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マキア  作者: ヤマト
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飯田まこ



玄関を飛び出して、少女は叫ぶ。


「ち、遅刻!遅刻よーーー!!!!」


パンを咥えて、バッグを片手に、ひた走る。今日は大事な日なのだ。友人の生徒会立候補の応援演説に私が登壇しなければならない。「私がやるよー!」と意気揚々と言ってしまったはいいものの、なかなか体のいい文句が決まらず、深夜までかかってしまった。そのせいで、この様である。


「やばい、やばい、やばいっ!!」


私は赤信号を前に足踏みする。隣のサラリーマンが腕時計を見ている。額からは汗が流れ、焦った表情が窺える。彼も遅刻しているのだろうか。彼には段々と焦りが見え、足先を上げて、地面にトントンと音を立てる。しまいには舌打ちまでし出した。


(うわっ、舌打ちかよ。)


周りに人がいるのに、気を遣って欲しいものである。私だって、舌打ちしたいよ。このままじゃ、どう考えたって間に合わない。友人の心配そうな顔が頭に浮かぶ。


(しーちゃん……待っててね。)


私は体感あまりにも長い信号を待つ。



その時だった。



「もう、待ってられるか!」



先ほどのサラリーマンが足を前に出し、駆け出し始めた。やけに映像がスローで映る。それもそのはず。腕時計を見ていた彼は気づかなかっただろうが、大型トラックが猛スピードで迫ってきていたのである。



「危ないっ!!」



キキーッ!!とけたたましい音が鳴る。




(………………えっ?なにしてるの、私?)


気づけば、私は道路に飛び出し、トラックに撥ねられるはずのサラリーマンを押し退けていた。


ドンっ!!と、突然感じた、途方もない衝撃と共に、辺りの景色が宙返りし始めて、気づけば目の前が真っ赤に染まっていた。痛みも感じない。何だか、ふわふわする。薄れ行く意識の中で、私は思った。





(ああ…………そっか。)




私、このまま死んじゃうんだ。




















眩しい光に意識が呼び覚まされる。


「………まこ………まこよ。」


頭上から声が聞こえる。


「……………うっ!?」


頭が割れるように痛い。しかし、先ほど見えた景色とは違い、目の前には果てしない真っ白な地面が広がる。街中の賑やかな喧騒も聞こえない。ここは一体どこだろうか?


「あなたはよく頑張りましたね。」


私を褒めるのは誰かと顔をあげてみれば、そこには神とも見紛うほどの美しい女性がいた。頭に輪っかをつけ、白いベールを纏った、とても柔和な笑顔の女性。


「ええっと、どちら様でしょうか?」


「私は神の遣いであり、天界の使者です。」


その言葉に私はキョトンとし、目をパチクリする。

テ、テンカイノ、シシャ?


「あなたは諸事情により、生き返らせることになりました。その代わり、異世界で『マキア』として人々を導き、世界に平和をもたらしてもらいます。」


唐突に出てきた『異世界』や『マキア』と言った言葉に、私はいろんな疑問を浮かべる。


………というか、


「い、生き返れるんですか!!?」


「えぇ、天の導きによりあなたは幸運にも、再び生を受けることができます。しかし、あなたの体は現在、仮死状態。意識を取り戻すには至っていません。何故なら、あなたの意識は下界ではく、ここにあるから。そこで、今からあなたの意識を、神性を宿したあなたの仮の身体と共に、異なる世界へ飛ばします。」


「…………………」


突然の宣告に、戸惑うが、しかし生き返るチャンスがあるのなら、こんな話乗るしかない。それに……


「な、なんだか、ワクワクする!!」


私は両の手をぎゅっと握り、目をキラキラとさせて、天使様を見た。天使様は戸惑っている。


「で、では、そういうことでよろしいですね?」


「はい!お願いします!」


「それでは………」


彼女が手のひらを私の前に掲げると、気づけば暖かい光が私を包み込み、意識はその中へと微睡んでいく。


(なんだか、眠たい………)


私はそのぬくもりの中で、ゆっくりと目を閉じた。


















暖かな光が瞼の裏に差し込む。


「…………う……ん…?」


私は、目を開ける。


「起きたか?」


顔にかかる大きな鼻息に、緑色の鱗、ギザギザの細かい牙に、大きな口。


そこにいたのは、爬虫類と人間をハイブリッドさせたかのような、二速歩行の化け物だった。


「ぎゃあぁぁーー!!!化け物ーーー!!!!」


「誰が化け物だ!!!失礼な!!!!」


目の前の化け物は顔を真っ赤にして憤慨する。しかし、よく見るとどこかで見たような………


「あっ………!」


アニメで見たことある!友好的な爬虫類系男子、クピタンにそっくりだ!!


「ク、クピタン……ですか?」


「はぁ?」


そのクピタンは目を細めながら、私の顔をグッと覗き込む。


「お前、どこのもんだ?」


私は返答する。


「私、日本から来たのよ。」


「ニ、ニホン………?」


クピタンは首を傾げて、顎に手を当てる。そして、私の顔をまじまじと見て、立ち上がり、ついてくるように言った。


「まぁ、ともかくこんな所にいたら魔物に喰われちまうから、俺の家にでも来るといい。飯は用意してやる。」


クピタンはそういうと、荷台のある馬車に乗って、親指で後ろを指し、荷台に乗るように言ってきた。


私はおずおずと、荷台に乗る。


「それで、何でこんな所で気絶してたんだ?」


振り向いて彼は言う。


「何でって………それは………」


あの光景を思い出す。


(異世界で『マキア』として人々を導き、世界に平和をもたらすのです。)


「…………………」


返答のない私に、クピタンは目を細め再び前を向く。


「別に言いたくないのならいいけどよ。俺だって、素性の知らない奴を庇ったりしたら、それなりのリスクがあるんだ。言えることは言ってくれないと困るぜ。」


「えーっと、その、私一度死んじゃって………。」


その発言に、バッと振り返り、目をかっぱらいて、クピタンが私を見つめた。


「お前、もしかして、異世界から来たのか?」


「えぇ、まぁ。」


「マキア……‥じゃないか?」


その言葉に私はハッとする。あの時聞いた言葉。


「多分、その、はい。多分そうです。」


「…………………」



しばらくの静寂の後、クピタンはゆっくりと語り始めた。


「100年だ。」


「…………………?」


「100年、お前を待った。」


声が震えている。


「本の一節、『天から遣わされた戦士によって、世界は再び安寧を得る。』と。」


「……………あははっ、そんな大げさな。」


「大袈裟じゃない!!!」


クピタンは馬車から降りて、私の前に立って、真剣な眼差しで言った。


「『48』あった国のうち、既に『40』が滅びた。大昔にやってきた『異世界の大魔女』によってだ。世界は火に包まれ、根絶やしにされ!もはや人々に希望は消えかけている!俺だって、毎日に希望を持って生きることができたのは、奇跡的に自分の国が魔女に襲われなかったからだ。だが、いつその日が訪れるかも、もうわからない。最近魔女や、魔女たちの手下………魔物たちの動きも活発化してきていると言う。」


クピタンは地図をポケットから取り出す。


「見ろ!これが昔の地図だ。肥沃な大地に囲まれ、種族が手を取り合って、平和に暮らしてた。それが魔女に襲われてからは、ここも、ここも!」


ペンを取り出して、彼は罰をつけていく。


「ここも!ここも!ここ……も!」


段々と声が震えて、地図が濡れる。


「俺の小さい頃からの友人も、魔物に殺された!!!優しい人間だった!!!子どもの頃1人だった俺に、手を差し伸べてくれた!!親友だった!!!それもこれも!全部全部全部!!!!」


彼は手を下げる。


「『魔女』に、全部壊された。」


彼の声音から滲む絶望の表情は、その惨状を私に伝えるには十分で、思わず私は息を呑む。


「なぁ、どうかお願いだ。天からの使者よ。」


彼は膝をつき、頭を地面に付けて言った。


「魔女から世界を救ってくれ。」
















馬車に揺られる。この世界のことを聞いてしばらくが経った。だけど、未だによく実感ができない。だって、それもそうだ。


「急に朝学校に出かけたら、車に轢かれて死んじゃって。そしたら、天使様に命を救ってあげるって言われて、この世界に飛んできて、急に世界を魔女の手から救って、なんて…………」


とてもではないが上手く飲み込めない。それでも、私にもしそんな力があるのなら、少しでも力になりたい………とは思うけど。


「…………………」


私は、手をグーパーする。


とてもでないが、自分にそんな力が備わっているとは思えない。



「ついたぞ。」


クピタンは振り返り、私を見る。私は、手をついて荷台を降りる。地面のにおいや、感触はあの世界と変わらなくて、夢や幻じゃないことを、実感させられる。


「何か食べたいものはあるか?」


「………食べたいもの?」


「そうだ。何でも作るぞ。これから世界を救ってもらおうってんだ。腕によりをかけるぞ。」


クピタンは袖を捲って、腕を見せる。


「じゃあ、コロッケ……とか?」


「…………コロッケ?」


クピタンは少し考えたそぶりを見せた後、閃いたように指をピンと立てて、家に向かう。


「ほら、入れ。」


クピタンの言う通り家に入る。


「お邪魔します。」


家は正直言って簡素だった。木製の丈夫そうな家だ。椅子に座る。暖炉の上には一枚の写真が飾られている。家族の写真だ。子どもの頃のクピタンと思われる姿と、その父と母の姿が映っている。


コトッ、とコップを置く音が目の前に聞こえた。


「もう随分と懐かしいよ。」


そう言ってクピタンは語り出した。


「両親とも軍にいた。指揮官と尖兵でね。あまりに無理をする父に見かねて、指揮官である母が世話を焼いてそれから付き合ったって、よく聞かされたよ。」


彼は思い出すように、そして、少し寂しい顔をした。


「…………そうなんだ。」


彼の口ぶりだと、きっとご両親は、もう…………。

私が俯き暗い顔をしたのを見て、彼はもう過ぎたことだというように、フッと笑い答えた。


「あぁ、他の国の招聘に応えて派遣された先で、父は亡くなった。その後を追うように、母もな。………でもな、後悔はしちゃいないだろうさ。しっかりと任務をまっとうして、人のために死んだ。」


目の前のコップにコーヒーが注がれる。 


「きっと天国で2人とも幸せにやってる。」


ニッと、優しく笑いかける彼。私はそんな彼に、笑顔でこたえた。


「うん。私も、そう思う。」


すると、クピタンは興奮したように続けて言った。


「まぁ!両親も驚くだろうな!俺が予言の救世主、『マキア』に出会ったなんて言ったら!きっと、大喜びするはずさ!!」


「そ、そうだね。」


そう言われると、少し後ろめたいというか、実感が薄すぎて、申し訳がないんだけど………。それでも彼らの期待に応えられるなら応えたいと言う想いが、私の中でグングンと湧き立っていた。


「ま、まぁ、任しておいて!できる限りのことはやってみるわ!できる限りのことは!」


「あぁ!本当に期待してるぜ!!お前は、この世界に残された最後の希望だ!」


ルンルンとキッチンに戻っていったクピタンは、ポールでじゃがいもをつぶし、パン粉を取って、まぶして油の中に放り込んだ。


(………案外元の世界と、かっては変わらないのかな?)


不安だけど、それでもやっていけるかもしれない。………少なくとも食に関しての知識や常識は今のところ、向こうとあまり変わりないみたいだ。


「ほら、できたぞ!」


皿いっぱいに盛り付けられたあつあつのコロッケに私の心は高鳴る。


「わぁーおっ!」


キラキラと綺麗に輝いて見えたそれに、私のお腹がぐぅーっと鳴った。


「さぁ、どんどん食べてくれよ!」


「はふっ、はふっ、あり、ありがとう!!美味しい!!!」


久しぶりに食事を口に運んだ気がする。朝パンを食べてからそんなに時間は経っていない気がするけれど、不思議なものだ。


クピタンは食事を食べる私の様子を嬉しそうに見ている。


「そんなに美味しそうに食べてくれる人を見るのは、久しぶりだよ。」


「そう?それはよかった。」


私は返事も片手間に、ガツガツと頬張る。

………と、その時だった。


ドンッ、と勢いよく家の扉が開かれる。


見ると、扉には、ハァハァと息をつく、真面目そうな青年。少し薄汚れた衣服を着た、茶色の髪に、碧眼の青年が血相を変えてやってきた。


「アレン!!!魔女だ!」


「何っ!?」


「魔女が来たぞ!!!」


途端、家の窓ガラスが割れ、熱風が吹き込んでくる。窓の外から、向こうに見える町が激しく燃えている。


「あぁ………。そんなっ!!?」


クピタンは絶望の表情で尻餅をついている。


「ついに、ついに来てしまったのか。魔女の軍団が!!?」


すると、クピタンはキッと歯を食いしばり、勢いよく立ち上がる。そして、私の方を見て言った。


「一緒に来てくれ!!あそこには、町のみんながいるんだ!!!」


私は、クピタンに応える。


「……えぇ!!」


荷台を外した馬に2人で乗って、平原を駆ける。隣には、呼びに来たクピタンの仲間が並走している。





「アレンっ!!今回の襲撃はマジなやつかもしれん!!!ラバラン公国が滅んだ、あれと一緒だ!!」


「ああっ!!分かってる!!!………そういえば、名前!!」


クピタンは振り向き、私に言っているのだと気づく。


「名前は!?」


「わ、私は飯田まこ。」


「マコって呼べばいいか?」


「えぇ、そうして。」


「俺は、ランページ・ド・アレン。アレンと呼んでくれ!」


「アレンね!分かったわ!」


馬は平原を駆け抜けて、すぐに町に辿り着いた。


「な、何だよこれ………。」


アレンの友人が呆然とする。それもそうだ。目の前にあるのは、果てしなく燃え広がった町と、いくつもの樹木が複雑に絡まり合ってできた、巨大な木樹。そして、その頂上に輝く光がひとつ。その中心には、魔女と思わしき人物がこちらを見て、妖艶に微笑んでいた。


「くそっ!くそぉぉぉーー!!!!」


「待て!!アレン!!」


アレンは自らの危険を顧みず、燃え盛る炎の中へと突っ込んでいく。そして、瓦礫を掻き分け、人を救出した。


「大丈夫か!?」


「…………………」


「くっ!?」


反応のない住人に、アレンは歯がみする。どうしたって絶望的な状況に、それでもアレンは救助した人を比較的安全な場所で寝かせて、次の救出にあたった。


(私も、わたしも、何かしなきゃ!!)


