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マキア  作者: ヤマト
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3人の冒険 その1







「はぁ…………………」


私は、椅子に座りウンザリする。今日も今日とて、他の国々からの崇拝者が、私を拝みにくるからだ。短期間で、魔女の勢力の内、2つを倒してしまった、わたしは過剰にもてなされ、他の国々の顔の整った殿方の誘惑と、とびっきりのご馳走の誘惑にも、負けずに…………いや、ご馳走の誘惑には勝てなかったけど。それでも、ベルトさんの言う通り、なるべく人との接触は避けて、最低限、私を見たいという人たちと、教会の神聖な魔力の込められたガラス越しに、面会だけをしていた。



「まこ様は、天から遣われし、女神様なのではないでしょうか?どうか先日亡くなった子が天国に向かえるように、お願いします。」



「どうか、この世の行く末を私にお教えください!!不安で夜も眠れないのです!」



「バード王国の新たな王となったチルノ様が行方不明で、どうかその御神技で、居場所をお教えくださいませんでしょうか?」





「……………………………」



私は、完全に思考が停止していた。分かるわけないじゃん。だって、私普通の女子高生だもの。女神でもないし、天使様でもない。たまたまこの世界に来た、女の子。それ以上でも、それ以下でもない。



「だあぁぁぁーーーー!!!!!!!」


私は、布団の枕にダイブして、顔を埋め、足をバタバタさせる。ダメだ。こんなことしてたら、頭がおかしくなる。しーちゃん、今どうしてるかな?いつもなら、私の困り顔を見て、笑って話を聞いてくれる彼女がいるから、何だかんだあっても、平気でいられた。でも、この世界で本当に色んなことがあって、長い間彼女にも会えていない。私の精神は、とうに限界を迎えていた。頼みのカラルも、町の復興でしばらく会えていないし、いよいよ私はダメかもしれない。



コンコンッ、とノックが鳴る。



「はい…………」



私は力無く、返事をする。



「今、いいかな?」



カラルの声がした。私の表情がパァーッと明るくなる。ベッドから起き上がり、裸足で、扉へと駆けていく。



「カラル!!!」


「やぁ、調子はどうだい?」


カラルはいつもと変わらず、私の様子を気遣ってくれた。


「カラルこそ、どうなの?」


すると、カラルは少し難しい顔をして答える。


「それが、ははっ。なかなか芳しくないよ。工房にある鎚や色んな道具も、紛失しててね、なかなか手に負えないよ。」


「そうなんだ………まぁ、いいわ。久しぶりに話でもしましょう。」


「あぁ、そうだね。少しお邪魔させてもらうよ。」


カラルは私の部屋に入り、椅子に座る。やはり疲れていたようで、少し上の空な様子でしばらく動かなかった。私は、そんな様子のカラルに尋ねる。


「そう言えば、城の中でも最近リベルトをよく見ないけど、何か知ってる?」


すると、カラルは意外だというように答える。


「そうなのか?てっきり、まこのところによく尋ねてるものだと思ってたけど。戴冠式の後、実際王様になって忙しいのかもしれないね。城の後処理にも追われてるだろうし。」


「そうね。間違いないわ。」


竜騎兵の軍団の襲来、それは小さくない爪痕を城に残していた。多くの兵士が殉職。葬儀も盛大に行われた。モルト王国は二度の侵攻を退けた功績として、世界合同機関なる組織からから平和賞を授与された。


「そういえば、ロイド王が何か話があるって、ここに向かってきてるらしい。直々に来てるから、何か大きな事だと思う。」


「そうなの?何かしら?」


ロイド王といえば、女騎士ミレイユと世界同盟の円卓会議のときに来ていた、王様の一人だ。最初はリベルトとの問答から意地悪な人に見えたけど、兵士を助けに来たり、ミレイユのことを心配していたりと、優しさの垣間見える人物でもあった。


「あと、ここにくる途中でバード王国の王女を見かけたんだけど、大丈夫なのかな?」


「へっ?」


バード王国の王女といえば、さっき国の人が探しに来ていたよね?わたしに居場所を尋ねに来てまでいたし。


「なかなか奔放な方で、王女に就任してからみんな振り回されてるって有名だよ。なんでも、冒険に出る!なんて昔からよく言っていて、幼い頃からよく姿をくらましていたらしい。」


確かに、円卓会議で見た様子では、純粋で好奇心旺盛な少女といった感じに見られた。それに、私が兵士の方を助けようとしていたときに、真っ先に駆け寄ってくれた。



コンコンッ、と再びノックが鳴る。


「マコ、マコはいるか?」


リベルトの声だ。


「はーい!いるわよ。」


「少しお邪魔していいだろうか?」


「どうぞー!」


ガチャと、扉が開かれる。そこには、綺麗な王族衣装がヨレヨレになった、彼がいた。頬がコケ、今にも倒れてしまいそうな、彼は部屋に入るなり、床に倒れる。私と、カラルは駆け寄る。


「「リベルト!!」」


リベルトは、震える手を上げて、一言いった。


「休みを………休みをくれ………。」


カラルは、リベルトを肩から支えて、持ち上げる。


「そんなに忙しいのか?」


リベルトは言う。


「忙しいなんてもんじゃない。アホだ。アホの業務量だ。」


リベルトは、それから仕事の愚痴を延々とのべた。私たちはそれをうんうん、と頷き最後まで聞いてあげた。


「ありがとう!元気が出たよ!」


元の爽やかな彼に戻って、部屋を出ようとしたが、扉の前で倒れて、2人で医務室まで運んだ。城では大きな騒ぎになり、業務改善の提案が見込まれた。
















「リベルト王はおるか?」


ロイド王はモルト王国へと辿り着く。横には、近衛騎士のミレイユ。ベルトが迎え出て、答える。


「今、過労で体を労っておられる。話なら、私が聞きましょう。」


「あぁ、それなら英雄もご同席願えるか?ミレイユが話があるそうなのだ。」


彼女はコクリと頷く。


「畏まりました。それでは、ご案内致します。」


ロイド王とミレイユは城の中へと足を踏み入れる。すると、廊下で英雄とカラルが並んで歩いているところに、バッタリ出会した。


「あぁ、ちょうど良かった。英雄殿、少しご同席願えるかな?」


「えっ?私、ですか?」


マコは意外だと様子で、ロイド王の願いに応える。ロイド王の後ろ、ミレイユと共に、王室の客間へと向かう。ミレイユは真っ直ぐに前を向き、マコは緊張した面持ちで、扉の前へと辿り着く。


「こちらでございます。」


ベルトは頭を下げ、扉を開ける。広く、黄金色に飾られた絢爛な部屋。ロイド王が腰掛けて、それからその隣にミレイユ、そして向かい合うように、私とベルトが着席した。


「それでは、早速話の内容だが…………」


「あのっ…………!!」


突然発せられたその声は、ミレイユのものだった。心なしか頬を染めているように、見える。


「ま、、申し訳ございません。」


ロイド王の言葉を遮ってしまったことに、ミレイユは焦って、謝罪する。


「よい。先に言え。」


「ですが…………」


「ほら。」


ロイド王はまるで父親のように、ミレイユの肩をポンと優しく叩く。


「あ、あの…………英雄様、どうか私を側に置いてくれないでしょうか?」


「………………へっ?」



突然の提案に、私は気の抜けたような返事が出る。心なしではない、完全に頬を染め、私をおそるおそる見るように、上目遣いで、こちらを伺っている。


ロイド王は言葉を加える。


「どうやら、英雄殿の戦いを目にしてしまったようで、それからと言うもの、護衛も、稽古も手に付かず、困っていたようなのだ。生まれてこの方戦いの道に生きてきたこの子は、英雄殿の戦いの姿、その勇姿に惚れ惚れし、師事したい旨を私に伝えてきた。こちらとしても、気の抜けた状態でいられても、困るので、いっそのことこちらで預かってもらえないだろうか、と言う話になってな。」


「そういう話でしたら、お受け致しましょう。」.


