1-13 濡れ衣
『オリヴィア・ローウェルが私を殺そうとした』
そう主張したシエナにオリヴィアはわけがわからず元々大きな瞳をますます大きくさせた。
シエナはオリヴィアがすぐに反論してこなかったことをこれ幸いと畳み掛けてくる。
「と、突然彼女が。階段を上がってきた私の目の前に現れて……押したの! このオリヴィア・ローウェル嬢に殺されそうになったのよ!!」
傷だらけの手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながらさめざめと泣き語るシエナ。
え? え? あら?
私にはシエナ様一人で落ちたように見えたのですが??
一方、オリヴィアは自分の記憶とシエナの認識の差異に戸惑うばかり。
どうして私がシエナ様を突き落としただなんて……???
……はっ。まさか!
「あの、シエナ様。もしかし」
「それは本当か!」
オリヴィアが上げた声はシエナがしだれかかった相手にかき消された。
「オリヴィア・ローウェル嬢! 彼女をこの階段から落そうとしたのか!!」
叫んだのは恰幅の良い四十代後半の男性。
オリヴィアはその男の顔を見て目を瞬かせた。
ジルバ卿。いらしていたのですね。
怒号を飛ばしたのはジーン・パーキンことジルバ子爵。
実は今から半年ほど前。
オリヴィアはこのジルバ子爵からいいお相手を紹介したいと舞踏会で声をかけられた。
その際、相手が人見知りなので、内密にお願いしたい。
一人きりで別室に来てほしいとジルバ子爵から言われたのだが、彼には妻子がいた。
婚約者候補紹介という名目があるとはいえ人目を避けて会ったりすれば醜聞になりかねない。
そこでオリヴィアは従僕の助言を基に、他の方に同席していただくようお願いした。
ジルバ卿は不承不承の様子であったが同意はしてもらえ、別日に再度会う日程を調整することになった。
だが、結局その約束は叶うことはなかった。
どうやらジルバ子爵家で騒動があったようで夜会にも出られる状況ではなくなってしまったらしい。
その後の進退を心配していたオリヴィアであったが。
舞踏会に出れるまで落ち着いたのですね。
安心いたしました……あ、いえ、今はまず。
「ジルバ卿、その前に一つシエナ様にお……」
「私もホールの入り口近くに立ってたので聞きました! 争うような叫び声を!」
オリヴィアの言葉をかぶせるように、今度はジルバ子爵の後ろに立っていた、二十半ばほどのセピア色の髪をした青年が割り込む。
まぁ、ヴァージル・ベイン様もご出席されていたのですね。
声を上げたのはまたしても顔見知りであるナジュール男爵の嫡子であるヴァージル・ベイン。
彼、ヴァージルからは五ヶ月ほど前の舞踏会で婚約者のことで相談したいことがあると声をかけられた。
ヴァージル曰く、オリヴィアの二つ前の婚約者候補と自分の婚約者が関わりがあるのではないかと疑っているとのこと。
だからその相談のために時間を作って内密に会ってほしいと頼まれたのだ。
オリヴィアは助けになりたいとは思ったが、婚約者がいる相手と内密に会えば婚約者に不信感を与えかねない。
だからオリヴィアはローウェル家を通して相談していただくよう従僕にお願いして伝えようとした。
が、彼もまた。
その後、連絡を取れなくなってしまったのだ。
どうやら相談したいと言っていた婚約者との間で問題が起きたとのこと。
そっとしておいた方がいいと言われていたのでお手紙を送るのは止めていましたがお元気そうで何よりです……いえ、いえ。それより先に。
「それよりも先に」
「私も聞きましたわ! やめてという声を!」
またしてもオリヴィアを押しのけ、大きなリボンを頭にのせた金髪の少女が金切り声を上げた。
あら、サラ・マーティン嬢も療養からお戻りになられていたのですね。
続いても知り合いであるフェール公爵令嬢、サラ・マーティンが顔を出す。
彼女、サラとは家同士の付き合いはないが、オリヴィアが夜会に出席する度に
『今宵のドレスは特にお似合いですわね。その自慢のお胸が強調されるデザインとか』
や
『今日も笑顔が素敵ですわね。きっとその笑顔があれば上手くたぶらかせますよ』
例え距離があってもわざわざ挨拶に来てそのようなお褒めの言葉を投げかけてくれる方であった。
しかし、ここ最近は社交界シーズンにも拘わらず領地で帰ってしまったようで顔を合わせることはなかった。
従僕が聞いた話によると体調が崩れてしまい静養するためとのこと。
夜会には必ず出席されていた方だったので療養とお聞きしたときは、驚きましたが、ご回復されたようで嬉しいかぎりです……いえ、いえ、いえ。
今は何よりも。
「あの……!」
「やはりな! ずっと不可解だと思っていたんだ!」
「もしかした」
「なんて恐ろしい! 噂通りの方ですわね!」
「すみま」
「ついに彼女の命運も尽きたようね!」
「えっと、その」
オリヴィアはどうにかして自分の思いを伝えようと唇を動かすが、その前に次々と浴びせられる言葉にかき消されてしまう。
非難の嵐が止んだ時には。
………………あら?
オリヴィアに向けられた視線は敵意、悪意、嫌悪のみとなっていた。
かなり疎い性格のオリヴィアでもこの状況がどれ程悪いものかというのは感じ取れた。
冷たい視線が並ぶ中、オリヴィアがシエナに視線を向けると、シエナはオリヴィアにしかわからないようほくそ笑んでいる。
辺りを見回しても、誰もオリヴィアと目を合わせようとせず、手も差しのべようともしない。
『また起爆剤のオリヴィアがやらかしたか』
『やはり彼女には何かあるのではないか』
『やっと彼女も見納めか。私をコケにした報いだ』
彼女の醜聞の多さに呆れるもの。
彼女の真意を見定めようとするもの。
彼女の破滅を喜ぶもの。
それぞれの思慮が入り交じり、オリヴィアへ注がれている。
完全な敵意もあれば高みの見物を決め込んでいる者もいたが。
この場にオリヴィアの味方は一人もいなかった。
……どうしていつもこうなるのでしょうか?
淑女として顔には出さなかったがオリヴィアの目頭はじわりと熱くなる。
久々に夜会に誘っていただけたのに誰ともダンスを踊ることもできず。
声をかけても逃げられ。
折角趣味が合う人に出会えても名乗るのを忘れ。
自分の考えさえろくに伝えることができないなんて。
やはり私では。
私では………………!
オリヴィアは何も言えず立ち竦んでいた、その時。
「どうなさいましたか? お嬢様」
剣呑な空気を破るように、階段の踊り場に聞き覚えのある男の声が響いた。




