あの日のあの後2
「何だいこりゃ」
ハナハナに戻って妖子さんに報告すると、実際に見なくては解らないという事なので、未千流がサキュバス化した姿を見せることになった。そしてその時の妖子さんの感想がそれだった。
「私たちって、悪魔っぽいけど、未千流ちゃんって天使っぽいわよね」
「天使ねぇ、確かに尻尾も無いし…」
紅音とアナは既に未千流の家で見ているのでただ感心しているだけだ。
「規格外も甚だしいね。翼は白いし、精魂も女から吸い出すってどういう事なんだか」
「ええっ、ちょ、ちょっと。その女から吸い出すってやつなんですけど。それってどういう事なんですか。そんな話聞いてないんですけど」
そう言えば帰る前にアナが妙な事を言っていたような気もする。
「あれっ、アナから聞いてないのかい?」
妖子さんがアナの顔を振り返ると、アナは肩をすくめて見せる。
「未千流の家で最初はその話してたんだけど、その翼にビックリしちゃって…。まだちゃんと話してなかったかも…」
それを聞いた妖子さんはあきれ顔になる。
「それなら細かい話は後でアナから説明してもらいな。簡単に言えばアナがフェロモンの欠乏症状の未千流に男を当てがったのに、あんたはその男を無視して別の女から精魂を吸い取ったって話なんだよ」
未千流は下を向くと、こめかみに手を当てた。どうやら例のピンクの唇がまた何かやってくれたらしい。
「取り敢えず経緯はともかく、未千流が普通のサキュバスでないってことはこれで確定したわけだね。しかし問題はこれからだよ」
「やっぱり問題になるんですか?」
未千流はサキュバス状態を解除すると、スウェットに手を通し直した。
「協会にはポーションでサキュバス化した娘が居て、保護してるって報告しちまったからね。だからどうなったって報告もしなくちゃいけない。それが天使みたいな変なサキュバスで、昼間でも空が飛べるって話になったらどうなると思う」
「研究材料ね」
研究…!
「こら、アナは余計なこと言わないの」
紅音が黙っていなさいと言うように、人差し指を唇に当てた。
「まあ、遠からずも近からずってとこだね。言葉は良くないが間違いなくそういう事になるだろうよ。協会よりもっと上の組織が首を突っ込んでくるだろうから。研究材料ってことは無いだろうが、どこかに監禁されてしばらくは出て来れなくなる可能性は高い。場合によっては生涯研究所生活ってこともあり得るだろうよ」
その場に重い空気が立ち込める。
「…それって、何とかならないの?」
沈黙を破ったのは紅音だった。
「あたしの力では時間稼ぎすることくらいだね。未千流が普通の人間に戻ったという報告を上げれば一時的には誤魔化せるだろうよ。但し、未千流も狩りをしなければ生きて行けない訳だから、何れ未登録サキュバスがいるってことはバレちまうだろう。そうなれば結果は同じだ」
「なら、普通のサキュバスになったってことで報告しちゃえば。それなら問題無くなるんじゃないの」
「そうはいかないだろうよ。それだとポーションでサキュバスになったって前例ができちまう。ならその1号ってことで検査がされるだろうから後は同じ結末だろうよ」
妖子さんはアナの提案もバッサリと切り捨てた。
「一番簡単なのは直ぐに妊娠しちゃうことだね。で、子供が成長したらまた次の子供作ってってのを繰り返せばサキュバスにならずに済む。それなら問題無く幸せな老後を迎えられるだろうよ」
いやいや私の人生終ってる気がしますけど。
サキュバスにならなかったではダメ、そしてサキュバスになったでもダメ。それなら…。
「あのー、確認ですけど、わたしが人間に戻ったって報告した場合にその後の確認ってどうするんですか?」
「ん? それは無いだろうね。あんたはもう部外者ってことになるからね」
「それならもう一つ。サキュバスって登録されてるってことですけど。定期的に検査とか何かその存在みたいなのをチェックしたりされるんですか?」
「チェックってのは、ここみたいな地区毎のギルドが必要に応じて報告するだけだよ。子供が出来たから動けないとか、成長した子供がきちんと仕事できるようになってるとかって事後報告だけだよ。それが何かあるのかい?」
未千流は少し考えてから顔を上げた。
「それならもう一人分サキュバスを登録しといて、わたしがそれに成りすませば一々チェックはされないんですよね」
妖子さんを含めて3人共、未千流が何を言おうとしているのか解らないという顔をしている。
「簡単に言えば大元の名簿に、わたしをサキュバスとして内緒で付け加えるってことです」
「確かにそれなら帳尻は合うから表向きには問題なさそうだが、そんな事どうやってやろうってんだい?」
「そう言えば未千流、ここに来る時のタクシー会社のデータ書き換えて誤魔化してたのよね」
妖子さんはアナの顔を不思議な物を見るような目つきで見直した。