「ベルトさん!?」


突然の話、そしてベルトさんの快諾に、私は頭がこんがらがりそうに、なりながらも、改めてミレイユの私を尊敬するキラキラという眼差しを見て、ハァ、とため息をついてから、言った。


「…………わかりました。力になれるかは、わかりませんけど、了承します。」


「おぉ!それは良かった!では、よく面倒を見てもらうのだぞ。」


「は、はい!ロイド王。心より、感謝致します。そして、ベルト殿、英雄様……これから何卒、よろしくお願い致します。」


すると、ベルトはにこやかな表情で言った。


「謹んで、お受け致しましょう。」


「よ、よろしくお願いします。」


私も、ペコリと頭を下げる。さて、困ったことになった。生まれてこの方、戦いの道に生きてきた人に師事されても、何もできることがない。だって、喧嘩しかしてきてないもの。生粋の素人である。



その晩、夕食がやけに豪華になっていた。……クソッ、ベルトさんめ……私の心が分かっている。ジュルリ………。こうして、わたしは上手く丸み込まれ、彼女と行動を共にすることとなった。
















「……………っ!!」


黒色のドレスを羽織った、その女性は壁にもたれかかる。それでも、支え切れず、ドサッと身体を落とした。あの忌まわしき瞬間を思い出す。


「おのれ………裏切りおって。」


黒騎士のベルギルス。彼は神の御技を、その身に降来させた。その技は、いくらその身が人であろうと、天地をひっくり返す程の威力がある。命を捨ててまで、何故あの娘を…………


「ザドキエルめ。余計なことを…………」


彼女は、娘に力を与えた天使の名を口にした。私の導きの邪魔をするな。あの人が待ってるんだ。


目の前の扉が、ギギギッと鈍い音を立てて開かれる。


「………っ!?レイン!!」


彼女は駆け寄り、私を抱きかかえる。その姿はあの日と変わらない。聖女の姿、私の神よ。どれだけの地獄が待っていようと、私はこの人と全てを共にする。彼女の、望みを叶える。それが私の、導きだ。









日差す、神樹の下、彼は片膝を抱え、空を仰ぎ見る。心臓の音が鳴る。全ての始まり。原初の存在、アダム。円環の輪、死と生を繰り返し、やがて生まれ(いず)る時を待って、彼はその中心に座する。果てしない苦痛に苛まれようとも、罪を受け入れ、彼は再びその時を待つ。


「エバ。愛してるよ。」
















「………‥それで、そんなことになってるのか。」


「そうなの。」


椅子に2人、カラルと私が座っているのだが、私の椅子の後ろにはピタッと彼女がくっついている。最初は妙に距離がよそよそしかったので、「もっと近づいてもいいよ〜。」と言ってみたところ、今度は私にピッタリくっついて離れない。聞くところによると、両親がおらず、これまで騎士然として戦いの道に生きてきたので、それ以外の感情がよく分からないのだという。自分でも困惑しているようだが、見たところ、私の近くにいれることが、嬉しくて仕方がない様子に思える。


「やっぱり迷惑なのでは…………」


そう言いながら、椅子に座る私の後ろから腕を回して、抱きついてくる。まるで子どもが親に甘えるような仕草は、彼女の言葉とは裏腹に、彼女のことを分かりやすく教えてくれる。


「あははっ………。大丈夫だよ。」


「まぁ、幼い頃から騎士として生きるってのは、想像以上に過酷なもんだ。きっと、その反動がきてるんだろう。」


「そうなのね。」


私は、彼女の頭に手をやる。すると、彼女は安心したようにその頭を預ける。まるで、わんちゃんと接しているようなその感覚は、私を不思議な気持ちにさせた。


そんな時、扉が勢いよく開かれる。


「た、大変です!!ガルド王国が、大魔導師ゴーサックの侵攻によって、攻め落とされました!!!」


「…………っ!!!」


私は、突然の知らせに冷や汗をかく。………大魔導師ゴーサック。確か、カラルが言ってた。国を2つ攻め落として、そこを拠点に怪しい研究をしてるって。


「すぐに対策会議が必要だ。人員を集めろ!」


ミレイユは、人が変わったように、手をバッと振りかざし、兵士に指示をした。


「は、はい。」


すると、廊下から声が聞こえてくる。


「既に、世界連合から通達が来ている。各国、最高戦力を動員し、大魔導師ゴーサックを討伐せよと。」


ベルトさんが姿を現す。そして、私の前に来て、言った。


「間髪入れずに済まない。まこ殿、どうか彼の地、ガルドへと向かってほしい。」


私は、ゴクリを息を飲んでから、覚悟をしたように頷く。そう、既に魔女の4つの勢力のうち、2つが落ちている。これを好機と見て、世界の国々が一転攻勢へと出るのだろう。


カラルは少し目を俯かせ、考えるようにして言った。


「しかし、ガルドまでは距離があまりにも遠い。ベルトさん、どうするつもりだ?」


すると、ベルトさんは答える。


「確かに、まこ殿が長期間この国を離れるとなると、すでに2つの勢力を落としてしまった我が国は、真っ先に狙われる可能性が高い。だが、万が一の時には、モルト元国王が残されたあの装置が城の地下にございます。」


あの装置………恐らく、円卓会議の場で私にかけたあの魔法陣。ベルトさんが言っていた言葉、『契約完了』とは、つまりその装置が私と繋がりを持ったということなのだろう。きっと、何かあったときは、私がモルト王国に駆けつけることができる。


「我が国が派遣するのは、英雄まこ殿。そして、その護衛として、ミレイユ殿にお願い致したい。」


「もちろんだ。絶対に行く。」


ありえないほどの即答に、ベルトさんは少したじろぐ。そして、わたしの耳元で囁いた。


「随分と、人垂らしですな。」


「あはは…………」


わたしは苦笑いする。短期間でここまで、親密になることって、あるのだろうか。最初なんて、なんか見ただけでバカにされたような笑いを浮かべられていたのに。


「それでは、明朝に盛大な出征の見送りを国で、執り行う。各自、準備に取り掛かれ。急げ!!」


「は、はい!!」


兵士たちは急いで、駆けていく。私は、明日に向けて想いを馳せた。正直もうちょっと休みたかったけど、まぁ、世界が滅亡するかもしれないって時に、そんな悠長なこと言ってらんないわよね、


すると、私の表情を見てミレイユが気づいたように声をかける。


「疲れが見えます。どうか、私の膝の上でおやすみください。」


「い、いや、遠慮しておくわ。」


もはや、恋人か何かかと思うくらいに、距離を詰めてくる。まぁ、幼い頃から戦いに明け暮れて、仲良くなった人との距離感みたいなのが、分からないかもしれない。これから少しずつ、教えていってあげよう。











ゴソッと、城の物陰から音がする。


「チャンスですわ。」


目をキラリと光らせて、少女は計画を練る。退屈を埋めるには、ちょうどいい。それに、仲間との冒険は小さい頃からの、彼女の夢だったのだ。


















「英雄様〜!!!!どうか、ご無事でーーー!!!!」


「お父さんを助けてくれて、ありがとうーー!!!英雄様〜〜!!!!」


「きゃあぁーー!!!!英雄様がこっち向いてくれたーーー!!!一生の思い出にします!!!!」










「あはは………そんな大袈裟な。」


「まこは、それだけのことを成したのです。誇りに思ってください。」


「そうね。そうするわ。」





馬車、人が足元より下に見えるほど、巨大なそれに乗せられて、私たちは国を出た。リベルトは、俺も行くと、訳の分からないことを言って、兵士たちに止められた。ベルトは、遠征に向けて長期保存可能な高級食材を大量に調達してくれたようで、わたしの心を掴むのに、余念がなかった。なんか、食べ物を積めば何でもやると思われてそうで嫌だが、実際そうかもしれないので、何も言えない。ミレイユは、距離感が明らかにおかしかったので、説得して、程々にしてもらうようにお願いした。





国を出て、しばらくした後、食糧の積まれた荷台からガサゴソと音がした。ミレイユが何奴!?と後ろを剣に手を掛けて、覗いたが、そこにいたのは、なんと、バード王国の女王、チルノだった。


「ちょっ!?ちょっと、危ないですわ!!その剣をおさめ下さいまし!!!」


わたしと、ミレイユはキョトンとした顔で彼女を見つめる。それから、彼女の諸々の事情を聞いて、バード王国に送り届けることを決めた。


「いーやーでーすわぁーー!!!私、冒険することが夢でしたのぉー!!滅多にないチャンス!!!この機を逃したら一生ないかもしれないー!!!」


「そんなこと知ったことか。あらぬ疑いをかけられて、まこが被害を被ったらどうする?」


「まぁ、ともかくバード王国に一度立ち寄りましょう。どうやら、ガルド王国に行く途中の道にあるみたいだし。」


ムスーっと頬を膨らませながら、チルノ王女は、私とミレイユの間に座る。ミレイユは何だか、不満そうな顔で、チルノを睨んでいる。私は、そんな、少し気まずい空気から目を逸らしたくて、外の景色を見た。


「うわぁ〜〜ー!!!」


綺麗な景色。どこまでも広がる壮大な高原、そしてその奥には夕陽と、照らされて煌めく山々。何だか、旅行に出掛けてるような、気分だ。



気がつけば、馬車の心地の良い揺れにウトウトとして、眠ってしまった。それは、チルノも同様で、ミレイユは、敵襲を警戒し、眠らずにいた。そんな夜のこと。




闇夜の中、薄い明かりに僅かに煌めきを帯びたそれは、一直線に馬車の窓外から、まこに狙いを定め、飛んで来る。ミレイユは、察知し、いち早くそれを切り捨てた。彼女は馬車を止めるように、御者に伝える。そして、2人を起こさないように、そっと外に出た。



