フェロッソフの暴走1
地上の人間が知る事の無い、地下深くに存在しているフェロッソフの暴走は、その夜で収まる事は無く静かに進行していた。誰も気が付いてはいないが、光の色が変わるとともに明るい部分が少しずつ移動、暗い部分が増えるとそこからフェロドゥワームが弾き出されていた。
その日の朝7時、狼男の拠点の1つである、ヤマダビルの会議室で緊急対策会議がおこなわれていた。
本部からは山道副部長、ヤマダ部隊からは網島隊長他3名、ヨシダ部隊からは志茂田隊長以下、優雨丞と陸駆が参加していた。
ヤマダビルはヨシダビルよりも本部に近い、そういう単純な理由から会場が選ばれていた。ビルの構造自体はヨシダと大差なく、古いオフィスビルを買い取って改築したもなので、街の中に溶け込んで目立たないようになっていた。
会議室の大型モニターにはフェロッソフが怪しい光を放ち、フェロドゥワームがその周りを蠢いている様子が映し出されていた。
「現状の報告をまとめてくれ」
山道副部長がモニターから目を放すと、会議室に集まっている狼男の様子を確認した。ワンフロアに会議用のテーブルが並べられているだけなのも、ヨシダと大差ない。緊急事態であることが嘘のように、いつもと変わらない集まりのようにしか見えなかった。
ただ会議室内の狼男全員が作業服であるのに対し、山道副部長だけが軍服風の制服を着用しているのが際立っている。
「お手元の報告書にもありますが、本日未明2時53分にフェロッソフの異常を知らせる警告が鳴り、ヤマダ、ヨシダ部隊ともに緊急体制に入りました」
ヤマダの加藤木が立ち上がり、手元の書面を読み上げる。加藤木はヤマダのNo,2と目されており、何か事があると彼が表に出てくることが多かった。
「フェロッソフに通常とは異なる色彩が見られ、不規則な振動を検知、形状の変形も確認されています。
また警報発生後、フェロッソフ広場内の温度が1時間で2度温度が上昇したというデータも検出されています。
現在フェロドゥワームが大量に発生し、過去最大の発生数となっていますが、今のところフェロドゥワームは数こそ多いですが、広場から外へ出るようなことも無く、被害のようなものは確認されていません。
地下鉄跡、トンネル内のチューブにも異常な振動と圧力の上昇が確認されています。
ヤマダ、ヨシダ部隊ともに対フェロドゥワーム装備でトンネル内に展開、異常事態への対応を完了しています」
加藤木はそれだけを事務的に読み上げると、腰を下ろした。
「それで原因のようなものは判っているのか?」
山道副部長は機嫌の悪さを隠そうともせず、加藤木を見据えた。
「いえ、直接の原因は判っていません。しかし関連性は確認されていませんが、異常が確認される少し前に陽明町3丁目の倉庫で爆発事故が起こっています。かなり大きな事故だったようで、警察と消防が大挙して出動したので、我々が動くことは出来ません。そのためその件は警察に直接確認すべきだと思われます」
加藤木は今度は着席したままで、山道副部長の目を正面から見返した。
「…、その事故の件はこちらで確認しておこう。それ意外に見張る以外の対策や報告は無いのか?」
山道副部長は口をへの字に曲げて、ヤマダ・ヨシダの両部隊長に視線を動かした。
ヤマダ、ヨシダの2つの狼男の実行部隊が揃って、ただの報告会では意味が無いのだが、志茂田隊長も、網島隊長も黙って腕組みをしたまま動かなかった。ここまで言わせておいて上からの情報が無い方がおかしい。
「陽明町はいいのか? 向こうもヤバいことになっているようだが、俺たちは動くなと言われているから手を出せない。俺が確認した限りではあちらの方が不味いと思うぞ」
志茂田隊長は、あえて陽明町にある新しいフェロッソフの件を持ち出した。ヤマダに伝えるにはいい機会だ。
「余計な事は言うな、ヤマダは管轄外だ」
「何を言っている、それならうちだって管轄外だ。なら誰が動くんだ。警察か軍が動いてくれるのか」
志茂田隊長は山道副部長を睨みつけた。
「余計な事を言いおって、なぜヨシダがあそこの状況を知っている」
「それはそうだろう。こんなことが起こってトンネル内全体が異常事態だ。その先のことを心配して見に行くのは当然だろう」
「…一体何の話をしているんだ」
網島隊長は志茂田隊長がヤマダ部隊を巻き込もうとしていることに気が付いていた。何か自分たちが知らない重要な情報が隠され、既にヨシダは知っている。
「悪いが俺から網島には話が出来ない。するなと言われているからな。山道さんはどうするんだい」
