事を作ってくれるおばちゃんが扉を叩いて、知らせてくれる。


「ご飯だよ!あんたら、いつも来るのが遅いんだから!いい加減、子どもの頃から変わらないのを、どうにかしてほしいね!」


「おばちゃん、悪い!今行くから!」


レイドとモルノは立ち上がり、外へ出る。すると、子どもたちが、確か、チルノという名前の、少女と一緒に駆け回っていた。少女はこちらを見て、微笑む。そして、杖を振るうと、俺の目の前には、大きなしゃぼん玉が現れた。


「……………………」


俺は、手でそっと触れようとするが、それは割れてしまう。少女はそれを見て、いたずらな笑みを浮かべて、子どもたちと一緒に食事の場所へと去っていった。俺は、ポーッとその様子を見つめる。


「おーい、おーい!レイド!」


「………な、なんだ?モルノ。」


「綺麗な女の子だよな。多分、どこかの貴族か、下手したら王族の人間だぜ。ありゃ。」


「…………あぁ。」








はぁーむっ、とミレイユという女騎士は、まこという少女から、スプーンで食事を食べさせてもらっていた。チルノという少女は、子どもたちと楽しそうに談笑しながら、ご飯を美味しそうに食べていた。俺たちは、いつもと変わらず、笑顔に溢れ、最高のひとときを、食卓の間で過ごす。


「そういえば、娘さんたちはどこから来たんだい?」


村のおじさん、ロックさんが少女たちに問いかける。


「モルト王国という場所から来た。」


ミレイユという騎士は、答えた。


「へーっ!あんな遠い場所から!大変だったねぇ………。あんまり無理しちゃダメだよ。」


「あ、あぁ。心得ている。」


彼女は少し慣れない様子で、元に視線を戻した。心配されることに慣れていない感じがする。おばちゃんは、そういえばと困った表情をして、顔に手を当てて、話し出した。


「それにしても、近頃雨が降らないねぇ。本当に困ったもんだよ。川の水が少なくなって、洗濯物もできないし。いよいよ、貯水池も尽きそうになってきたからねぇ。」


すると、チルノという少女はこちらを見て応えた。


「私、お水、出せますの。」


一瞬の静寂。それから、ロックさんは尋ねた。


「ほ、本当かい?お嬢ちゃん?」


「しばらく時間はかかりますけど、可能ですの。池いっぱいのお水くらいなら、何とか………。」


「た、たすかるよ!!ははっ、いや、本当に!!」


村のみんなは立ち上がり、喜んだ。俺とモルノも顔を見合わせて、笑う。水の問題はいつも頻繁に起こっていて、特に近年はそれが顕著だった。


彼女はみんなでご飯を食べ終わった後、杖を振り、呪文を唱えた。すると、ポタポタと、上空から雨が降ってくる。そして、目の前には綺麗な虹が、かかった。


「わぁ………。」


なんて綺麗なんだ。俺は、感動すると共に、彼女の方を見ると、ふと目が合った。彼女は微笑み、俺は思わず顔をしたに下ろした。
















しばらく時間が経った。チルノは、杖を掲げ、池に水を貯めた。その間、ミレイユは家で睡眠を取り、まこは、村の畑仕事を手伝っていた。


「本当に、ありがとう。」


おばあさんは嬉しそうに、まこに感謝の言葉を伝える。まこは、いいえと、少し気恥ずかしそうにして、汗を拭き、ふたたび鍬を地面に差し込んだ。


すると、ガラガラと遠くから大きな音が近づいてくる。見ると、豪華絢爛な装飾の馬車が、やってくる。そして、大きな声がきこえる。


「おぉ、やはりそうだったか!」


馬車から、王様と思わしき、人物が降りてくる。王冠に、指輪を多く身に付け、マントを羽織っている。そういえば、モルト王国に来ていた王様のうちの一人だ。彼は私の前で片膝をつくと、手を前にやり、粛々と言葉を述べた。


「お迎えに上がりました、英雄殿。」


村の人たちは騒ぎになる。膝をついた王が、私に手を差し出す。私は躊躇したが、手を取らないのも悪いかと考え、手を前に出そうとした、その時、ミレイユが横から私の手を掠め取った。


「ユグル王。久方ぶりでございます。何のご用でしょうか?」


すると、ユグル王は露骨に顔を顰め、しかし言葉は丁寧に、穏やかな声音で、言った。


「いや、近くに英雄殿がいらしていると聞いてな。せっかくなので、迎えにあがろうかと………」


「お気持ちは嬉しいですが、ご存知の通り、遠征の最中ですので、ご遠慮いただけると嬉しく存じます。急いでおりますので。」


すると、王は後ろの村の様子を見て、訝しむように、言った。


「しかし、随分とのんびりされているようであるが、私の見間違いかな?いよいよ魔女を討とうというときに、肝心の英雄様をこれだけ誑かすような愚かな種族がこんなところにいたとは。」


その言葉に、ミレイユはキッと睨み、手を横に払い、村のみんなを庇うように言った。


「この者たちは、関係ありません!私たちが疲れていたところを、匿ってくれていただけです。それに、馬車が転倒しそうになったところを救ってくれた、英雄の恩人でございます。万が一、手を出されれば、モルト王国及び、ロイド王国の護衛騎士、このミレイユが黙ってはおりません。」


「おぉ、それは怖い。なら、一旦退かせていただこうか。おい、帰るぞ。」


すると、ユグル王国の側近である騎士たちが、何故か不気味な笑みを浮かべ王と共に去っていく。一体、何を企んでいるのだろうか?


「…‥……アビド王といい、もはや魔女だけでなく、各国の王も油断ならんな。まこ、大丈夫か?」


「えぇ、何とも。」


しかし、本当に不気味だ。後ろにいるチルノ………バード王国の王女も一緒にいたというのに、いまいち反応に薄かった。だいたい、ロイド王国の私が共にいるということも、相手方からしたら真っ先に疑問に思うことだろうに。情報網が早すぎるな。何処からだ?


「おい!何があった!?」


隣町に用事があり、出掛けていたレイドという、オークが、村に帰ってきた。村の子どもたちは彼の元に駆け寄る。


「お兄ちゃん、怖かったよぉ。」


「おうおう、大丈夫だ。よしよし。」


レイドは子どもたちの頭を撫で、もはや小さくなった、遠くに見える王の馬車を見据える。


「モルノ、ここももうダメかもしれんな。」


「あぁ、本当に悔しいぜ。」


ミレイユは、悔しそうな表情で目を伏せる彼らを横目で見る。そして、自らも溜息をつき、目を伏せた。

















「ここは!私の、バード王国の領地と致しますわ!!!」


唐突に大きな声で告げた、チルノにみんなは驚き、彼女を見る。


「わたくしは、バード王国、現国王チルノ・バードでございますの!!この地を犯すものは、何人たりとて、許しません。ご安心下さいまし。今より、この地は私が治めますわ!!」


静寂が辺りを包む。ミレイユは驚いたとともに、思わず微笑む。そう。呆れられてはいるが、何だかんだで皆、彼女を認めているからこそ、彼女は王女なのだ。村の人々は徐々に騒ぎ始めた。


「バード王国……….バード王国といえば、云百年戦争をしていないという平和の象徴だ。………そのあまりの戦力から、魔女も生半に手を出せないという、不落の国家。そ、そこに、私達は守ってもらえるというのか?」


「こ、国王様………な、何という幸運だ。あぁ、神よ。我らを見捨ててはいなかったのか。」


人々は、チルノに向け、膝をつき、頭を深々と下げた。チルノは、手を振り、嫌そうにして言った。


「そういうのは、いりませんの!あくまで、友達として、わたくしと接してほしいですの!」


「し、しかし…………」


「そうじゃなきゃ、さっきの話はなしですの!」


「わ、わかりました。」












ミレイユ、まこ、チルノは小さな茅葺きの家で話し合う。レイドという青年の、私たちを馬車の転倒から助けてくれたオークが、私たちに相談してきたのだ。魔物を殲滅せんとする作戦が、王国に広がっていると。どこからその情報を仕入れたのかは定かではないが、彼らは深刻な眼差しは、とても嘘の類には思えなかった。


「…………とは言っても、オークの村の人々が、襲撃の際に、そう言ったとして、易々と兵士たちが受け入れると思うか?」


「さっき来たときに言っておけばよかったですの。」


「私も、あんな失礼な態度なにか言ってやればよかったわ。」


ミレイユは腕を組み、目を閉じて、考える。


「まぁ、もちろん、王女の言葉となれば、ある程度の抑止力は働くだろう。こうなったら、一度ユグル王国に赴くしかあるまい。面倒だが。」


「いいんですの!?」


「仕方がない。日も押してきているが、まだ余裕がある。………それに、仮にも恩があるからな。このまま見て見ぬ振りはできんだろう。」


「私も、ちゃんと話してみるよ。この村みたいに何も悪いことをしていない魔物の人たちが、巻き込まれるなんて、私、絶対に見逃せない。」


「そうですのよ!本当に、みなさんいい人ばかりですの!絶対に手出しはさせませんわ!!!」


「ともかく、明日一度赴いてみよう。ここからだと、すぐに着くだろうが………今から行くと辺りが暗くなるな。やはり、明朝に出発しよう。」


「えぇ。わかりましたの。」


「うん。わかったわ。」













夜更け、ガサゴソと用具入れのテントからする音を聞いて、レイドは目を覚また。そして、眠い目を擦って、そこへいくと、暗い影が不気味な音を立てて、蠢いていた。



「誰だ!?」


「うわぁっ!?」



暗い影は、ひっくり返る。そこにいたのは、なんとチルノ。バード王国、女王のチルノバードだった。


「あぁ、すいません。てっきり、盗人かと。」


「誰が、盗人ですの!?失礼ですわ!!!」


「あっ!も、申し訳ありません!」


膨れっ面のチルノ王女だったが、少ししてその顔は寂しそうな顔に変わり、ボソッと呟くように言った。


「あなたも、私を友達として見てくれないんですの?」


「えっ?」


俺は戸惑った。そうだ。確か彼女は、友達として接してほしいとそう話していたはずだ。やはり、彼女が王女である以上、多少の敬意が必要かと思ったのだが、それ故に少し萎縮して、よそよそしい態度になっていた。彼女は、それに傷ついたのかもしれない。俺は、倒れている彼女に手を差し伸べて言った。


「悪かったな。立てるか?」


すると、彼女は嬉しそうに手を取って言った。


「はい!ですの!」


彼女が立ち上がると、後ろには国旗が描かれていた。それは、バード王国の象徴、王国の鷹。俺は目を丸くして、彼女に尋ねた。


「それ、描いてくれてたのか?」


「え、えぇ、少しでも役に立てればと…………」


俺は、彼女の手を握って、喜んだ。手が染料で濡れていて、懸命に描いていたことがうかがえた。


「これがあれば、王国だって、簡単には手は出せない!!ありがとう!!本当に、君はこの村の救世主だ!!!」


「そ、そんな、言い過ぎですのー!!照れますわー!!」


彼女は、嬉しそうに照れている。そんな彼女に、俺も素直に嬉しくなった。しかし、その国旗は、驚くほど精巧に描かれている。彼女は、子どもたちと魔法を使って遊んでくれていたし、それに王女であるはずなのに、誰よりもみんなと、対等に接しようとしてくれていた。何というか、彼女は、本当に………


「す、素敵な人だなぁ…………」ボソッ


「えっ?何ですの?」


「い、いや!何でもない!それじゃあ、旗は俺が立てておくよ。こんなに立派なものを描いてくれて、本当にありがとう。」


「どういたしましてですの!」

















朝日が昇る。馬車は、3人を揺らし、ユグル王国へと旅立っていく。


「それじゃあ、行ってきますのー!!」


チルノは手を目一杯に振って、別れを告げた。まこやミレイユも、世話になった村の人たちに手を振った。


村には旗が靡いている。煌めく鷹の紋章が確かに、村の人々を加護しているかのようだった。



だが………


モルノは、呟く。


「レイド、一応準備はしておくぞ。」


「あぁ。」


「奴ら、難癖つけて襲ってくるに決まってるんだ。王女が味方についてくれるのは、心強いが、期待はしない方がいい。」


「わかってる。」


レイドたちは武器を取る。ずっとそうであったように。だが、ほんの少し希望の兆しが見えた。確かな思い出と、心の繋がりは未来への礎となる。たとえ、俺たちが死のうとも、な。

