「ふへへへっ、英雄はお眠りか?」



ゴブリンだろうか?それにしては、やけに体格が大きい。暗闇の中で、それは不思議な歩法を用いて、視界から消えるように、動き出す。



「くっ!?」



まずい………ともかく、まこのいる馬車だけは守らなければ………。


すると、気配の無い上空から、弓矢が一本、二本と、私を追うように降り注ぐ。わたしは、それを間一髪で避けていく。なんだ?この違和感は………放たれる弓に、殺意を感じない。


「ハハハッ、逃げるだけで手一杯か!?馬鹿な護衛騎士よ!!!」


「…………いや、そうだな。確かにそうだ。だが、それはお前がだがな。」


「な、なにっ!?」


私は、瞬間的に足場に力を込める。そして、瞬間的に、遠方の木まで距離を詰め、そしてひと蹴りで木の生い茂るその中へと、身を飛び込ませた。


「ひっ!?」


「本当に打ったのは、最初の一発のみ。そして、あとは私を馬車から遠ざけるための幻覚だな。姑息な手だ。」


「くそおぉぉぉーーー!!!!!!」


ゴブリンは弓矢をミレイユに向けて放つ。しかし、彼女はその前にその弓ごと剣で両断し、その切先をそいつに突きつけた。


「どこのものだ?答えなければ、今すぐ殺す。」


「わ、わたしは、しがない雇われ人で…………」


「どいつに雇われた?」


「それは、言えば殺され……殺さ………あばぁっ!!?」


「…………っ!!?」


ゴブリンは突然、何者かの干渉を受けたように、体が内側から裂けた。一体なんだというのだ!?ミレイユは、急いで、馬車に戻る。そして、中を見て安心した。


「ふふっ…………ゆっくり寝かせておくか。」


2人は、まるで姉妹のように身体をくっつけて、気持ちよさそうに眠っていた。これから私は、この2人を死んでも守り通さなければならない。それが、騎士として育てられた、私の役目。そして、まこを守りたいという、私の想い。


「あぁ、そうか。」


これが親しみという感情。何かを愛おしく思う心。


「フフッ。」


わたしは、少し嬉しくなった。戦い以外で初めて、人として成長できたような気がした。





















チュンチュン、と小鳥の鳴く声が耳元に響く。気づけば、窓には小鳥が止まり、朝日が差していた。


「いけない………寝過ぎたみたい。」


昨日の夕方ごろから、ずっと眠っていたようで、反対側を見ると、ミレイユが腕を組んで、外を見ていた。


「おはよう、ミレイユ。」


すると、ミレイユはフッと笑みを浮かべ、返答する。


「あぁ、おはよう。まこ。」


これまでにない優しさに満ちた表情に、私は不思議に思いながらも、ふぁ〜!っと欠伸をして起き上がる、チルノに気を取られる。


「…………なんだ、まだ朝か。」


すると、またチルノは横になって寝ようとする。


「こら、朝よ。起きなきゃ。」


「王女が聞いて呆れるな。」


「なんですってぇ!!これでも、私はバード王国の才女と呼ばれて、あのアレンド国際魔術技師会、レーリル先生の一番弟子!アマチュアの中で、私の右に出るものはいないわ!」


「アマチュア部門など、お子様の出る大会だろう。レーリル殿が下に置くのも、お前が王族でバード王国、正統後継の1位だったからだ。」


「ムッキーッ!!!!本当に許さないわ!!!あとで、訴えてやる。」


「あぁ、好きにするといい。とは言っても、もう誰もマトモに受け取ってはくれんだろう。こんな粗相を繰り返していてはな。」


「…………わかってるわよ。そんなの。」


途端、チルノは大人しくなった。手を膝の上でぎゅっと握りしめて、涙目になっている。


「わぁーー!!もう、2人ともせっかくこんなに綺麗な景色が見れるんだから、外でも見ながら、気分転換しよ!ほら、湖がすごく綺麗!!」


「本当ですわ!!!見て!ハクチョウが、水辺を歩いてる!!」


チルノの切り替えの早さに、イライラしたミレイユをわたしは宥める。その時だった。



ヒヒーンッ!!!と馬が(いなな)き、足を上げる。ミレイユは急停止に体勢を崩しそうになった、私とチルノの体を腕で止める。



「一体何があった!?」


ミレイユは馬車を出て、御者(ぎょしゃ)に問う。


「そ、それがいきなり子どもが飛び出してきて………」


見ると、10ほどの小さな子が、泣きそうになって、両手を諸手(もろて)にひろげて、震えながら立ち塞がっていた。


「お、お願いします!!お母さんが!!お母さんが、倒れてるんです!!!」


私たちはその声に驚き、馬車を飛び出した。


「どうしましたの!?怪我はありませんの?」


チルノは子どもに駆け寄り、怪我がないか確認する。私は、ミレイユに状況を確認する。


「仕方ない。一度、この子について行ってみよう。」


ミレイユは提案した。わたしは、うんと頷く。チルノは子どもを背負い、優しく声をかけ続けていた。


私たちは、森に歩め、一軒の木造の古びた家にたどり着く。


「お邪魔します。」


私たちが入ると、ベッドには母親がコホンコホンと、咳をしながら、しんどそうに寝入っていた。


「お母さんっ!!!」


子どもは母親に駆け寄り、その手を握る。すると、母親は目を覚まして、私たちに気づく。


「あら………旅の方。すいません、今用意しますので………。」


そういって、フラフラと立ちあがろうとする母親をミレイユは静止する。


「ダメだ!無理をしてはいけない。ちゃんと横になっておくんだ。治るまでな。」


ミレイユは布団をかけて、母親を寝かせる。わたしは、辺りを見渡す。棚の上には、写真が飾られている。母親と、子どもと、もう一人。


「お父さん、帰ってこないんだ。」


子どもは俯き、言葉を溢す。


「3年前、戦争に行ってから帰ってこないの。でもね、お父さん魔女に勝ったから、みんなにお祝いしてもらってるんだって。だから、もう少し待ってたら、きっと帰ってくるから。それまで、僕がお母さんを守らなきゃいけないの。」


私たちは唇を噛み締める。この子は、一生懸命、お母さんの………そして、お父さんのために頑張ってる。


「ミレイユ。チルノ。」


「あぁ。」「えぇ。」













「しゃぼん玉の魔法ですの〜!」


「わぁ〜っ!!」


チルノは子どもに元気が出るように、外で一緒に遊んでもらい、私はお母さんの看病、そしてミレイユには近くの町医者を呼びに行ってもらった。事情を聞くと、未知の病らしく数年前に一度訪れたが、その時はここまで病状は酷くなかったのだという。


「恐らく、都市部の医者に聞けば、何か知っているやも知れませんが、あまり期待はしない方がいいかも知れません。」


医師の言葉は、重くのしかかるが、ともかく、都市部の病院を尋ねるしかないことは確かだった。


「お母さん、どうだった?」


子どもの不安そうな言葉に、わたしは答える。


「お医者さんがね、少し遠くの病院に一度行ってみようって。お姉ちゃんたちもついて行くから、安心してね。」


すると、子どもはコクンと頷く。私たちは、子どもとお母さんを連れて、家を出る。チルノは子どもと手を繋いで、ミレイユは母親を背負い、私が後ろから支えた。そして、近辺の都市部、カント。御者の方に説明し、その場所へと向かう。












「うぅむ、これは…………」


都市部の医者は、カルテに文字を書き込んでいく。表情は芳しく無い。私とミレイユは、医師からの話を聞く。


「共鳴邪気症の一種、ですかな。」


「「共鳴邪気症?」」


「そう。竜や海主など、人の噂や、言い伝えなどから、邪気が溜まりやすい生物にかかる、病なのですが、近隣の人間が、それに同調して、体に異変をきたすことが最近多いのです。原因となる、邪気症を患った、本体を討伐するか、難しいですが、その主を治療するかですね。」


「なら、討伐すれば母親は助かるのだな。手っ取り早くて助かる。」


ミレイユは、立ち上がり、外にいる子どもに告げる。


「もう、大丈夫だ。お前の母親は、じきに助かるぞ。」


「本当!?…………よかった……よかったよぉ。」


子どもは、膝をつき、顔を両手で覆い、泣き声を漏らした。私たち3人は安堵の表情を浮かべる。


医者が部屋から出て、本を捲る。そして、あるページを私たちに見せる。


「この個体でしょう。」


描かれていたのは、赤瞳の鱗竜。カントの地、その西に住む、暴竜。


「竜の活動は、本来自然災害とおなじで、対処のしようがありません。あなた方は、それをどうされるおつもりですか?」


「もちろん。」


「あぁ、もちろんだ。」


私とミレイユは揃って言う。


「「絶対、倒す。」」














西の大洞窟、火山活動も活発な、この山岳地帯に住む、赤い瞳を持った、強大な鱗竜。かつて、この大陸を支配した暴竜は、数百年の時を経て、幾千幾万の恨みと、怨念を溜め込んで、目覚めようとしていた。カントの地に、危機が迫る。