しかし、そんな想いとは裏腹に、そこには慌てふためき、何もできず、立ち尽くしている自分がいた。


町のあちこちから悲鳴が上がる。子どもを必死に何度も呼ぶ声、泣き叫ぶ声、苦痛に打ちひしがれ絶望に喚く声。


「嬢ちゃんはここから逃げろ!!!」


一緒に来たアレンの仲間が私に言う。しかし、私はその場から動くことができずにいた。体が震える。今にも多くの命の灯火が目の前で多く失われようとしている中で、その標的がいつ自分に向くかわからない恐怖。どうしてこんなことに巻き込まれているのか、何故私はここにいるのか、頭の中で様々な疑念が渦巻いた。


その時だった。


巨大な樹木の頂上から、何かが向かってくる。


「えっ?」


目の前には、剣で私を刺し貫こうとする、魔女の姿があった。樹木に身体を同化させ、それが伸びて、こちらに一直線に向かってきていた。


あっ。私、また死ぬんだ。


何もできなかった。当然だ。だって、ただの人間だもの。この世界を救う救世主でも、英雄でも、『マキア』でもない。私はただの人間。






ドスッ、と目の前で鈍い音が鳴る。


「大丈夫………か?」


聞いたことのある声。

強く瞑った目をゆっくりと開ける。


「あぁ………あぁっ!!?」


そこには、魔女の剣で刺し貫かれたアレンの姿があった。血が夥しく流れて、アレンは膝をつく。


「アレンっ………!!!」


魔女はそれを見て、恨めしそうな、憎しみの表情を浮かべて、木樹の頂上へと帰っていく。


私は、アレンに駆け寄る。アレンは虚ろな目で項垂れ、血を流し、力無く膝をついている。しかし、彼は振り絞るように私の方を見て言った。


「すまな、かったな………。」


私は涙を堪えながら、返す。


「うぅん!違うっ、ちがうのっ!!」


こんなはずじゃなかった。私は、ただの人間で、期待を向けられるような英雄じゃないって、はっきり言えなかった。言っていれば、こんな事になっていなかったかもしれない。私は後悔の念で潰れそうになる。


すると、アレンは優しい眼差しを向けて、言った。


「知ってたさ。」


その言葉に私はハッと顔を上げてアレンを見た。


「見れば分かった。でも、ほんの少しの希望に縋りたかった。おまえの、不安そうな表情や、自信のない言葉尻も、見て見ぬ振りをした。この世界の重責を、悲しみを、関係のないお前に背負わせようとした。」


アレンは私の頬を撫でて、言う。


「生きろ。そして、元の世界に必ず帰るんだ。」


そう言うと、アレンの手は力無く落ちて、それと共に、身体も崩れ落ち、その目は光を映さなかった。


「…………アレン?………アレン!?アレン!!!!!!!!」


私はもはや力無く項垂れた彼の身体を揺らす。どうして、どうして、こんなことに…………。



熱気に顔を上げる。



見ると、山ほどの巨大な火球が魔女の上空に浮いていた。私は、もはや尻餅をつき、その光景に絶望するしかなかった。


「なによ、これ…………?」


こんな化け物に勝てるわけがない。

一体どうしてただの人間である自分が、世界を滅ぼそうとする魔女に勝てるなどと思ったのだろうか。


魔女が剣を下ろすと、ゆっくりとその火球は地上へと近付く。何も、できずに、ただ、その光景を眺めているしかなかった。


魔女の高笑いが、町にこだまする。

こうして、またひとつの町の人々のたくさんの命が、魔女に奪われた。


















「こちら、モルト王国先鋭部隊、現場の状況を報告する。生存者一名。この町の住人では、ないものと思われる。」





「う、ん…………?」


私は、重くなった身体を持ち上げる。瞼を開けて、あたりを見渡す。一面黒く、灰に染まり、人も、建物も、何一つ見当たらない。


「あ、ははっ………」


頭がおかしくなりそうだ。夢であって欲しい。私は、絶望に打ちひしがれ、頭を抱えて、地面に伏した。




遠くから声がきこえる。


「………了解した。生存者一名を、災厄の大魔女と断定する。各自、万全の準備を期して、捕えよ。」












薄暗く、湿った血のような臭いが立ち込める。ギギィ、と地下牢の扉が開かれた。


「ほら、入れ。」


兵士は縄で括られた、私を乱暴に放り、私は地面に叩きつけられる。


「うぅ……………」


兵士は私に言った。


明日(みょうじつ)処刑が行われる。これで世界も安泰だな。」


兵士は憎々しい表情を向ける。違う、私じゃない。何度も言った。それでも、誰も聞き入れようとはしなかった。私は再び、意識を微睡の中に落とす。












「………………うぅん。」


私は、冷たい地下牢の床に、体を身じろぎさせた。縄で縛られて、起き上がることもできない。私は、意識を失う前に聞いた、兵士の処刑という言葉を頭の中で反芻し、飲み込めずにいた。


(処刑?………処刑って、私、死ぬってこと?)


そんな馬鹿な。わたしは何もしていない。何もできなかった。…………あぁ、そうか。何もできなかったからかもしれない。その罰だ。わたしは愚かだった。救えると何の根拠もない言葉を口にして、息巻いて、アレンにそう言った。希望を持たせた。きっと、その報いなのだ。


「くっ………!?」


私は、力の限りで身体を起こす。そして、前を向くとそこには牢屋の柵と、その向こうには何もない石の壁だけがあった。


「アレン…………」


あの光景が思い浮かぶ。私のことを、最後まで想ってくれた。


(生きろ。そして、元の世界に必ず帰るんだ。)


私は涙を堪える。絶対に、死んでたまるもんか。


すると、ガンッ!ガンッ!と遠くで金属を叩く音が聞こえた。その後、コツコツとゆっくりとした足取りで何者かが近づいてきていた。わたしはぐっと身構える。その人影は、私の牢の前で立ち止まった。私は恐怖で、強く目を閉じる。しかし、聞こえてきたのはどこかで耳にしたことのある声だった。


「大丈夫か?」


心配する声に、目を開ける。すると、そこには、見たことのある人間がいた。アレンと私、そしてもう1人。一緒に町に向かった、真面目そうな青年。彼だ。


「あっ!その、えーっと………。」


しかし、わたしは彼の名前をまだ聞いていなかったことに気づく。


「カラルだよ。」


「カラルさん!」


私は彼に尋ねる。


「カラルさん!カラルさんは、無事だったんですか!?」


「話は後だ。とりあえずここを出よう。」


彼はそう言うと、懐から鍵を取り出し、私の牢の扉を開けた。私は手早く牢を出る。廊下の奥を見ると、兵士が何人か地面に倒れていた。


「俺も、もう後には、引けない。」


彼は覚悟をした表情で、光差す方向を指差す。


「ついてきてくれ。」


私はコクリと頷き、彼についていく。


廊下の奥、後ろから他の兵士たちの足音が段々と近づいてきた。声が聞こえる。


「な、何だこれはっ!?」


兵士たちが気づくとともに、私とカラルさんは走り出した。兵士たちは走る私たちに気付き、声を上げる。


「待て!!そいつらを引っ捕らえろ!!!」















城の城壁を兵士が囲む。


「災厄の大魔女が脱走した!!!決して逃すな!!我が国の威信に懸けて、必ず捕えよ!!!」


モルト王国の王は、頭を抱えて言った。


「魔女よ。何ということだ。己の行いを悔いて、捕まったのではないのか?まだやりようはあったと言うのに………。」











私たちは、裏路地を通って、街を抜け、池のほとりに向かって走る。


「はぁ、はぁ………」


私は息を切らして、膝に手をつく。カラルはそんな私を心配して振り返る。


「大丈夫か?」


「えぇ。なんとか。」


私は、顔を上げて、目の前の景色を見た。

綺麗な緑黄の森林と、その向こうに見える、眩しい日の光。あの世界と変わらない、よく見た光景。


カラルは追ってを警戒するように、街の方をチラチラと見る。


「もう少し遠くに逃げようか。」


「えぇ。」


兵がいつ向かってくるかわからない。なるべく人通りの少ない場所を通り抜けてきたが、誰にも見られなかったというわけではない。街の人々の証言から、すでに街を抜けたということがバレるのも、時間の問題だった。


「隣町まで行けば、とりあえずは身を潜められるだろう。走れそうか?」


「はい。いけます。」


息を切らしていたが、不思議と体に疲れはなかった。わたしはコクリと頭を下げ、彼について行く。


















ランプに火が灯る、暗がりの一室。


彼女は憎々しげに言葉を発した。


「何故あの時、殺し得なかった!」


手に持つ林檎を握りつぶし、水晶に映る少女を睨む。部屋の奥の扉がギギギッと開き、杖を持った老人が現れる。


「大魔女様、如何なさいますか?」


「今すぐに処刑しろ。捕まえなくともよい。その場で八つ裂きにし、血の雨を降らせろ。私はその様子をここから見ている。」


「………畏まりました。」


そう言って老人はギギギッと扉を閉め、部屋を後にする。大魔女は、顔を(しか)め、言った。


「天使よ、今さら何をしようとしたところで、もうどうにもならん。全てを地に落とし、私は私の望みを叶える。」


椅子から立ち上がり、外を見上げた。雷が鳴り、豪雨と強い風が窓を揺らしている。大魔女は、閉まった窓の外から垂れる、雨の雫を、静かに撫でようとする。しかし彼女の手から溢れるように落ちたそれに、魔女は俯き、そして、物憂げに呟いた。


「待っててね、あなた。」


















カラルは言った。


「大魔女は昔、聖女だった。」


「えっ?せ、聖女ですか?」


カラルは話し始める。世界を滅ぼそうとしている、魔女の出自、そのあらましを。


「あぁ、何でも君と同じ異なる世界から来た、聖女様だったらしい。」


「私と、同じ………違う世界から?」


「あぁ。実は異なる世界から来たという人間は、度々現れているのだと聞く。この世界は元々違う世界から来た者たちによって、形作られてきたのだ、という人もいるんだ。」


「………そうなんですね。」


じゃあ、私と同じ世界から来た人間にも会えるかもしれないってことよね。期待はしすぎない方が良いかもしれないけど。


カラルは続けて言った。


「ある書物によると、200年前に突如、聖女だった彼女は自らの棲まう王国の司教を殺害した。そして、それを皮切りに更なる、凶行に及んだんだ。聖の力を悪用し、王国を混乱に陥れ、呪詛を吐きながら、最後には王様を殺害した。」


「呪詛………ってことは、何かそんな行動を起こしてしまうような、原因があったってこと?」


「あぁ、きっとね。でも、だからと言って、次々と関係のない人々を巻き込んで殺すなんてこと、絶対にしちゃいけない。」


「えぇ。そうね。」


私はアレンの最後や、町が炎に燃える様子を思い出す。あんな悲劇は二度と起こしちゃいけない。


「彼女は、国を出た後、仲間を集い、今では誰も止められ得ない勢力を持って、世界を滅ぼそうとしているんだ。」


私は額から汗を流し、唾をゴクリと飲み込む。


「彼女の勢力は主に4つ。」




大魔導士ゴーサック



孤独な魔導士だった彼は、類稀な才能を持ち、人々を救うために多くの魔術を生み出した。だが、ある時大魔女に唆され、悪の道へと堕ちてしまった。大国を2つ滅ぼし、彼はその場所を拠点とし、秘密の研究を行っているそうだ。彼の率いる軍団は、魔術にとても優れ、居城を中心とした防衛戦を得意としている。






黒騎士ベルギルス



王国騎士だった彼は、竜と契約し、大魔女の討伐戦線の筆頭であったが、第三次抗戦の際に裏切り、大魔女の配下に降ってしまった。理由は定かではないが、彼の愛する者が亡くなったことが原因のひとつではないかと言われている。彼が率いる軍団は、剣術に優れ、竜の扱いに長けているために竜騎兵と呼ばれているんだ。国に不満を持って抜けた、各国の精鋭も集められていて、一筋縄ではいかない強大な戦力となっている。






月老のワーラット



年老いた彼は月から得られるという特殊な魔力を使い、異空間を作り出し、そこに隠居しているため、滅多に姿を現さない。その実力は、歴代最高の魔術師と謳われ、ゴーサックの師であり、魔女に対抗する候補の筆頭のひとりだった。だが、ゴーサックが魔女の下に付いたことで、彼もその軍門に降ることになったのだろうと言われている。






死病のレインゼイム


存在すると言われているが、近年でいまだに見たものはいない、謎に包まれた伝説の剣士だ。大魔女が保有する最高最大の戦力だとも言われている。彼女1人で、大魔女を含めた他の総戦力よりも遥かに大きいという、嘘みたいな噂が実しやかに囁かれている。………彼女には出会わないことが好ましいだろう。





彼はゴクリと唾を飲み込んで言った。


「正直、ひとつの勢力に対してさえ、今残っている国で、力を合わせても勝てるかどうか怪しい。大魔女の気分次第で、いつ世界が滅びでもおかしく無いんだ。」


「そんな…………」


アレンの言葉が思い起こされる。


(「ほんの少しの希望に縋りたかった。」)


