第3章 「高利貸し ノンバンク」
夕暮れ。
石畳の通りにある冒険者酒場《赤い斧亭》は、今日も酒と汗の匂いで満ちていた。
木の椅子が軋み、誰かが大声で笑い、誰かが泣き、誰かが殴られている。
タクミは、角の席で座っていた。
「……銀行はダメだ。保証人も信用もない異世界転生者なんて、誰も相手にしてくれない」
金貨十枚。廃屋を買って宿屋にするには、それだけ必要だ。
だが自己資金はゼロ。
その時だった。
「もう勘弁してくれっ……! 次の週には払うって言ったじゃねぇか!」
酒場の扉が乱暴に開き、二人組の取り立て屋が男を引きずり込んできた。
髪は脂で固まり、顔中にアザがある。
どうやら借金の取り立てだ。
「払うって言葉、何度聞いたかなぁ?」
取り立て屋の一人が、鉄の拳で男の腹を殴る。
ぐしゃ、と鈍い音が響いた。
男は床に崩れ落ち、苦しそうに息を吐いた。
タクミは思わず立ち上がる。
「おい、もうやめてやれよ! これ以上やったら死ぬぞ!」
取り立て屋が振り返り、鋭い目を向ける。
「誰だテメェ……余所者か?」
「……ただの通りすがりの転生者だ」
そう言うと、酒場のざわめきが一瞬静まった。
取り立て屋は鼻で笑う。
「転生者? この世界を救いにでもやってきたのか?あんまり首ツッコむと死ぬぜ。」
取り立て屋たちは笑いながら出て行った。
タクミは床に倒れた男を助け起こした。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……すまねぇ。あの取り立て屋は“梅ばあさん”の手下だ」
「梅ばあさん?」
男は血の混じった唾を吐きながらうなずく。
「この街の裏で金を動かしてる高利貸だよ。
利息は地獄みたいに高いが……どんなクズでも金を貸してくれる。
“命と引き換え”って噂もあるがな」
タクミは眉をひそめた。
しかし、同時に胸の奥で“何かが光った”。
誰も貸してくれないなら、高利貸しでも借りるしかない。
「……その“梅ばあさん”、どこに行けば会える?」
男は震える手で指をさした。
「裏通りの、墓地の近くの小屋だ……『梅庵』って表札が出てる。
行くなら、命の保証はしねぇぞ」
タクミは立ち上がった。
「命より重いのは“信用”だ。
なら俺は、命を賭けて信用を取り戻す」
その背中を見送りながら、酒場の客たちは小声でつぶやいた。
「また一人、梅ばあさんの餌食になるか……」
手元の金貨はゼロ。
スラムのボロ屋は、あと一歩で手に入る。
どうしても諦めたくなかった。
「……高利貸の“梅ばあさん”に頼むしかないな」
街の裏路地。
腐った樽の並ぶ薄暗い通りを抜けた先、小さな店があった。
看板には「金貸し・梅庵」と書かれている。
梅ばあさんが奥に座っている。
「いらっしゃい、若いの。魂でも売りにきたかい?」
背中を丸めた老婆が、金貨の山の前でにやりと笑った。
白髪は鳥の巣のように乱れ、金の指輪を十本の指にはめている。
目は笑っていない。
「借りたいんです。金貨十枚。スラムの廃屋を買いたい」
「ほぉ……そんなゴミを? どうする気だい?」
「宿屋にします。冒険者向けに低価格で。
不動産査定スキルで、修繕費も計算済みです」
「ふん、不動産査定スキル、ねぇ……。変わり者だこと」
梅ばあさんは煙草のような香草を吸いながら、巧をじっと見た。
「利息は月二割、返せなきゃ手足一本ずつ。契約書、読めるね?」
「……高いですね」
「そりゃ、アンタみたいな“信用ゼロ”の転生者に貸すんだ。安くできるわけないだろ」
タクミは拳を握った。
銀行が貸さないなら、ここで勝負するしかない。
「いいでしょう。お金を借ります。ただし三ヶ月で完済します」
「おやおや、ずいぶん強気だね。どうやって?」
「改装して宿屋にして、冒険者ギルドと法人の契約します。家賃収入で返済可能です」
梅ばあさんはカラカラと笑い、金庫の奥から金貨の袋を出した。
「気に入ったよ。その根性。アンタの目が、本気で“金の匂い”を追ってる」
古びた契約書にサインをする。
その瞬間、彼の手首に黒い紋章が浮かんだ。
「これは?」
「保証代わりさ。返済が滞れば……“ちょいと痛い目”を見るよ」
冷や汗を流しながら、巧はうなずいた。
「……了解しました」
袋を受け取ると、金貨十枚の重みが腕にずしりと伝わる。
「これで……あの家を買える」
梅ばあさんは最後に言った。
「いいかい若造。不動産は“場所”と“人”を選ぶ。だが何より“覚悟”のない奴には、金なんか動かせないよ」
こうして、金貨十枚を手にしたタクミは、再びスラムの廃屋へ向かった。
あのボロ家が、彼の“異世界FIRE”への第一歩になる。
ワンポイント解説
■「信用」とは?
不動産投資でもっとも大事なのは“信用”。
これは「返済能力+実績+人間性」で構成される、金融の世界の“見えない資産”です。
銀行は数字(収入・勤務年数)を重視するが、
裏社会では“覚悟”や“度胸”が信用の代わりになる。
タクミはまさに、異世界で“命を担保”に信用を作ろうとしているのだ。