「それでは、お母さんを頼んだぞ。」


「うん!任せて!」


私たちは家に戻り、母親を寝かせて、医者からもらった地図をもとに、その洞窟へ向かうことにした。御者に言うと、ひとつ返事で返してくれた。私たちは、デコボコとした道を抜け、小一時間かけて、その場所へと辿り着いた。


「思ったより、近かったな。」


ミレイユは感じられる火山の熱気に、額から汗を流す。この山全体が脈を打つように、赤みを帯びてきている。


「これも赤竜が関係しているのか。………討伐後も、安心はできないな。都市部に住むように、伝えておかなければ。」


「もしかしたら、この火山の活動自体、その赤竜が関係しているのかも。」


「そうかも知れませんわ。ともかく、行きましょう。」


私たち3人は、洞窟の中へと足を進める。中に進むにつれ、熱気は大きくなる。


「あ、あつい…………」


「大丈夫か?まこ。」


「わ、私今からもう倒れそうですわ。」


見ると、碧色に発光する場所が曲がり角の奥に見えた。巨大な生物の発する吐息がここまで大気を震わせるように、聞こえてくる。曲がり角から出ようとした、その時だった。


「危ないっ!?」


ミレイユは、私とチルノを抱え、覆い被さる。砕かれた洞窟の壁が、ミレイユに降りかかり、彼女は空気を吐き出すようにカハッ、と声を漏らす。


「ミレイユっ!!?」


「あ、あっ…………そんな……。」


壁の向こうから現れるのは、固く厚い鱗に覆われた、赤竜。そのあまりに大きな体躯は、山そのものを見上げるようで、その見下ろした瞳には、暗く邪悪なオーラが宿っていた。


『グルルルルル。』


「下がれ。私が、やる。」


フラつきながら、前に出るミレイユを私は支える。すると、チルノが小さな杖を出し、赤竜に向け、呪文を唱えた。


『メガ』


そう発し、杖から放たれたのは赤い火の玉。しかし、赤竜は頬を膨らませたかと思うと、その口から特大の火炎を吐き出し、その火の玉を掻き消した。


「ま、まずいですわぁ〜っ!!」


私は、2人を抱えて、岩壁の上へと跳ぶ。ネックレスに手を翳し、すでに変身は終わっている。2人を寝かせて、私は赤竜の元へと降り立った。


「まこ!!無理はするな!!!」


「一旦逃げた方がいいかも知れませんわ!!!このサイズのものは、文献を漁っても、なかなか見られませんの!!!」


「分かった!!」


わたしは、拳を握りしめ、赤竜と対峙する。赤竜はその一本一本が、電柱ほどあろうかという、巨大な爪を、私に鋭く突き出した。私は、それを後ろに、バク転しながら避け、着地したその足で、大きく地面を蹴り出し、空高く、宙へと跳んだ。


「やあぁぁーーー!!!!!!」


赤竜の脳天に、振りかぶった拳の一撃をお見舞いする。赤竜は、その頭を勢いよく地面にのめり込ませる。その勢いで、洞窟の地面は大きくひび割れて、山全体が大きな揺れを起こした。竜は沈黙する。


「よしっ!!」


ミレイユは、見惚れるようにその光景をみつめ、チルノは口をあんぐりと開け、唖然としている。


赤竜はそのまま体を横たえ、光の粒となって、天に昇っていく。活発だった、山の脈動、火山活動が徐々に収まっていく。結晶は、光を失い、洞窟は、闇に包まれた。


「…………っ!?まずい!!!」


ガラガラと、洞窟の壁が崩れ出す。この場所が埋もれるのも時間の問題だった。私は、岩壁の上、ミレイユとチルノを抱え、外に出る。


ガラガラと音を立て、洞窟が崩れ落ちる。完全に岩石で、入り口が閉じられ、あと少し遅かったら、危なかった。


「まこ、ありがとう。」


「助かりましたわ〜!!」


ミレイユは頬を染めて、チルノは大粒の涙を流しながら、感謝の言葉を述べた。私は、ホッと安心して、変身を解く。それから、御者の人の元へと戻り、また小一時間かけて少年の家へと戻った。


「お母さんが!!お母さんが!!!」


そこには、見違えるように血色が戻り、立ち上がり、こちらに頭を下げる母親の姿があった。私たちは、柔らかな笑みを浮かべ、忙ぎの用事があるからと、家を後にする。



「ほんっとうに、かっこよかったですわ〜!!」


「まこ、怪我はないか?」


「ありがとう。うん!大丈夫。」


わたしは2人に笑顔を向ける。こうして、カントの地、赤竜による災害は去った。













魔女はある地下の一室に姿を現す。そこは、物々しく、血の匂いが染み付き、拷問器具や、培養液に浸された遺体が置かれていた。


「ガルド王よ。事は済んだか?」


後ろを向くその人物は肩を震わせて、言葉を発する。


「……………す、素晴らしい。ゴーサック氏の探究の成果は、かくも、このような境地へと辿り着くのか。」


振り返ったその顔には、目が左側に3つ、そしてその反対側は焼け爛れ、不気味な笑みを浮かべていた。


「見える、見えるぞ。少し先の未来が!!」


「ふふっ、それはよかった。」


魔女は妖艶な笑みを浮かべ、王の手を取る。


「被験体をここまで用意してもらえるとは、私としても想定外だった。まさか国まるごと、罠に嵌めるとは。」


「国民など、何も知らぬ馬鹿な蛙よ。価値もない。見切りをつけてよかった。ハハッ、私は成ったんだ!!かくなる存在に!!!!」


そんな王の姿を、魔女は冷たい視線を向けていた。そして、王の手を取った、その反対側の震える手の爪を尖らせるが、己に言い聞かせ、その凶器をしまう。


「それでは、向かいましょう。かの地へ。」


「あぁ、行こう。理想郷が、この目に、見える。」


魔女とガルド王は地下を後にする。血の雫が、培養液へと落ち、その中からプクプクと気泡が上がっていた。暗がりのなかで、微かな声が響く。


「可哀想に。」















 







「私じゃありませんわぁーー!!!」


「なら、何処の誰か食糧を3日分も食い荒らしたと言うんだ!?大喰らいでもなければ、そんな事有り得んだろう!!!」


「それで、なんで私が疑われるんですの!!!納得いきませんわ!!!」


「私も少食、まこもそんな量の食糧を一度に食すわけがない!!!残るはお前しかいないだろうが!!!」


「なんで!そう言い切れますの!!!まこさんに、一度でもお聞きになった!?」


ギクッ………とまこは肩を震わせる。


ま、まさかとミレイユが振り返ったとき、まこの方向からゲフッ……と言う大きな音がした。


「ほら!!!やっぱり、まこさんですのー!!!!私じゃありませんの!!謝りなさい!!あなた!!

!」


「いや、そんなはずは…………」


すると、まこの後ろ、窓の向こう側、馬車の下から、ひょこっと一本の角が頭を出した。


「すみません。」


まこは頭を下げる。すると、肉球の足を窓にかけて、蒼い立て髪に、キュートなお口のモコが姿を現した。


「か、かわいいですわぁー!!!!!!」


「な、なんだ、この動物は!?」


ミレイユは剣の鞘に手をかける。


「わぁー!!!ちょ、ちょっと待って、ミレイユ!!!これは、モコって言って、その………カラルから譲ってもらった、大切な友達で………。」


そう言うと、ミレイユは鞘から手を離し、ホッと息をつく。


「そうならそうと、先に言っておいてくれ。………食糧の備蓄も、無限にあるわけではない。その子の分も、運んでくればよかったのだ。」


「あはは………ごめんなさい。」


「それにしても、今までその子は何処にいたんですの?」


「それは…………」


私は、首にかけられたペンダントに手を触れる。すると、モコの体は光を帯びて、その中に入っていった。


「ど、どうなってるんですの?」


「不思議な構造だ。見たことがない。」


「私もよく分からないんだよね。」



考えてみれば、たしかに不思議なものだ。天使様がこのなかにモコがいるのを教えてくれたから、私もこうしてモコを呼ぶことができているけど、カラルも知らなかったんじゃないかな?