最後に残したあの言葉。私が、希望………。正直実感なんて湧かない。でも、命をかけて守ってくれた人に何も恩返しをしないなんてこと、できるわけがない。


私は歯を食いしばり、心を奮い立たせる。


「私が、希望にならなきゃ。」


「えっ?」


「私が希望にならないと、アレンが報われない。彼の命を懸けた想いは、わたしが必ず繋ぎます。」


「…………………」


すると、カラルさんはポケットから蒼色のネックレス取り出し、私に差し出した。


「こ、これは?」


「もらってくれ。」


私はそれを手に取ることを躊躇したが、彼の目が真剣であることに気づき、私はコクリと頷いて、それを受け取った。


「いざという時に守ってくれる、守護の力が宿っている。………少し聞いたんだ。一緒にアレンと瓦礫の下に埋まっている人たちを救助しているとき。」


(「あの子は、この世界最後の希望かもしれない。もし俺に何かあったときは、お前が彼女を守ってやってくれ。」)


「アレンは、君のことを気にかけていた。」


「……………アレン。」


私は胸がぎゅっと締まる想いで、ネックレスを首に付け、服の中にそれをしまう。


「それじゃあ、行こうか。隣町はもうすぐだ。」


「はい。」
















パチパチと燃え盛る中、1人の老人がゆっくりと血に染まった床を踏みしめる。


「ハァ、それにしても大魔女様もひとづかいの荒い………。この老骨に鞭打って、ここまで来たというのに。」


国が燃えている。玉座の下には、王の遺体。数々の兵士はなす術もなく、地面に倒れ伏していた。


王の遺体を押し退けて、彼は玉座に腰を掛ける。


「この月老のワーラット自らが出向くことなど、そう無いというのに。ヒヒッ、さてどこに逃げたかな?」
















「やっとついたな。」


カラルさんが汗を拭い、目の前の喧騒に、ふぅ、とひとつ、ため息を吐く。ワァー、ワァーと賑わいを立てているのは、隣町サバル。町の市場には、人が溢れ、隠れるには格好の場所だった。


「腹は空いていないかい?」


「お腹ですか?いえ、今は。」


流石に追われている身で、物を食す気にはならない。それに隠れるよりもやはりここを先に抜ける方がいいだろう。


しかし、一度落ち着いて辺りを眺めてみると、本当に現実と変わらない光景が見られる。まるで元の世界に戻ってきたんじゃないか、錯覚するほどに市場という場所は、元の世界と変わらず、人と人との熱気で溢れていた。


屋台のメニューもどこか見たようなものばかりだ。外の世界から、来た者たちでつくられた世界というのもあながち間違ってはいないのではないだろうか?


私はあることに、ふと気付き、そう言えばと、カラルさんに話し始める。


「そうだ。私、まだ名前言ってなかった。飯田まこ。私、まこって言います。」


「…………あぁ、名前は、以前に聞いたよ。」


カラルさんは少し寂しげな笑顔で答える。………そう言えば、アレンに名前を話したとき隣にカラルさんもいたから、その時に聞こえてたのだろう。


「まこは、飲み物も本当にいらないのかい?」


カラルさんは心配そうに、私に尋ねた。確かに、ここまで走ってきて喉が渇いていないかと言われれば、そんな事はない。言われるまで気づかなかったが、喉がカラカラに渇いている。


「じゃ、じゃあ、飲み物をひとつ………」


その時だった。遠くの方から人の叫び声が、町に響いた。尋常ではない、焦った様子で、街の人々に叫び伝えた。



「大変だぁーー!!!!モルト王国が、燃えているぞー!!!!!!!!!!」



人々がザワザワと騒ぎ始める。遠くを見ると、確かにモルト王国から火の手が立ち昇っている。兵士が肩から血を流しながら、向こうからやってくるのが見えた。兵士はその場に倒れ、言葉を発する。


「み、みんな。逃げろ。」


「きゃ、きゃぁぁーーーー!!!!!!」


人々が悲鳴を上げて、街から飛び出して行く。私達は倒れた兵士に駆け寄る。カラルさんは兵士の体を支えて、声を掛けた。


「どうした!?何があった!?」


「と、突然夜になって………つ、月が…………月が落ちてきたんだ。」


「なに?それはどういうことだ?」


「気づけば城は夜になっていた。満月の夜だ。これまで見たことのない、綺麗な夜だった。」


いまいち的を得ない兵士の言葉に、私達はお互いに顔を見合わせつつも、カラルさんは推測からひとつの答えに辿り着く。


「幻術?………そのような大規模な魔術を扱えるものは、ごく限られている。月………まさか、ワーラット!?しかし、かの導師は滅多に出てくることのない、重鎮のはず!?何故、このタイミングで出てきた!?」


「…………………」


私は遠くに燃え盛る王国を見て、思い出す。


炎に焼かれた町、アレンが救けてくれたあの時の光景。あの時の魔女の目は明らかに私に殺意を持って、向かってきていた。もしかすると、私が、天使から遣わされた存在だと知っていたのかもしれない。そうだとすれば、私のせいでたくさんの人の命が失われる事になる。そんなの、絶対に嫌だ。


わたしは、目を閉じ、ふぅーっと息を吐いて、覚悟を決めた。


「私、王国に戻ります。」


「何だって!?」


カラルさんの驚きをよそに、私は高鳴る自分の心臓に、鞭を打って、走り出した。


「待て!!死ぬぞ!!!戻れ!!!」


私は、カラルさんの静止を振り切って、元来た道をグングンと走り、戻っていく。戻っていくにつれ、王国の火の手は増している。


「はぁ、はぁっ…………ぐっ!」


私は、地面に生えた木の根に転ぶ。私は地面の土を握りしめ、すぐに立ち上がり、また走り始めた。


死ぬかもしれない。でも、立ち止まるわけにはいないの。だって、私は…………



走馬灯のように、私は私の人生を思い返す。


あぁ、何でいつもこうなんだろう。危険なことに足を突っ込む度に、大人の人に怒られては後悔してきた。自分でもやめておけばいいのにって、何度も考えた。それでも自然と体を止めることはできなかった。


(まこちゃんは、私のヒーローだね。)


しーちゃんが、私にいつも言ってくれていた言葉だ。小さい頃、親友のしーちゃんは体が弱かった。そのせいで、なかなかみんなに馴染めずに、無視されたり、酷い時には暴力を振るわれたりもした。


「やめなさい!!あんたたち!!!」


しーちゃんが大人数に囲まれたとき、私は、いじめっ子達の前に立ちふさがった。でも、その人数を前に、私はしーちゃんを庇うことで精一杯だった。


「こいつ!しつこいんだよ!」


「うぅ………。」


私は、しーちゃんに覆い被さって、奴らの容赦ない蹴りを受け止める。痛くって、痛くって仕方がなかった。


「今日はこれくらいで勘弁しといてやるよ。」


私は奴らが去った後、仰向けになって空を見上げる。見上げていると、しーちゃんの泣きじゃくった顔が見えた。


「どうして?どうして、逃げないの?」


しーちゃんは涙をポタポタと私の顔に落として、悔しそうにして泣いた。私は、そんなしーちゃんの涙を拭ってから、ニシシッと笑って、言った。


「私の勝ちだ。」


手でピースを作ると、しーちゃんはぐすんと鼻を啜って、涙を手で拭い、私に笑顔を向けた。


「まこちゃん。まこちゃんは、私のヒーローだね。」


その言葉に、私は何だか誇らしくなった。私は、きっと後悔したくないんだ。目の前で困ってる人を、悲しんでいる人を放っておきたくはない。私は、私のことが好きだ。大好きだ。だから、止まるわけにはいかない。









「はぁ、はぁ………………」



ますます目の前の火の手は上がる。町が燃え盛る、あの時の光景が蘇る。アレン………私、どうしたらいいかな?しーちゃん、今、どうしてるかな?行けなくて、ごめん。私、頑張るから。できること精一杯、頑張るから、どうかお願い。力を貸して………。



その時だった。


空が光ったような気がした。少し気のせいかもしれないと思ったけど、やはり空は輝きを帯びていた。


私は、その光に手を伸ばす。

光から声が届く。


「何を望みますか?」


その言葉に、私は答える。


「みんなを救ける力を、みんなが笑顔になれる、みんなを守れる力を!!!」


その声の主は微笑み、優しく手を差し出す。私は、その手を受け取った。


その瞬間、光が私を包み込む。小さな精霊が私の胸に飛び込み、艶やかな虹色の輝きが身体を染めた。


気づけば、私は白と黒のドレスを見に纏う。そしてそのドレスは下から螺旋状に渦巻いて、収束し、纏め上げられる。纏め上げられたそれは、腰に携えられた銃と剣となり、それによって短くなったスカートは、より動きやすくスポーティに、戦闘に相応しい様相を呈した。


「これは………っ!?」


私は驚愕する。体から力が溢れ、握りしめた拳が、大地のエネルギーを掴むように、力強く、迸り、その衝撃波は森林を光の速さで駆け抜けた。


「よし…………!!!」


私は走り出す。森を抜け、門を抜け、火の燃え盛る城へと突入した。


バンッと、扉を開けた先は巨大な月の浮かぶ、深い夜に彩られていた。まるで別空間。浅い水瀬が足を濡らし、上に見える巨大な満月は、まるでそれに押しつぶされるような強大な質量を感じさせた。



「おや?聞いていた風貌と違いますな?」


気づけば、目の前には杖を掲げた老人が不気味な笑みを浮かべて、こちらを見ていた。


「死ぬ覚悟はできたか?」


「全然っ!!!」


私は笑顔で、そいつの悪意に応える。老人は、杖を下げると私の周囲に強烈な重力が降り注いだ。


「こいつに耐えられたものは誰一人としておらん。この空間に入った時点で、お前の負けだ。」


私は、体に掛かる重みを感じながら、あの光景を思い出す。死んでいった、魔女に殺された人々の苦痛を、悲しみを。歯を噛み締め、一歩を踏み出す。


「なっ!?まだ足りぬか!?」


さらに大きな負荷が体に掛かる。

それでも、わたしは折れない。


アレンの言葉が頭に思い浮かぶ。


(俺の小さい頃からの友人も、魔物に殺された!!!全部全部全部!!!!魔女に、壊された!!!)


一歩、また一歩と歩く度に、人々の悲鳴が、苦痛が、無念が、私の胸に宿る。


「く、来るなぁっ!?来るなぁー!!!!!」


アレン。わたし、小さい頃からの親友が、しーちゃん死んじゃったらきっと立ち直れないよ。両親が帰ってこなかったら、寂しくて、きっとダメになると思う。それでも、アレンは最後まで魔女に立ち向かった。理不尽に、暴力に、最後まで。


私は拳を振りかぶる。


「うおらぁぁぁぁーー!!!!!!!!!」


「や、やめっ……………っっ!!?」


杖をへし折り、顔面を穿ち、果てしない水面の地平線に向かって、拳を振り抜いた。


「ぐわぁあぁぁぁーーー!!!!!!!」


奴は吹っ飛ぶ。月が砕け散り、光り輝くカケラとなって、地上に降り注いだ。私は空を見上げる。




「アレン………しーちゃん………。」


2人が私に力を貸してくれた。私一人の力じゃない。想いが重なって、これまで無念に耐え抜いてきた、たくさんの人々の想いが拳に宿っていたような気がした。


「……………………」


城壁にめり込んだ、奴は声を上げない。

私は、拳を空に振り上げた。


見ると、周囲に倒れていた傷だらけの人々が私を見て、轟音のように鳴り響く大きな歓声を上げている。


やっと、終わった。


私は、ふっと意識が途切れて、眠るように地に落ちた。


























暗き部屋の灯火が揺れる。机を叩き、憤怒の表情を浮かべながら、水晶の中を覗くのは、災禍の大魔女であった。


「ば、馬鹿な………そんなことが!?」


大魔女は椅子から腰を上げる。次なる手を打たなければ、一気に形勢を崩されかねない。ここまで来て、目論見が破れようなど、微塵も考えてはいなかったのである。そして、やはり天使の気を微かに感じた、あの小娘は力を隠し持っていたのだ。


「……………………。」


魔女はしかし、憂いの表情を浮かべて、諦めたかのように目を閉じる。ゆっくりと椅子から立ち上がり、戸棚の上にある古びた一枚の写真を手に取る。そこには、自分の姿…………そして、一人の男性と小さな娘の姿があった。


「…………………っ。」



彼女はその写真を静かに抱きしめ、膝をついた。窓の外、雲間から流れる僅かな光。それは、彼女に届かない。しかし、彼女の背中には優しいぬくもりが感じられた。冷たい部屋のなかで、彼女はひっそりと、涙を流す。窓から流れる止んだ雨の雫が、ほんの少しの明かりを彼女にもたらした。
















「……………ん、あれ?」


私は目を覚ます。しかし、そこはまるで宮殿のような一室で、豪華絢爛な装飾が辺りを彩り、よく見ると給仕らしい人々や、テールコートに身を包んだ執事が目を閉じて、部屋の壁際に並んでいた。


「やぁ、目が覚めたかい?」


聞き慣れない声に、私は目をやる。そこには、黄金色の縁取りの成された椅子に、いかにも王子様と言った風貌の青年がいた。透き通る金髪に、蒼い眼、王族衣装を身につけて、ダイヤの指輪に、銀の靴、自信満々の表情まで………。そんな人が、私を心配するような眼差しで見ていた。


「あの、どちら様でしょうか?」


私がそう言うと、その青年は、「あぁ、失礼した。」というように、一歩身を引いて、片手を胸の前にやり、頭を下げた。そして、彼は言う。


「私は、モルト王国次期国王、リベルトだ。」


すると、彼は膝をついて、私の手を取った。


「此度は、国を救ってくれたこと心から感謝する。」


「………………」


私は彼のその態度や、この状況に戸惑う。そもそも、私は魔女と間違われて、牢屋に入れられていた。見るに、既に誤解は解かれて、この国を災禍に陥れたあの老人を懲らしめたことで、ここまでもてなされているのだろうとは思う。