(みどり)(こけ)た、古遺跡。

蒼と緋の瞳の青年と、ユグル王は邂逅(けいこう)する。


「こ、これが魔女が賜ったという祝福の光……!」


「君は、本当にそれを望むのかい?」


「もちろんだ!!早くそれをよこせ!!」


青年の持つ紫の光の球体を、王は奪い取り、喰する。途端、身体は脈打ち、王の体は痙攣し、胃の内容物を全て吐き出す。


「ほら、頑張って。」


膝をつき俯く王に、視線を合わせるように、しゃがみ、青年は笑顔でその様子を眺める。


「き、貴様………!!」


「…………ダメか。じゃあ、さよなら。」


王の身体が破裂する。紫の球体がカランコロンと地面に転がる。それを青年は拾い、(かじ)った。


「もうすぐ会えるね。エバ。人間はいつの時代も、儚く、愚かで、美しいよ。」


王の身体から木樹が実る。













ユグル王国にて、


「ようこそ、おいで下さいました。」


「あぁ、出迎え感謝する。」


ユグル王国の門には既に、宰相が出迎えていた。


(私たちの動向など全て把握済みということか………。)


私たちは、目の前に伸ばした腕より遥かに大きく、この国の全ての場所から見渡せるほどの、巨大な神樹を見上げて、感動の声をあげる。


「すごいですわ!」


「わぁ……すごい。」


遺跡都市ユグル。何千年も昔から、神樹をのぞめたこの地は、神の土地として人々に栄え、長く信仰の場として、広まっていた。王国は遺跡の真上に、建てられ、その王国地下には、立ち入ることが許されていない。


「こちらでございます。」


入り口には巨大な教会が存在し、その中には天井に巨大なステンドグラスが見える。


「わぁ………。」


「星が!星が見えますわ!」


教会は暗く、細い灯火だけが、地上にポツポツとあるばかりだが、星の輝きが薄らと地上を照らし、信徒は手を合わせ椅子の前で祈りを捧げている。


騎士たちが胸の前に剣を掲げ、私たちの通る道を空けている。私とチルノは頭を少し下げ、何だか申し訳なくなりながら、その間を通る。ミレイユは真っ直ぐに前を見据え、堂々と通り、様になっていた。



教会を出ると、遺跡の都市らしく、古びたレンガの家が立ち並ぶが、そこは異様に静かで、まるで人が全くいないようだった。




「静かですわね。」


「そうね。誰かいないのかしら?」



すると、その声が聞こえたのか宰相が、前を向いたままで私たちに、話しを切り出した。


「人があまり見られぬことが、気になりますかな?」


私たちは顔を見合わせて、返事をする。


「なりますわ!」


「はい!」


フォッフォッと笑い、宰相はこたえる。


「今日は、祈りの日でございます。教会に行って、祈りを捧げるか、それとも家で神樹の方向に向かって、手を合わせるか。」


私たちは、今一度目の前にある神樹を拝み、ゆっくりと手を合わせた。


ミレイユは、宰相に問いかけた。


「宰相、王から何か伺ってはおりませんか?」


「いえ、それがおられぬのです。」


宰相は、ハンカチを手に取り、汗を拭く。そして、立ち止まり、私たちの方を向いて言った。


「先日、帰国されてから、ほどなく地下に向かわれたようなのですが、戻られておりません。」


「そんな馬鹿な!?少なくとも1日以上は経過しているはずだ!臣下たちは………宰相であるあなたは、何をしている!?」


「そ、それがこの国で絶対的な権限を持つ、直属の護衛騎士ランスロット様が、王は祈りに集中しておられる。邪魔をするな、と。」


「…………早く向かおう。何か、嫌な予感がする。」












宰相は私たちを止めようとする。


「お、お待ちください!!この先は、チルノ様のような盟国の王女であろうと、ユグル王でなければ、祭事以外は立ち入りは禁止となっております!!」


「分かっている!だが、ユグル王が私たちが来ると分かっていて、出迎えないわけがない。」


「地下で祈りを捧げているんじゃありませんの?」


「違う。ユグル王は、祈りの日は先程の教会で家族と祈りに出掛けるんだ。正直、多少過激な排他的思想を有しているが、その分身内にはとことん甘い。そんな王が、祈りの日の前日から、人の目から隔離された遺跡から帰ってこない?英雄が国に来訪するのに、遺跡に篭ったままだと?まずあり得ん話だ。何かが起こっていない限りは。」


「何かがって………?」


「最悪の場合を想定しておいたほうがいい。宰相!臣下を集めろ!ランスロットに気づかれんように、早く!」


「そ、そんなに勝手をされては………畏まりました。私も、訝しんでいるのです。最近、妙に彼の様子はおかしかった。」


宰相は、俯き、私たちの元を去る。私たちは、ミレイユがその遺跡の階段までの道を知っていたようで、その場所まで辿り着く。透明な魔法壁で封鎖されているために、入ることはできないが、声は届くかもしれない。



「ユグル王!聞こえるか!家族が心配している!英雄も、チルノ王女もいらっしゃった!そろそろ、お出にならないか?」


ミレイユは、手を前にし、なるべく遠くに届くように、大きな声を出した。しかし、反響と静寂が返ってくるばかりで、返事はなかった。


「本当に、これはまずいかもしれんな。」


ミレイユが顎に手を当てて、考え込んでいる、その時だった。



「何をしている?」



くぐもった声が後ろから聞こえる。暗く、あまりに大きな影。私たちの首筋に強烈な、衝撃が走った。



















顔が湿り気を帯びている。ペロ、ペロと誰かに舐められている気がする。


「うぅん……………」


目を開けるとそこには、心配そうな顔のモコがいた。


「モコ!!」


私は体をバッと起こす。見渡すと、そこは遺跡。古びた瓦礫、その積み重なった天井の隙間から、光が溢れている。その光の先には、ミレイユが……そして、その隣にはチルノもいた。


「ミレイユ!チルノ!」


「うぅん………。」


「いたたたた、ですの………。」


気づいたように、2人はバッと起き上がり、辺りを見渡した。


「何ですの!?ここ………。」


「ここは遺跡だ。祭事のとき、一度訪れたことがある。」


ミレイユは暫く考え込んだのち、私たちに言った。


「戻ろう。ここにいては危険だ。」


「た、確かに何か物騒なものが出てきそうで、怖いですの………」


「そうじゃない。奴は、明らかに隠したいことがあった。だから、私たちは攻撃を受け、気絶させられたんだ。それにも関わらず、あっさりとその遺跡への侵入を許している。明らかに罠だ。警戒しなければ。」


ミレイユは、あらためて辺りを見渡した。


「あっちだ。」


ミレイユは指を差し、歩き出す。私とチルノはそれについていく。遺跡には、天使と悪魔の彫像が飾られ、また神樹と思わしき彫刻の彫られた、巨大な石板があった。神樹の根の先には、3つの絵が描かれ、1つは死者が女神に祈りを捧げる姿。2つ目は、巨人が山を持ち上げ、神の脅威となる姿、3つ目は、橋を渡る神々を、女神が迎え入れる姿。まるでそれは壮大な芸術を見せられているようで、思わず見惚れて、前を見るのが疎かになっていた。


「あいてっ!?」


立ち止まった、ミレイユの背中にぶつかる。


「ご、ごめん………。」


「…………………。」


ミレイユからの返事はない。


「な、何ですの?これ………。」


私はチルノとミレイユが向けた視線の先を、見た。


「えっ?そ、そんな……………」


血に濡れた木。散らばる、ユグノ王の服………そして、木樹に取り込まれた彼の顔は、まるで生気を吸い取られたように、酷く青い。



「きゃあぁぁーーーーー!!!!!!」


「父様……!!父様………!!?」


階段の下を見る。そこには、王女とご子息、そして護衛の兵士たちが声をあげて、木樹に駆け寄った。


「侵入者だ!!引っ捕えよ!!!」


兵士たちは、私たちを見て、声をあげた。


「ち、違う!!!私たちは、ランスロット殿に、気絶させられて…………」


「言い訳無用だ。大人しくしろ。」


私たちは、手を拘束されて、錠をかけられ、地面に押し付けられる。すると、ガシャ、ガシャと鎧の音と共に、ランスロットが私たちの前に現れた。


「貴様〜〜!!!」


ミレイユは、憎しみと怒りの表情をランスロットに向ける。ランスロットは何も応えず、沈黙する。兵士たちが私たちを連行しようとした、その時だった。


「な、何だ!?この獣は!!?」


「モコ!!!」


モコが兵士たちを押し退け、私たちを咥える。そして、階段を駆け上がろうとした、その時だった。






血牙(けつが)






ランスロットが剣をこちらに向ける。すると、何処からか鋭く放たれた血の斬撃は地を伝い、モコを襲った。もろにその攻撃を受けてしまい、モコは地面に、倒れる。


「モコ!!!!」



モコは、光となり、ペンダントに還る。私たちは地面に放り出され、体を打ち付けた。兵士たちが私たちに駆け寄り、再び私たちを捕える。


ランスロットは、兵士たちに告げた。



明日(みょうじつ)、処刑を行う。」



足音が去っていく。



「牢屋に入れておけ。」


















私たちは、牢屋に、身体を放り投げられる。


「ぐぅっ………!?」


「痛いですわ!!」


「ぐっ………ど、どうして?」


私たち3人は冷たい牢屋の石床の上で、何とか身体を捩り、顔を合わせる。


「すまない。私が、無理やりにでも抵抗していれは………。」


ミレイユは、申し訳なさそうに顔を下げる。


「そんなことしたら、余計誤解を生みますわ!ちゃんと話して、誤解を解かないと………」


ミレイユは首を振って答える。


「こういう場合、大抵は話など無駄だ。一方的に判決が下され、流れのままに処刑される。」


「そ、そんな………ですの。」


「……………………」


そう、以前も私は問答無用で、処刑が言い渡された。一度決まってしまえば、余程のことがない限りは覆らないだろう。


「杖も取り上げられましたわ。ミレイユも、剣を取られましたし…………。」


「私も、ペンダントを取られちゃった。本当に、どうしよう…………。」


私はふと、あの時のことを思い出した。魔女と疑われ、捕えられ、絶体絶命のところを、カラルが救けに来てくれたあの時のことを。


その時、階段から音がした。コツ、コツと足音が響き渡り、その音は、だんだんと近づいてくる。


「兵士か?いや…………!?」


「あなたは!?」


「どうして?どうしてここにいますの!?」


私たちは、牢の前に現れた人物に目を見開ける。ここにいるはずのない人物、それは…………







「お嬢、こんなところで何してるんですか?」










「ベルヒム!!!」


そう、円卓会議の時に見かけ、兵士を救出する際にも手を貸してくれた、チルノお付きの執事。ベルヒムは、頭を掻きながら言った。



「いやぁ、たまたまユグル王国に寄って来てましたね。お嬢の姿が見えたんで、こっそり城の前まではついてきてたんです。流石に、中までは入れないので、外でお嬢を待って、出てきたら驚かしてやろうと思ってたんですが…………城の中が妙に騒がしくなってましてね。お嬢がまた何かやらかしたのかと心配になって、来てみたんですよ。よかったです。案の定、何かやらかしたようですね。」



「私じゃありませんの!!!完全な、誤解よ!!ベルヒム!!罪を着せられましたの!!」


すると、ベルヒムは腕を捲り、やる気を見せた。


「そうですか、じゃあ、一丁濡れ衣晴らしに奔走しますか。」


ミレイユは、そんなベルヒムに助言をする。


「ベルヒムとやら。この国の、特に直属の護衛騎士たちは恐らく完全にグルだ。既に乗っ取られていると考えていい。話をしたところで無駄だ。王も殺された。」


「………なるほど。じゃあ、無理やり脱出するしかないですね。」


ベルヒムは、懐から鍵の束を取り出す。


「ベルヒム!流石ですわ!」


「うーん、多分これかな。」


ベルヒムが鍵をひとつ差すと、鍵が開く。


「さぁ、出ましょう。」


私たちを出したベルヒムは、私たちの手錠の鍵も懐から取り出し、解除してくれた。私たちは、手足をグーパッして、目の前の階段を見据える。


すると、ガタッと階段上で音が鳴った。


「なんだ!?侵入者か!?」


兵士の声が聞こえる。


「気づかれたようですね。」


ベルヒムは、指を鳴らす。すると、降りてきた兵士は、キョロキョロと辺りを見渡すが、目の前の私たちに気づいていない様子だった。


それから、ベルヒムはその兵士の目の前にいき、その額にひとつ指をトンと当てると、兵士はゆっくりと眠るように崩れ落ちた。それを優しく受け止めて、ベルヒムは私たちに言った。