「ともかく、今のままじゃ、到着するまでに食糧が尽きてしまいますわ。腹が減っては戦はできぬ、ですわ。」


「そうだな。どこかで補給しなければ………ここから近い街といえば、機械の街セントだろう。」


「機械の街!私、一度行ってみたかったところですわ!!!」


「どんなところだろう?気になる。」


「あまり道草を食っていられないからな、急いで向かおう。」
















モルト王国、王室の間にて、


「まこたち、大丈夫だろうか?」


「あぁ、きっと大丈夫さ。まこはもちろん、ロイド王国筆頭騎士の1人、ミレイユまで付いてるんだから。」


「そうだな。きっと、大丈夫だ。」


「それより、後処理が大変な君の方が、俺は心配だよ。業務量が減ったとはいえ、また数日寝てないだろう?」


「平気さ。みんなの頑張りに比べたら、屁でもないよ。僕もね、戦いたいんだ。力はないかもしれない。それでも、できる事はある。これが今の僕にできる、精一杯のことさ。」


「………あぁ。リベルトは戦士だ。立派な志の強い、王様でもある。それに、何より俺の親友だ。」


「………カラル。」


その後、リザルトは言葉を紡ごうとしたが、頑張りの糸が途切れて、机に伏して、眠ってしまった。カラルはそんなリベルトを微笑ましく思うとともに、毛布を体に掛けて、自分も頑張らなきゃなと奮い立つ。何も残らぬ故郷にも、人の意思が残る。復興の目処は、立たないが、故郷から旅立って行ったかつての友人や知人、同志たちが、集まり、精一杯希望を据えて、抗っている。何度でもやり直せるさ。人と人の繋がりが、想いが、ある限り、人は何度でも立ち上がることができる。俺たちは負けない。


「なぁ、アレン、まこ。そうだろ?」


カラルは町へと向かう。いつかまた、町のみんなが笑い合える。そんな時を夢見て。




























「すごい………まるで、絵本の中の世界みたい。」


私は、感嘆として、その街の光景を見ていた。シュッポシュッポと蒸気機関車のような音が鳴り、機械が絶え間なく噛み合い、街を動かして、稼働している。煙突部分には、人がいて、釘とトンカチを持って、カンカンと音を立てる。すると、その音と響きは、下部の折り重なった機械と共鳴し、開き、その中央部から噴水を空高く放出させる。それは、綺麗な虹を空に映し出し、この街に来た私たちをまるで歓迎しているようだった。



「す、すごいですわ………っ!!」


「まさか、ここまでとは………」


「とっても綺麗………あれ?」


よく見ると、先ほど煙突部分に釘を打ったおじいさんがフラついている。


「だ、大丈夫かしら?」


心配して、しばらく見ていると、おじいさんは足を踏み外し、その高所から真っ逆さまに転落する。


「いけませんわ!!」


「ダメだ!!この距離では間に合わん!!」


「くっ!?」


私も変身しようとしたが、どう考えても今からでは、間に合わない。おじいさんが地面に落ちようとした、その時だった。





『ベルグナード』




水龍………そう呼ぶに相応しい、赤い眼をした水の幻獣。それは、間一髪でおじいさんを拾い上げ、大きなハットを被った、美しい女性のもとへと運んだ。ブラウンの美しい髪が、日に照らされて、彼女の蒼い瞳を際立たせる。


「れ、レーリル先生………ですわ……。」


チルノはたじたじと後ろに、後退る。


「見つけた…………。」


その女性は不敵な笑みを浮かべて、杖を前に翳す。


チルノは、腕を振って全力で投げようとする。しかし…………。彼女の足は宙で、空ぶっていた。


まるで首根っこを掴まれたかのように、チルノの首の襟が持ち上がり、彼女の身体は宙に浮いている。


「ご迷惑をお掛けしました。それでは。」


そのまま空中で引き摺られたチルノは、レーリル先生に連れられていく。


「いやですわ!嫌ですわ!!!」


「遅れた分、みっちりしごきますから、覚悟しておきなさいね。」


その何処か静かな怒りを含んだ、恐ろしい笑みに私たちは震え上がる。チルノはもはや、白目を剥きそうなほど恐怖に慄いていた。


「ひぃぃぃーーー!!!!」


「「………………………」」


私たち2人は喧騒の残る街に、2人取り残される。ミレイユは言った。


「ま、まぁ、よかったんじゃないか。これで無事、バード王国にも戻れるだろう。」


「そ、そうだね。ちょっと可哀想だけど………。」


確かによかったんだろうけど、突然のことで、すごく寂しいな。こんな大変な時に言うのも何だけど、もっと一緒に色んなところに行きたかったな。





「うぅ、危なかったわい。」


先程のおじいさんは立ち上がり、私たちを見た。


「おぉ、お前さんたち、どこから来たんだ?」


おじいさんの質問に答える。


「モルト王国からきました。」


「私は、護衛だ。」


「おぉ、モルト王国から。それはよくおいでなさった。よかったら、うちに上がって来んかね?ご馳走しよう。」


「いえ、急ぎの用事があるので、また今度………」


グゥ〜っと大きな音が鳴る。まこは恥ずかしそうに、お腹を抑え頬を赤らめていた。私は、頭を抱えて、先程の言葉を訂正し、おじいさんに言った。


「…………少しお邪魔します。」











おじいさんの家、目をキラキラさせながら、まこは並べられた食事を口いっぱいに、頬張っていた。丸ごとチキンや、グラタン料理、山盛りのサラダ。バランスの良い食事は食欲をそそらせた。私は、そんなまこを見て、話す。


「そもそも、あの量を3人で分け合っていたのだからな。元々2人分しかなかったのだ。まこも、育ち盛りだろう。随分と、我慢していたのだな。」


「わたし、実は、モグモグ、よく食べるほうで、モグモグ、ゴクン………おかわり!!」


おじいさんは、まこが差し出したお茶碗を受け取り、ご飯をよそう。


「はいはい。喉を詰まらせんようにな。」


ミレイユは、そんなまこを見て、微笑ましく思った。知らなかった彼女の一面を知れて、何だか嬉しくなった。ふふっ、と優しくまこを見つめる。


「………お前さんたちを見ていると、娘と孫を思い出すわい。」


おじいさんは、物憂げな顔をして、懐かしむように言った。


「娘さんと、お孫さん………」


「もう、拐われて2年になるがの。きっと、あの塔で働かせられとるで。」


おじいさんは、窓の外を見上げる。そこには、天にも届きそうに、一つだけ高々とそびえ立つ、塔があった。


「この場所は、発展と引き換えに、人の尊厳を失った街じゃ。遠く、昔は田園の栄えた田舎町じゃった。それがいつからか、変わり果ててしまった王の命令によって、美しい田園は潰され、国の人々は大規模な発展のためにだけに徴収された。人々の意思は軽んじられ、ただ卑下た人の欲望だけが、この街を動かすようになった。」


「人を強制的に働かせることは世界的に禁止されているはずです。それが、どうして………」


「アビド王が黙認しておるからじゃ。」


「アビド王が?確か賢王と人々から親しまれている、盟主だったはずでは?」


「昔はそうじゃった。だが、いつからか王は変わられた。人を人とも思わぬ暴政によって、異様な発展を遂げたこの街は確かに、何も事情を知らぬものから見れば、美しい街に見えるじゃろう。王も、表では未だに、賢王として名声を保っておる。だが、裏では人々のことを露とも思ってはおらん、ただ見栄と己の名声のために動く愚将よ。」


「…………なるほど。」


「近頃は姿すら見せん。表に顔を出すのも、ご子息だけだ。」


「確かに、こないだ来ていたのもアビド王のご子息だったな。」


ミレイユは、顎に指を当て考える。報告すべきか?否、面倒ごとに巻き込まれるのは、得策ではない。特に今は、主要国家による魔女討伐の重大な任務の最中。ここは、見て見ぬ振りをして、一旦退くのが正解だろう。


「それは気の毒だが、今回我々は…………」


「その王様は何処にいるの?」


バッと横を見ると、まこがモグモグと口を動かしながら、目を鋭くして、おじいさんを見つめていた。


「そ、そりゃあ、あの塔の1番上だが。」


「私が行って、話をつけてくる。」


ゴクンッと飲み込んで、まこは立ち上がる。


「国の人々を粗末に扱うなんて、あり得ない。私がとっちめてやるわ!」


「ちょ、ちょっと、まこ………!?」


「おぉ!それは…………ところで、お前さんは何者なんじゃ?」


まこは、胸を張って応える。


「私は、普通の!女の子よ!!」


「………まぁ、そうだな。」


ミレイユは、少し言いたいことがありながらも、止まった。ここで英雄だといってしまえば、あらぬことを輪にかけて、背負い込んでくる可能性がある。


「………普通の女の子では、王は倒せんぞ?」


「大丈夫!!あたし、強いから!!!」


まこは、ピースしておじいさんに見せる。すると、おじいさんはしばらくの沈黙の後、気に入った!!と言うように、勢いよく立ち上がり、戸棚から一枚の紙を取り出し、手渡した。


「こりゃあ、塔の地図だ。ダメで元々、あんたさんらが捕まったらいよいよ、わしらで総攻撃をしかける。実は、親族を連れ去られた者同士でこっそりと連合を組んでおるんじゃ。」


ミレイユは怪訝な表情で、おじいさんを見る。


「塔には、兵士がわんさかいるだろう。危険だ。最悪、全員殺されるぞ。」


「…………構わん。」


おじいさんの言葉に、私たちはグッと息を呑む。


「もう、孫も殺されておるかもしらん。娘も、とうの昔に連れて行かれた。わしには、もう残っとるもんが何もない。本望じゃ。」


そのおじいさんの表情はまるで死地へと向かう、戦士のようで、それを見た、ミレイユは、ハァ……と溜息をついた。まこは立ち上がり、おじいさんを見据える。


「残ってるよ。」


まこは、おじいさんの手を取り言った。



「ちゃんと残ってる。お孫さんも、娘さんも、この街も、みんなの希望も、絶対諦めちゃダメ。私が、全部、拾ってくるから、全部守るから、おじいさんは安心してここで待っていて。」