そう。私は、この国を災禍に陥れたあの人物を、殴ったところまでは覚えているのだが、そこからの記憶が全くないのだ。手に残る鈍い感触が、思い起こされる。それと同時に記憶を辿っていくと、あの人を放ったらかしにして、来てしまっていたことを思い出した。私は、リベルト王子に尋ねる。


「そう言えば、カラルは!?」


私は、ベッドから起き上がり、辺りを見渡す。しかし、彼の姿は見当たらない。


「カラル?それは誰の名だ?」


「私を連れ出してくれた人!早く戻らないと!」


「あ、あぁ、それはまぁ…………」


リベルトは気まずそうに顔を逸らせる。それは給仕や執事の人たちも同様だった。


「まさか………!?」


私はベッドを飛び降り、駆ける。部屋を飛び出す。


「ちょ、ちょっと待て!」


リベルトの呼び止める声が聞こえたが、知った事ではない。廊下を走ると、兵士たちの驚く表情が並ぶ。私は兵士の1人に声をかけた。


「カラルは、どこ!?」


「か、カラル殿、でございますか?………恐らく、地下牢の方に。」


「やっぱり!」


わたしは一目散に走り出す。給仕や執事の人に聞いても、誰も答えないので、兵士に詰め寄って、無理やり答えさせた。そして、牢の前に辿り着く。


「……………っ!?まこ!?」


カラルは驚いたように私を見る。


「お待たせ!出るよ!」


わたしは、手に持った兵士から奪い取った鍵で牢屋の鍵を開ける。カラルは驚いた表情をして、それからフッと笑った。


「助けられたね。」


「どういたしまして。」


わたしは牢の鍵を開けて、カラルさんと共に出る。兵士たちが慌てた様子で止めにはいるが、知ったことではない。私たちは一目散に城外へと駆けた。そして、門を開こうとしたその時だった。


「お待ちなさい。」


後ろから、聞こえるはずのない声が聞こえた。


「そう、焦る必要はない。」


その声は、聞きたくもない、この国に災禍を(もたら)した主。私は愕然とする。まだ悪夢は終わっていなかった?冷や汗が頬を伝う。


(そんな、あの時倒したはず。そうじゃなかった?まだ………)


私は恐るおそる振り返る。


しかし私の杞憂を他所に、その老人の後ろには兵士たちが立ち並んでいた。私は、訳もわからず、呆然と立ち尽くす。それは、カラルも同様で私たちは立ち往生する。そんな時、階段の上から声が聞こえた。


「洗脳が解けたのさ。」


リベルトがやってくる。彼は、階段を降りて、コツコツと足音を響かせ、老人の隣に立つと、心配ないというように、彼としっかり握手を交わした。


「洗脳…………?」


私はそんな状況を見て、彼に怪訝(けげん)な表情を向けた。しかし、何事もないというように彼は説明を始めた。


「そう。ワーラット老は魔女の洗脳によって、無理やり従わされていたんだ。わたしは彼のことを父からよく聞いていてね。とても、穏和な人間で、そんなはずはないと、父は話していたんだ。そして、まさにその通りだった訳だ。」


ワーラット老は、俯き粛々と言葉を紡いだ。


「モルト王を手にかけた償いは………この国の誇りある兵士たちを手にかけた愚かな過ちの償いは、必ず致します。このワーラット、モルト王国に尽くしましょう。」


ワーラットが深々と頭を下げる。すると、リベルトはそれを見て優しく微笑み、私たちに言った。


「そういうことだ。カラル氏を無闇に牢に閉じ込めてしまった事は、私が心の底から詫びよう。彼は未だに君が魔女だと見做され捕まってしまったのだと、誤解していたようで、城内を暴れ回ってしまったんだ。致し方のないことだ。君を根拠もなく、魔女と決めつけてしまったこちらに非がある。言葉もない。この通りだ。どうか許して欲しい。」


リベルトは深々と頭を下げた。それは兵士たちも同様で、心の底から反省しているのだということが伝わった。


「どうか君をこの国を救った英雄として、我が国で、もてなしをさせてはくれないか?もちろん最高級の待遇で、満足させてみせるよ。」


リベルトの言葉に、私はカラルの方を見る。こういう場合、どう答えればいいのか私にはわからない。そもそもこの世界に来てほんの数日しかまだ経っていないのだ。


「リベルト王子。私こそ、本来許されざる無礼な行いの数々、申し訳ありません。その後、収監されたことは、至極当然のことで王子が何ら謝罪なさる必要はございません。…………そのような事情でしたら、わたしは再び牢へ戻ろうと思います。」


すると、リベルトは焦ったように、手を振り、言った。


「いやいや!先ほど話した通り、非があるのはこちらだ。それに、英雄のご友人であるならば、話は別。彼女を助けようとしたならば、むしろもてなして当然の行いであった。どうか英雄と同様の待遇で、どうか楽しんでいって欲しい。」


カラルは驚いた様子で、固まる。そして、しばらくすると、手を前にやり、頭を深々と下げてリベルトに向かって言った。


「ありがたき幸せ。」


すると、リベルトは優しく微笑み、兵士たちの方を見て、手を叩き、言った。


「ささっ、撤収だ。みんな、彼女たちを存分にもてなす様に。………それにせっかくだ。みなの負傷も、心の傷もまだ癒えぬ故、今から盛大なパーティを行おう。無礼も許そう。」


彼は手を大きく広げ、みなに告げる。


「互いの立場を忘れ、今日を思い出に残る、一日にしよう!!」


リベルトがそういうと、ほんの少しの静寂の後、うぉー!!!と地響きが鳴るような歓声が兵士たちから上がった。執事や給仕の人たちもとても喜んでいる。


「ささ、お二人を部屋に案内しよう。ベルト。」


「はい。坊っちゃま。」


わたしたちは、リベルトがベルトと呼んだ執事の方に連れられて、客間の見たことがない様な、黄金色の装飾に彩られた大きな部屋へと案内された。


「それでは、ごゆっくりと。」


執事が扉を閉める。

私は、ふぅーっと大きく息を吐いた。ともかく、ようやくひと安心だ。私は椅子に座り、足を広げて、体から力を抜いた。カラルも息をつき、天井を見上げ、しばらく呆けていた。私は、ボソッと呟く。


「よかったね。」


カラルも、ため息を吐くように言った。


「いや、本当に。」


少しして、私は疑問に思っていたことを尋ねた。


「どうして………どうして私を助けにきたの?」


すると、カラルは答える。


「処刑されると思ったからさ。」


「処刑!?」


私は驚いたように、椅子から立ち上がった。そうだ。そう言えば、私は魔女と勘違いされて、翌日には処刑される予定だったのだ。今から考えると、本当に背筋の凍るような思いだ。それと同時に、少し怒りも湧いてきた。あれだけ乱暴に扱っておいて、急に態度をガラッと変えるなんて、失礼にも程があるわ!!


カラルはビクッとして、少し苦笑いを浮かべて、話を続けた。


「そう。君は魔女と認定されてしまって、それからワーラット老が攻め込んできたろ?そしたら、この国からすれば魔女を取り返しにワーラット老が攻め込んできたことなるわけだ。君はますます憎悪の対象になる。いつ命を狙われてもおかしくない状況だと思った。」


「そ、そうだったのね。ごめんなさい。」


「いや、いいんだ。」


カラルは微笑み、床に寝転がる。よく見ると、カラルの顔にも疲れが酷く溜まっているようにみえる。クマができ、頬もこけている。………それもそうだ。故郷の町が魔女に滅ぼされ、そうかと思えば王国への襲来。立て続けの出来事は間違いなく、カラルの精神を大きく削っている。それにも関わらず、私のことを考え、救けにきてくれた。もちろん、アレンとのこともあるのだろう。しかし、私にとって彼は、この世界で間違いなく、心の支えになっている。


しばらくの沈黙の中で、私は、ふと考える。正直、あそこまで国を陥れたワーラットを許すなんて、私は何だか腑に落ちなかった。


「…………………」


私が思案する様子を見て、何かを察したカラルは尋ねた。


「何か気になることがあるのかい?」


「えっ?………あぁ、ワーラット?とかいうあの爺さん、あれだけ国を滅茶苦茶にしたのに、どうしてみんな、そんなに受け入れられるのかなって。」


「…………リベルト王子やみんなだって、もちろん本音は憎くて仕方がないと思うよ。」


「そ、そうなの?」


そんな風には見えなかったリベルト王子やみんなの、様子に、私は驚きを隠せない。


「あぁ。ただ、ワーラット老の力はあまりにも大きい。自分の国を守るという意味でも、赦しを与えて、自らの戦力にするのが、最も国の人々の為になるというわけさ。」


「…………そうなんだ。」


操られたし、しょうがない部分はあると思うけれど、憎くて仕方がない気持ちは、きっとこの国の多くの人々が拭えないと思う。それでも、みんな前を向いてるんだ。私も、許せない気持ちをほんの少し、前に向けて、少しでも明るい未来に目を向けてみよう。


「ありがとう。」


不意に、静寂に響くその言葉に、私はカラルの方を向いた。彼は下を向いて、目を閉じて、心を込めるようにして言った。


「俺はさ、9歳の頃親を亡くした。親の工房を10才で継いで、死に物狂いになりながら、何とか命を食い繋ぐ日々だった。…………そんな中でも、やって来れたのは国のみんなに助けてもらったからだ。」


気づけば、カラルは少し声を震わせていた。


「…………俺はもうダメだと思ってた。それは、この国のみんなも………いや、この世界に生きるすべての人々がきっと、生きる希望を失っていたと思う。」


彼は椅子を降り、膝をついて、頭を下げた。


「心から感謝する。ありがとう。」


カラルはしばらく頭を地面につけて、動かなかった。


「そ、そんなに改まらないでよ!恥ずかしいじゃない!」


「いや、これは当然のことさ。君はそれだけのことを成し遂げた。どうか誇りに思って欲しい。」


再びカラルは頭を下げる。なんだか思ったけど、カラルは生真面目というか、まだ出会ってそんなに時間は経っていないけれど、すごく大人で、信頼していい人間なんだって思った。この世界で………アレンに、カラルに出会えてほんとうによかった。


コンコンッと部屋のノックが鳴る。


すると、執事のベルトさんが私たちに頭を下げてから、寝室に案内する旨を伝えた。私たちは別れて、お互いの部屋に入る。わたしは、両手を広げて、ベッドの上にダイブした。


「はぁ………………」


疲れが溜まっていたのだろうか。まだ目が覚めてから、それほど時間は経っていないはずなのに、段々と瞼が重くなってきて、気づけば意識は眠りの中に落ちていた。





コンコン、コンコンッと、小気味よい音にわたしは目を開ける。目をやると、チュンチュンと鳴く、雀に似た小さな鳥が、窓ガラスをつついていた。


いつまでも叩き続けるので、不思議に思った私は、窓を開ける。するとその小さな鳥は部屋の中に入ってきて、私の手に止まった。そして、しばらく辺りを見渡した後、毛繕いを始める。


「ふふっ…………」


なんだか可愛い。私がしばらく、その小鳥を眺めていると、外庭から歩く音がした。その小鳥はその音に反応したように、開けた窓から外に出て行き、城下のお庭に降りていく。そして、小鳥は花の綺麗に咲く花壇のそばに降り立った。


「あれ?」


そこには1人の女性がいた。凛として、綺麗で思わず見惚れてしまうような、横顔。黒色のドレスに、艶やかな赤で身を包んだ、まるで堕天使を思わせるようなその風貌は、西洋画の一枚のように美しく、感動さえ覚えさせた。


小鳥が彼女の指に止まる。






「パーティのご用意ができました。」


「うわぁっ!!!」


唐突に後ろから聞こえた声に、私はびっくりする。後ろを振り返ると、そこにいたのは、ベルトさんだった。


「も、申し訳ございません。何度もノックをしたのですが、反応がなかったので、心配になり………」


「こ、こちらこそすいません!」


私は、頭を目一杯下げた。見惚れるあまり、ノックにすら気づかないなんて………。


「……………………」


わたしは、もう一度窓の外を見てみる。しかし、そこにはもう彼女の姿はなかった。


「はぁ……………」


何故か残念そうにしている自分がいる。あんなに綺麗な人を見たのは初めてだった。また、何処かで会えたらいいなぁ、なんて。













城の中央広場。階段を降りた先に広がるその光景は、人々が歓喜に身を包み、祝福の修飾に彩られていた。


「「ビール持ってこーい!!!」」


兵士たちが肩を組み、喜びを分かち合っている。賑やかで、笑顔の溢れた会場は、時には涙を流すものや、はしゃぎ過ぎてすっ転げるもの、自らの武勇伝を語るものや、豪華な食事に夢中になって我を忘れるもの。おのおのが夢のようなひとときを過ごしていた。


一方で、私はというと………


「お気に召さないかな?」


「い、いえ、その…………」


ワイングラスを持たされ、壇上にリベルトと2人。椅子に座らされて、気まずい時間を過ごしていた。


(ふつうにみんなとガツガツご飯を食べたい。)


私は友人と楽しそうに話しながら、ご飯を食べているカラルを羨ましそうに眺めていた。


「……………………」


リベルトがそんな私の様子を見かねてか、手をパンパンと叩くと、ウェイターやシェフが次々と現れて、テーブルから金の皿、見たこともないような海鮮、肉、野菜料理が並び、よりどり緑の、夢のような煌びやかな食事が用意された。


「さぁ、好きなだけ食べておくれ。」


わたしは恐るおそるフォークとナイフを手に取り、テーブルの上に並んだ食事を口に入れる。


(う、美味い………)


見た目通り………いや、それ以上に口の中でとろけるような肉の感触と、これまでに食べたことがないような野菜の甘みが舌を包み込み、海鮮料理は特有の塩味(えんみ)を含んだ旨み成分が口の中にぶわぁ〜っと広がって、至福のひと時を過ごした。


わたしが、頬っぺたに手をやりながら、モグモグとご飯を食べていると、リベルトは私にたずねる。


「美味しいかい?」


私は口いっぱいにご飯を頬張りながら、話しそうになったが、一度よく噛んで飲み込み、彼の方を見て言った。


「えぇ!すごく!!」


「そ、そうかい。それはよかった。」


彼は嬉しそうに、笑顔を向ける。そして、すこし考えたように俯き、それから、私に話し始めた。


「この国はね、裕福そうに見えて、実はそうじゃない。一人ひとりの日々の懸命な努力あってこそ、ようやく保たれている。そして、いつ魔女や魔物から襲撃が来るか分からない決して気の置けない状況の中で、人々は希望を何度も失いかけ、それでも踏ん張って、地に足をつけ、必死に生きている。日々の安心と未来への希望が薄れゆく中で…………」


私を見つめて、リベルトは言った。


「君という光が現れた。」


リベルトは立ち上がり、私の前に来て膝をついた。


「どうか私とともに、この国を導いてはくれないだろうか。すぐにとは言わない。君の存在がこの国を、ひいてはこの絶望に彩られた世界の最後の希望となる。」


彼は、懐から箱を取り出し、開けた。そこには、煌めく美しいダイヤの指輪があった。


「君を我が妃として、迎えたい。」


「…………………?」


私はしばらく脳がフリーズした。なにを言われたのか、全く脳の処理が追いつかなかったからだ。


(キサキ?きさきって、何だ?キサキキサキ………妃!?!?)


