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破談令嬢の貴族名鑑(ブラックリスト)〜社交界を暗躍するのは令嬢の嗜みですわ〜  作者: 枝久


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25/25

25.最終回ですわ。

 コンコンッ! 


 軽いノック音と共に、可愛らしい声が扉の向こう側から聞こえてきた。


「お姉様! お食事のご用意ができましたわぁ!」

「あら、随分と早いのね。料理人(コック)達が血反吐(ちへど)を吐く勢いで頑張ったのかしら? ありがとうマリーヌ、すぐに行くわ。食堂で待っていてちょうだい」

「はぁい!」


 エリアリス嬢の言葉に素直に従い、パタパタと部屋の前から遠ざかっていく少女。

その足音を聞きながら、令嬢は小さく溜息を溢した。


「シェリク……今日はここまでかしらね。そうそう、ピジュのドライフルーツに、ワインベリージャムのパイも置いておくわ。結果は後で教えてちょうだい」


 コトッ……


 そう言いながら、令嬢はサイドテーブルの上に二つが入った小さな籠をそっと置いた。

どちらも根本的な解呪アイテムでは無いが、効能は実証済みである。

せめて少しでも……と、身体状況の改善を願う彼女からの手土産だ。


『ありがとう、後ほど頂くよ。とりあえずは、何でも試してみないと始まらないしな』


「えぇ、その意気ですわ。ところで、なぜ伯爵夫妻がいない日にあえて、私を呼んだんですの?」


 令嬢の問い掛けに、一瞬の間を置いてから紙上に文字が浮かぶ。


『うちの両親……昔、エリーに酷いこと言っただろ?』


 少し首を傾げ、斜め上を見上げながら、エリアリス嬢は己の記憶を引っ張り出す。


「えっと……『なんでシェリクがこんな目に遭わなければならないんだ⁉︎』とか『公爵家と婚約なんてしなければ……』とかのことかしら? 別に私は気にしていませんのに……本当のことですもの」


『でも……そのことを会う度に激しく謝られるのはちょっと面倒だろ?』


 シェリク殿の言葉で、令嬢はふと前回会った時の夫妻の様子を思い返した。

青ざめた顔で土下座すれすれの謝罪をする伯爵家夫妻……トリガ領民達にはけして見せられない姿だ。


「そうねぇ……今でも首括(くびくく)りそうな勢いで『死んでお詫びを!』とか言われるのは……ちょっとねぇ……」


『それに……マリーヌとの時間を大切にして欲しかったんだ。あの子には俺のせいで苦労を掛けているから……』


「そう……色々、お気遣いありがとう。でも私としては、もっとシェリクと二人きりの時間を持ちたいんだけれど……お屋敷じゃ他の『影』達もいるからね」


 発想の転換……呪われたことを活かすため、そしてエリアリス嬢の側にいるため、『影』になることを選んだシェリク殿。

だからこそ、任務中に主人との私的な会話は禁じられている。

上に立つ者が公私混同していては、他の者達へ示しがつかないからだ。

……それが隣領の幼馴染(おさななじみ)であり、元婚約者であり、最難関な解呪対象であったとしても、だ。


『そうそう、今回、両親が仕事で出向いている西のリバフレィ領、そこには……魔女がいるらしい』


「魔女……。へぇ、それは興味深いですわねぇ。是非ともお会いしてみたいわぁ」


 エリアリス嬢が目を三日月のようにぐっと細めて、にぃぃっと笑う。



 その時、一階から階段を上がってくる足音が部屋の中まで響いてきた。


 パタパタパタパタパタッ! 


「⁉︎」


 ゴンゴンゴンゴンゴンッ‼︎


「お姉さまぁ〜〜! お腹空きましたわぁ〜〜!」


 痺れを切らし、食堂からまた部屋の前まで舞い戻ってきたマリーヌ嬢が扉を激しく連打する!

転婆(てんば)な彼女の淑女教育はまだ始まっていないようだ。


「あら、時間切れね」


 ピリリッ……


 そっとテーブルの上の紙を束から切り離し、それに軽く口付けをすると、令嬢は懐に大切そうにしまう。

そして、眠るシェリク殿の身体をぎゅっと抱きしめた……姿の見えない『(シェリク)』が恥ずかしさで恐らく悶絶しているであろう。


「ではシェリク……ご機嫌よう」


 こうして、エリアリス嬢とシェリク殿の束の間の逢瀬(おうせ)の時間は終了した。

 