「あんたさん、あんまり無理をしちゃ………」


「マキア。」


ミレイユはボソッとそう、呟く。


「マキア。英雄、希望の戦士。………まこでダメだったのなら、元々世界は終わっている。ハァ………拾い上げた火中の栗だ。我々に任せてもらおう。」


「ご飯も、お世話になったしね!」


「あ、あんたら…………」


おじいさんは、ワナワナと震え、声をあげる。


「ありがとう。そんなことを言ってくれる、娘はそうはおらん。行かんでええ。わしらが何とかするから、この街からはよう出ていきなさい。」


あれ?と、私たちは首を傾げる。意外と、街の発展に反して、情報が統制されているのか、まこや外の情報も、入ってきていないようだった。


「まぁ、そう言わずにおじいさんは、ゆっくりしてて。」


まこは、おじいさんを、優しく椅子に座らせる。


「いい?ぜーったい!!命を捨てるような真似はしちゃダメだからね!!!わかった!!?」


おじいさんは、まこの力強い剣幕に押され、コクリと頷いた。まこは、シシッと笑い、ペンダントを握った。光に包まれ、変身する。おじいさんは、その姿に、驚く。


「あんたら、本当に一体………!?」


私たちは、顔を見合わせる。


「さぁ、行くよ。」


「あぁ。」















塔の最上階、アビド国王は喰していた。


「足りぬ………まだ、足りぬ…………。」


魔物の肉片が散らばる。ドロドロと腐敗臭のするヘドロとなった、彼はもはや人の形を留めていない。生物を喰らう度に、自らの力を増していく。その限りない力の増幅が、彼の自我を奪い去っていた。もはや、それはアビド王だったもの。そこに、元の彼はいない。


「シンニュウシャハ、コロス。」


魔女に授かった、喰らい、吐く力。それは、喰らったものを自らの配下とし、吐き出し、意のままに操る力。アビド王が喰した数は既に、残存する人口の数を大きく上回っていた。
























街中で警報が鳴り響く、赤いランプがそこかしこで点滅する。


「侵入者、侵入者。一般市民はただちに屋内に避難し、待機せよ。」


シャッターで一斉に閉鎖され、隔絶、市民1人も見当たらないこの光景に、私たちは戸惑った。


「そんな………!?もう見つかったっていうの!?まだ何もしてないのに!!」


「あぁ、どうやら聞かれていたようだ。それどころか、この町に入った時から、監視されていたのかもしれない。」


ミレイユは足を止め、溜息をつく。


「………はぁ。どうやら、アビドがただ人から親しまれた王ではなかったということは、確かなようだ。」


空中からドロドロとした、粘液が地面に落ちてくる。そこには、ゴブリン、オーク、骸骨兵士が、私たちの前に立ち塞がった。シャッターが閉められて、完全に市民から視界が遮られたのもそういう理由か。


(あの時、私たちを襲ったゴブリンも、アビド王の仕業だったというのか!?……否、結論を急ぐのはまだ早い。ともかく、事態を収拾せねば。)


「ミレイユ!!」


「あぁ!!」


まこは、ゴブリンとオークの手を掴み、遠方へ放り投げる。ミレイユは、骸骨兵士を一瞬のうちに、両断した。


「…………よし!!」


「すごいわ!ミレイユ!!」


「ま、まぁな、これでも腕は立つほうだ。」


ミレイユは少し頬を赤らめながらも、目の前にさらに現れた敵に、向かっていく。しかし、段々と敵の数は増し、強度も上がっていく。


「くっ!?あまりに数が多すぎる!?」


「ミレイユ、無理はしないで!!」


「あぁ………くっ!?し、しまっ!?」


ミレイユが地面に降り注いだ粘液に足を滑らせて、膝をつく。骸骨兵士が、その隙に剣を素早く振り下ろした。


「ミレイユっ!!!」


「くっ!?」










『メガ』







放たれた火球が、骸骨兵士を粉々にする。ミレイユとまこが目を向けると、そこには杖を構えた、チルノがいた。



「こいつらは、私とレーリル先生に任せてくださいまし!!あんたたちは、塔に向かって!!!」


チルノは魔物たちに向かって、再び杖を振るう。


「元々調査する予定でしたが………手間が省けましたね。英雄殿、ミレイユ殿、任せましたよ。」


レーリル先生も魔物たちに杖を振るう。


『レガ・リシューテル』


水の槍が魔物たちを全て捉える。


『レリア』


その槍が次々と冷気を帯びて、広がり、魔物を包んでいく。


『メガ』


魔物の集まった中央で、炎が収縮、そして大爆発を起こし、大きな火柱が空高く打ち上がる。





私たちは、その光景を呆然と見つめていた。




「さぁ、いきなさい。」



レーリル先生は未だに次々と湧く魔物を見て、私たちに早く向かうように促す。



「本体を撃破すれば、この手の輩は止まります。急ぎなさい。」


「「はい!!」」


チルノはレーリルの隣に立つ。


「レーリル先生!!」


「久しぶりの授業です。気張りなさい。」


「はい!!!」













私たちは、塔の扉を開ける。


「なっ!?」


すふと、そこには意外な人物がいた。


「あ、アビド王!?」


「ご子息だ。一体お父上に何があった?」


アビド王子はコツ、コツとこちらへ歩みを進める。私たちは、構える。すると、彼は深々と頭を下げて、そして膝をついた。


「どうか!!どうか、父上をお助け下さい!!!」


その言葉に私たちは顔を見合わせた。彼は言う。


「もはや、あれは人ではありません!!父ではない………父の声を発する、何かだ。止められなかった………情けない王で済まない。どうか許してくれ。」


ミレイユは眉を潜めて、彼に問う。


「一体アビドの地で、何が起こっていた?貴方の父上は、ずっと賢王と呼ばれ、慕われていたはずだ。一体何故…………」


「違う………父は、魔女に脅されたんだ。そして民のために無理やり契約を交わされ、魔物に堕ちた。そして、とうの昔に、父は、父ではなくなってしまった。」


「なん……だと!?」


やはり、魔女が関わっていた。その言葉に、私たちは衝撃を受ける。洗脳に、魔物化………魔女の所業はまさに悪魔そのものだ。


「そこへ、案内して!!私たちが何とかする!!」


「父上は、もはや人の形をなしていない。どうか、殺してください。父をどうか、救ってください。」


私は、その言葉に額から汗を流し、唾を飲み込む。ミレイユは彼の前に歩み寄り、手を差し出した。


「我々にお任せください。さぁ、手を。ともに行きましょう。」


「あぁ……………ぐ、がっ!?」


「なにっ!?」


見ると、その足元には粘液がまとわり付いていた。アビド王子は、瞬く間に広がる粘液にミレイユが巻き込まれまいと、彼女を突き飛ばす。


「なっ!?」


粘液は瞬く間に、彼を飲み込み、吸収した。そして、ズズズッと階段の方に引き下がっていく。


「そんな馬鹿なっ!?」


ミレイユが畏怖の声を上げたのも束の間、魔物たちが天井に張り付いた液体の中から、無数に現れ出した。


「ダメだ!まこ!行くぞ!!」


「えぇ!!」


ミレイユは、まことともに、階段をひた走る。明かりはぽつぽつと点滅し、人のいない静かさ、その不気味さだけが、辺りを静寂に包んでいた。


「そんな………もしかして、みんな飲み込まれてしまったっていうの?」


「希望を捨てるのは早い。今私たちにできることは、一刻も早く、魔女に操られた、アビド元国王を倒すことだ!!!」


階段を駆け上がり、塔の中央、大広場に出た。


「あのじいさんから地図を見せてもらったからな。道は覚えている。まこ!こっちだ!」


「えぇ!」


私達が、中央広場から先に行こうとすると、天井に張り付いた粘液から巨大な体躯の、化物が姿を現した。


「なっ!?こいつは!?」


見上げるほど巨大な黒色の馬、そして首のない鎧騎士。ミレイユは知っていた。魔女が率いる魔物の軍隊。その筆頭の1人、死霊の騎士デュラハン。


(とんでもない相手がここに来てやってきた。マズイ………下からは無数に湧く魔物たちが追いかけてきているというのに!?)