私は気づく。彼から、突然の告白を受けたことに。


「い、いやいやいやっ!!!無理!!!そんな急に言われても!!!!」


しかし、私は手を前に出してブンブンと振り、断った。だいたい今日会ったばっかりだし、相手のことを全く知らない。そんな相手から告白されても、受け入れられるわけがない。


すると、リベルトは驚いた表情をして、それでも、もう一度真剣に私の方に向き直り、しっかりと目を見て、言った。


「いや、すぐに結論を出す必要はない。今はしばらくこの国に留まってくれるだけでもいい。この国には、君が必要なんだ。」


私は少し火照ってしまった顔を落ち着かせ、深呼吸をしてから、はっきりと言った。


「ごめんなさい。リベルト。あなたの気持ちには答えられません。………私は、あなたのことを何も知らない。そういうものは、時間をかけて、ゆっくりとお互いのことを知って、それから段々と好きになって………自然と一緒にいることが苦にならなくなった時、私は相手の人とお付き合いすると決めていますので。だから、ごめんなさい。」


頭を下げて、私は会場を後にする。

会場が静寂に包まれる。


リベルトは肩を震わせ、後ろに立つ、ベルトにつぶやいた。


「ベルト………爺や………」


彼は振り返る。ベルトの方を向き、涙目を浮かべていた。


「振られちゃった。」


すると、ベルトはふぅっとため息をつき、諭すように言った。


「坊ちゃま。何事も経験でございます。」

















「はぁー、もう。」


私は顔を枕にうずめて、足をバタバタさせる。まさか告白されるなんて、思ってもみなかった。しかも、相手は王子様だし。でも………


「何か思ってたのと違うな。」


もっといいものだと思ってた。好きでもない人に言い寄られても、わたしの心はちっとも動かない。心臓が高鳴ったのは、恥ずかしいかったのと、舞台に興奮していただけ。相手のことはちっとも見えていなかった。


「…………私、なかなかやるな。」


舞い上がらずに、自分の本心を相手に伝え、ちゃんと断ることができた。自分で自分のことを見直す。


「よしっ!」


体をバッと跳ねさせて起こし、改めて案内された豪華な部屋を眺め、目をキラキラさせる。


「あっ!」


私は顔を青ざめさせる。そう言えば、パーティ会場のあんなに美味しかったご飯、たくさん残してきちゃった………残念。そう思って、しょぼんと顔を俯かせていたとき、コンコンッ、と部屋のノックがなる。


はーい!とドアを開けるとそこには、カラルがいた。先ほど私が残した夕食を台に乗せて、持ってきてくれていたのだ。それだけじゃない。デザートも増えてる!


「残念がってるんじゃないかと思って、お願いして持ってきたんだよ。」


「あ、ありがとう!食べていいの?」


「もちろん。いっぱいお食べ。」


わぁ〜!とルンルン気分で自分の部屋に台を入れる。これ、全部食べていいんだ………。涎が部屋に落ちそうになる。


「…………………」


カラルはそんな私を微笑ましいように、優しく眺めていた。そして、わたしに言った。


「それじゃあ、俺は部屋に戻るよ。何かあったら、呼んでくれ。」


「うん。分かったわ!ありがとう。」


「いいえ、どういたしまして。」


そうして、わたしは部屋で残りの夕食とケーキを貪り食った。我を忘れるとはこのことだろうかと自分で思うくらいに、一心不乱に手と口を動かした。大満足でした。










気づけば、わたしは月の光の差すベッドの上で、爆睡していた。


「……………うぅん、エピとパンが飛んでる……。」


むにゃむにゃと寝言を言いながら、ベットに寝返りを打つ。本当に色々あったけど、こうしてふかふかのベッドの上で寝れていることが何よりの幸せだ。


段々と眠りが深くなる。微睡のなかで、気づけばわたしは、あの時最初に見た、真っ白な光景を目にしていた。もしかして…………


「よく頑張りましたね。」


後ろを振り返ると、そこには天使様がいた。


「天使様……………」


天使様は嬉しそうに微笑み、私に告げた。


「力の覚醒は、あなたの強き心が呼び起こした力。これからあなたが道を違えることのない限り、あなたの力として、行使することができます。」


わたしは光の球体を天使様から受け取る。


「あなたがイメージしたものにそれは移り変わり、あなたが変身を望むとき、それは力を貸してくれるでしょう。」


「……………………」


私はイメージする。


(エビフライ……肉………いやいや、違う違う。うーん、何がいいんだろ。)


私はふと首にずっと掛けていた、カラルから貰った蒼色のネックレスのことを思い出した。すると、それはイメージしたネックレスに移り変わる。天使様は少し驚いたように、そのネックレスを見つめた。


「それは………守護獣が封印されていますね。きっと、あなたを救けてくれる。封印は私が解いておきましょう。」


天使様が手を翳すと、ネックレスが光に包まれ、私の前に本当の姿を現した。


蒼い立て髪に、一角を頭に据え、鋭い牙を持ったそれはあまりにも雄々しく、思わずのけ反ってしまうほど…………


「か、かっこいい……!?」


私は目を輝かせて、その動物を四方八方から眺めた。しかも、毛並みはもこもこである。


「これからその守護獣は、あなたの剣となり、盾となる。名称を付けておけば、あなたに懐きやすいと思いますよ。」


「モコ!!」


「……………モコ、ですか?」


「そう!モコがいい!!」


「そ、それでは、モコ。この方があなたの主人です。これからはよく尽くすのですよ。」


「…………………」


モコは何かを訴えるように、私と天使様を交互に見た。一体何を伝えたいのだろうか?


(我が名は、ガリウス。元から名前がある。)


天使様は何かを感じ取ったように、少し額から汗を流して、手で拭ってから言った。


「それでは、モコ。ネックレスに戻りなさい。」


ガーンッ!!と落ち込んだように、モコは項垂れ、光に包まれてから、ネックレスに戻った。


「それでは、変身の際は、そのネックレスに強く念じるとよいでしょう。モコは名前を呼べば、出てくると思いますよ。」


「は、はい。ありがとうございます。」


「それでは、マキアよ。またどこかで。」


天使様がそういうと、辺りは眩い光に包まれる。気づけば窓から朝日の差す元の部屋に戻っていた。


「うぅん………………」


私は、眠い目を擦る。ドアを見ると、1枚の紙が挟んであった。わたしは背伸びをして、ベッドから降りる。そして、ドアに挟まった1枚の紙を手に取った。


「えーっと、なになに。」


『午前九時より朝食をお持ち致します。午前十一時より勲章の授与を行いますので、部屋でお待ちください。執事ベルトがお伺い致します。その後、午後二時より円卓において、世界同盟の円卓会議が行われますので、続けてお迎えに上がります。何卒ご容赦の程よろしくお願い致します。』


「………なんか、大変そうね。』


紙を机に置き、軽く髪を整える。部屋のノックが鳴る。


「失礼します。朝食をお持ち致しました。」


「はーい!ありがとうございます!」


朝食がテーブルに並べられていく。


「それでは、失礼します。」


執事の方は、頭を下げて部屋を後にした。


「うわぁ〜っ!!!」


涎が思わず溢れ出る程の、豪華な朝食。焼きたてのパンに透き渡った香りの海鮮スープ、むね肉の玉ねぎソース仕立てに、コーンサラダとポテト、フルーツのこれでもかという盛り合わせ!!私は食べながら感動していた。


(し、幸せ…………)


「ぷはーっ…………ごちそうさまでした!!」


至福の時間をたっぷりと味わって、再びベッドにダイブしよう………と思ったが、気になる本が棚に置かれていたので、見ることにした。


『オーンテイルの眼差し』


優雅な読書の時間である。豪華な椅子に腰掛け、ページを捲る。10ページほど読んで、パタンッと本を閉じた。


「うん、もういいかな!」


わたしはベッドの上にダイブした。ふかふかの朝日で温められたそれはあまりに心地よくふたたび微睡にわたしを誘うには充分だった。








ノックの音に、目が覚める。


「勲章授与の時間でございます。」


わたしは眠い目を擦って、立ち上がる。執事ベルトはボサボサになった私の様子を見ると、パチンッと指を鳴らす。すると、何人かの給仕の方が来て、私の身なりを勢いよく整えていく。


「わぁ〜っ!!」


私は、お姫様みたいに着飾って、鏡の前で一回転して見せた。給仕の方は満足そうに微笑みを浮かべている。


「それでは、参りましょう。」











コツコツと足音が響く。


廊下は静かで、私は緊張の面持ちでゴクリと唾を飲み込んでいた。大きな扉の前に来ると、執事ベルトは私に頭を下げ、その扉を開いた。


ワァッ!と歓声が響く、大きな拍手がたくさん巻き起こる。指笛が鳴り響き、白い鳩が空に舞った。


『これより勲章の授与を行います。』


わたしは辺りを見渡しながら、ゆっくりと前に進む。途中でカラルが嬉しそうにこちらを見ているのが、見えてわたしも嬉しくなって手を振った。


壇上に上がる。


『貴公は、我が国モルトにおいて、世界的脅威、魔女の侵攻を撃ち崩し、世界に名誉ある貢献をなされた。その功績は最も讃えられるべきものであり、今ここに、大いなる勲章を授ける。』


私は、いただいたバッジを胸につけ礼をした。会場には割れんばかりの拍手が起こり、私は緊張でガチガチになりながら、会場を後にした。


「見事でございました。」


執事ベルトは嬉しそうに、私に言った。


「あ、ありがとうございます。」


私はベルトに連れられて、部屋に戻る。しかし、その最中、廊下で綺麗な人物を見かけた。緑の透き通った瞳に、綺麗な金色の長髪、懐には剣を差して、銀色の甲冑に、ロングブーツのいかにも騎士と言った格好をした女の人だった。彼女は私を見ると、鼻で笑うようにしてから、スッと目をそむける。わたしはその態度に少しムッとする。




ベルトはそんな様子を見て、彼女について教えてくれた。


「彼女はロイド王の近衛騎士でございます。気難しい性格が有名で、あまり相手をしないのがよいでしょう。」


「そ、そうなんですね。」


そう言えば、この後は円卓に集まって何かあるって書いてあったな。色んな国の人たちが集まってきてるんだ。緊張するなぁ。


私はふぅーっと息を落ち着かせる。


「昼食はどうされますかな?」


「食べます!!!」


私は食い付くように言った。









ガツガツモグモグ…………


執事の方が持ってきてくれた、豪華な食事を一粒残らずたいらげる。


「ぷはぁー………美味しかったぁ。」


私は満足して、ベッドの上にごろんと寝転がる。天井をボーッと眺めていると、カラルの声が扉の向こうから聞こえた。ベルトさんの声も聞こえる。するとコンコンと扉の音が響いた。


「はーい。」


「やぁ、授賞式お疲れ様。大変だったね。」


「いや、気分がよかった!何だか誇らしいわ!」


えっへん!と私は胸を張る。カラルは微笑ましそうにそれを見て笑う。なんだか、言いたげなカラルを見て、私は尋ねた。


「どうしたの?」


「それが、困ったことがあってね………。」


彼は言う。


何でも、私とワーラットというあまりにも強大な戦力の両方を、モルト王国が保持することが、他国に危険視されており、円卓での会議前に関わらず、すでに広間で言い争いが起こっているのだという。


「君はしばらく出てこないほうがいい。巻き込まれると面倒だからね。」


「……………行くわ。」


「えっ?」


「私が行って、話をつけてくる。」


すると、カラルは慌てたように部屋を出ようとする私を止める。


「ちょ、ちょっと待って!!ダメだ!!」


「なんで?私のことで揉めてるんでしょ?私が行って、話をつけるのが早いわ。」


すると、扉の前にいたベルトさんがコホンッと咳をして、私に言った。


「私が同行いたします。」


「べ、ベルトさん!!」


「カラル。世界は結束せし時を迎えている。もはや国同士で言い争っている暇などないのだ。」


私は、少し馴染みのありそうな2人の話ぶりに、驚く。


「お2人はご交友があったんですか?」


すると、ベルトさんはこめかみを人差し指で掻き、こう話した。


「こいつは………城に幼い頃から忍び込んでいたやんちゃっ子の1人でな。大変手を焼いたものだ。」


すると、カラルさんは恥ずかしそうにする。


「あはは………まぁ、昔は色々とね。」


カラルさんは私に言う。


「この人はこの国で1番の腕利きだから、何かあった時は頼るといい。普段はリベルト王子の護衛をしている人だ。この国がしばらく安泰だったのも、この人がいたからというところが大きい。」