 パタン……


 静かに両手で部屋の扉を閉じ、エリアリス嬢はくるりとマリーヌ嬢を振り返った。


「お姉さま、なんだか嬉しそうね?」

「ふふふ、そう?」


 エリアリス嬢は扉の前で待ちくたびれていたマリーヌ嬢とそっと手を繋ぎ、二人は仲良く食堂へと向かったのだった。



 翌朝ーー


 昨晩、トリガ伯爵邸に急遽(きゅうきょ)一泊することとなり、公爵家に帰していた馬車が約束の時間キッカリに正門前へと迎えに来ていた。


「お姉様! またいらして下さいね!」

「えぇ、マリーヌ。また一緒に遊びましょ! では、ご機嫌よう」


 御者のエスコートで中へと乗り込み、定位置に令嬢が座ったのを確認すると、馬車は静かに動き出した。



 カタンカタンッ……


「マリーヌがトリガ伯爵家に婿を取るか、女伯爵として領地経営に努めるか……タイムリミットは……10年、か……それまでにシェリクを……」


 ぼそりとそう呟き、エリアリス嬢は頬杖をついて、車窓外の遠くの景色をぼんやりと眺めるのだった。



「お帰りなさいませ、エリー様」


 公爵邸の玄関前では侍女のイルフィーユ嬢が柔らかなお辞儀で主人を出迎えた。


「ただいま、イル」

「本日も『エリアリス様宛』のお手紙が大量に届いておりますわ」

「……仕分けは?」

「当然終わっておりますわ。はい、こちらです」


 そう言いながら、カードを引かせるように数通の封筒を扇型に広げる。


「最重要は中央です」

「はいはい……あら、ラキ兄様とルカ姉様からだわ!」


 ひらりと引き出したのは、一度見たら忘れることのないシーリングスタンプが押された、華やかな封筒。

差出人はラキト殿下と再婚約を果たしたルカリア伯爵令嬢……二人の連名でのお茶会の誘いだ。


「これは絶対に断れない……というか、断る理由がございません! すぐにお返事を書きますわ! 積もる話がモーリス辺境伯領の氷山連峰並みに(そび)えておりますもの!」

「まぁ! それはお手柔らかにお願いしますね……あら?」


 楽しそうなエリアリス嬢を微笑ましく眺めていたイル嬢が、ふと遠くに見える客人に気づいて言葉を漏らした。


「どなたでしょう? 随分とお若そうな方ですが……」

「あぁ、あれ?」 


 彼のことを以前からよく知る令嬢は記録書(リスト)を見ることなく、さらりと名前を答える。


「レイストロン伯爵家のクロゥム様よ」


 金色の耳輪をつけた眼鏡の伯爵令息……そう、一時期社交界を騒がせた噂の彼だ。


「クロゥム様……」

「イル?」


 彼女の名前を呼ぶが、ぽーーっと彼の方を見つめ続けるイル嬢の耳には届いていない様子。

すると、伯爵令息も二人に気付き頭を下げてきたので、令嬢達も会釈を返す。

グレッグス家当主に用事でもあったのだろう、執事に案内されて彼はすうっと中庭の方へ消えていった。


「素敵なお方ですね……」

「えっ⁉︎ イル? ……あ、貴女……もしかして……?」


 ばっ!


 エリアリス嬢が慌てて自分の手元の記録書(リスト)を開き、乱雑に紙を捲る!


「……現段階で、婚約者無し……だけど……私のイルに……」


 ブツブツと独り言を呟くエリアリス嬢に、いつも通りの様子に戻ったイル嬢が背後から言葉を掛けた。


「あら、エリー様のリスト……また一段と分厚くなりましたね。もはや貴族名鑑ですわ!」

「悪い(やから)の方が色々と書き記すことが増えちゃってページ数がやたらと多いんですわ。……これじゃまるで、要注意人物録(ブラックリスト)よ」


 溜息を吐き出しながら、エリアリス嬢は黒表紙の記録書をパタンと閉じた。



『ルカリア・ミモレット元侯爵令嬢、呪いの腕輪事件』は発生から10年以上経過しているが、未だ犯人は捕まっていない。

シェリク・トリガ伯爵令息を襲った犯人も……。

そして(ちまた)では、婚約破棄する理由に『呪いのアイテム』が悪用されている。

これ以上、犠牲者を出さない為にも……怪しい貴族や不正を働く者達を裁く為にも……そして、皆が愛しい相手と幸せに結ばれる為にも、最高位令嬢は立ち止まるわけにはいかないのだ。



 パンパン!


 エリアリス嬢が手を2回鳴らして、『影』を呼ぶ。


「彼を徹底的に、調べてちょうだーーい!」


 友人の恋路を応援するべきか、忠告をするべきか……悩む姿は、学院に通う他の令嬢達となんら変わりない。


 すぐに一枚の紙が令嬢の頭上をひらりと舞った。

それを掴んで中身に目を通すと、エリアリス嬢はニヤリと笑ったのだった。




 国のため、公爵家のため、友人のため……時には全力で私利私欲のために、日々暗躍する公爵令嬢。

破談令嬢エリアリス・グレッグス……彼女が愛しい者と結ばれるのは、まだもう少し先のお話である。

最後までお読み頂きありがとうございました。

感想、評価など頂けましたら幸いです。


エリアリス嬢は過去作にも登場しているので、もしよろしければそちらもどうぞ。


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