「さぁ、行きましょうか。」
















ランスロットは、金縁の椅子からゆっくりと立ち上がり、訝しむように耳を澄ませた。そして、剣を抜き、死体を踏み、部屋から出る。


「鼠が紛れ込んだようだな。」


部屋には血飛沫が飛んでいる。ユグノの宰相は、最後までご子息、そして王女の元へと駆けたが、真実を伝えるには至らなかった。白い鳩が青空へと飛び立っている。



















ベルヒムは曲がり角で、壁際から顔を覗かせる。


「よし。行けそうですね。」


城内の廊下、壁際に沿いながら姿を隠して、静かに私たちは移動する。


「杖はどこですの?」


「まこのペンダントはともかく、杖はまた取り替えが利くだろう。今は、ペンダントの奪還と、脱出が先決だ。」


「違うんですの。あれはお父様からもらった、大切な杖なんですの。あれがなければ私は………」


「あぁ、もう分かった。ペンダントも、杖も探そう。」


「ミレイユの剣も探すよ!見つけて、早くこの城から脱出しよう!!」


ベルヒムは人差し指を立て、静かに呟く。


「しーっ、兵士たちが来ます。」


ゾロゾロと城の兵士たちが廊下を歩いてくる。その足取りは、まるで酔っているようで、フラフラと歩き、隊列を乱し、生気の宿らぬ目で、前を見つめる。


「なんだ?様子が変だぞ。」


「不気味ですの。」


「そうね。」


ベルヒムは、その兵士たちの様子を見て、ゴクリと息を呑む。そうして、私たちに言った。


「数が多すぎる。一旦退いて、身を隠しましょう。」


そうして、私たちが後ろに振り返ろうと意識を向けたその時だった。



『いつの間に、抜け出したのかしら。』



鎧の奥からくぐもった声が聞こえる。驚いた私とチルノは、思わず体を後退りさせ、壁から体が飛び出し、兵士たちの目に留まる。



『あら、残念だったわね。』



兵士たちが、首が座っていないような、ゾンビのような足取りで、私たちを見つけるや否や、走り出してくる。


「いやあぁぁーーー!!!ですの!!!」


「う、うわぁーーーー!!!!」


「落ち着け!!まこ、チルノ!こっちだ!!」


ミレイユは私たちの首袖を引っ張り、後ろに現れた女騎士と兵士たちから抜け出すように駆ける。


『逃げ出せると思う?』


騎士は剣を抜き、私たちに向かって、鋭い剣筋を向ける。




キィン!!




ベルヒムが、懐に仕込んでいた短剣で受け止める。


『あら?あなたはランスロットが言ってた、鼠かしら?』


「鼠?鼠だと良いですね。猛獣が入り込んできたとも知らずに、呑気なもんです。」


『猛獣?随分と威勢がいいのね?』


鍔迫り合いの末に、2人は後ろに飛び退いて、距離を取る。ミレイユは走りながら、後ろを確認する。ベルヒムは、手をバッと振り、私たちに言った。


「私のことはいいから、先に行ってください!ここは私が足留めします!!」


「分かった!たのんだぞ!!」


ミレイユはそう返事をして、暗闇の中へと駆けていく。ゾンビの足取りをした兵たちも迫り、ベルヒムは、フゥッとため息をついていた。


『あら?怖気付いた?』


すると、ベルヒムは目をギラつかせ、鎧の騎士を睨む。空気が凍り、場には凍てついた風が流れる。鎧の騎士は、構えの態勢を取ったが、既にベルヒムはその後ろへと移動していた。






凍切(かざぎり)







騎士の身体から血が噴き出す。だが、騎士はよろけるものの倒れない。ベルヒムが後ろを振り返ったその時だった。





ガシッ!!




………と、背中を掴まれる。




『アハハッ、こりゃいいや。』



女騎士は、ベルヒムをそのまま大柱へとぶん投げる。柱は音を立てて、崩れ、ベルヒムは、かはっ!?と息を吐き出した。



女騎士は、体をダランとさせた前傾姿勢のまま、視線をこちらに向ける。



『私は、ボールス。四騎士のひとり。』



傷は瞬く間に塞がっていく。懐からは、剣を取り出し、正気を失った笑みで、ベルヒムを見据えた。


『実験台になってよ。あたしのさ。』


「その様子を見る限り、実験台になってたのは、あんたの方じゃないのか?」


『黙れ!!』


ボールスは剣を振り上げ、ベルヒムに迫る。ベルヒムは、その場から脱しようとするが、身体が重く、動かない。


「っ!!しまったっ!!!」


いつの間にか迫っていた兵士たちに、身体をガッシリと掴まれていた。


『まず一人目。』


ザシュッ、と身体を切る音が鳴る。

























私たちは階段を上る。1階から2階へ。運良く、兵士とは出会さず、話し声の聞こえる客間の部屋の前へと辿り着いた。耳を澄ませると、どうやら他国からの使者が来ているようで、わはははっ、と大きな笑い声まで聞こえた。



「もはや、約定(やくじょう)は果たされましたな!兵士などもはや、ゾンビかというように、倒れても倒れても、立ち上がる、ほぼ不死身の存在に。これでユグノ国も安泰。我が、ヒレノの地も誇りに思います。」


「邪魔な王や宰相が消え、物事の滞りもなくなった。これよりは戦火の時代だ。無限に復活する兵士、外界より取り入れた近代兵器。これにより、我々は無限の財貨を得たも同然。この世界に我々に楯突けるものは、もはやいなくなる。」


「いやはやしかし、あの方には生半に逆らえませんな。実質的なこの世界の神、始まりからこの世界に存在したといわれる、アダム。しかし、いつまでも調子に乗らせておくと良くないでしょう。利用し終えれば、何処かで、始末をせねば。」


「あぁ、わかっておる。自らが与えた力によって、自らが滅びようなどとは、思ってもみないだろう。奴の、慌てふためく姿が目に浮かぶ。」



あははははっ!!と高笑いし、もはや声が漏れることなど気にしないとばかりに、話を続ける。



(アダム………?兵士が不死?キンダイ…‥兵器?重要な情報が手に入った。しかし、裏でここまで世界を支配しようとする存在が蠢いているとは………。魔女を征伐したあとも、全く安心できんな。)



チョンチョンと、最後尾にいたチルノは肩を叩かれる。恐るおそる後ろを振り向くと、そこには遺跡で見かけた、ユグノ王国の妃がいた。


チルノは思わず声をあげそうになるが、その様子に焦った妃は、チルノの口を押さえる。


「………………っ!!」


ミレイユは、チルノをたすけようとするが、それがこの国の妃であったことから、その手を止める。妃は、人差し指を立て、静かにするように、合図をする。


そして、足跡を立てないよう、ゆっくりと3人を自室へと案内した。



部屋の中で、机に妃と、3人が座る。


「あなたたちじゃないのは、分かっているの。ごめんなさい。」


妃は頭を下げる。


「いえ、そう、お構いなく。それより、この城で起こっていることについてですが…………」


「この城だけじゃないわ。」


妃は真っ直ぐに私たちを見据えて言った。


「今、起こっていること、私の知る限り

その全てを、お話しします。」


私たちは、ゴクリと唾を飲み込み、妃の話を聞く。


「ガラル国は、恐らく既に魔女の手に落ちています。」


私たちは、妃の言葉に顔を見合わせ、コクリと頷いた。


「知っていますの。だから、国のみんなが力を合わせて、今向かっているんですの。」


「違うのです。」


妃は歯を噛み締め、悔しそうにして俯き、言った。


「最初から、魔女の手に落ちていた。そして、こうして国々から各国の主戦力が抜け落ちていることも、こうして英雄のあなたが掴まり、ペンダントを奪われ、力を失ったこともすべて。」


妃は、私たちを見据えた。


「魔女の計画の内なのです。」


ミレイユは、唾を飲み込み、しかし動揺せずに、尋ねた。


「計画とは、一体何だ。まさか各国の中枢が既に魔女の手に落ちていたとでも言うのか。」


「えぇ。その通りよ。」


妃は毅然とした態度で、はっきりと口にした。


「各国に既に不死の軍団が、攻め入っているはず。それも、未知の武器を携えて。」














「死は救済である。」


アダムは、遺跡の崩れた上階の足場に腰をかけ、頬を手につきながら、天井に差し込む光を見て言った。


「なぁ、そうだろ?アリア。」


微かな笑みを浮かべる。彼は、立ち上がり、遺跡の奥へと向かった。影が彼を包んでいく。


「間違ってるとは思わない。僕は、人の選択を最後まで見届けるよ。」


















「何だ貴様ら。」


ゾロゾロと、兵士たちがオークの村に立ち入る。レイドは、長槍を構え、彼らに警告した。


「これ以上前に進めば、命はないぞ。ここは、退いてもらいたい。」


すると、兵士の1人は口元をニヤリと歪めさせ、茅葺屋を蹴り潰した。


「‥………それが、答えなんだな。」


レイドは歯噛みし、村のみんなに伝える。


「今すぐすべてを放り捨てて逃げろ!!なるべく!分かれて!絶対に生き残れ!!!俺はここで食い止める!!!」


兵士は、手元にある火炎放射器で、チルノが描いてくれた村の旗を焼いた。


「なっ!?」


レイドは驚き、言った。


「あれは、現バード国王チルノが描いた旗だ!!!国の象徴である旗を!!正気か!!?」


すると、兵士たちはヘラヘラと笑いながら、言った。


「あんな出来損ないの王女、突如姿を眩ましても、誰も悲しむまい。」


レイドは槍をグッと握りしめて、牙を剥き出しにし、怒りの表情で兵士を睨みつけた。


「訂正しろよ、チルノは出来損ないなんかじゃない。誰よりも優しい、最高の王様だ。それに、チルノに何かしたのなら、この俺がお前たちを許さない。」


「許そうと、許すまいと関係がないなぁ。何故なら、今から、お前たちは歴史から消える。」


村が焼ける中、レイドは、ユグノの兵士たちに立ち向かう。村の手前の畑には、モルノが血を流して倒れていた。













モルト国、ベルトは城の庭に咲く花々に水をやる。突然、鳥たちが飛び立つ姿に、目を細めた。


ドン



と、街で爆発を起こり、火に包まれる。次々と、上がる人々の悲鳴と、絶え間ない炎の雨が、視界を埋める。



「我が主よ、どうか力をお貸し下さい。」



どうして、世は争いを望むのか。ベルトは己の拳に力を込め、駆けた。英雄もいない、ワーラット老も先日から用件があると言い、まだ戻ってきてはいない。自分しかいないのだ。老体を限界まで、滾らせろ。ここがきっと死に場所だ。

















機械の街セントにて、ワーラット老は、目の前の視界を埋め尽くす、武装兵の集団に目を細める。


「やはり、来たか。」


未知の武装、凄まじい威力と速度。


「先生。」


「あぁ、レーリル。」


2人は杖をとる。












遺跡の光がアダムを照らす。


(至る所から人の悲鳴と、苦痛の声が聞こえる。でも、いいんだ。だって、これも人の選択した道なんだから。)


「……………………」


『アダム。』


彼はその声にハッと顔を上げた。


しかし、目の前にいない。

聞こえた声に、彼はゆっくりと目を閉じた。



「………………エバ。僕は人を愛しているよ。」



アダムは、胸に右手を添える。すると、彼の身体は神樹とともに光を帯び、そして言った。


「聖霊よ、力を貸しておくれ。」

















「ぐぅ………み、みんな。」


レイドは血に染まった身体を何とか起こし、辺りを見渡す。村が火に焼かれている。見たこともない、武具を携えた兵士たちは、横たわる俺たちに、とどめを刺そうと、その矛先を向けていた。


「恨むなよ。」


その武器のトリガーに手をかけようとしたその時。


「な、なんだっ!?」


兵士たちが怯えた声を上げる。俺は恐るおそる、閉じていた瞼を開くと、兵士たちが手に持っていたそれは光を帯び、段々と形を変えて、小さな天使の姿となっていた。


「う、うわぁぁぁっーーー!!!!」


天使は、微笑みを向けて、兵士たちを抱擁すると、彼らはその場で気を失い倒れた。天使たちは微笑み、傷ついていた俺たちの元へと近づくと、体に優しく触れた。すると、体の傷は、みるみると回復し、立ち上がれるようになった。