すると、ベルトさんはコホンとひとつ咳をして、私に言った。


「それでは、参りましょう。」











広場で大声が響く。


「私がいつも言っているのは、貴様の国がいつも利を得すぎているという話だ。リベルト王子!」


「そうは言われましても、実際に対処致しましたのは我が国です。被害規模から鑑みても、国力の大幅な減衰により、もはや次の侵攻に耐えうるだけの力が、まこ殿とワーラット老を抜いて、わが国にはありません。」


「嘘をつけい。貴様のところにはまだ、ベルトがおるだろう。ワーラット老だけでもよこせ。」


「なりません。ロイド王。少し言葉が過ぎますね。」


「何を、この若造がぁ〜。」



いまにも掴みかからんとする、ロイド王に先程私を鼻で笑うように嗜めた女騎士が間に入る。


「王よ。ここで手を出せば、我が国は信用を失います。正式に円卓の会議の場で結論を出しましょう。」


「むぅ、仕方あるまい。リベルト王よ。考えておけ。貴様が思っているほど、甘くはないぞ。」


「…………………」


リベルトをよく見ると、手が震えている。ロイド王は離れていったが、未だ他の王たちが何か言いたげに、不満そうにリベルトを見ている。


ベルトと私は、リベルトの側まで来た。すると、ベルトはリベルトに耳打ちするように言った。


「坊ちゃま、上出来でございます。」


すると、リベルトは顔がパァーッと明るくなったが、周囲の反応を見てコホンッと咳をして、広場にいた王たちに言った。


「他に何か言いたい者はあるか?」


すると、王たちからはまるで怒号が飛び交うように、文句の嵐が吹き荒れた。私は横目で、リベルトが涙目になっているのを見て、はぁ……と溜息をついて、王たちに言った。


「文句があるなら、私に言いなさい。今回の魔女の侵攻を防いだのは私。少なくとも、私がどこにいるかの決定権は、私にあります。」


すると、王たちは鎮まり、その中の1人がわたしに声を掛けた。


「君が操られたワーラット老を倒したという英雄だということは、授与式で知っておるが、それは本当かね?いまいち信じられんな。」


それに続き、他の王たちも疑問を口にした。


「私も甚だ疑問である。何故このような少女が、あの、ワーラット老を打ち倒したというのか?」


私は王たちが次々と口にする、文句にムッとする。しかし、ここで怒って言い返してしまえば、それこそ話し合いは収集がつかなくなる。私は冷静に言葉を紡いだ。


「あなた方のお気持ちもよく分かります。しかし、ワーラット老が証言を為さる上に、実際に魔女側の侵攻があり、国に被害が出た上でそれを食い止めたという事実は変わりません。円卓の場で、また話し合いましょう。今はこの場でお納め下さい、王たちよ。」


「むぅ、しかしだなぁ。」


「もし、あなた方の国に被害が及んだときには、国ではなく私自身の意思であなた方を助けに行きます。それは、国同士ではなく、人と人の、お互いの助けたいという想い。私は、私の意思で動く。それは変わりません。」


「……………………」


王たちは顔を見合わせる。そして、1人の王が言った。


「分かった。この場は納めよう。悪かったな、英雄よ。」


「いいえ、感謝致します。」


王たちは広場から離れ、自らの部屋へと戻っていく。


「ふむ、見事で御座いましたな。」


ベルトは笑みを浮かべ、拍手をしてくれた。


「………ありがとう。」


リベルトは少し複雑な表情で、わたしに言った。


「いいえ、どう致しまして。」


私は手をパンパンッと叩き、腰に手を当てて、胸を張った。我ながら、怒りもせずに冷静に言い返せたのはとても誇らしい。この世界に来て、いろんなことを目にして、私も少しずつ変わってきているのかもしれない。

































竜の谷で、騎士は小さな墓石に花を添える。

幾ばくかの時間を経て、騎士は決心した。


しかし、部下である兵はそれを慮り、止めようとした。


「独断で動くのはまずいかと思われます!!」


騎士は、言う。


「構わん。俺は元々魔女の下についてはおらん。」


騎士は長槍を持ち上げる。

谷を見下ろすと、そこには数千、数万の兵がただ1人の男を待っていた。その、彼は言う。


「我が野望のため、ここで果てることになろうとも、今ここに先陣を切る。」


長く大きな槍を掲げ、宣言した。


「ついてくるものは、己が心に従え。人に従こうとも、魔女に従こうとも構わん。己が人生!己が望むもの。それを叶えんために、剣を取れ!!!野望は今ここに果たされん!!!行くぞ!!!!!!!!!」


ウオォォォォーーーー!!!!と兵士たちの咆哮が、谷から空にまで轟音のように鳴り響く。


黒騎士ベルギルスが城に迫る。

















モルト王国、城内。ある部屋の一室。


椅子に足を上げて、のんびり寛ぎながら、スプーンを口で咥える女性が一人。


「面倒くさいこと敵わんわー。」


彼女は、とにかく面倒くさがり屋であった。やる気など何処へやら。王であるにも関わらず、国の細事には一切興味を持たなかった。


「お嬢、もう少しやる気出してください。」


彼女の付き人は、ハァとため息をつく。


すると、彼女は怒ったように椅子に足を上げて言った。


「お嬢って言わないで!私は、もう女王様よ!」


すると、その付き人は肩を諌めたように言った。


「私にとってはいつまで経ってもお嬢です。」


「黙らっしゃい!ベルヒム!あんたは昔っから、私に対する尊敬や、尊重の念ってもんが………」


「あっ、お嬢。外見てください。噂のあの人、出てますよ。」


「話を聞きなさーい!……ってあれ?本当ね。」


すると彼女はおもちゃを見つけたように、目を光らせ脱兎のごとく駆けた。


「こうしちゃいられないわ!」


「お嬢、こけないでくださいよー。」


ドンガラガッシャーンッ!!!

ワァーッ!!


「……………はぁ。お嬢ー、大丈夫ですかー?」


付き人は、足を引っ張り、彼女を部屋へ引き入れる。彼女の名は、チルノ・バード。バード王国の新たな王である。














「なんか大きな音が聞こえたわね。」


外に出た私たちは、円卓会議までのわずかな時間、息抜きに散歩をしていた。お城の庭には、色鮮やかな花が咲き乱れ、まるでお姫様にでもなっているような気分だった。


「花ならもしよければ、好きなものを摘もう。どれが良いかな?」


リベルトは、私にこれなんてどう?と優しい笑顔で提案してくれる。しかし、私はあははっ、と笑顔ではっきりと断る。すると、リベルトはわかりやすく落ち込んで項垂れた。


「それにしても、何だか様子がおかしいな。」


カラルは顎に手を添えて、そう言った。


「どうしたの?」


「昔よく小鳥たちを見かけたはずなんだが………。リベルト王子、今はもう見ないのでしょうか?」


すると、リベルトは確かにと、辺りを見渡す。


「おかしいな。いつもならたくさんいるよ。………あんなことがあったから、何処かに行ってしまったのかもしれないね。」


「そうですか………いや、申し訳ありません。配慮の至らぬ質問でした。どうかお許し下さい。」


カラルは、リベルトに頭を下げる。私はそれを見て、肩を諌める。


「大丈夫。また、きっと戻ってくるわよ。」


「あぁ、しばらくすればまた戻ってくるだろう。カラルよ。そう改まらなくとも、まこ殿の友人であるならば、タメ口で構わん。」


「いえ!そう言うわけには………」


すると、リベルトはカラルに手を差し伸べて、優しく微笑んだ。


「これは命令だ。私とどうか友人になってくれはくれないか?」


カラルは、少し躊躇った後、リベルトの目を見て、それから手を取り、握手をした。


「………分かりました。しかし、普段からそう言うわけにはいきませんから、こうして静かに語らえる時だけにしましょう。それでは、えーっと………よ、よろしく頼み………よろしく、頼む。」


「あぁ、よろしく。」


リベルトはとても嬉しそうにして、カラルと握手を交わした。私もそんな様子を見て、嬉しくなった。


しばらく、3人で庭をまわりながら、話をして、ゆったりとした時間を過ごす。ふと、カラルは城の中央時計を見た。


「そろそろだ。戻らないと。」


「本当だ。俺もベルトに小言を言われる前に、早くしないと。」


「そうね。」














廊下の各所から足音が響く。





コツ、コツ



「ロイド王、念の為、短剣をお持ち下さい。」


「あ、あぁ。分かった。」







コツ、コツ



「坊ちゃま。準備はよろしいですかな?」


「もう!こんな時くらいその呼び方はやめてくれ。爺や。…………正直、すごく緊張してる。」


「ほほっ、正直でよろしい。精一杯、わたくしがサポート致しましょう。」


「心強いよ。いつもありがとう。」








ダダダッ



「ほほほっ!英雄も、ワーラット老も、この世界も、すべて私のものよ!」


「なんか、悪役みたいなんでやめてください、お嬢。走らないで。」







コツ、コツ


「カラル、私なんて言えばいいかな?」


「君の思うままに話せばいい。何とかなるさ。些細なことは、ベルトに任せればいい。思い切って、行っておいで。」


「…………うん!!」




私は、扉を開ける。


そこは、まるで神聖なる教会。空まで昇ろうかという聖母の描かれた美しいステンドグラス。そしてその手前には、いくつもの荘厳な剣と盾が飾られ、円卓には王たちが鎮座していた。



王たちの視線が集まる。わたしは、緊張で胸が張り裂けそうになったが、ゴクリッと唾を飲み込んで、前へと進んだ。



「ここ、座って。」


リベルトが椅子を引いて、案内してくれた。隣の席はリベルトだ。後ろにはベルトがいる。私はホッとして、息をつき、席につく。



間も無く、リベルトは宣言した。


「それでは、始める。円卓会議を。」




すると、空気が変わる。王たちの鋭い眼差しに私はまるで強大な何かに睨まれたかのように、身体がピシリと動かなくなった。


一人の王が、言葉を発する。


「時に、リベルト王よ。主の国は、魔女に匹敵する戦力を保持しているが、如何かね?」


リベルトは、汗の流れる手を机の下でぎゅっと握りしめながら、平静を装い、和やかな笑顔で返した。


「我々は、ともに魔女に立ち向かうべき同士であります。決して、我が国が戦力を独占しているという認識はなく、臨機応変に各国の状況を垣間見て、我々に協力してくれるという、ワーラット老、そして英雄に話を伺い、総合的な判断の元、互いの国が救援に向かうまでに、魔女の侵攻に耐えうるだけの、各国の、戦力の平均化が必要となります。」



すると、ロイド王がリベルトに言う。



「その戦力が、貴様の国に偏りすぎているという話ではないのかな?」



それに対して、リベルトはこう返す。



「現在、我々の国の戦力はかつて類を見ないほど、衰退しており、もはや次の侵攻に耐えうるだけの戦力が、英雄とワーラット老を抜いて、ありません。この2人が我が国からいなくなれば、魔女は好機と見て、瞬く間に再び我が国へ侵攻を始めるでしょう。」


「それは、分からんが、少なくともどちらかがいれば、充分たり得るだろう。」


「どちらかをよこせ!我が国も、もはや限界だ!」


「ベルトよ。貴様の見解はどうだ?」


すると、問われたベルトさんは答える。


「私めは一介の執事ゆえ、発言の機会を頂けることなど滅相もございませんが、もし言わせていただけるのであれば、モルト王の遺言にて御座います。」


すると、リベルトは驚いたように振り向く。他の王たちもガタッと、衝撃を受けたように立ち上がり、目を見開いた。


「モルト王の言葉が………あるのか?」


「えぇ、ございます。世界の平和を最後まで願われた、敬虔なる我が王は、死の間際、リベルト様を守り抜くよう私目に命じられ、そして、ある一枚の紙を私に手渡されました。」



「1枚の紙……とは?」



「長年研究に取り組んでおられた、『転移装置』の仕様についてでございます。」






その言葉に、王たちはザワザワと騒ぎ出す。


「なんだそれは?」


「聞いたことがない………転移装置だと?」



すると、コホンとベルトは咳き込み、説明をはじめる。



「転移装置は、ある特殊な魔力によって効力を発揮するもの。それは、位置変換装置の応用でございます。長年、砂漠地帯の水源不足を解消する為に、生み出された、固形でないものに限って、転送を可能にする、『位置変換装置』。それは転送する対象に対して、あまりにも大きな負荷がかかる事から、物質、または生物に対してそれを行うことができませんでした。しかし、我がモルト王が尽力された、長年の研究によって、生物にも応用が可能になったのです。」


「なんとっ!?」


「それは本当か!?」


すると、ベルトは目を閉じて、少し俯く。


「しかし、それは先ほども言った通り、ある特殊な魔力が必要となります。それはなんだと思われますかな?」


「勿体ぶるな!さっさと教えろ!!」


「これで危うい時は逃げることが可能になる!!私は生き延びることができるぞ!!!」


ベルトはふぅ……と溜息をついて、目を開けて王たちを見つめて、答えた。


「愛でございます。」


一瞬、静寂に包まれる。


王たちは予想だにしなかった答えに、呆然とした。


「あ、愛………だと?」


ベルトは王たちの目を見据えて、続ける。


「そう。人が人を救いたいという想い、そして自らを犠牲にしてなお、救いたい誰かがいる。そんな時、奇跡が起こるのです。」


王たちは激怒したように言った。


「そ!そんな非現実地味た馬鹿な話があるか!!出鱈目だ!!!」


「それではその魔力を抽出して、溜めておけば良いではないか!?」


ベルトはそんな様子の王たちをしばらく寂しいように眺め、そして、私の方を見て、穏やかな、優しい声で言った。


「予言の子。きっと王が待ち望んだのは、この子だったのですね。………そして、この時のために王は身を捧げて、未来へと賭けた。そして、その想いは今ここに、結実する。」


ベルトは、一枚の小さな紙を取り出す。


「おい、待て。ベルト、やめろ。」


そして、シュポッとライターで紙を炙った。すると、紙から巨大な魔法陣が私の前に展開される。


『マテラ』


ベルトさんはその魔法陣に手を掲げ、唱える。

すると、魔法陣は私を包み込み暖かな光が、すっと胸の内側に入ってくるのを感じた。


それを見た、王たちは激昂する。


「貴様!!!正気か!!?」


「………ベルトよ、次第によってはただでは済まんぞ。」


すると、ベルトさんは安らかに笑い、応えた。


「契約完了にございます。今ご覧になった通り、王の研究成果のすべてはこのまこ殿に、受け継がれました。転移が可能となるのは、この子だけ。さぁ、引き続き、始めましょう。この、円卓会議を。」