「でりゃあぁぁーー!!!!!!」


「ダメだ!!まこ!!!」


死霊の騎士デュラハンは、ほぼ不死身の存在。未だその身に敗北を味わっていない、攻略不可能、逃走必須の存在。いくらまこと言えども、そう簡単には…………


「こんな殴っても大丈夫そうな、相手なら、ちゃんと力込めて大丈夫そうね!!」


まこは拳を握りしめる。その衝撃で、辺りの壁に亀裂が入る。風圧が辺りに小さな嵐を巻き起こし、ミレイユは身体に力を込め、踏ん張った。


(そうだ。私は何を見てきた。彼女は、国を救った英雄だ。そして何より………)


「まこ、任せたぞ。」


「えぇ!!もちろん!」


信頼足る大切な………私の友人だ。


まこが、振りかぶった一撃は、その身体を捉える。鎧には一瞬でヒビが入り、そのまま振り抜いた拳は、鎧の騎士の身体を衝撃の波を纏って、吹き飛ばした。塔の壁をぶち破り、街の遥か向こう側、森林の奥に、ズーンと地響きを立てて、突き刺さった。


「いよっしっ!!!」


「まこ。」


「うん……?なに?」


私は、まこの手を優しく握る。そして、彼女の目を見て言った。


「あまり無理をしてはダメだぞ。手は痛くなかったか?」


すると、まこは満面の笑みを私に向けて、嬉しそうに言った。


「うん!大丈夫!ありがと!」


「よかった。さぁ、行こうか。」


「えぇ!」


階段をさらに、駆け上がっていく。もはや魔物の足音は聞こえない。瞬く間に、頂上へと近づく。そんな時、ガラス張りの階段から下の景色が見えた。


「まずいな。」


「チルノ!!レーリルさん!!」













「くっ!?あまりに数が多すぎる!?魔力が………」


「先生!!マズイですわ!!!もう後ろがありませんの!!!」


街は魔物で埋め尽くされ、残されたシェルターの壁際に2人は追い詰められていた。魔物たちは、既に街から溢れ出し、止まる事を知らない。シェルターの強度も限界を迎えていた。未曾有の災害が、人々に襲いかかる。











「ここだ!!ここが頂上のエリア!!!観念しろ!!アビド王!貴様の愚行もここまでだ!!」


ミレイユは、頂上の扉を開ける。そこには、1人の男の姿があった。人の形をしていないと、ご子息から聞いていたが、そうではない状況に、眉を顰め、訝しむ。


「やぁ、待っていたよ。」


アビド王は振り返る。


「きゃあっ!?」


「やはり、魔物に堕ちていたか。」


ひとつ目に舌を蛇のようにしならせて、ヒョロヒョロと伸ばす。


「姿形などあってないようなものだ。」


ドロドロとその身体は溶けて、形を変える。魔女の姿に変わる。


「この世は、実に愚かしい。人の欲望のなんたることよ。」


ドロドロと溶けて、また姿が変わる。アビド王の、ご子息、自らの子の姿。


「私は、人がヒトであるには、単一個体のままでは、未熟な赤子と変わらぬと、欲に塗れた人間を見て、そう感じた。」


そして、彼はドロドロと溶け、2人に分たれる。それは、アビド王と、かつての王妃のお姿。


「民を気遣った我が妻は、不意の凶刃にて、命を落とした。人が人を想うことが、悲劇たるのなら、平和などいらぬ。」


王妃の姿はドロドロと溶け、消える。そして、王は、その拳を握りしめて、振りかぶり地面に振り翳した。


「終わりにしよう。この世のすべてを。」


ドロドロとした液体が一瞬で広がり、辺り全体を覆う。液体の中からは、人々の姿が現れて、私たちを掴んで、引き摺り込もうとする。


「やめて!!みんな、目を覚まして!!!」


「くそっ!?まこ!!私の手を掴め!!!」


2人は手を掴もうとするが、かろうじてその手は空を切る。アビド王の声が、暗闇の中で響く。


「………………タスケテ。」





















底のない暗い海を、静かに沈む。私は、1人の子どもの後ろ姿を見つけた。シクシクと泣いている。私はその子どもに歩み寄り、手を差し出した。子どもは泣きながら、恐るおそるその手を取り、言った。



「寂しかったの。」


「うん。」


「誰かと一緒にずっといたかった。」


「うん。」


「でもね、みんな僕のことを見てくれないの。誰も、1人だったの。」


「そうなのね。」


「妻が僕のことを見てくれたの。すごく嬉しかったなぁ。世界が明るくなって、楽しくて、貧しくても、分け合うことが、幸せに感じられた。」


「うん。」


「妻はどこに行ったんだろう。はやく僕もいきたいなぁ。」


「…………………」


まこは、しゃがみ子どもの目線になって、その頭を撫でた。子どもは不思議そうな顔をする。そして、段々とその目からは涙があふれ、気づけば王の姿に戻っていた。


「ごめんなさい………。ごめんなさい………。」


「大丈夫よ。ほら。」


私は彼の後ろを指差す。そこには、彼の愛する人がいた。王は立ち上がり、駆け寄る。嗚咽を漏らして泣き、抱きついた。彼女はそんな彼をぎゅっと抱きしめる。


私の後ろから悪魔が迫る。私は2人に忍び寄ろうとする、その手をグッと握りしめた。


「邪魔をしないで。」


『グオォォォ……………』


唸り声が暗闇に響く。


「相手なら私がしてあげる。」


深淵の主が姿を現す。白翼を携え、(さそり)の尾を持ち、手に持つ長剣は複雑な螺旋の構造を描いている。黒鎧を身につけ、影が表情を覆い、光る眼差しがこちらを捉える。


『久しいな。』


そう言葉を発すると、螺旋の剣を天に掲げ、暗闇が晴れる。深淵が引き、塔の頂上から光が放たれる。









「なんですの!?」


曇り空が光を中心に、晴れ渡る。魔物たちが光に浄化され、神々しく白翼のその者は、空高くその姿を現した。



奈落の王『アバドン』



恐ろしくも美しい彼の者は、愚かな人類を再び罰すべく、地上に姿を現した。まこの優しさが引き起こした、完全な、不測の事態(イレギュラー)。契約の主が現れることは、魔女ですら、ザドキエルですら、想像はしていなかった。この世界にかつてない絶望の危機が迫る。
















暗い部屋、ガタッと身体を起こすのは、神の(いかづち)により、負傷を負い、身体を主の寝床で横たえていた彼女。


「どうした?」


魔女はそんな彼女を見て、不思議に思う。額に汗が浮かんでいる。先程まで気持ちよさそうに、寝床についていたはずなのに、雰囲気が違って見える。彼女は、よろける身体をベッドから起こし、剣を取った。


「おい!大丈夫なのか!?」


魔女は心配する。レインゼイムは鎧を身につけて、言った。


「堕天使が降り立ちました。このままでは、この世界そのものが、滅亡する。」


頭鎧を装着し、窓の外、雷の鳴る曇空を見上げて言った。


「貴方を必ずお守りします。」
















「何ということでしょう。」


ザドキエルは、地上の様子を見て、当惑する。このままでは、この世界はおろか、外界にすら影響を及ぼす可能性がある。しかし、問題は地上のものたちだけで解決しなければならない。


「どうかお願いします。まこ、そしてレインゼイム。」


















まこは、空に浮かぶ、天使とも悪魔とも思えるその姿に、困惑していた。天使様と似たような雰囲気を感じる。そしてそれは、あの時の黒色のドレスを纏っていた、レインゼイムという名の剣士も。


アバドンは不意に掌を地上に向ける。




滅界(めっかい)




その言葉が発せられると共に、螺旋状の光線が地上に放たれる。その光は世界を照らし、まるでそれは世界の終末のように地上の影を空に映した。





抜切(ばっせつ)





光が真っ二つに分たれる。





「あ、あれは………っ!?」





まこは、その姿を見た。黒ドレスではなく、鎧を着ているが、間違いない。あの時の、剣士。




『……………………』



すると、アバドンは白翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく空中にいるレインゼイムに蹴りを入れた。






「ぐっ!?」







レインゼイムは、身体を折り曲げて吹き飛び、森林の奥、巨大な山脈に激突し、それは地上に大きな揺れを起こした。








「な、何が起こっている!?」






塔の上、黒い粘液の中から這い出たミレイユは、まこを見つける。



「まこ!?無事か!?」


「えぇ、大丈夫!ミレイユも、怪我はない!?」


「あぁ!なんとかな。」



地上を見る。人々はシェルターから飛び出して、指を差して、空中の主を見ている。



「あれは、なんだ!?」


ミレイユもそれを見て、異様な雰囲気のその主に、身体を震えさせる。まこは、それを見て、息を呑んで立ち上がった。


「私、行ってくる。」


「ま、待て!!ダメだ!!」


ミレイユの静止を振り切り、まこは跳ぶ。一瞬で、アバドンの頭上まで上昇して、身体を精一杯捻り、自分の頭上より高い位置に渾身の蹴りを加えた。



「っりゃあぁぁぁーーー!!!!!!」



アバドンの身体は吹き飛び、レインゼイムとは反対側巨大な湖に空まで到達する巨大な水飛沫をあげて、落ちる。まこは、着地のことを考えていなかったので、からだをあたふたとさせ、落下していく。