「あ、ありがとう。」


礼を言うと、天使は微笑み、空へと還って行った。みんなは立ち上がり、天に向けて、祈りを捧げた。












機械の街セントにて、


月老のワーラット、魔術師レーリルが事前に襲撃を察知し、対処にあたる。


「いかに未知の武具とて、極まりし魔術の前に敵はなし。」


「先生、大人げないですよ。たかが、武器を持った一般の兵士に、月の魔術まで使うなんて。」


「油断は禁物じゃ。使える術はすべて使う。それが、魔術師たるものの努めじゃ。」


「ウフフッ、先生らしくていいわ。昔の授業を思い出します。」


「…………また、あの教卓に戻りたいものじゃ。」


「戻れませんよ。間違いは、みんなで正していきましょう。罪なら、私も背負いますよ。」


「私の罪は償い切れるものではない。悪いが………」


「ならせめて、私の前では弱音を吐いてくださいな。人はみな、強くなどないのですから。」


「あぁ、そうだな。」


空から光が瞬き、兵士たちの持っていた武具が、聖霊へと代わる。


「先生………これは?」


「聖霊様がいらっしゃった。きっと人々を見守りにきてくださったのじゃろう。」


聖霊たちは光のカーテンを地上へと降らせ、大地は肥沃な土へと代わり、みるみると作物が実りを迎えた。


「これは、これは、よい光景ですね。」


「あぁ。………どうやら、襲撃はここだけではないらしい。聖霊様の反応が各地で感じられるの。少し一帯の様子を見てくるか。」


「あら、気をつけて行ってらっしゃい。」


「あぁ、行ってくる。」



ワーラットは、移動の魔術によって、近隣の襲撃を受けたと見られる場所に、飛ぶ。各国、地域で人々が奮闘し、未知の兵器に対して、精一杯に抗っていた。












モルト王国、血を流した城の騎士たちが、突如現れた光に、不思議な表情をして立ち上がる。侵入してきた、兵士たちは、その光に包まれ、倒れた。


「むぅ、これは神の御技か。」


ベルトは、傷を負った己の肩に天使がそっと触れるのを、見た。すると、瞬く間に傷は治癒し、力と気力が身体に溢れ出した。


「………あの時といい、神は我々を見捨ててなどいない。着実に、平和へと歩みを進めておりますぞ。我が主よ。」


兵士たちは歓喜の声を上げる。空は太陽の光が瞬き、地上を照らし、国の人々を祝福していた。カラルと、リベルトは、安堵の笑みを浮かべ、抱きしめ合っている。荒れた城にはしかし、人々の希望が溢れ、また明日へと一歩を踏み出そうとしていた。














アダムは、人々の安堵する声に、胸を撫で下ろし、遺跡の階下、訪れた人物を見る。


「やぁ、久しぶりだね。」


そこには、魔女、そしてガルド王。


「アダム。死者の国へと案内しろ。」


「…………アリア。僕は、人類に味方するよ。」


魔女はその言葉を聞いた瞬間、爪を鋭く伸ばす。


「ならば、死ね。」














「このユグルの地は、神の地です。その根は、巨人の国、死者の国、神の国へと通じています。魔女の目的は、恐らく死者の国へと至り、魂を呼び戻すこと。」


妃は私たちに言った。


「死者の国?ですの?」


「えぇ。亡くなった安らぎの魂達が、憩う場所。きっと愛するものの魂がそこにあると、考えているのでしょう。」


「それよりも、早くモルトに戻らなきゃ!!みんなが!!!」


ミレイユは、立ちあがろうとするまこを手で止め言った。


「万が一、危機が訪れているのなら、まこを呼ぶこともできるはず。だが、それをしないと言うことは、まだ無事であると言うことだ。」


「でも……………」


「今は、とにかくペンダントを取り戻すこと。話はそれからだ。………それにしても、ランスロット。忠誠高く、誉ある騎士だと噂で聞いていたが、まさか謀反を起こすとは。」


「……………姉が、死んでしまった。多分、そのせいだと思います。」


私は、俯き暗い表情をする妃に尋ねた。


「姉、ですか?」


妃は頷く。


「えぇ、本当はお姉ちゃんが妃になるはずでした。しかし、不慮の事故で亡くなってしまった。………いえ、事故であったのかどうかも、今となっては分かりません。」


妃は窓の外、少し曇った空を見上げる。


「あんなに優しかった彼が、こんな事をするなんてあり得ないんです。きっと何か理由があるはず。………お願いです。どうか、彼を救ってください。」


「……………我々は、ランスロットに無実の罪を着せられ、あのままでは処刑されているはずだった。」


「……………申し訳ありません。」


「だが、まこはそうは思わんのだろう。」


「えぇ。ぶん殴って、目を覚まさせてやりましょう!!」


ミレイユは、フッと笑って言う。


「だそうだ。」


「流石まこですの!!私は逃げ出したいですけど…………杖のこともありますし、頑張りますの。」


「ありがとう…………ありがとうございます!」


妃は涙を流して、頭を深く下げた。


「あなた方の所持品なのですが、杖と剣は大きくて持ち出すことができなかったのですが…………」


すると、妃は懐から取り出す。


「ペンダントを何とか持ち出す事には成功しました。」


一瞬の静寂、その後うおぉーーー!!!と3人は雄叫びにも近い声をあげた。


「や、やりましたの!!!」


「えっ、そ、そんなにすごいものだったんですか?」


ミレイユは笑顔で、まこの顔を見る。


「まこ!」


「えぇ、あとは、私が何とかするわ。」


まこは、ペンダントを受け取り、自身に身につける。


「ランスロットも、この城で起こっていることも、任せておいて。」


まこは、胸にさげたペンダントを握り、光に包まれる。


「私が、みんなの目を覚まさせる。」


強く、熱い眼差しを向けて、部屋を出た。向かうは、階下、ベルヒムが戦う場所。依然、ベルヒムは不死の軍勢と、四騎士ボールスに苦戦を強いられながらも、あと一歩のところで息を繋いでいた。


「ハァ、ハァ……………」


「本当に、こんなしつこい鼠は久々ね。」


ボールスは、剣を振りかぶる。ベルヒムは、地面を蹴り、その場から身を躱わす。躱した場所は、剣に抉られ、大きく穴が開く。ベルヒムは、肩から血を流し、汗を拭ながら、思考を巡らせる。


(何とかお嬢が脱出するまで、持ち堪えられればと考えていたが、やはり王国の護衛騎士。強い。)


すると、ボールスの付けていた指輪がパッと光を帯びる。瞬間、ボールスの姿は消え、ベルヒムはその姿を完全に見失った。


(しまった………!?どこに行った!?)


「ここよ。」


真後ろから声が聞こえる。ベルヒムは、瞬時に身を翻し、躱そうとしたが、振り下ろされるそれに反応しきれず、腹が抉られる。


「ぐ、がっ!?」


「終わりよ。」


ボールスは再び、その剣を振り下ろす。弱る獲物を追い詰め、愉悦に浸るその表情は悪魔のようで、ベルヒムは思わず目を閉じた。














「お待たせ。」


ベルヒムはその声に、ハッと目を開ける。そこには、白と黒の衣装に身を包んだ、英雄がいた。


「ベルヒムっ!!?」


チルノは駆け寄り、ベルヒムの体を支える。


「お嬢。すいません。」


ベルヒムは何とか体を起こそうとする。


「ダメですの。安静にして!!」


チルノは声を荒げる。


「少し失礼します。」


妃は、ベルヒムの腹部に手を当てると、身体は光に包まれ、みるみるとその傷を修復させていく。




「き、貴様!?何故!!?」


「あなたたちが、何かしているのは分かってる。悪いけど、止めさせてもらうわ。」


「くくっ、英雄と言えど、実験に実験を重ね、最強となったこの私に、勝てるかしら?」


「絶対、勝つ。」


「やってみるがいい。」




ボールスの指輪が光を帯びる。すると、姿は消え、行方をくらませる。城の中にボールスの声だけが響き渡る。


「魔女から受け取ったこの指輪、悪くないわ。」


まこは、目を閉じ、耳を澄ませる。風の切る音だけが、辺りにこだまする。すると、突如その姿がまこの後ろに現れる。


「英雄よ、死ねぇ!!!」


ボールスはその剣を、まこの首に振りおろす。しかし、まこはその剣が振り下ろされるよりも速く、拳を振り抜いていた。ボールスは吹き飛び、城の大柱を撃ち抜き、ガラガラと上階ごと崩れ落ちた。


「よし!!!」


まこは、腕を前に出し、ガッツポーズを決める。


「まこ、大丈夫か?」


ミレイユは駆け寄り、まこの身体の状態を確認する。


「怪我は………なさそうだな。」


「まこ、ありがとうですの。」


「どういたしまして。」


まこは、笑顔で応えた。


四騎士の1人、ボールスを撃破。














玉座にて、膝をつきながら果実を食し、バラ撒かれまばらに積み上げられた本の山から、手に取り、読み漁る男の名は、ガラハッド。四騎士の一人。


「父上、何だ?」


「用ができた。遺跡へと赴く。」


「それで?英雄の相手をしろと?」


「あぁ。」


「ハァ、全くついてないな。」


部屋の奥、黄金の腕輪を手に取り、鎧を見に纏って、ガラハッドは部屋を出る。


「ベルギルスを討ち取った英雄。悪くない、か。」


鎧の奥に不気味な笑みを浮かばせて、足を運ばせる。ドラウプニルの腕輪が暗闇に光る。















「ちょっと、まずいですの〜〜!!!」


「くそっ!!数が多すぎる!!!」


「こっちです!!」


私たちは、妃の案内する部屋に逃げ込む。妃は私たちを部屋に入れると、バタンと戸を閉めた。すると、兵士たちは入ってこない。そこは、古びた教会。ステンドグラスから光が差し込み、私たちを明るく照らしていた。


「ここは特殊な魔力の秘められた教会。」


妃は向き直り、私たちに言った。


「邪悪な者は入れば(たちま)ち、聖なる炎で焼かれる。彼らは、入ってくることができないのです。」


「そ、そうなんですね。」


私たちはホッとして、胸を撫で下ろす。


「ぐっ………。」


ベルヒムはゆかに体をもたげた。


「大丈夫ですの!?」


「すいません、少し、休ませてもらいます。」


妃はいう。


「ここなら心配ありません。ゆっくりとおやすみください。」


私たちは、教会の椅子に座り、休息を取る。兵に追われて、随分と城の中を駆け回った。


「ここからどうしますの?」


「そうだな。一旦、この城から出たいところだが、おそらく外は囲まれているだろう。」


「私が、何とかしないと。」


そう、今戦えるのは私。でも、相手が普通の兵士となると、力加減が上手く効くかわからない。万が一それを誤ってしまえば、冗談抜きで、相手は命を落としてしまう。だから、戦えない。


ミレイユは、深く考え込んでいる様子の私を見て、ふぅっとため息をついて言った。


「私が囮になろう。その間に、みんな逃げてくれ。」


その言葉に、私とチルノは前のめりになり、反論する。


「「ダメ」ですの!!」



ミレイユは、その言葉にフゥ、と優しくため息をつき、微笑み言った。


「私は、護衛騎士だ。いざという時には、守るべき者のために命を差し出さなければならない。それは私の使命なのだ。」


そして、私たち2人の頭を撫でて言った。


「どうか無事でこの城から抜け出してくれ。この旅ができて、私は幸せだった。」








カランコロン







と、部屋に何かが転がり落ちる。




「えっ?」




みると、それはチルノの杖だった。




「こんなところにあったんですの?どうして………」




チルノがそれを拾おうとする。




「「危ない!!!」」




ミレイユは、チルノを抱きかかえ、飛び退く。ベルヒムは、上空から放たれた斬撃を受けとめる。ガラガラと崩れ落ちる教会の入り口の上空、その壁には、一人の騎士がいた。




「ぐあぁぁ…………っ!?」





ベルヒムは、手を抑え、(うずくま)る。




「ベルヒム!!」



チルノはベルヒムに駆け寄った。





「ほう、やるではないか。」





崩れた壁の奥から、騎士が降り立つ。二本角の頭鎧に、重厚な白銀の鎧。手に持つ剣は、恐ろしく大きく、また黄金の腕輪を身につけて、その騎士は私たちの前に立った。





「そ、そんなっ!!ガラハッド!?教会の魔力が、あなたをここへは通さないはず!!どうして!?」



みると、騎士の黄金の腕輪が光り輝いている。


「主神オーディンの腕輪。多少の教会の魔力など、意味を為さん。」


騎士は黄金の腕輪に剣を添え、火花が散るように弾いた。


「最初から、全力で行くぞ。」


剣は黄金の光を帯び、瞬間、騎士は私に斬りかかる。


「………………許さない。」


「……………………っ!!!?」


私は、騎士の顔面を穿つ。



「うおぉぁぁぁーーーー!!!!!!!!」



そのまま真下に殴り抜いた。地響きが鳴り、教会の床は大きく割れ、地面が剥き出しになり、騎士は沈黙した。















「なるほど、流石ベルギルスを打ち破っただけのことはあるな。」


その声に私は振り返る。教会の祭壇の前、ガラハッドは何事もなかったかのように、そこに立っていた。


「だが、神の力の前には無力。思い知るがいい。主神オーディン、その神の力を。」



ガラハッドが剣を上に掲げると、光が教会を染める。みんなが目を閉じ、しばらくして祭壇の前を見ると、そこには思いもよらぬ光景があった。





「そ、そんな……………」



「そんなのって、ありですの!?」





ガラハッドの前に現れたのは、マキア。そう、私自身だった。しかし、その目は無機質でどこか、殺気のこもったそれは、私ではない。純粋に、力を振るうための存在となって、それは現れたのだ。





