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オリヴィアお嬢様は婚約できない  作者: 玻璃斗
第1章 ウィリアム
12/14

1-11 お仲間との出会い

 

 他に誰かいらっしゃるのでしょうか?


 オリヴィアが辺りを見回すと声のした先。

 庭園奥の茂みに、二つほどの影が動いているのが目に入った。


「だと……も……るぐらい!」

「む……だ……いく……」


 暗がりで顔までわからないがシルエットからおそらく若い男と女。

 ここは愛の聖地。逢引きかと一瞬思ったが。


「だ……今は……悪い!!」

「そ……ゆう……言って……は」


 内容までは良く聞こえないが女が男を激しく責め立てており、愛の聖地によくあるような甘い雰囲気ではない。


 大丈夫でしょうか……?


 下手をしたら女が男に殴りかかりそうな勢いだ。

 流石に無視できる様子ではなかったため、オリヴィアは男女の方に身体を向けた。


 その瞬間。


「もういいわよ! 役立たず!」


 金切り声と共に人影が飛び出してきた。


 ピンク色のドレスの裾を揺らしたオリヴィアより少し小柄な少女。

 編み上げた栗色の髪にやや目尻がつり上がっているラズベリー色の瞳。


 オリヴィアは少女のことを知っていた。


 シエナ・ブラックウェル。


 アイリア共和国との国境付近に領地を持つラフィル男爵家の令嬢だ。


 といってもフレッド達のように知り合いというわけではなく、舞踏会で何度か顔を合せただけ。

 特に仲がいいわけでも家同士が関係あるわけでもないため顔見知り程度の関係であった。


「……っ!」

 シエナもオリヴィアに気づいたようで、目を瞠る。


 なんとも気まずい空気が流れるが、目と目が合ってしまったからには挨拶をしないわけにはいかない。

 オリヴィアは姿勢を正し、スカートの裾を軽く持ち上げた。


「シエナ様。こんばん」


 だが、シエナはオリヴィアに挨拶を返すことなく、ひと睨みすると足早に去って行ってしまう。

 やり場がなくなったオリヴィアの会釈。


「待っ!」

「きゃっ」


 しかも頭を下げていたため、続けて飛び出してきた青年に気づかずぶつかってしまった。


 肩まで伸びた金髪に深緑の瞳。鼻筋が通った端正な顔立ち。


 年も二十半ばと結婚適正年齢ぐらいのため、婚約者を探す令嬢達の話題に上がるであろう美形であったが、ぶつかってしまった青年をオリヴィアは一度も見たことのなかった。


 ですが社交界の正装であるイブニングコートにホワイトタイを身に着けていますし舞踏会の招待客でしょう。


 よろめいたオリヴィアはそんなことを考えていた。


 本当にただそれだけなのだが、青年もまた。


 他の男達同様、オリヴィアの顔を見るなり困惑の色を浮かべたのだ。


 ……あっ、そうです。

 じろじろ見るのは失礼ですね。


 会場にいた男達の失敗点を思い出し、オリヴィアはできる限り穏やかに声をかけた。


「こんばんは」


 相手を怖がらせないよう優しく。


 私は大丈夫です。

 危なくはありませんよ。

 何も企んでいませんよ。


 そんな意味を込めて。


 するとシエナと違い、青年は素早く困惑顔から笑みに表情を変え挨拶を返してきた。


「こんばんは。こちらの不注意でぶつかってしまい失礼いたしました。お怪我はありませんか?」

「私は問題ございません。むしろこちらこそ申し訳ありません」

「……何故あなたが謝られるのですか?」

「私のせいで話が切り上がってしまいましたでしょう。私のことはお気になさらずシエナ様を」


 顔まではよく見えなかったがおそらくシエナと話していたのはこの青年。


 理由はわかりませんが、喧嘩別れは良くないですからね。


 シエナを追いかけやすいように気を回してそう口にしたオリヴィア。


 だったが。


「………………っ!」

 何故か青年は険しい表情を見せる。


「どうかなさいましたか?」

「あ……いえ、お見苦しいところを見せてしまいましたね。ですが今更追いかけても。むしろ怒らせてしまうだけだと思います」


 申し訳なさげに笑う青年。

 それは何だか見覚えのある表情だった。


「何かあったのですか?」

「………………実は」


 青年は茂みに咲き誇る薔薇へと手を伸ばした。


「つい気持ちが高ぶってしまい相手の事情などお構いなしに話を進めていたら彼女を怒らせてしまったのですよ。どうやら彼女、花の件には深くは興味がないようでして」

「お花ですか?」

「ええ。育てるのに最近入れ込んでいまして」


 真っ赤な花びらを指先で撫でながら青年は言った。


 大声を荒らげイラつき気味に去っていったシエナに、シエナの話をする度に気まずそうな表情を浮かべる青年。


 そして今夜は夜会でここは愛の聖地。



 この状況からオリヴィアはあることに気がつく。





 まさか、この方も私と同じく婚約者探しをしていてお相手に逃げられてしまったのではないでしょうか!




 彼も同じくお断りされてしまった仲間だということに。



 わかります。わかります。

 人とうまく話せないと自己嫌悪に陥りますよね!


