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宝石の価値

 部屋の一角に配置されている机の上から鋭利(えいり)なハサミを手に取る。

 念のため、机の引き出しにしまっておいた鏡を立てかけた。

 鏡には、真っすぐに伸びる黒髪を執拗(しつよう)にぶら下げた女が1人。私だ。

 長い方が見栄えが良いからと、幼い頃からずっと伸ばし続けてきた髪の毛。

 その一房に手をかけて、両側に開いたハサミを遠慮なく閉じた。


 ――ぼさり、と音がしそうなほど大量の髪の毛が机の上に落ちていく。

 ああ、後で片付けるのが大変そうだ、などと悠長なことを考えながら、私は次から次へと髪の毛を切り続けた。


********************


 次の日の早朝、私は軽い頭で目的の場所へと向かった。

 目的地は、校舎中庭の噴水前。

 昨日の放課後、事前に呼びつけておいた相手とそこで会う予定だ。

 相手は、昨日声をかけた時点では渋った表情をしたものの、私が、貰った高価な宝石を手元には置いておけないから返すと発言すると、その提案に見事食いついてくれた。

 几帳面で準備に抜かりのない彼のことだ、私よりも先に目的地に到着していることだろう。

 そうこう考えながら歩いていると、朝の新鮮な空気と共に、爽快で静清(せいしん)な噴水の音が自然と耳に入ってきた。

 そこに佇む1人の青年。私は彼に対し、圧のかかった声をかける。


「おはようございます。アラン」

「あ、ああ。おはよう、メルヴィ……ン!?」


 振り向きざまに私を見て、アランが驚いたのが分かった。

 驚くに決まっている、なにせそれも私の計算の内なのだから。


「ど、どうしたんだい? それ……」

「それ? ……ああ、これのことですか。むしゃくしゃして切ってしまったんですよ。どうですか。似合っています?」


 私は昨日切り揃えたばかりの、肩まで伸びた髪の毛を触りながら尋ねた。


「似合っている……けど。驚いたよ……。あんなに綺麗だったのに、一体どうして……」

「重かったので。本来なら定期舞踏会までは残しておくつもりだったんですけど……。すんでの所で、あなたに婚約破棄を申し付けられてしまったので、今更、綺麗に飾り付けておくことに何の意味もなくなってしまったんです」

「あ、そ……そうか」


 アランは眉尻を上げ、口元を無理やり吊り上げながら気まずそうに返事をする。

 まずは見た目から、これまでの私ではないというイメージを相手に植え付けることに成功した、と言っていいだろう。

 彼には少し申し訳ない気もするが、情報を引き出すためには、常に相手よりも自分が優位であると思わせる必要がある。例えそれが、錯覚だったとしても……。


「そうでした。お渡しする予定だったあなたから頂いた宝石です」


 そして私は、本体に対してはやや大きすぎる(おごそ)かな箱を差し出した。


「これは既に君にあげたものだと思っていたわけだし、別に返してもらわなくてもよかったんだけど……」


 口ではそう言っておきながら、元婚約者の顔はそう言っていない。

 私が手元に掲げている宝石が、欲しくて欲しくてたまらないのだ。

 その証拠に、私が宝石を差し出した瞬間、彼の手は自然と前へと伸びていた。


 私にだって、この宝石の価値ぐらいよく分かっている。

 このローズフレイムは、たいへん希少な鉱石から取れるもので、今となっては市場ではほとんど目にすることが出来ないものだ。

 今私の手元にあるものは、ダーシー家が地方貴族ということもあり、隣接する国との裏取引などで安価に手に入れたものだったりするのだろう。国家間での裏取引の規制が厳しくなった今では、宝石そのものの価値に加え、入所が困難なことで、更に価格が高騰している代物(しろもの)


 彼が私にこの宝石をくれたのは、7歳の時。規制が今よりも厳しくなる前だ。

 つまり、安価で手に入るからと気軽に渡していた宝石が、いつの間にか入手困難なほどにまで価格が高騰していたわけである。


 彼が、ダーシー家が、この宝石を欲しくないわけがない。


 私は今、この希少価値の高い宝石という(えさ)を、アランの前にぶら下げることで、物理的にも優位な立場を作り上げることに成功した。

 これで、下準備は十分だ。

 後のことは全て、私の話力にかかっている――。


「あの……メルヴィン、そろそろ離して、くれないか……?」


 宝石が入った箱を掴んだアランは、そのまま手を放さず持ち続ける私の態度に違和感を覚えたのだろう。何が起きているのか分からないといった視線を向けてくる。


「そういえば……。アラン、私(うかが)いたいことがあったのを今、思い出しました」

「伺いたいこと……?」

「はい。それが終わるまで、これは私が預かっておきますね」


 なるだけ優雅に、気品をまとって、それでいて声を強く張り上げた。


「え、そ……それは。あ……いや。君がそういうなら…………」 

「ご理解感謝します」


 軽く会釈をして、私は私の知りたい本題へと話を進める。


「先日の婚約破棄の件、正直、私は今も納得していないことがあります」

「でも君はあの時、確かに了承していたはずだ」

「はい。確かにあの時の私は、お互いの家の事情も考慮した上で了承しました。それは間違いありません」

「じゃあ、なんで今になって……」


 それは無礼じゃないのか? という視線と共に、彼は疑問を投げかけた。

 私はその視線を正面から見据えて、彼に答える。


「それは、あなたの現在の婚約者の口から突然、多くのクラスメイトの前で事実上の宣戦布告を受けたからです、とだけ言っておきます」

「それは一体どういうことなんだ……!?」


 やはり、私にあの話をしたことをアシェリーはまだアランに言っていなかったようだ。


「昨日のことです。突然、アシェリーがあなたと婚約したと私に宣言しました。しかし、おかしな話ですよね。私と婚約を破棄したその日に彼女と婚約をし、更にはそれをわざわざ(・・・・)私に伝えにくるなんて……。これではまるで、私が知らぬ間にどこかの誰かの策略に()められた、あるいは、どこかの誰かがこの私に喧嘩を売っている、このように捉えてしまうではないですか」

「それは……! それは違うんだ、メルヴィン!」

「何が違うのでしょう?」

「僕もアシェリーも、今回の事は定期舞踏会を目前にして、急に言い渡されたことで! 決して、君を(おとし)めようとか、君との間に火種を落とそうなどとは、微塵も考えていない! どうか、信じてくれ!」


 まるで、何かに懇願(こんがん)するように、全身全霊でアラン・ダーシーという男は訴える。

 昨日までの私であれば、真摯(しんし)な彼からの言葉をちゃんと受け取っていただろう。

 けれど、今の私は目的のために、彼のそんな正直さから目を背け、ことの真相に迫ることを優先する。


『君は、思考と感情を上手に切り離せる人なんだな』


 いつの時か、銀色の髪をしたあの人が発した何気ない言葉を思い出す。


 ――そうか。彼が言っていたのはこういうことだったのか。

 自分で考え、自分で動いた今だからこそわかる、自分がそういう人間なのだという確かな実感が、そこにはあった。

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