「どれ、様子見だ。」





私たちが、その存在に気を取られている隙に、ガラハッドは私の後ろに回り込んでいた。




「しまっ…………!?」



私は咄嗟に飛んでかわす。しかし、空中で無防備になった私に、そいつは跳んで目の前に拳を構えている。私は、両腕をクロスさせ、防御態勢を取る。



ガッ





一瞬何が起こったのか、分からなかった。目の前には、城が見える。おおよそ200メートルぐらいだろうか?大きく吹き飛ばされた。



「いつつ……………」



私は、頭を掻きながらなんとか起き上がる。城に来るときに通った、大きな中央道路だ。人々が、何事かと家から顔を覗かせて、出てきた。




「ダメ!!!来ないで!!!」





スタッ




と、少し離れた場所に彼女は降り立つ。まずい。周囲には人がいる。何とかしないと。




しかし、そいつはお構いなしに、私に右から拳を横に振り抜きてきた。私はその手を取り、背負い投げをする。



「えっ!?」



背負い投げを空中で上手く体勢を立て直して、逆に私が腕を掴んで投げられる。私も空中で態勢を立て直し、地面に足をつける。



「うおぉぉーーー!!!!!」



私は、走り出す。相手も呼応したように、私に向かって走り出した。




ガシッ!!!と、両手を掴み合い、睨み付ける。その目は、何も映していない。戦うためだけに生み出されたのだ。可哀想に。





「…………………………」





私は、手から力を抜く。すると、『私』は私を押し倒して、馬乗りになる。その拳を構え、振り下ろそうとする。しかし、その拳は止まる。





ポタ………ポタッ………、と涙がその頬からこぼれ落ちた。




「そうだよ。無抵抗な相手をどうにかできるほど、わたしは強くないもん。」



そして、わたしは彼女をぎゅっと抱きしめた。



「それに、本当はこんなことしたくないんだよね。ごめんね。大丈夫。戻っておいで。」



すると、彼女は光に包まれ、光は私の中に収まった。





ザッ、と目の前にはガラハッドが現れる。




「何と、神の力を打ち破ったか。」



すると、ガラハッドはあぐらをかいて座り、剣を横に置いた。




「見事だ。君の勝ちだ。マキア。」



「もう、いいの?」



「あぁ、満足した。」









ダダダッと走る音が聞こえる。


「大丈夫ですのー!!?」


「まこ!!おのれ、ガラハッド!!!」


チルノは杖を取り戻し、ミレイユも、いつの間にか剣を懐に携えていた。そして、それを抜き、ガラハッドに向ける。


「わぁー!!!もういいの!終わったから!」


「むっ!?そうか、ならいいが。」


ミレイユは剣を納める。ともかく、これで一件落着だ。あとはレイドたちのことを妃に伝えて、この国を出よう。魔女のことや王様のことで、問題があるなら、もう少し留まる必要があるけど………。最初の女の騎士が、魔女の力がどうたらって言ってたしね。



「後のことは、私に任せろ。」



ガラハッドは立ち上がり、私たちに言う。



「父上、ランスロットが大変を失礼した。」














ゴゴゴゴゴゴッ………………と地響きがする。





ズガァンッ!!と地面が割れ、地中から巨大な木樹が這い出た。私がこの世界に来たあの時の光景とおなじ。そう、大魔女。私の宿敵。アレンの仇。…………………いや、違う。





『お願い、お母さんを、助けてあげて。』



『本当は、誰も傷つけたくない、優しいお母さんなの。』





たくさんの人を殺した。決して許されない程の、罪を犯した。それでも、私は、止める。


止めるんだ。止めて、救う!!!!!








「させんぞ。」


いつの間にかガラハッドの後ろには、ランスロットが立っていた。剣を抜き、気迫のこもったその立ち姿には、何としてでも成し遂げんとする意思が宿っていた。


「父上、もうやめましょう。」


ガラハッドは、座った姿勢のまま背後にいる父に言う。哀愁漂うその姿は、父を想う気持ちの表れだろうか。


「民を想う気持ちも、母に会いたいと想う気持ちもわかる。だが、どう考えても間違えている。魔女に汲みするなどやはり、母への裏切りに他ならない。」



「黙れ!!!お前に何が分かる。」



ランスロットは、剣を構える。



「リーリアが待っている。死んでもらうぞ、モルトの英雄。」


「邪魔をするなら、いいわ!!目を覚まさせてあげる!!」


私は、構えを取る。目の前の、どこか悲壮感の漂う、ランスロットのその姿には、同じく想い人を亡くした、ベルギルスが重なった。
























昔のことだ。私の国は、魔女の襲撃を受けた。分厚いレンガの壁に向こうに、いるように母に言われ、隠れていた。すると、感じたことのない衝撃と、鼓膜の破れる程の大きな音の後、壁の向こうを覗くと、家族は灰となっていた。


何もない街を歩く。呻き声と、泣き声と、悲痛な叫びが今でも耳に残るように響いた。身体中に焼けるような痛みを感じながら、目の前に見える家族の面影を見て、歩き続ける。


「みんな……………」


その時だった。ふと、私を抱きしめる母親の姿が、見えた。


「もう大丈夫よ。恐かったね。辛かったね。」


身体から力が抜け、ただ身を預ける。そのぬくもりと、優しい言葉が私の不安を拭ってくれた。意識が、ふと途切れる。


次に目が覚めた時、私は病院のベッドの上にいた。


「あら、おはよう。」


目の前には、知らない女性。すると、扉がバンッ!と開き、扉の奥から声がした。


「リーリア様!!またこんな所に来て!!」


すると、目の前の女性は、反発するように、大きな声を上げて言った。


「マノル!こんな所とは何ですか!!怪我をした子どもの様子を見にきて、何が悪いのです!!」


「お嬢様が、お城から離れる度に、私がどやされるのです!どうか、ご勘弁下さい!」


「それはお父様に言っておきます!何もおかしなことはしておりません。城のみんなが頑固なのよ!!」


私は、目の前の女性に、声をかけようとしたが、なかなか声が出なかった。喉が焼けているようだった。彼女は、私を見て、無理に声を出さなくていいと言った。しかし、私は絞るように何とか声を出して、伝えた。


「あ、り………あり、がと、う。」


彼女は、涙を流し、また抱きしめてくれた。そう、あの時私を救ってくれたのは、抱きしめてくれたのは彼女だったのだ。リーリア姫、現在のユグル国、妃の若き日であった。









その後、私は戦争孤児の兵士として、国に雇われることとなった。周囲には、自分のおなじ境遇のものも多く、思いのほか心安らぐ日々を過ごすことができた。勿論、戦場に駆り出されることも、多かったが、その分戦果を上げれば、褒美がもらえる。悪くない生活だった。



「もう、また怪我をして!!」


怪我を負い、病院に運ばれると、必ずリーリア様がわたしの様子を見に来てくれた。その度に、彼女の悲しそうな表情と、不安の募る声が私の胸を締め付けた。強くならねばならない。そう決心した。









「こんなところでなにしてるの?」


「あぁ、この子の羽が、傷ついていたから手当をしてるんだ。………って、リーリア様!?」


「久しぶりね。ランスロット。」



魔女の配下の魔物とのヒグノの地での防衛戦。その佳境を終え、久方ぶりにユグル国に帰ってきていた。羽の傷ついた小鳥を治療していると、リーリア様が私を見つけ、城から降りてきた。



「また、怪我をしてる。」


大したこともない切り傷だったので、放置していたが、リーリア様は私の身体を見て、不満気な表情で、そう言った。


「この程度、どうということもございません。」


「見せて。」


彼女は、私の腕をとる。


「……………っ!?」


「ほら、痛がってるじゃない。」


リーリア様は持ってきていた、包帯を私の腕に巻き、パンッ!とひと叩きして、笑顔で言った。


「これからは、あなたが怪我をしたら、私が手当します。」


「えっ!?ど、どうして…………?」


「どうしても何も、あなたのことが心配だからよ。」


「治療は、医務室でできます。わざわざ、リーリア様の手を煩わせずとも………」


「あぁ!もう!ほんと、鈍感ね!好きなのよ!あなたの事が!!」


「……………ええっ!!??」


幼い頃からそう言ったことを経験してきていない私は、酷く狼狽えた。そもそも、孤児でこの国に拾われた私が、彼女に贔屓目にされていること自体、周囲からの目は必ずしも良いものではなかった。それが、そのような関係を持つともなれば、それはきっと許されることではないのだろうと、それは当時の私にも、理解できた。しかし、それとは裏腹に彼女への想いの丈は日に日に募っていき、いつしか人目を盗み、2人で遠出をし、蜜月のときを重ねるようになった。



「えへへっ、これ。」


「……………………」


花畑、リーリア様は私の頭に花の冠をつけ、微笑みかける。


「大好きよ、ランスロット。」


「……………私もです。」


この時から、私は彼女を、愛することを決めた。たとえそれが、許されぬ罪であったとしても。










パンッ!と、城内に響く音が鳴る。


「おやめ下さい!!!」


マノルが、王とリーリアの間に入る。


「この!馬鹿娘め!!異国の兵士などに誑かされおって!!!」


王は激怒した。噂が広まり、とうとう王の耳に入ってしまったのだ。しかし、リーリアはその言葉に、キッと王を睨みつけて、言い返した。


「異国の兵士?訂正してください!!!ランスロットは、我が国のために命をかけて戦った、立派な騎士です!!!我がユグル国の、かけがえのない民の1人、そして、わたしの恋人です。」


「……………二度と会うことを禁ずる。」


王は、そう言って去っていった。リーリアは自室へと篭り、三日三晩、涙を流し続けた。


そんなある日のこと。


コンコンッ、と窓の音が鳴る。リーリアが目を向けると、そこには彼がいた。リーリアの表情は明るくなり、彼女は走って、窓の扉を開ける。すると、バッと、その窓を開けた勢いで彼は落ちそうになったが、手を繋いで、引き止め、2人は、ひしと、抱きしめ合った。


「これ。」


ランスロットは、指輪を、彼女に渡す。だが、リーリアはその指輪をながめて、ランスロットに返した。


「や、やっぱりダメかな。」


彼は、俯き表情を暗くする。しかし、リーリアは、少し怒った様子で、彼に告げた。


「何言ってるの!指輪はね、運命の相手がそっと慈しむように付けてくれるものなの!やり直し!」


その言葉に、ランスロットの表情は明るさを取り戻し、彼は部屋に入り、彼女の前で膝をついて、言った。


「僕と共に人生を歩んでほしい。」


「はい。」


「愛してる。」


「私も。」


「ずっと一緒にいよう。」


「えぇ。」


指輪を手につけ、2人は影を重ねた。そして、しばらくの後、彼女は、微笑み、指輪を嬉しそうに眺めて言った。


『攫ってくれる?』


ランスロットは言った。


『えぇ、勿論。』


それから幾日かが経ち、嵐の日、城を抜け出して、2人は外へと駆け出した。


「リーリア!絶対離さないで!!」


「うん!分かってる!!」


氾濫した川に掛かる橋を越え、道を塞ぐ土砂を越えて、何度も転びそうになりながらも、諦めず、その手を離さないよう、握りしめ、懸命に走り続けた。そして、ようやく、国を抜け、大きな湖の前、嵐の晴れた空を見る。


「綺麗ね。」


「あぁ。本当に。」







そうして、私たちは共に人生を歩む覚悟を持って、前に進み、2度と国には帰らぬつもりだった。


あの光景を見るまでは。













その日の夜、山頂から見下ろした城の景色。それは、忘れたくても、忘れられぬあの時の悪夢そのものだった。


「あぁ、そんな。」


火に焼かれる。魔女の襲撃。そして、阿鼻叫喚の都市の様子を、私は、ただ眺めていることなどできなかった。





『リーリア、俺、戻るよ。』


『ダメ!!待って!ランスロット!!』










「アハハハハッ!!!」


蛇のようにうねる木樹を斬る。しかし、魔女は一瞥くれただけで、気にも止めず、その身体を鞭のようにしならせ、私の身体を吹き飛ばした。



「ぐぅ……………っ!?」


(体が焼けるように熱い。一体何だというのだ?)