「ふん、食えん奴だ。仕方がない、志茂田が今朝確認したことをここで伝えてくれ」
「いいんだな、許可はもらったぞ」
「許可など誰がするか。俺が今ここで、お前から陽明町の報告を受けるだけだ。その横で誰かが何かを聞いているなど知ったことじゃないってことだ」
志茂田隊長は、にやりと口元をゆがめた。
「あんたもたまにはいいことを言うな。それなら今朝方陽明町に1名確認に行かせた内容をここで伝えておこう。俺たちの管轄外にはなっているが新しく発見された陽明町のフェロッソフだ。奴が表から、いや言い方が良くないな。表じゃない、地上からだ。あのフェロッソフが地上から確認できることは知っているな」
山道副部長は目を丸くして身を乗り出した。
「なんだと、そんな話は聞いていないぞ」
「なんだ、あんたらの情報はどこから出ているんだ。その位現地に行けばすぐにわかるだろうに。まあそんなことはどうでもいい。
とにかくフェロッソフが入り込んでいる送電塔があったんだが、それが今朝倒壊していたと言う話だ。そこのフェロッソフがどうなっていたかの確認は出来ていないが、変電所を囲んでいた塀の外に倒れて道路を塞いでいたらしい。そこからは警察が来たということでその後どうなっているかは判らん。
まあ、いずれにしろ、あっちも何か起こっているってことだ。それも地上で何か起こっている可能性が在るってことだ。さてどうするんだい?」
そこまで聞いた山道の顔色がさっと変わった。
慌ててスマホを取り出すと、どこかへ連絡を始めた。明らかに陽明町のフェロッソフの異変の情報が初耳だったのだろう。さて本部はどう対応するつもりなんだか…。
山道副部長が本部へ連絡しているのを横目に、網島隊長が囁いた。
「別のフェロッソフがあるのか?」
「ああ陽明町の下で一月ほど前に発見したやつだ。上に報告したんだが、関わるなの一言で終わったよ。上は事前に知っていて俺たちには伏せていたらしい。というより知られたくなかったらしいな。それでヤマダには言うなと言われたよ」
「それが今回の件で隠しきれなくなったってことなんだな」
「恐らくそういう事だ。今までは地下ってことで隠ぺいできていたが、あいつは地上に顔を出しているからな。夕べの事故も陽明町だ。関連付けでもされようものなら胡麻化しきれなくなるだろう」
「しかし、上は何を考えているんだ。そこは聞いていないのか?」
「ああ、何を聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りだったからな」
山道副部長はスマホをしまうと立ち上がった。
「今から陽明町へ調査隊を出すとのことだ。とにかかく指示があるまではお前たちは現状維持。今のフェロッソフの状態を引き続き警戒しておけ。俺は今から本部に戻る」
山道副部長は相当慌てている様子で、そのままドアの所へ速足で歩いていく。ドアを開けた所で一度振り返って何かを言いかけたが、結局何も言うことなくそのままドアを閉めて出て行った。
「それじゃ、俺たちはこれからの相談を始めよう」
志茂田隊長は、会議室に残った狼男に向かって語りかけた。
「モニターに映っているようにフェロッソフが異常行動をとっていることは判明しているが、今のところ実害は出ていない。だからと言って今後のことが判らん以上警戒を緩めるわけにもいかん。気になるのは大量のフェロドゥワームだが、こちらも向こうの動きが変わらない限り手の出しようがない」
そこまで言うと志茂田隊長はにやりと笑顔を作った。
「と言う話はさっき加藤木がしたんだったな…」
「そんなわけだが、今まで以上に連携が必要だ。異常や変化があった場合にはお互いにすぐに報告だ。他に何か確認しておくことはあるか?」
網島隊長が引き継いだ。
「こっちは5人体制で2時間交代ということにしているが。ヤマダはどうしている?」
「こっちはそこまでまで話を詰めていない筈だから合わせよう」
優雨丞の確認に加藤木が応えた。
「東と西で直接話ができるようにインカムを持たせたいな」
「それはいいな、急いで用意しよう」
今のフェロッソフの異常事態を引き起こしたのが、自分たちであることは間違いのないだろう。だからといってそれを気にしたところで何も変わらない。やるべきことをやるだけだ。
志茂田隊長はフェロちゃんと連絡が取れないという、未千流の言葉が気になっていた。この後戻り次第確認しなくてはならない。
ヨシダもヤマダも基本的な人数は同じなのだが、別にフェロちゃんの対応に人数を割く必要があるかもしれないのが気になるところだった。