 オリヴィアは淑女の嗜みから表には出さなかったが心の中で何度も頷き共感を示す。


 特に趣味の話は難しいですよね。

 私も半年ほど前。

 古美術が趣味だという婚約者候補の方がいらっしゃったので色々調べて話を弾ませようとしたところ

『知識のない僕のことを馬鹿にしているんだろ』

 と怒られてしまったことがありました。


 あの時は私の何が問題があったのか三日三晩寝ずに頭を悩ましたものです。



 ……といいましてもあの方は、古美術が好きというのは偽装で盗品を売買するのが真の目的。

 婚約する前に警察に捕まってしまった方なので状況は全く違いますが。


 青年に自分の過去の苦い経験を重ね、失礼と思いつつも親近感が湧いてしまったオリヴィア。


「あ、あの」


 オリヴィアは俯く青年に声をかけた。


「私は興味ありますよ。そのお話」

「……え?」

「人にはそれぞれ好みがありますから合わないことがあるかとは思います」


 貴族達が所有する庭園や温室の緑の世話は基本、園丁を雇い手入れをさせている。

 それは花が好きだからというよりも貴族としてのマナーとして芸術的な庭園を維持しているものの方が多い。

 おそらくシエナも観賞はしてもガーデニングには興味がなく、花の話を振っても盛り上がらなかったのだろう。


 対してオリヴィアは眺めるだけではなく手入れも好んで行うほどの花が好きだった。


「ですが私には大変興味深い話です」


 自分と同じ趣味を持ち、なおかつ同じような境遇。

 偶然か必然か。ここで会ったのは何かの縁。


「私も育てていますから」


 オリヴィアは自分と重ね青年を励まそうとした。


 青年はオリヴィアが賛同したことが意外だったようで驚きの表情を見せたが。


「……まさか。僕の話を聞いていただけるとは」

 花びらから手を放し、嬉しそうに口元を綻ばせた。


「お優しいのですね。こんな新参者にも」

「まだ始められたばかりなのですか?」

「ええ。ですから新しいものに手を出すのをとても難儀しておりまして」


 そう言いつつも先程より青年の表情は柔らかくなっていた。


 少しでも気持ちが楽になったようでよかったです。


 オリヴィアはホッと胸を撫で下ろす。


「初めは迷いますよね」

「ええ、彼女に深く切り込んでしまったのもそのせいかもしれません。どうしたらうまくできるのでしょうか? 自分をこの道に率いてくれた彼には聞けない状況ですし……」

「そうなのですか。それは……難しいですね」

「オリヴィア様はどのようなものを扱っているのですか?」

「……私ですか?」

「ええ、折角ですからご参考までにお聞きしたいと思いまして」


 自分の好きなものを育てるのが一番かと思うのですが……


 そう思ったが真摯な青年の表情に。


 初心者なら手本があった方が育てやすいかもしれませんね。


 とも考えたオリヴィアは答えることにした。


「私は特にローモを好んでますね」


 『ローモ』

 魔花と呼ばれる魔力を持つギリスティア王国特有の花。

 医療用の薬として重宝される以外にもクセの強い素材の臭み消しや淡泊な素材の香りづけに用いられる植物である。


「ローモですか……あの花、多年草ですが小ぶりな花しか咲かせないですよ?」

「確かに華やかではありませんが日当たりと水はけさえ良ければ特に土は選びませんし、それに」


 ローモのような植物でもいくつか植えると華やかで自然な雰囲気の庭になるのだ。


「なるほど。組み合わせですね。流石、噂には聞いていましたが知識がお深い。しかし手を行き届かせるのが大変ではありませんか?」

「手入れは大変かとは思います」


 ローモは強い植物だが反対に繁殖力も強い。

 そのためこのウェルシェル宮殿の庭園のような様式の庭園でローモを育てようと考えると摘心など定期的に手入れを行う必要がある。


 ですが。


 オリヴィアは足元に咲き誇る星の形をしたピンク色の花に視線を落とし微笑んだ。


「自然の姿を楽しむのも一興ではないでしょうか?」


 オリヴィアから甘美な微笑みを向けられた青年は目を丸くしたのち口元を抑える。


 会話は途切れ、数秒間の静寂。


 あ、あら?

 ……もしかして、また失言をしてしまったのでしょうか?


 クロフォードや夜会での男達の反応を思い出しおろおろするオリヴィア。


「……運命かもしれませんね」


 しかし青年は他の者達と違い嬉しそうに、ピンクの花を見下ろしたのち。


「確かにあなたにこの花はお似合いです」


 オリヴィアに顔を寄せ、目を細めた。


 青年の深緑色の双眸にオリヴィアの顔が。

 セレストブルーの瞳が映し出される。


 相手の呼吸がわかるほどの距離。


「特にあなたの瞳と同じ青色の花があれば一層」


 リンゴーン。


 同時に庭園にウェルシェル宮殿の時計台が鳴り響く。

 零時を告げる鐘だ。


 あ、もう零時ですか。

 そろそろ支度を整えないと約束の馬車の時間に間に合いません。


 帰宅の時間が迫っていることを思い出したオリヴィアは青年から一歩引いた。


「申し訳ありませんがそろそろ夜会も終わりに近づいてきたようですし、今宵はここで失礼させていただきます」

「戻られてしまうのですか? もう少しお話をしたいのですが……」

「私も残念ですが、これ以上はここでは」


 青年は名残惜しいそうな顔をしたが、無理に引き止めることはしなかった。


「わかりました、また後日続きをお話しさせてください。同志を見つけるのもなかなか難しいので」

「ええ、勿論です」


 オリヴィアは青年に一礼すると、ドレスを翻し庭園を後にする。

 青年は遠くなっていくオリヴィアの背中に向かって静かに。












 不敵な笑みを浮かべた。


「是非ともまたお会いいたしましょう。オリヴィア・ローウェル嬢」


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