思うように体が動かない。その間にも、魔女は次々と街を炎に焦がし、人々を苦しめていく。


「俺に、もっと力があれば…………」


あの時、家族は死なずに済んだのだろうか。街の人々の笑顔が、日常が、次々と炎に消えていく。


魔女の高笑いが、脳裏に響く。


「うおあぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」


力を振り絞り、魔女に斬りかかった。


ドスッ



「もう諦めなさい。」


「が、あぁっ……………。」


魔女の一撃は、腹部を貫通し、体の真ん中に大きな穴が空いた。炎に包まれるような熱さが、身体の内側から広がる。


(また、失うのか…………。)


ずっと家族が欲しかった。あの日から喪失感に苛まれていた。だが、俺の心にぽっかりと空いた穴は、少なくともここで過ごした仲間たちが、癒してくれた。だが、俺はその仲間たちを裏切り、リーリアと共に、この国を出た。


(その、罰か…………。)










「ランスロット……………?」


声が聞こえる。リーリアの声だ。


「嘘よ。………ねぇ、お願い。」


何故、逃げなかった。殺される。


「ねぇ、ランスロット。これから2人で生きていくって、約束したよね?愛してるって、ずっと一緒にいようって…………。」


リーリアの涙が、倒れた俺の頬に伝う。


(…………そうだ。俺は、リーリアを愛すると誓った。)







「………………何故、立ち上がる?」


魔女は俺に問うた。


剣を地面に突き立て、半ば倒れる身体を支えるようにして、俺は立ち上がる。身体の感覚はもう、ほとんどない。視界もほとんど。


「やめて!!!もう立ち上がらなくていい!!お願い。もう頑張らないで。」


リーリアが俺を止める。しかし、ここで倒れれば、そのまま魔女の刃はリーリアに向くだろう。


血が夥しく、地面に溢れている。


(血………?そうだ。血に魔力を通わせれば、動かずとも、出来ることがあるんじゃないか?)




「いい加減、くたばれっ!!!!」


魔女の鋭利な木樹の攻撃が迫る。俺は、血に魔力を注ぎ込む。すると、血は自分の体の一部のように、素早く立ち昇り、まるで切れ味のいい刃のように、木樹を両断した。


「な、なにっ!?」


俺は、手を前に向け、魔女に向かい全ての力を注ぎ込んだ。






『血牙』




血は、魔女の腹部を穿ち、魔女からもまた、夥しい血が流れ出る。魔女は地面に伏し、こちらを睨んだ。


しかし、魔女の身体は光を帯びる。空を見ると、魔術師と思われる者が、杖を振り翳し、魔女を逃がそうとしていた。


(まぁ、これ以上俺に何もできる力は残ってないんだけどな。)


何とか虚勢を張り、魔術師を強く睨みつける。すると、魔術師は焦ったように魔女を連れ、ユグノの地から、去っていった。






「ランスロット!!!!」


「悪い。リーリア、俺はもうダメみたいだ。」




すると、一連の流れを見ていた兵士たちが、声を上げた。


「ランスロットが………ランスロットが魔女を撃退したぞ!!!」


瞬く間に歓声は広がっていき、街が歓喜に包まれた。それと共に、人々は俺に駆け寄り、何とか生かそうと治癒の魔術を持つものを集める。………とはいえ、こんな体に空いた大穴を埋めるほどの、技量を持つものは、どこにもいない。


「ランスロット、諦めちゃダメ。」


リーリアは俺の手を握り、魔力を込める。すると、それまで塞がらなかった腹部の傷がみるみると治癒を始めた。


人々は、湧く。こうして、この時から、俺はユグルの地の英雄となった。



















「ちっ!?余計なことをしてくれた!!」


「まぁ、良いではありませんか。あのような者を、我らが手の内に駒として、保有しておけると考えれば、悪くない。」


暗闇の中で、影なる者たちは、話を進める。


「して、あれはどうなった?」


「なかなか、順調でございます。しかし、少なく見積もって、あと十数年は掛かるかと……。」


「…………まぁ、よい。しばらくして、完成する。予言の時は近い。」


「すべては、理想郷へと至るために。」


「ランスロット、上手く使えば、計画を早めることもできる。利用せぬ手はないだろう。」


 















「貴公を、四騎士に命ずる。」


「ありがたき幸せ。」


城内に拍手が響き渡る。王国の栄えある勲章。騎士にとって、それ以上ない名誉。代々続く、伝承の騎士の1人に俺も名を連られることができた。俺にとっても、心底誇らしかった。












「おーい、ランスロット、愛しの姫様がお呼びだぞー!!」


「おい、やめてくれよ。分かったから。今行くよ。」


城門前、リーリアは私を見つけるとパァッと明るい表情に変わり、駆け寄って、抱きついた。


「ねぇ、聞いて!!父様(とうさま)が、許してくれたの!」


「許してくれたって、何を?」


リーリアは無言で、私の胸にだきつく。


「何だと思う?」


彼女は頬を赤く染め、少し離れて、指輪をさすった。


「まさか……………」


「その、まさかよっ!!」


ふたたび、リーリアは俺の胸に飛び込み、俺はそれを受け止めて、その勢いのまま彼女を抱えてその場をぐるぐるとまわる。


「やっとね。」


「あぁ、やっとだ。」


想いが実った。これほど幸せな瞬間は、人生で二度と訪れないだろうと、わたしは思った。そして、この幸せをどこまでも、いつまでも、2人で運んでいけるように、わたしたちは城内の教会で、永遠の誓いを立てた。















ある日突然王に呼ばれ、俺は暗がりの地下室。見たことも聞いたこともない場所へと赴いた。



「見ろ。これを。」


「これは?」



王が差し出してきたものは、うねうねと動く、目の玉。王はわたしの耳元で囁く。


「力をやろう。私に手を貸せ。」


王の言葉に、私は耳を(うたぐ)った。目が血走っている、涎が垂れている、何より前妃の指輪がその手からなくなっていたのを見て、私は、酷く失望した。


「話を、うかがいましょう。」


「よい。話など。力さえあれば、全ては思うまま。他には何も要らぬ。」


「同意致しかねます。正気を取り戻してください。王は、王妃を愛していた。そして、その愛こそが、この王国を平和たらしめていた。」


「タニアは死んだ。」


「いいえ、生きておられます。殿下の心の内に。」


「世迷いごとを。もう良い。下がれ。」


王は、それ以上何もいうことはなく、俯いたまま、立ち尽くしていた。そう、妃が亡くなって、半ば平静でいられるはずがなかったのだ。見落としていた。王も人である。これからは私がお支えしなければ。










「今日も、出掛けるの?」


「あぁ、しばらく空ける。2週間ほどだろうか。隣国に伺う。寂しい思いをさせるだろうが、少しの間我慢してくれ。」


「えぇ、あなた。頑張って。」


リーリアのお腹は膨らみ、新たな命が宿っていた。いっときでも、側にいたい気持ちは募っていたが、国の平和はそう容易くはなかった。軍事的交渉を持ち掛けるために、バード王国へと向かった。












「アーサー。久しいな。」


「あぁ、ランスロット。久しぶり。」


バード王国、王宮の間の一室、2人は言葉をかわす。近年、ヒグノの地で不穏な動きが見られ、合同で偵察に赴くことになった。


「これから挨拶に伺うが、一応覚悟はしておいた方がいい。」


アーサーは、茶を啜り、神妙な面持ちで私に言った。


「覚悟って?」


「多分、戦闘になる。それも、嫌な予感がするんだ。…………ランスロット、もうすぐ子どもが生まれるだろう。何なら、俺だけで…………」


「馬鹿を言うな。お前が心配だ。」


アーサーは戦闘面では言うことはないが、どこか抜けているところがあり、誰かが隣にいないとうっかり、敵方に捕まってしまいそうな危うさがあった。


「いつも迷惑をかけるな。」


「構わない。さっさと済ませよう。俺たちなら、すぐに終わるだろう。」


「あぁ、そうだな。」


アーサーは、フッと微笑む。この時俺たちは、決して踏み入れてはならない禁忌に足を踏み入れようとしていたことを、まだ知らなかったのだ。











「な、何だこれは?」


ヒグノの宰相が、オロオロと冷や汗を流し、後退る。


「い、いやぁ、これはその…………」


凄惨な光景。鉄の棺桶のなかに液体が満たされ、その中に何百、何千の人が異形で発見された。


「あ、あれを見てください。」


「うん?なんだ?」


アーサーは宰相が指差した方向に目を向ける。


「危ないっ!?」


咄嗟に、私はアーサーに覆い被さる。間一髪、その上を紅蓮の火矢が通り過ぎた。


「ちっ!?」


宰相はその場から駆けて、去っていった。火矢の放たれた方向を見ると、そこには、あまりに巨大な体躯。頭のない騎士の鎧。鋭く光る大剣。噂でしか聞かぬ、伝説の騎士の姿がそこにあった。



死霊の騎士デュラハン。



かつて、幾万の兵士を屠り、その度に姿を消した、魔女の手下にして、筆頭の魔物。



「やはり、魔女の手に落ちていたか!?」


「たが、アーサー。これでハッキリした。」


2人は剣を構える。


「取り返すぞ。ヒグノの地を。」


「おう!!ランスロット!!!」



2人を見て、デュラハンは不気味な谷底に響くような、薄暗い音を響かせる。デュラハンは地上を駆ける。それは矢よりも速く、2人に襲いかかり、アーサーとランスロットは剣で何とか弾きながら、お互い左右に別れて、避ける。



「アーサー!!!」


「あぁ!!!!」



ランスロットは駆け、その剣を振り上げる。デュラハンは手に持つ剣でそれを受け止めるが、その背後からランスロットは飛び上がり、死霊の騎士デュラハンに上空から斬りかかった。



「ハアァァァーー!!!!!!」



デュラハンの身体は斜めに両断される。その膝が崩れ落ち、2人は拳を合わせる。



「負ける気がしないな。ランスロット。」


「油断は禁物だ。宰相を追うぞ。アーサー。」






カチカチと、背後から鎧の音が鳴る。背後を振り返ると、そこには青白い炎に包まれ、両断された身体を修復する、デュラハンの姿があった。




「不死の身体か。噂は本当に!?」


「アーサー、先に行け。ここは俺が相手をする。」


「だ、だが…………!?」



デュラハンは、剣を地面に突き刺し、青白い炎の柱が幾重にも立ち昇る。それは俺たちに向かって襲い掛かる。







『アロンダイト』






剣に邪気が溢れ、纏う鎧となって立ち登る。ランスロットは、横に剣を一振りすると、青白い炎の柱は掻き消され、頭鎧の隙間から鋭い眼光を向けた。







「行くぞ。」




















「ひ、ひぇぇっ!?どうかご勘弁を。」


アーサーは、宰相を追い、ヒグノの地下施設に足を踏み入れていた。そこは見たこともない鉄の塊に囲まれ、ピッ、ピッ………と光が点滅し、溶液の満たされたガラス?の中には、裸体の女性の姿があった。



「全て洗いざらい話してもらうぞ。」


「え、えぇ、もちろん。構いません。」


そう言いながら、宰相はおそるおそると、後退り、その手をレバーにそっと掛けた。


「ま、待て!?それは何だ!?」


アーサーは、宰相の手を取るが、間に合わない。レバーは下ろされ、ガラスにヒビが入り、中から女性が崩れ落ちて来る。女性はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡した。




「お、お願いします、どうか助け………びゃっ!?」



宰相の顔が真っ二つに切られる。女性は、アーサーの目の前に赴き、その首を絞め、持ち上げた。



(な、なんて力だ!?)