「いやあぁぁーーーー!!!!!!」






すると、赤い眼をした水龍がまこの身体を支えて、地上まで運んだ。




「レーリル先生!チルノ!」





レーリル先生は遠くを見据え、チルノは心配そうに涙を流しながら、私に駆け寄る。





「し、心配しましたのー!!怪我は!?怪我はありませんの!?」



チルノは私の身体のあちこちを、一所懸命に見てくれた。傷がないことにひとまず安心すると、私に抱きついた。



「あんまり無理をしてはいけませんの。」



「うん。ありがとう、チルノ。」



私はそっとチルノの身体を支えて、離し、立ち上がる。湖の中から沸々と高熱の泡がたぎる。すると、湖から空を突き破る巨大な火の柱があがり、熱気が辺りを包んだ。



「な、なんですの………これ……。」




火は収縮し、空に佇む彼の者の、螺旋の剣に纏わりつく。そして、瞬間まこの目の前に現れた。




「ひっ!?」



チルノは、後退りをし、レーリルは杖を構える。まこにその剣が振り下ろされようとしたその時、ガキィンと甲高い音が街全体を包んだ。




「あっ…………!?」




まこは、目を開けると、そこにはレインゼイムがその灼熱の剣を己の剣で受け止めていた。





「貴様ら人間の太刀打ちできる相手ではない。一刻も早く、この国のもの全てを引き連れて、できるだけ遠く逃げろ!!!貴様らは計画に必要だ。」





不意に声が聞こえる。




「はてはて、これはどういった状況か?」




私たちが聞き覚えのある声に、後ろの上空を見上げると、そこにはワーラット老が髭をさすりながら、状況を見下ろしていた。





「ワーラット老!!」




私は思わぬ助け舟に、ホッとする。レーリル先生は、キッと睨みつけ、吐き捨てるように言った。




「あら、裏切りものがよく顔を出せましたね。」




「勘弁してほしいのぉ、レーリル。今は、それどころではないじゃろ。」




ワーラット老は、アバドンに杖を向ける。





『月の(ムーンガウス)







すると、彼の者の姿は消える。そして、程なくして塔からはミレイユが走って降りてきた。



「はぁ、はぁ………大丈夫か!?」



「ミレイユこそ!大丈夫ですの!?」



「あぁ、なんとかな。………どうやら、とんでもないことになっているようだな。」



集まった面々の異様な雰囲気に、ミレイユはただならぬ気配を感じる。ワーラットは、ヒビ割れる空間に冷や汗を流す。



「まこ殿とレインゼイム殿以外では、まるで歯が立ちそうにないですな。お二人の邪魔をせんよう、私はできることを致しましょう。」



すると、杖を掲げ、レーリル、チルノ、ミレイユを蒼い光が包み込んだ。



「民衆は既に、逃がしております。お二人は、どうか地上をお守りください。」



「任せて!!」



「……………あぁ。」



その直後、空間が完全に割れる。その奥、月景色の空間の中から、アバドンが再び現れた。その目は一層鋭く、私たちを睨むように、放たれる。



『月の転移(ムーンバイス)



チルノや、ミレイユたちの体が蒼い光に包まれる。



「ダメだ!!私はここに残って、まこと共に戦う!!!」


「無理をしてはダメですの!!まこも、一緒に行きましょう!!!」


チルノと、ミレイユは手を伸ばす。しかし、まこはそれを見て、2人に微笑んで、言った。



「大丈夫!ご飯までには戻るから!待ってて!」



すると、2人は伸ばしていた手をぎゅっと握りしめ、チルノは笑顔で返し、ミレイユは眉間に皺を寄せた。



「とびっきり美味しいご飯を用意しておきますわ!!!怪我をしてはダメですのよ!!」


「私は残るぞ!護衛騎士としてではない。まこの友人として、このまま放っておけない!!ワーラット老、残らせてくれ。」


「ミレイユ殿、この相手は、もはや人の戦える次元ではございませぬ。無駄死にとなるでしょう。」


「それでも……………」


「何馬鹿なこと言ってんですの!!ほら!行きますわよー!!!」


「くそ!?離せっ!!」


「離しませんのー!!!」


「チルノ!!ミレイユをお願い!!!」


すると、蒼い光に包まれ、4人はその場所から消える。まこと、レインゼイム、そしてアバドンだけが残る。





一瞬の静寂の後、アバドンがまこに斬りかかる。それをレインゼイムが受け止め、すかさず、まこが腹部に渾身の一撃を拳で叩き込む。アバドンは吹き飛び、塔に直撃、ガコッと鈍い音を立てて、塔は倒壊する。



ズズズ………と音を立てて、崩れ落ちたのち、瓦礫からゆっくりとアバドンが立ち上がる。すると、アバドンは手を地上にバッと降ろし、唱える。




暗界(あんかい)



すると、アバドンの掌からドロドロとした暗闇が拡がっていく。これはアビス王が塔の頂上で見せた技!



私たちは跳び上がり、建物の上へと回避する。街一体は暗闇へと飲み込まれ、その中から塔よりも巨大な地獄の門が現れる。急激に瘴気が立ち込め、昼間にも関わらず、辺りは暗くなる。




「あれは、ダメだ!!!」



レインゼイムは、そう叫び、飛び上がり、構えを取る。





天切(あまくも)





雲と大気が音を立てて真っ二つに割れ、斬撃が地獄の門を襲う。しかし、地獄の門は既に開かれ、斬撃は何者かによって掻き消された。






大いなる神よ、今ここに地獄の門が開かれた。







Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?


Es ist der Vater mit seinem Kind


Er hat den Knaben wohl in dem Arm,


Er faBt ihn sicher, er halt ihn warm.


Mein Sohn, was birgst du so bang bein Gesicht?


Den Erlenkonig mit Kron'und schweif?


Du liebes Kind,komm,geh mit mir!


Gar schone Spiele spiel'ich mit dir;


Manch'bunte Blumen sind an dem Strand;


Meine Mutter hat manch'gulden Gewand.


Mein Vater,mein Vater,und horest du nicht,


Was Erlenkonig mir leise verspricht?


Sey ruhig,bleibe ruhig,mein Kind;


In durren Blatterm sauselt der Wind.


Willst,feiner Knabe,du mit mir gehn?


Meine Tochter sollen dich warten schon;


Meine Tochte fuhren den nachtlichen Reihn,


Und wiegen und tanzen und singen dich ein.


Sie wiegen und tanzen und singen dich ein.


Mein Vater,mein Vater,und siehst du nicht dort


Erlkonigs Tochter am dustern Ort?


Mein Sohn, mein Sohn,ich seh'es genau;


Es scheinen die alten Weiden so grau.


Ich liebe dich,mich reizt deine schone Gestalt;


Und bist du nicht willig,so brauch’ich Gerwalt.


Mein Vater,mein Vater,jetzt feBt er mich an!


Erlkonig hat mir ein Leids gethan!


Dem Vater grauset's,er reitet geschwind,


Er halt in Armen das achzende Kind,


Erreicht den Hof mit Muhe und Noth;


In seinen Armen das Kind……


……war todt










神の敵にして、地獄の王『サタン』。



今、世界は破滅の時を迎える。























雷鎚(ミョルニル)









雷が地上に降り注ぐ。雷鳴ここに来たれり。


その大鎚を携えた神は、まこ、そしてレインゼイムの前に降り立つ。



「レインゼイムよ………」



レインゼイムは、片膝をつき、応える。



「言葉もございません。」



「よい、精進せい。」



トールは雷鎚を振り下ろし、その一撃は、サタン、地獄の門、そしてアバドンを消し去った。


雲が消え、地上が晴れ渡る。




「マキアよ。」



トールは、まこに問うた。



「世界に何を望む。」



まこは、応えた。



「愛し合う人たちが、いえ、世界中全ての人々が、平和に、笑い合える世界を望みます。」


「生半なことではない。覚悟の上か?」


「…………はい。私は、後悔したくないし、誰にも後悔して欲しくない。愛する人と過ごせる世界は、美しいです。」


「よかろう。天界より見守っておる。」


トールは笑みを浮かべ、光に消えた。






「まこー!!大丈夫かー!!!!」


「大丈夫ですのーー!!!?」


ミレイユとチルノが、2人が走ってくる。


私は手を振ってこたえた。


「おーい!大丈夫だよー!!!」


その後ろには、レーリル先生とワーラット老がいた。ワーラット老は彼女に酷く叱られているようで、しょんぼりとしていた。


そして、気づけば私の隣からレインゼイムはいなくなっていた。


私たち3人は晩御飯についての話に、花を咲かせた。そうしている内に、街の人々も戻ってきた。


人々の前に、ふと見えた、昔の田園の風景。そこに座るのは、かつてのアビド王とその王妃。あとに聞くところによると、不思議なことにいなくなっていた人々は、それぞれの家庭のベッドの上に寝かされていたそうだ。おじいさんにも、娘と孫が戻り、笑顔で、私たちを一緒に見送ってくれた。


街の外れには、耕しはじめた田園の光景が、広がっていた。


引用:シューベルト, フランツ.歌曲「魔王」(Erlkönig), D. 328.

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