不思議な暖かさが胸を包んでいる。………泣いている声が聞こえる。暗闇の中、わずかな灯火のなかで、大切に何かを抱え、膝をつき、肩を震わせて、泣いている女性。


『お願い、助けてあげて。』


子どもの声が頭の奥に響いてくる。


『本当は、みんなを幸せにしたかったの。』


子どもは、その女性の頭を優しく撫でていた。


『でも、たくさん嘘を吐かれて、進む道を間違えてしまったんだ。』


子どもは言う。


『お願い、どうか引き戻してあげて。本当は、誰も傷つけたくない、優しいお母さんなの。』


私は、暗闇の中進む、彼女に手を伸ばす。そして、その手を掴もうとした時…………








「っ、………こ…………まこ!」


私は、ハッと気づき、声のした方向を向く。


「大丈夫か?体調が優れないなら、今すぐ医務室に連れて行くよ。」ボソッ


「ご、ごめん。大丈夫。」


リベルトが私を気遣ってくれた。私は、大きな声のする、目の前を見る。


「ベルト!!貴様、よもやワーラット老まで独占する気ではあるまいな!!!」


「正気ではないぞ!!!」


「そう言われましても、ワーラット老ご本人の意思がございます。私目がどうとできるものでもございません。」


円卓の手前奥に座したワーラット老は話を始める。


「私はモルト王国に対して、忠誠を誓っております故、他国に赴く事は出来ませんが、ある提案を致しましょう。」


そう言うと、ワーラット老は杖を振り始める。


すると、景色は著しく変わり、いつの間にか、そこには眩しい日が辺りを照らし、山々に囲まれた広大な平原が現れた。馬や鹿、うさぎなど動物が活き活きと囲んでいる。


「な、なんだこれは!?」


「ど、動物まで………!?」


ワーラット老は馬を撫でながら、優しく微笑む。


「ここは森を追われた動物たちの棲まう平原。私のお気に入りの空間でございます。」


ワーラット老は続けて、皆に向かい言った。


「このような逃げ込める空間を、一国につき一つ、提供致しましょう。」


すると、王たちはおぉ!と感嘆の声を上げ、バード王が目をキラキラさせて、語り出した。


「わたしは!星の見える!綺麗な湖がいいわ!」


「お嬢、そんなこと言ったら、モルト王国の主張をすんなり認めてしまうことになりますよ。」


「えっ?どうして?」


「………………………」


ベルヒムはいつものお嬢らしくて、いいなと思った。もはや清々しくなり、バード王国の未来を憂いた。


「それで我らに満足せよとでも?」


ワーラット老は髭を触り、王たちに話した。


「異空間を提供するとなると、モルト王国を除き、すべてで7つ。7つもの巨大な空間を作るとなると、私のほとんどの力を消耗してしまいます。恐らく、残るのは、一般魔術師に毛の生えた程度の魔力でしょうな。」


王たちはそれを聞き、少し考え込んだ。ロイド王は近衛の騎士に耳打ちする。


「これは本当か?」


「えぇ、恐らく。魔力に揺らぎがありません。」


嘘をつくと分かりやすい。魔力に揺らぎが出るのだ。そして、それは偽りようのない証である。


そして、ロイド王は一方的にモルト王国に主導を握られた、この円卓会議において、危惧していた。万が一魔女を退けた場合、強大な力を持って、世界を支配せんとする可能性。最悪の場合、その力を持って魔女と共謀し、世界を滅ぼそうとする可能性さえ。………そして、





「この異空間、まさか、こと様によって消滅させられる………などと言う事はあるまいな?」


その言葉に王たちはザワつく。


「心配ございません。精霊との契約により、得た魔力によって創られたこの世界は、私の魔力の根幹に根差しています。その根幹とは、精霊の泉。私が触媒として引き出せる魔力はその内のほんの僅かでございますが、空間に手を加えるとなると精霊様が大層、お怒りになられますな。それこそ、手を加えようとしたものに対して、神罰が下るでしょう。」


ワーラット老は空を見上げ、髭を触り、横目でチラリと一瞬私の方を見た。


「まぁ、それができるとすれば神に近い力を持った、何か。もしくは、精霊や神の使いか。」


ギクリッ、と私は目を逸らした。


「何にせよ、この空間そのものが私自身の力を大きく超越しております。それに、精霊の力であるが故、私が死んだ後も、この空間は永久的なものとして、後世へと残り続けます。」


王たちはその言葉に安堵のため息を溢した。


「ですが、長時間この世界に滞在できるのは、契約者のみ。その世界に入ることができる、人数も限られております。」


王たちは聞いた。


「一体それはどれ程なのかね?」


ワーラット老は答えた。


「契約者は2人。世界に入ることのできる、人の数は、50人まで。それが限度でございます。」


王たちは再びザワついた。確かに、国の人たちがほとんど入れないとなると、本当に限られた一部の人たちだけになるのだろう。しかし、そうなると国内でも争いが起きかねない。


「故に、これはこの場におられる御仁のみの秘密とさせていただきたい。」


王たちはゴクリと息を呑み、そしてゆっくりと頷いた。そう、この空間がある限り、ワーラット老の話によると、もはや魔女の力すら届き得ない、この世で最も安全な場所の可能性があるのだ。


ワーラット老が杖を地面に叩くと、元の世界へと戻った。王たちは先程とは違い、安堵の笑みを浮かべている。


「何とか一先ずは、納得してくれたみたいだ。」


リベルトは力の入っていた肩をスッと落として、大きく息を吐いた。ベルトは、何故か目を細め遠くを覗っている。




バンッと、突然扉が勢いよく開かれる。




「た、大変です!!!!!」


尋常ではない様子の兵士の焦りように、王たちは立ち上がる。近衛の者たちも、一様に警戒する。



「竜騎士の軍が、こちらに侵攻しています!!!第一防衛線、突破されました!!!!」



王たちは、驚愕する。ロイド王の近衛騎士は大きな声を上げ、呼び掛ける。



「戦える者は集まれ!!!これより軍事同盟を結成する。王たちを何としてでも守るのだ!!!!」



ベルトは、兵士たちに声をかけ可能な限り、民衆への避難と、戦力を集めることを指示した。



「まこ!こっちへ!」


リベルトは私に避難する様に言う。


「リベルト、私…………」


彼は、ハッとして立ち止まる、


「そうか、君も戦うんだね。」


すると、リベルトは円卓の間にある、剣をひとつ取り、私に言った。


「俺も戦う。」


ベルトはそれを聞き、慌てて、リベルトから剣を取ろうとする。


「なりません、坊ちゃま。今回の相手は、訳が違います。」


「それは父が死んだ時もそうだった。」


ベルトはハッとして顔をあげる。


「俺はもう、大切な誰かが死ぬのを見たくない。誰かが俺を守るために死ぬのなら、俺もその誰かを守るために戦って死にたい。」


「………それは、坊ちゃま。王の志として100点に御座います。」


すると、ベルトはリベルトの首をトンと手刀で叩き、気絶させた。ベルトは優しくその体を受け止める。そして、私の方を見て言った。


「まこ殿、坊ちゃまをお願いします。」


「わ、わたしも戦わなきゃ…………」


ベルトは、優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫でございます。ここにいるのは各国の精鋭ばかり………それに。」


ベルトはリベルトの握っていた剣を取り上げ、強く握りしめ、その手は震える。


「我が王を死なせた自分にムカっ腹が立って仕方がないのであります。」


これまで見たことがないような、ベルトの怒りの表情。大気が震えるような、そんな迫力に、しかし、私は不思議な安心感を覚えた。


「坊ちゃまを頼みますぞ。」


「はい!」


私は、リベルトを抱えて、兵士に案内されるまま裏口へと駆ける。ベルトさんが、この国にいるみんなが、力を合わせれば、きっと勝てる。そんな気がするんだ。
























竜の騎兵、上空を駆けるその尖兵が間もなく城内へと降りようとしていた。その数おおよそ、500。選りすぐりの強者達は、自分たちだけで都市を制圧するつもりでいた。


しかし、城前に鎮座するはたった1人。



「何者だ?」



竜の騎兵、その先頭、隊長ヤバルは垣間見る。その1人の背中に宿る、鬼神の姿を。











先刻…………


「無茶です!!!」


兵士たちは慌てふためいていた。長らく戦線を離れていた、ベルト元騎士団隊長がたった1人で城門を出ると言うからだ。


「本当にあなた1人でいいの?」


ロイド王国近衛騎士、ミレイユは正気の沙汰ではないと思った。何故なら、竜の騎兵といえば、魔女の軍団に唯一対抗できると言われた超精鋭。その軍団が寝返った後、しかし自らの王国を滅ぼしたその後は、大きな動きを見せていなかった。それがここきて、仕掛けてくると言う事は間違いなく、王たちがここに集まっていることを聞きつけて、決着をつけにきた総力戦という訳だ。そして、その尖兵ともなれば、一人ひとりが各国の主たる戦力として数えられてもおかしくない、超人の集団である。………冷静に考えて、勝てる訳がない。それなのに、熟練の剣士である彼は、向かうのだと言った。死ぬつもりか?いや、彼の顔からは一ミリも気負いなどない。やるつもりだ。たった1人で。



「ミレイユよ。あの男の戦う様を見たことがあるか?」


ロイド王が私に言った。


「いえ。」


私は答える。聞き及びはしたが、それはあまりにも強いという噂だけで、その実力がいかほどかなどは知らなかった。


「私は………恐ろしい光景を、目にしたのだ。」







古き時代、あの者がまだ猛武者であった時、モルト王国に攻め入った一国の兵団。およそ5000人。




「あぁ………来るな………来るなぁ!!!」



ブシャッと鮮血が飛び散る。私はまだ小さなぬいぐるみを抱えながら、震えているしかなかった。


誰1人門を潜れなかったのだ。


5000人の兵が、門前でたった一人の男に殺された。魔術も使わん、その男はたった一振りの剣を携えて、鬼となった。モルト王国騎士団団長ベルト………またの名を、鬼神のベルト。




「不運だよ。やつと相対する奴は。自分が斬られたことにすら、気づかないのだから。」















「たった1人とは舐められたものだな。」


「…………………」


500の竜騎兵たちは降り立った。目の前には老兵1人。何ということもない、拍子抜けであった。


「ねぇ、私たちあんたらを滅ぼしにきたんだけど。あんまり手応えないと、つまんないんだよねぇ。」


女の騎士は髪をクルクル指で回しながら、気怠げにそう言った。


「隊長、あたしがやるよ。相手しとくから、先進んでよ。」


「……………………」


ヤバルは、声を発さなかった。


「ねぇ、隊長ってば…………」


ゴトッ………と、何かの落ちる音が聞こえる。女騎士は視線を下にやった。


「……………はっ?」


グリンッと女騎士の首が捻じ曲がる。彼女が最後に見た光景は、隊長の首の無い胴体、そして、数瞬の内に鮮血を散らした半数の兵士たちの亡骸だった。










ベルトは、剣についた血を払い飛ばす。後方にいた兵士たちは何が起こったのかも分からないまま、ただ立ち尽くしていた。


「な、何で…………」


ベルトはギラリと睨みつけて言った。


「これ以上無駄に命を散らしたくなければ、今すぐ侵攻をやめろ。これは警告である。」


すると、兵士たちは竜に慌てて乗り込み、空へと駆ける。ベルトが一時の退却に、ほっと息をつき安心したその時だった。


空が赤に染まる。

遥か上空から降り注いだ1つの黒い流星は、その鎧を味方の血で赤く染め、城前に降り立った。


ベルトは久方の邂逅に目を細めた。


「久しぶりだな。ベルギルス。」


「話す事はない。死ね。ベルトよ。」
















城内、慌ただしい喧騒の中、兵士たちは侵攻に備えて、配備を進めていた。しかし、1人の兵士が立ち止まる。


「おい、何だあれは………?」


兵士の1人が空を指差す。


「あぁ………あぁ…………!??」


空を埋め尽くす、黒い大群。

その数、2万と4000。



王都は火に包まれようとしていた。















《月の質量(ムーン・バースト)






竜の騎兵たちは月を見る。

空に現れた巨大なそれに、反応もできず、自由落下を始めた。騎兵たちが次々と地に堕ちる。


「うわあぁぁぁぁーーー!!!!!???」



落下した衝撃でよもや無事であろうはずがないのだが、否、騎兵たちは王都とは違い、果てしない水辺の空間に落下していた。死を覚悟した面持ちが、自然と晴れていく。


「ここは私の空間。」


兵士たちは、神を見た。


水面の月の前に映る姿、その様は、恐ろしくも、美しい、天罰を与えん神の姿と重なった。兵士たちは逃げようにも、一歩も動けない。今にも体が潰れてしまいそうなほどの圧迫感が、体から空気を奪い去り、呼吸すらままならなくなる。


「か、かはっ!?」


「雨粒ほどの重さにも、耐えられんその身では到底敵うはずもなし。退け、弱き者たちよ。」


兵士たちは、気づけば王都の外へと放り出されていた。ワーラット老がいるなど、聞いていない。それに、まさか敵対しているなどとは思いもしなかった。勝てるわけがない。勝ち目のない勝負に身を投じるほど、愚かではない。まだかろうじて上空に残った仲間を尻目に、奇跡的に生き残ったことを、実感して、彼らは一目散に逃げ出した。