「ぐっ、がっ…………!?」



さらにその手に力を込める。アーサーが自らの剣に手をかけたその時だった。






「待ちなさい、レインゼイム。」






コツ、コツ、と足音が響く。姿は見えないが、その声には聞き覚えがあった。こいつは確か…………。







「ゴーサック…………。予定より早く目覚めた。修復を頼む。」



「あぁ、だが一旦その手を離しなさい。アーサー、これには深い事情があるのです。」



レインゼイムは、手を離し、コホッ、コホッと咳き込む。息を落ち着かせて、アーサーはゴーサックに問いただした。



「あの、この世の地獄とも言える光景は何だ?魔女の仕業か!?」



「あぁ、誤解なさらず。あれは、囚人のなかでも特に罪の重いもの。死罪となり、もはや言い逃れのできぬものを転生させるための儀式なのです。」



「転生?ものはいいようではないのか?体良く実験に使っていると、正直に言ったらどうだ?」



「……………やがて、いや、間も無くこの世界は滅びを迎えます。もはや幾ばくかの猶予もない。」


ゴーサックは、歩を進めながら、両手を後ろにやり、話した。


「不死ですよ。死をこの世から消し去るのです。」


ゴーサックは両手をあげ、空を見上げながら言った。


「魔女様は、死者に会いたいと望んでおられますが、私はそうではない。」




地面に落ちた一枚の葉っぱを手に取り、慈しむようにそれを見た。




「世を愛している。人の住むこの世界が心から、私は好きです。だから、この世界を途絶えさせぬために、全ての手を尽くす。」




葉を握り潰し、こちらに向き直り、言った。



「そのための贄は必要です。理解いただけますかな?」



アーサーは、剣を構える。


「理解できないな。今を生きる人々にこそ、希望は宿る。未来もそうであるように。人は自由に、空へと飛び立つ権利がある。それを邪魔するというのなら、俺はそれを阻止するまでだ。」



「おや?自分の状況がわかっておられぬのかな?四面楚歌。もはや囲まれておりますぞ。」




ゴゴゴゴゴ……………と音が鳴り、地面が揺れる。



「ご友人がどうなっておられることやら…………」



その言葉に、アーサーはハッとし、急いで階段を駆け上がる。眩しい日の光、扉を開け、光景を見た。







「ラ、ランスロット…………。」






天高く木樹に刺し貫かれ、手はダランとぶら下がっている。血に染まり、もはや息があるかどうかも分からない。











「今なら、まだ間に合う。」







背後から、囁くような声が聞こえた。






「契約を致しましょう。いいえ、何ということもございません。ひとつ、我々に手を貸していただくだけでよい。輝かしき未来へと、共に行きましょう。」




差し出される手に、アーサーはわなわなと震える手を差し出す。だが、すんでで震えは止まり、その手をパチンと払った。



「お断りだ。俺も、ランスロットもそんなことは望まない。」



「残念です。…………死んでください。世のために。」




後ろから幾重もの鋭い木樹が迫る。アーサーの身体をそれが貫こうとしたその時。






神血(ゴッドブレッド)






血の刃が無数に駆け巡り、全ての木樹を両断する。背後の陽の光が、宙に浮くランスロットを照らし、神々しく、その身を(あらわ)にした。





「おぉ…………」




感嘆と空を見上げるゴーサックは血にその身を刺し貫かれる。しかし、バチバチと身体は煙をあげ、その身から血は流れなかった。





「ランスロット!!」



ゆっくりと降りてくる、ランスロットにアーサーは駆け寄る。ランスロットはふと気を失ったかのように身をもたれさせ、アーサーはそれを受け止める。




「すまない、もう動けそうにない。」



「あぁ、よくやった。」




アーサーに肩を借り、その場を去る。



(ともかく状況報告だ。ゴーサックのあれは本体ではない。何か企んでいることはわかった。阻止しなければ。)
















「お父様?」


宮廷の王室、震える王にリーリアは心配そうに、肩に手を添える。


「く、来るな…………」


嗚咽を漏らし、苦しそうに俯きながら、やがて空を見上げる。


「あぁ、タニア。今行く。」


手を空に掲げると、やがてその目からは緑樹が生えて、身体を刺し貫き、小さな木となって、窓からの太陽の日に照らされた。


「き、きゃあぁぁぁーーー!!!!!!」


叫びが宮廷に響き渡る。


「大丈夫か!?リーリア………こ、これは。」


兄、ヴァンセルはその光景に眉を顰める。父の衣服、そして指輪がカランと、地面に落ちていた。父が大切にしていた、母とお揃いの指輪。


「……………父上。」


ヴァンセルは、ぎゅっと瞳を瞑り、涙を堪えた。彼は知っていたのだ。父が禁忌に手を染めていることも、そして母に誰よりも会いたがっていたことを。


ヴァンセルは、妹を抱きしめる。


「大丈夫。兄ちゃんが、守ってやる。この国も、お前も、この国の民も。何としてでも失わせやしない。」


この時誓ったのだ。例えそれが人の道を踏み外した禁忌であっても、父がそれを求めたように、自分も民を愛し、家族を愛し続けるために、手段は選ばぬと。力が必要だ。守るための力を。











赤子の鳴き声が聞こえる。


「あー、よしよし。大丈夫でちゅよー。」


抱きかかえる、リーリア。そして、それを心底優しい目を向け、そばで見守る、ランスロット。国は、ヴァンセルが後継につき、ガラル国からローラという名の女性を、王妃として迎え入れた。



「ヴァンセル!ランスロットに迷惑かけないの!お子さんが生まれたばかりなんだから。」


「わかってるよ。ローラ。ごめんよ。」


あたふたした2人の様子を見ていると、自然と笑みが溢れた。ランスロットはヴァンセルの付き人として、書類を漁る。すると、ある項目に目が止まる。



「ヴァンセル王、これは?」


「あぁ、それか。…………捨てておいてくれ。」


正体不明の差出人から送られてきた、何らかの手紙。訝しみ念のため、ランスロットはそれを懐にしまう。


「ランスロット!これ、見て!」


「…………あぁ。それか。」


「あなたが受け取った、勲章のバッジ。この子ったら、なかなか離さないのよ。」


「いいじゃないか。減るもんじゃない。それより、大きさ的に口に入ったりしないかな?危なくないか?」


「確かに!喉に詰まらせたら大変ね。離しておかないと。」


グッと手から離そうとするが、赤ん坊はそれでも頑なにそれを離さない。


「よっぽどお父さんの勲章が誇らしいのね。きっと。」


「また、大きくなったらいくらでも好きにするといい。ただ、今は危ないからだめ。」


ランスロットは、赤ん坊から取り上げる。すると、赤ん坊は声をあげて泣き、ランスロットはそれを見て慌てて抱き抱え、よしよしと頭をさすった。すると、すぐにウトウトと目を閉じて、眠ってしまった。


「お父さんが好きなのね。」


「いいや、君のことが好きだと思うよ。………少なくとも僕よりかは。」


「きっと優しい子に育つわ。貴方みたいな。」


「あぁ、そうだと、いいね。」


静かで愛おしい時間。何ものにも変え難いこの瞬間をいつまでも留めておきたい。しかしその願いは、程なくして、失われていく。





















夜の闇のなか、王宮の一間に灯がともる。


「ランスロット、少し席を離してくれないか?」


「…………何用で?」


「大したことはない、旧友との語らいだよ。」


パーティへの招待状。ガルド王国。にこやかに挨拶を交わす王族や、貴族の面々。一見、何も問題はない、いつものパーティのように思えた。


(しかし、この胸騒ぎは何だ?)


ランスロットは、こっそりとヴァンセルの後をつける。すると、裏手には黒づくめの男。そして、その男から何かを受け取る、ヴァンセルの姿があった。


「ヴァンセル!!!」


思わず、叫んでしまう。黒づくめの男は異様な身のこなしで、その場から一瞬で去った。暗闇とはいえ、俺が見失うほどの速さ。只者ではなかった。俺は、駆け寄り、ヴァンセルが受け取ったものを、目にする。


「そ、それは………!?」


「ははっ、ランスロット。」


その表情は、見たことがある。力に溺れ、愛を見失う、おぞましい者の表情。ヴァンセルの手にあったのは、うねうねと動く目の玉。


「俺はね、力がないんだよ。だから、仕方がないんだ。」


「…………………」


俺は、彼からその目の玉を手に取り、握り潰した。


「許さん。」















「ヒ、ヒィ!?や、やめろ!!!うわあぁぁーーー!!!!!」


俺は剣を振るう。そいつは、よく見知った兵士時代からの旧友だった。感情のこもらない刃は、そいつの首を刎ねた。



「……………………」



これで元は絶てたか。いや、裏で糸を引いたものがいたはずだ。探し出さなければ。










「ランスロット…………すまない。」



「……………あぁ。」



王室の間。ヴァンセルは頭を抱えて、机に突っ伏す。国を守る為には、汚い事にも手を染めなければならない。俺にその番がやってきた。ただそれだけのことだ。










「いやだっ!!いやだぁ!!!お母さん!!!」


悪党の暗殺。一族の抹殺。子どもが泣き声をあげる。ガラハッドの姿と重なる。剣を振り下ろす直前、手が止まった。


「死ねぇぇぇーーーーーー!!!!」


後ろから斬りかかる郎党の首をとばす。血飛沫が、子どもの顔に振りかかった。


「ア、ハハ………アハハハハハ……………」


子どもは壊れたように笑った。もはや生かしたところで、幸せに生きていけるかもわからない。やはり、ここで介錯するべきか。



「可哀想に。」


バッと、後ろに振り返るとそこには、アーサーとヒグノの地に訪れた時に、見たゴーサックの姿があった。ゴーサックは杖を振ると、子どもは安心したような表情に変わり、声を溢す。


「お母さん、お父さん…………」


何もない場所に、子どもは歩み寄る。そして、数歩進んだところで、バシャッ、とその身体は水が弾けたように飛び散った。



「…………少し、話がございます。」
















燃え盛る街のなかで、2人は歩く。


前を歩くゴーサックは俺に告げる。


「罪のないものもいた。」


「…………………」


「だが、そうせざるを得なかった。」


「…………いや。」


「責めませんよ。あなたはよき人だ。」


ゴーサックは振り返り、俯く俺の顔を見る。


「魔女様もそうだった。」


その言葉に、俺は思わず激昂する。


「黙れ!!!!」


自分と魔女が重なった。


だが、自分の言葉とは裏腹にゴーサックの言っていることが、間違っていないことも理解していた。


「ここにいては、あなたの精神が憚られる。少し場所を移動しましょう。」


ゴーサックは杖を取り出すと、それを振る。すると、少しの無重力の後、景色は変わっていた。


ピコン、ピコン………と機械音が鳴る。


無機質な一室。見たこともない机と椅子が並ぶ。座ることを促されたが拒絶すると、ならば歩きながら話しましょうと、部屋を出て案内された。


しばらく歩いていると、ガラスの中に、魔族と人の混合種のような姿見の生物が数百、数千と並べられ、異様な光景が広がっていた。



「この者たちは死刑が決まった先のない、囚人たち。自ら志願したもののみ、未来の為に、ここに生かされているのです。」



ゴーサックは続けて言う。


「安心してください。急に、動き出したりはいたしませんよ。」



「……………何を企んでいる。」


すると、ゴーサックは足を止めて言った。



「死して人は、芸術となり、美しき影を残す。」


彼は、ガラスを撫で、その中の者を慈しむようにして言った。


「しかし、それは人生においてその者が歩んだ足跡…………それを後世の人間が愛し、語り継ぐ。その過程にこそ、人の美しさは宿ります。」


「…………何が言いたい。」


「いずれ、人は滅びる。」


ゴーサックは、言う。しばらく歩いていると、巨大な石板の前に辿り着いた。そして、ゴーサックは指を差しながら、話す。


「この世界は、外界と天界との狭間。アダムによって管理されています。魔女様の目的は、死者の国へ赴くこと。女神ヘラ、かの者への供物。そして、死者との邂逅。」


「…………………」


「かつて、魔女様の故郷、隠された文書にはこうありました。」


『神を信奉し、神に愛されたかった。

神に供物を捧げれば、神の愛を得られん。


止まらぬ狂気。

愛する者を捧げ、臣下を捧げ、市民を捧げ、

時々降る雨に神を感じ、何かを捧げることで、

人の原罪が償われる感覚を得た。


全てを捧げたとき、神は我らをどう思われるのか。人類を捧げ、我らは神に認められる。

神の国へと至る。』



「神の国…………」


「魔女様は、死者の扉をひらけば、この地に、生者、死者の分け目が無くなり、己が殺したものもみな蘇ると仰っていますが、私はそうは思わない。」


「…………………」


「これは仕組まれているのですよ。何者かによって、最初から。死者の国へ通じた時、いよいよ人は滅びを迎えるでしょう。大蛇ニーズヘッグ、門番モーズグズ、番犬ガルム。もちろん女神ヘラの怒りをかうことも、充分にあり得る。………その来たるべき日の時のために、私は準備しているのです。私は、人の世を守りたい。」


「ならば、最初から、魔女を止めればいい。何故、魔女の味方をする。」


「………私が、魔女様を愛しているからです。」


「愛して………いる?」


「えぇ、一目惚れかも知れません。幼き日、私のいる街を襲った魔女様に私は救われた。奴隷だったんです、私は。生まれた時からね。」


「…………………」


「死者の扉を開けば、自らが望んだ死者に会うことは確かに、できる。だから、私は魔女様の望みを叶えたい。魔女様は不死ですから。このままでは魔女様は永遠に家族と会うことはできない。」


「………愛しているならば、今に目を向けるべきだ。お前が寄り添ってやればいい。止めるんだ。こんな愚かな行いを。」


「私では代わりにはなれない。魔女様は家族と過ごしたあの日を永遠に追い求めているのです。………それに、不思議なもので。奴隷だった、私はまだ、何処か人を、まだ恨んでいるのでしょうね。人を愛している、世を守りたい。しかし、滅びればいいとも考えている。」