「まぁそれと同じような感じです。西糖未千流ってサキュバスを登録しておけばいいんですよね」
「そんな簡単に行くもんなのかい? それって、もしかしてハッキングってやつかい? 後でバレて大事になったりするんじゃないのかい?」
「多分そんな事にはならないと思います。なので妖子さんはわたしが人間に戻ったという報告をしておいてください。それで時間を稼いでもらえればその間に何とかできると思います」
妖子さんはさっぱり意味が解らないという様子だった。
「それなら協会には、あんたがただの人間だったってことで報告をしておくよ」
「未千流ってすごいのね」
紅音は目をキラキラさせて未千流の手を握りしめた。
「…、う、うん。そうなのかな…」
あまり褒められる内容じゃない気がするんだけど。
「それじゃ夕飯の支度しなくちゃ。今日はクリスマス用に色々用意してあるのよ」
紅音は嬉しそうに台所に向かった。
「それじゃあたしは店に戻るが、未千流も一緒に来な」
「えっ、わたしもですか?」
やっぱり何か怒られるのだろうか…、ちょっと焦る。
「あんたも曲がりなりにもサキュバスになっちまったんだから、衣装作んなきゃいけないんだよ。毎回裸になって外飛び回るつもりじゃないだろ。採寸するからおいで」
安心に胸を撫でおろしつつも、未千流はちょっと驚いた。衣装を作るのか…、確かに無いと色々大変なのは解るんだけど…。
「えー、いいな。どんなデザインにするの。私も見に行っていい?」
紅音が嬉しそうな表情になって、戻って来そうになるが、妖子さんは取り合わない。
「バカ言ってるんじゃないよ。あんたは夕飯の支度するんだろ。アナにはその間店番頼むよ」
「ハイハイ」
アナも仕方ないと言う表情で腰を上げた。
未千流が連れていかれたのは、例の応接室だった。
「この部屋は来客用って意味もあるんだが、サキュバスになっても安全なように店から独立させてあるんだよ。まずは服脱いで採寸からだね」
妖子さんはメジャーを手に未千流の正面に立つ。
未千流は注文服など頼んだ事は無いし、全身をきっちり採寸された経験などない。身体の細部をあちらこちらと採寸されていると身体検査でも受けているかのような気になってきた。
「次は翼の出方を確認するからサキュバスになっとくれ」
未千流もサキュバス化することに段々慣れてきていた。全身にフェロモンを流して翼を広げると、妖子さんが背中をさわりながら確認する。
「尻尾は無いんだったね」
「替わりに左手から何か出るんですけど…」
未千流が左手から白い棒状の物を出すと、妖子さんは呆れた顔をする。
「本当にあんたってなんだろうね。まぁいいさ。じゃあその翼が普通のサキュバスのと同じか確認するから一度引っ込めといとくれ」
未千流がサキュバス化を解くと、妖子さんは黒い生地を取り出して晒を巻くかのように未千流の胸周りに巻き付けた。生地は柔らかい光沢があって、とてもしなやかに体にフィットする。
「これがサキュバス衣装の生地なんだよ。フェロモンを通して翼を出しても裂けたりしないようになってる。これで問題無けりゃ、あんたの翼もサキュバスと同じってことになる。それじゃこのまま、翼出してみな」
未千流が言われたとおりにサキュバス化して翼を出す。ちょっと抵抗を感じたが問題無く翼は広がった。
「見た目は違うが、根本は一緒ってことなんだろうね。少し動かしてみて違和感はあるかい?」
未千流が翼を動かしてみても、不自然な感じはしない。
「まぁ、よかったよ。これで衣装が作れることは確認できたからね。正直これがダメだったらお手上げだったからね。それじゃぁ着替えていいよ」
妖子さんは未千流が服を着ている間に、生地を元の場所に戻しに行った。
「後は衣装のデザインを決めなきゃいけないんだが、アナの意見も聞いておいた方がいいだろうね」
妖子さんは応接室のドアを開けた。
ウインドウから見える店の外には夕闇が迫っていて、向かいの店や街灯にも既に電気が灯されている。昼間降っていた雪は既に止んでいて、街路樹の枝や道路の植え込みに白い綿のように被さっている程度だった。これではホワイトクリスマスを期待していた紅音さんががっかりするだろう。
アナは店番と言うよりは、妖子さんが広げたままにしている道具類を整理している途中だった。きっと何時ものことで手馴れているのだろうと思われる。
「アナ、ちょっと来とくれないかい?」
妖子さんはドアを開けたまま応接室の中にアナを手招いた。
「これから未千流の衣装を作るんだが、デザインの相談に乗ってあげとくれ。あたしよりはあんたの方が歳が近いからね」
「それはいいけど、未千流はどんな感じがいいわけ?」
アナはそう言うが、サキュバスの基準が解らない。アナの衣装も紅音の衣装もはっきり言って恥ずかしい。未千流は自分がアナの衣装を着たところを想像して頭が痛くなった。アレを着て外に出るなんて絶対に無理だ。