「な、なんだ………!!?」


当然の仲間の大量消失に、残りの兵士たちは大きく動揺する。しかし、先頭の軍隊長は檄を飛ばす。敵陣の真っ只中、もはや退く選択肢はない。


「怯むなぁ!!行けぇー!!!」


その様子を見て、ワーラット老は髭を触り、目を細めその様子を眺めた。


「ふむ。今の魔力ではここまでか。いくら私の空間とはいえ、2万が限界でしたな。あとは頼みましたよ。強き方々。」




















「……………まこ?」


城の中枢、柱に寝かせたリベルト王子は、目を覚ます。城が揺れ、戦闘が行われていることが分かった。目の前には、英雄。自らを庇うために、ベルトが、国のみんなが犠牲になってくれている。


リベルトはよろけながら、立ち上がる。


「リベルト!」


支えようとするまこを手で制する。そして、ゆっくりと体をまこに向け、片膝をつき、頭を下げた。


「どうか………どうか、国を救って欲しい。わたしは、自分の身は、自分で守る。だからどうか、ベルトを、みんなを助けに行ってくれ。」


まこは、リベルトの強い眼差しを受け止め、頷く。すると、扉が開いた。


「まこ!リベルト!大丈夫か!?」


カラルが額に汗を浮かべ、血相を変えて、飛び込んでくる。


「カラル!あなたこそ!」


カラルは状況を見て、察する。


「リベルトは俺が見ておく。まこは行ってくれ。」


「分かった!」


リベルトは、拳を握りしめ、眉間を顰め、悔しそうに俯いた。


「すまない。カラル。」


「いいんだ。力不足かもしれんが、君を守る壁くらいにはきっとなれる。」


「何を言っている。友が近くにいるんだ。最高に心強いさ。」


リベルトは、上を向き、カラルに笑みを向ける。


「リベルト………あぁ。」


2人は手をグッと合わせる。わたしはそれを見て、安心して、扉の向こうへとむかう。扉を出て行くと、瓦礫が重なり、兵士が下敷きになっていた。わたしは、それを見て助けに行こうとする。


「うぅ………英雄様。」


「もう大丈夫よ。今助けるから。」


「いいのです。早く、行ってください。」


兵士は手を地面につき、這い上がろうとする。


「国には、友がいます。妻がいます。子どもが………います。だからどうか、一刻も早く、行って、ください。」





「ここはあたしに任せてくださいまし!!」


見上げると階段の上には、円卓の間で見かけたバード王国の王女がいた。彼女はいち早く駆け寄ると、瓦礫をその細い腕で精一杯持ち上げようとする。


「お嬢、本当に無茶しないでくださいよ。」


すると、執事と思われる男がグッと、彼女に重みのかかっていた瓦礫を自らの身体でグッと支える。しかしそれでも、瓦礫は持ち上がり切らなかった。


「本当に、何故私がこんなことを。」


さらに瓦礫に身体を入れ、持ち上げる人物がいた。ロイド王。彼である。


「行け!英雄よ!お前の力が必要だ!!ミレイユを必ず助けてやってくれ!!!」


「…………はい!!」


私は強く頷き、駆ける。


兵士が指を差し、案内してくれる。城の入り口を出る。すると、そこにはミレイユや多くの兵士たちが傷つき、ボロボロになりながら、竜の騎士たちと剣を交えていた。


ミレイユは私に気付き、声を掛ける。


「私たちはいい!行け!!ベルト殿が、黒騎士のベルギルスと戦っている!!助太刀に行ってくれ!!」


「でも…………」


「でもも、クソもあるか!!!救えるのは、お前しかいないんだ!!!いけぇ!!!!」


ミレイユは剣を押し返し、雄叫びをあげて、竜とその騎士たちに立ち向かっていく。


私は、歯を食いしばって駆けた。城の中で笑っていたみんなが、血を流して倒れている。溢れそうになる涙を拭って、私は城門まで辿り着いた。


門を開ける。


「ベルトさん!!!今助け…………」













目の前にはベルトさんの姿があった。

後ろを向いていてよくは見えないが、とにかく無事でよかった。


「ベルトさん!!」


ベルトさんは、顔だけこちらに振り向いて、震える声で言った。


「まこ、殿。すみま……せぬ。」


「えっ…………?」


その身体はゆっくりと倒れる。倒れた彼の身体からは、夥しい出血が流れ、地面を赤黒く染めた。


「つまらん。」


ベルトさんが倒れたその先には、黒い鎧の騎士がいた。鎧の間から覗く眼光は、空間そのものを射抜くように鋭く、私の体を震えさせた。


黒騎士はベルトさんの前まで歩み、剣を掲げる。


「終わりだ。」














ガキィン、と火花を散らした激しい音が響く。


「な、なに!?」


黒騎士の剣を持つ腕は弾かれ、その懐はガラ空きになる。


間一髪間に合った。ペンダントを握り、想いを込め、変身する。そして、ベルトさんに向かって、振り下ろされる、剣を腕で弾いた。


「この国から!出てけぇーーー!!!!!」


黒騎士の鳩尾に渾身の一撃を叩き込む。

黒騎士は吹っ飛び、レンガの壁に叩きつけられる。


私は、すぐさま下にいるベルトさんを見て、声をかける。


「ベルトさん!!」


「ぐ、ぐふっ………まこ、殿………。」


酷い出血量だ。

私は、ペンダントの中にいるモコを呼ぶ。


(お願い。モコ。ベルトさんを安全なところまで連れていって。)


すると、ペンダントは光に包まれ、その光の中から、モコが現れた。モコは、私をみると頷き、ベルトさんを連れて、城の中へと駆けて行く。




ガラガラと音を立てて、黒騎士が立ち上がり、私に問う。


「貴様、何者だ?」


私は、黒騎士をキッと睨みつけて、答える。


「普通の女の子よ!!あんたたちのせいで国がめちゃくちゃじゃない!!ただ幸せに暮らしたいだけの人たちが、そのみんなの幸せを願って一生懸命頑張ってる人たちが、どれだけ辛い思いをしてるか、あんた分かってるの!?」


私は、黒騎士を指差して言う。


「絶対に許さない!!!私が、ぶっ倒す!!!!」


黒騎士は鎧の奥からニヤリと笑みを覗かせる。


「やってみるがいい。」















崖の上、小さな墓に、静かな風が吹く。


『……………………』


その墓の隣で女性は一輪の花を手に携えて、ただ1人、彼の帰りを待っている。あの日から、ずっと変わらない。


ただ一言、生きていた頃と同じように言いたかった。


『お疲れさま。お帰りなさい。』
















黒騎士が駆ける。強力な振り下ろしを私は間一髪、飛んでかわす。地面に大きな亀裂が入り、城の壁を粉砕した。私は、上空から踵落としを黒騎士に突き刺そうとするが、黒騎士はそれを剣の側面で防ぐ。


「むっ!?」


しかし、地面に大きくクレーターが空き、黒騎士は大きく後ろにのけぞる。私は、その隙を見逃さず、拳をその鎧に叩き込む。


「やあぁぁぁーーー!!!!!!」


黒騎士は、再び剣を盾にしたが、拳はその鋼を貫通し、黒騎士の胸部にヒットした。


黒騎士は、足を踏ん張りながら耐えたが、大きく後退し、膝をつく。



「まさか、ここまでとは。」



「あんたが何者か知らないけどね、こんなことする理由くらいちゃんと説明しなさいよ!そしたら、あたしがその性根、叩き直してあげる!!!」



「フフッ、面白い。」


黒騎士は折れた剣を捨て、空を仰ぎ見る。すると、空から神秘的な鳴き声が響き、雷鳴が轟く。空が暗くなり、その雲間から黒色の龍が招来する。


黒龍は黒騎士の背後に降り立ち、その口に携えた大槍を黒騎士に手渡し、主をその背に乗せる。


「俺に勝つことができれば、教えてやろう。」


「勝つわよ。当然。」
















漆黒のドレスに身を包んだ女性が、城の遥か上、崖の頂上から彼らを見下ろす。彼女は天使が遣わした、マキアを見定めていた。果たして、彼女はかの君を救い得るのか、と。


「…………………………」


彼女は静かに待つ。勝負の決する、その瞬間を。















黒龍が前足を大きく上げ、吠える。そのあまりの咆哮に私は耳を塞ぐ。片目を開けて見ると、黒騎士は大きく槍を掲げ、黒龍の着地と共に振り下ろそうとしていた。


(まずいっ!?)


私は、振り下ろされたそれを、あえて前に踏み込んでかわす。そして、大槍の持ち手を掴み、黒騎士を放り投げようとした。


「むっ!?」


黒騎士は竜の鋼でできた手綱を握りしめて、粘る。


「おぉりゃぁーーー!!!!!!!!」


黒龍の足が浮く。そのまま私は黒騎士ごと巨大な黒龍の体躯も持ち上げて、地面に背負い投げる。


ドォーンッ!!という激しい衝撃音とともに、砂塵が吹き荒れ、姿が見えなくなる。


すると、砂塵の中から、翼を広げた黒龍が、空を飛んで現れる。



「……………………………」



黒騎士は無言で私を見る。それから、大槍を空に掲げると、雷鳴の音と共に、言葉を発した。








雷鳴(トール)






空が光に染まる。その光は私の上空に収束し、一本の槍となって降り注いだ。



「死ね。」






私は、思い出すベルトさんの言葉を。




(『人が人を救いたいという想い、そして自らを犠牲にしてなお、救いたい誰かがいる。そんな時、奇跡が起こるのです。』)



リベルトの言葉を。



(『俺はもう、大切な誰かが死ぬのを見たくない。誰かが俺を守るために死ぬのなら、俺もその誰かのために戦って死にたい。』)



ベルトさん、リベルト、そしてみんな。救いたい。明日の幸せを願って、必死に頑張ってるみんなの力に、私も、なりたい。




私は、身体を目一杯外に逸らした。間一髪、その落雷をかわしたように感じたが、左足に痺れを感じる。倒れそうになる体を、左手で留めた。


(しまった、動けない!!!)




瞬間、それを逃さぬように黒龍が飛来する。黒騎士は大槍を掲げた。




「とどめだ。」




私は、歯を食いしばり、目一杯に倒れたままの身体で右足を振り上げた。


「うおぉあぁぁぁぁぁーーー!!!!!!!」


必死に戦うみんなの心が、想いが、私の胸に宿る。

絶対に壊させない。一人ひとりの思い出を、命を、想いを、私は、未来に繋ぐ。


振り下ろされる槍を渾身の力で踏み付ける。槍は地面に突き刺さり、黒騎士はそれを見て私に告げた。



「見事だ。」



私は、フッと笑う。そして、その頬に右から拳をぶち当てた。黒騎士は吹っ飛び、地面を転がった。




「はぁ、はぁ……………」


私は肩で息をして、地面に両手をついた。




ザッ………と、目の前で足音がする。



何とか顔を上げると、そこには城の中、私の部屋から花壇のある庭を見ていたときに、現れた、黒いドレスを着た、堕天使のような風貌の、美しい女性が立っていた。女性は懐から、剣を取り出す。そして、恐ろしく冷たい目でその剣を私に振り下ろした。私は、もうダメだ。と、思わず目を閉じる。



ガキィン………と音が鳴る。



私は身体が何ともないことに気づき、閉じていた目を開けた。




「……………えっ?」



目の前には、折れた剣で受け止める、黒騎士の姿があった。左手をダランとさせて、折れているようだった。



「何のつもりだ。」



その女性が問う。



「それはこっちのセリフだ。レインゼイム。」



黒騎士は答える。そして、力を込め、レインゼイムという名の女性の振り下ろした剣を払う。




「勝負は決した。俺は負けたのだ。」



「なら、脅威となり得るものは、私が仕留める。」



「ならない。俺は、彼女に未来を見た。そして、それはベルトも同じ。」



すると、黒騎士は折れた剣をレインゼイムに向けた。



「彼女を傷つけるというのなら、俺が守る。かつて、トーレと誓った約束を、今ここで果たそう。」




黒龍が空に吠える。

黒騎士は折れた剣を空に掲げる。


すると、折れた剣に雷が落ち、それは形を変えた。






雷鎚(ミョルニル)






レインゼイムは溜息をつく。

そして、剣をおろした。


「愚か者。それは命を賭した最後の技。何故そこまで、この娘に賭ける?」


すると、黒騎士はゼェゼェと息を吐きながら、言った。


「争いのない世界。トーレは望んでいた。国に裏切られ、全てを失い、それでもなお、トーレと話し合ったあの夢だけは、忘れられなかった。」


彼は微かに振り向いて、私を見つめた。


「トーレに似ていると………ベルトは言った。今、ならその意味が、よく分かる。」


雷を纏った大鎚を振り下ろす。

すると、レインゼイムは跳び、その場から離れた。

激しい稲光が前方で煌めき、そして、静寂が辺りを包む。



「ぐっ…………!!?」



黒騎士は膝をつく。


「そんな、どうして………?」


彼はこちらを見て答える。


「過ちは己で精算する。最も、この先は地獄で………だが。」





『馬鹿だなぁ。』




ふわりと心の柔らぐ声。その声の主は、光に包まれて、彼の前に立っていた。



「…………トーレ。」


彼女はしゃがんで彼の頭を撫でる。


『お疲れさま。よく頑張ったね。』


「トーレっ!!トーレっ!!!」


『さぁ、もうこれ以上は迷惑かかるから、行くよ。』


女性は彼の手を取る。そして、私に優しい笑顔で言った。


『ありがとう。この人を救ってくれて。』


そして、彼女は暗い闇へと進む。

涙を手で拭い、青年の姿でベソをかきながら歩く彼と、そんな彼と手を繋いで、嬉しそうに笑う彼女。


きっと、彼女たちはどこに行っても、2人でいれさえすれば、幸せなのだろう。





 










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