「………………」


「私なりに出した、結論。それが、これです。」


ゴーサックは、ガラスの中の囚人に目をやる。


「……………哀れだな。」


「えぇ。」












コツ、コツ………と暗闇の中から、足音が響く。


「っ!?」


俺は、目を見開いた。


「これは、魔女様、如何なさいましたか。」


ゴーサックは落ち着いて話をする。


「余計な事をベラベラと。ゴーサック、お前の悪いクセだ。」


「申し訳ございません。」


「ランスロット。」


魔女が俺の名前を呼ぶ。俺は身構えた。


「死なぬゆえ、気は晴れんかもしれないが、さぁ、やるといい。」


魔女は手を広げ、受け入れる。


「ま、魔女様、それは………」


「全てわかっている。全て理解したうえで、止まれないんだよ。」


魔女は、気づけば頬から涙を流していた。


「家族との時間なんて二度と帰ってこない。そんな事分かってるんだ。でも、諦めきれない。だから、どうか私を殺してくれ。」


「………………罪を償え。」


「あぁ。だが、私はこれからも殺し続ける。悲劇を生み出し続ける。…………嘘だと分かっていても、私はまたあの日々を夢見てしまうんだ。」


俺は剣の(きっさき)を、魔女の首に向ける。


「いずれ、貴様を討つ。必ずだ。」


「あぁ、待っている。」















俺は、空虚となった、胸に穴が空いた力の抜けた身体で、帰路につく。城が妙に騒がしかった。



「ランスロット!!!大変だ!!リーリアが!!!」


「っ!!?」


何者かの襲来。四騎士、2名の殺害。リーリアの、誘拐。突如襲ったその事件は、ユグル国の運命を大きく変えた。














「ハァ、ハァ……………」


魔力の痕跡を探り、辿り着く。荒野には何もなく、ただリーリアの微かな魔力の名残だけがあたりに散らばっていた。


太陽は落ち、闇夜に更ける。


ザッと、音が鳴る。


「………………アーサー。」


その身体は、月の光で見える程に、暗い霧の蒸気が立ち上がり、目は赤く染まっていた。


2人は構える。


そして、




ガキィン




と両者の刃がぶつかり合った。剣が弾かれ、2人は後ろに飛び退き、距離ができる。















『アロンダイト』







『エクスカリバー』








勝負は一瞬、ランスロットはアーサーの剣をその手から弾き、丸腰になった、アーサーは目を細め、その運命を受け入れていた。目は、正気に戻っている。





ランスロットは、迷わず剣をアーサーの胸に目掛けて、突き刺そうとした。






「だめぇーーー!!!!」





グサッ、と容赦なくそれは胸へと突き刺さった。しかしそれは、アーサーではなく、飛び出したリーリアの胸へと。深く、貫かれていた。








「……………なんで?」




リーリアは倒れる。なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうして?




リーリアが虚ろな目で体を横たえながら、手を伸ばしている。俺は震える手で握った。


小さな呟き。リーリアはこう言った。


「愛してる。」







リーリアは、俺のすべてだった。

ずっと、一緒にいたかった。





『死者の扉を開けば、自らが望んだ死者に会うことは確かに、できる。だから、私は魔女様の望みを叶えたい。』






「………………………」




心は決まっていた。たとえ修羅になろうとも、俺はリーリアに会いたい。



「待っていてくれ、リーリア。」





























「父上!!母は望んでいない!!!母が望むのは、平和だ。そうだろ!?」


「黙れ!!!リーリアは、もう目の前にいる。あと、少しなんだ。だから、邪魔をするな!!!」



私は拳を握りしめて構える。


(何があったのかは知らない。でも…………)




『馬鹿だなぁ。』


「トーレ!!………トーレっ!!!」


『ありがとう。この人を救ってくれて。』








「妻が僕のことを見てくれたの。すごく嬉しかったなぁ。世界が明るくなって、楽しくて、貧しくても、分け合うことが、幸せに感じられた。」



「ごめんなさい………。ごめんなさい………。」


「大丈夫よ。ほら。」





人が人を愛することは、苦しいことなのかもしれない。それでも、人は愛を抱えて生きていく。私は、そんな人達を支えたい。私がマキアとして、いいえ、ただ私として、飯田まことして、苦しんでいる人達を放っておけない。私は、目の前のあなたに、あなたを愛している人が、きっと伝えたいことを、この拳に込めて、思いっきりぶつける。私は、あなたに幸せな道を歩んでほしい!!!



「ウオォオオォォォーーーー!!!!!!!!」



迫り来るマキアの姿。しかしそれは、何処か面影を感じて、ランスロットは思わずそれを、受けとめてしまった。













「何言ってるの!指輪はね、運命の相手がそっと慈しむように付けてくれるものなの!やり直し!」



「綺麗ね。」 「あぁ。本当に。」




「やっとね。」


「あぁ、やっとだ。」



「きっと優しい子に育つわ。貴方みたいな。」


「あぁ、そうだと、いいね。」








「愛してる。」







ハッ、とランスロットは目を覚ます。見上げれば、神樹の元、そのあたたかな木樹の光に包まれて、声が聞こえた。



『あの子を、守ってあげて。』














幾重にも重なる木樹の頂点、魔女は手を掲げ、巨大な火球を上空に形成していた。魔女は忌々しげにアダムに言う。


「今さら、私たちを裏切るなんて。」


アダムは、柔らかな表情で目を閉じ、俯く。


「………思い出したんだ。エバとのあたたかな日々を、約束を、そして人の可能性を。」


宙に浮くアダムは、上空の火球に手を掲げると、一瞬でそれは消失した。


「なっ!?」


「人は、何度でもやり直せる。」



アダムが左手を横にやると、後ろの神樹から一直線に何かが飛来し、アダムはそれを見ずに、掴んだ。






『神槍・グングニル』





アダムは、右の手を魔女に向ける。





『磔刑』





すると、魔女の手は光の矢に貫かれ、力が抜けたように、ダランとぶらさがる。





「…………君の魂は。罪を犯しすぎた、君の魂は完全に消失するだろう。」



アダムは、少し後悔の滲むような、悲しい表情をして、それから覚悟を決めたように、まっすぐに魔女を見つめた。



「さよならだ。」



槍を、グングニルを投擲する。それは一直線に、魔女に目掛けて、向かっていく。魔女は目を閉じて、苦しくも何処か安堵の表情を浮かべた。













『抜切』







ガキィンッ!!!とけたたましく、夜空に音が鳴り響く。間一髪駆けつけ、その槍を弾こうとするが、押されて、逸らすに留まる。



アダムは、少し意外な表情をしてから、微笑んで言った。



「動けないと思っていたよ。」



「ハァ、ハァ………ッ!!」



先日の傷がまだ残った様子のレインゼイムは、地上に降り、膝をつく。そして、地上に血を吐いた。



「グッ………っ!?」



アダムは地上に手を向ける。



「さぁ、終わりにしよう。」



その時だった。


ゴゴゴゴゴッ………と、大地全体が揺れる。


アダムは訝しみ、揺れの元凶である地下を訝しみ見た。


「…………………。」
















「アガガガガ……………ッ!!!」


ガルド王は光の槍で貫かれていた身体と、視界が歪んでいくのを感じた。


「あぁっ!!!光が、光が見えるッ!!!」


ドロドロと闇に溶け、闇は遺跡に拡がり、その中からズプズプと音を立て、その者は姿を現した。


「…………………」


上を見上げる。そして、羽をはばたかせ、遺跡の外、その上空へと君臨した。









影なる者たちは息を潜めていた。


「既に姿は割れているが、致し方あるまい。」


「最終段階だ。アダムよ。」


暗闇の中から姿を現すのは、古なる王。


「今、神の国へと至らん。」















「どうやら、いよいよ動き出したようだね。」


アダムは、目の前の、遺跡から飛来したそれを見つめる。


「アバドン。奈落の王よ。」


それは、深淵の主。白翼に、(さそり)の尾を持ち、手に持つ長剣は螺旋の構造を描いている。黒鎧を身につけ、影が表情を覆う。


「何故、彼らの味方をする?」


「…………………」


アバドンは、応えない。すると、沈黙を破るように、都市城門、国の外縁から巨大な音と、熱波が走った。


「なるほどね。」


アダムは目を細める。そこには、幾多の兵士たち。そして、その手には外界の武器を有している。アダムは、神樹に手をやり、聖霊に呼びかけようとした。



「がっ………!?」



しかし、アダムの手は螺旋の剣に貫かれる。怯んだアダムを見て、アバドンはその首元を手で掴みに掛かる。しかし、アダムはほくそ笑み、貫かれた反対側の人差し指を上に持ち上げる。すると、後方から神槍が飛来し、アバドンの掴もうとした手を貫いた。



「……………………」


アバドンは、螺旋の剣を手放すと、地上に手をやった。








『滅界』




「………………っ!?」





アダムは、瞬時に放たれたそれに、反応し、手をやる。すると、『滅界』は消滅したが、背中の違和感に顔を歪めた。




「これは……………」



アダムが背後を見ると、アバドンの後ろから伸びた(さそり)の尾が、背中へと突き刺さっていた。



「………………」



アダムは、薄れゆく意識の中で魔女に手を向ける。すると、光の槍は解かれ、下に落ちた。それと同時に、アダムの身体から力が抜け、アバドンはそれを腕で受け止めた。上空から、山羊頭の悪魔が飛来する。2体の悪魔はそれぞれアダムの腕を持ち上げ、上空に現れた門のなかへと連れる。都市は、火に包まれていた。













「何よ………何よ、これ?」


焼け焦げる臭い。火だるまとなった人が向こうから、叫びを上げてやってくる。逃げようとする住民に、瞬く間に背後から容赦無い銃弾の雨を浴びせられる。血は広く地面を染め上げ、死体の山が積まれ、兵士たちがその上を歩く。


(これまでにも、血を流して倒れた人や、呻き、足を引き摺る人々は見たことがあった。それでもこれは………)


腹の中から熱いものが込み上げてくる。思わず口を抑え、(うずくま)った。


「まこ!!危ない!!!」


ダダダッ、と銃音が鳴り響き、私がいた場所の地面が抉れた。間一髪で、ミレイユが救け出してくれた。


「くそっ!一体どうなっている!?」


ミレイユは街の異変を察すると、いち早く市民に避難を促し、声を張り上げていた。しかし、戦火は瞬く間に人々を飲み込んでいく。


「お嬢、隠れていてください。」


「ベルヒム!!ここから離れないでくださいまし。何だか嫌な予感がするの。」


「…………大丈夫です。」


ベルヒムは壁の奥で、お嬢の頭を撫でた。


「また、国に帰ったら美味しいコーヒーでも一緒に飲みましょう。」


ベルヒムはそう言い残し、壁から外に出た。銃声が鳴り響く。


「誰か………誰か、たすけて………」


チルノは頭を抱える。兵士たちが持つ武器は、それだけで軽く、王宮の優れた魔術師の洗練されたそれを凌駕する。スピード、殺傷能力とともに、人を殺す為に特化された悍ましい武器であると、彼女は理解することができた。


(私が出ていったところで、殺される選択肢しかありませんわ。それでも…………)


ただ、黙って隠れているなんて嫌。私は、私の出来ることを致しますの。













「こんな事になるなんてな。」


ガラハッドは燃える街をただ見据える。ここにだけは、手を出さぬ約束だった。しかし、当然奴らがそれを守るはずもなく、案の定この有り様だ。


「母上…………」


首に下げられたペンダントのケースを開ける。そこには、記憶にはない母の姿があった。ペンダントを握りしめ、そして、前を向いた。


「見ていて下さい。」


ガラハッドは駆け出す。雄叫びをあげ、外界の武器を持つ兵士に向かう。この数に自分が叶うことがないと知りながらも、しかし見捨ててはおけなかった。小さな頃から面倒を見てくれた、みんなを。この街を。













「魔女様!!!」


レインゼイムは、魔女を受け止め、意識を失った彼女を揺らす。じき、ここも戦火に包まれる。死なないとはいえ、痛みによる精神的障害は残る。それに……………。





バサッ、と目の前に飛来する。


奈落の王、アバドン。


「クソっ!?」


レインゼイムはやけくその一太刀を振る。しかし、それはあっさりと手に掴まれる。


そして、もう片方の手を2人に向け、閃光がその手のひらの中で瞬いた。



(ここまでか…………。)













太陽(サン)灼光(バースト)







強烈な光と熱が紅蓮を巻いて、上空に立ち昇る。

スタッ、と宙から降り立つのは、ゴーサック。アバドンの半身は焼け爛れる。しかし、数瞬の内に、元通りに再生した。





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