進むべき道とは②
そして、お昼休み。
仲良し三人組がお弁当を持ち寄り、中庭で昼食をいただく。ここは、私が素の自分を出せる、とても大切な時間だ。
でも、今は、とても気が重い。
ラウル様に弁解するタイミングを得られないまま、ここまで来てしまったからだ。チクチクと背中に刺さる、彼の視線が痛い。
(大好きなサンドイッチなのに、味がしないよう)
モサモサと食べていたら、話題が進学の話になった。
「希望調査? もう提出したよ。僕は大学へ進学して、経済の勉強をするんだ。この国を、もっと豊かにしたいからね。ローズは、僕と同じ大学だろう? 法学部だっけ。国際法を整備して、世界各国との絆を結びたいと言っていたよね」
「平和が何よりですもの。国同士がケンカしない仕組みを作りたいですわ」
「二人とも、将来を見据えて進路をきめているんだね」
二人は優秀な上に、意識が高い。私なんて、何がしたいのか、何になりたいのか、まだ分からないのに。これでは、入る大学を選ぶどころではない。
「落ち込むことはありませんわ。アリスも、自分の得意なことや、好きなことを見つけたらいかが? 案外、すんなりと将来への道すじが、見えてくるかもしれませんわ」
にっこり笑いながら、優しく励ましてくれる。弱った心に、彼女の言葉は沁みた。
「ローズ! 一生ついて行きます!」
「ふふふ、来るものは拒みませんわ」
「そういえば、最近ローズは、ユル様と一緒にいることが多いらしいね」
「へー、それは初耳だわ」
レオンの指摘に驚く様子もなく、ローズは優雅に微笑む。
「耳が早いですわね。王家の抱える問題や、後継者としての悩みを相談していますのよ」
「なるほどね。それはともかく、あれ、何?」
レオンは、ラウル様を向いて言う。そこには、しんだ魚のような目をして佇む彼がいた。チクチクする背中に加えて、ズキズキと心も痛む。
「無理もありませんわ。アリスといい雰囲気になってきて、結婚まで秒読みだと言われている中での、まさかの進学宣言ですもの」
「へえ! 進学するんだ!?」
「……そんなに意外かしら」
目を丸くしているレオンを、じとっと睨む。それなのに、彼は嬉しそうだ。
「いや、結婚を先送りにするには、最高の手段だよ! 僕もいくつかアイデアはあったけれど、アリスにしては、よく思い付いたね」
ラウル様に聞こえるように、わざとレオンは大きな声で話す。それは確実にダメージを与え、ラウル様の闇は深みを増した。
「レオン、違うの。結婚が嫌で進学すると言っているわけじゃないわ」
やっと言えたと安心したのも束の間、レオンの表情が歪む。逆に、ラウル様の目には力が戻った。
「ううっ。あっちを立てれば、こっちが立たないよう~」
突っ伏して後悔しても、やり直しはきかない。うまく立ち回れない自分が情けなくて、泣けてくる。
「アリス、ドンマイですわ」
ローズの慰め方が雑だ。
「どういうことかな? まさか、ラウル様と結婚してもいいなんて言わないよね?」
「えっとですね、それが、その。待って、近いから!」
じりじりと距離を詰めてくるレオンに、後退しながら返す言葉を探していたとき、遠くで「ドーン」という爆発音がした。
レオンが瞬間的に防御魔法を展開して衝撃波は回避できたようだが、気が付くと、ラウル様が私に覆いかぶさっていた。身を挺して守ってくれていたのだ。
「大丈夫か?」
私の顔を覗き込むように、美しい顔が接近する。
「はい、ありがとうございます」
私の答えに安心したのか、彼は柔らかく笑う。通常なら、それで終わるのだけれど、彼は、より深い抱擁へ体勢を変えた。
「……嫌じゃなくてよかった」
安堵したような声が聞こえたとき、腕にギュッと力が入るのが分かった。彼を傷付けてしまったことに、改めて心が痛む。その後ろでは、レオンがキーキー言っていた。
「アリス! 今のは僕のお手柄なのに! ラウル様! さっさと離れてください!」
「ふう。レオン、助かりましたわ」
ローズが立ち上がり、周りを見て警戒すると、ジジジと、校内放送の入るノイズ音がした。やはり、何かあったらしい。
『全ての関係者に告げる! たった今、正体不明の異形が複数来襲した! 生徒と職員は、ただちに避難を! 戦闘員は各自、配置に付け! これは、訓練ではない! 繰り返す! これは、訓練ではない!』
「殿下、礼拝堂へ参りましょう」
ローズの護衛が促し、皆で礼拝堂を目指す。移動している間も、校門の方から戦っている気配を感じる。ラウル様は、私にピタリと寄り添って、周囲を警戒しながら進んだ。
「大丈夫だ。この礼拝堂には、どんな攻撃も絶破れない結界が張ってある。アリス殿のクラスは特に安全なルートだから、無事に王宮へ着くはずだ」
「ラウル様、なぜそんなに詳しいのですか?」
学園関係者しか知らない情報のはずなのだが、護衛だから把握しているのだろうか。彼は少し寂しそうな顔をして微笑む。
「……また会えたら、そのときに教える。今まで、君に伝えていなかったことも、全部」
「それ、言っちゃダメなやつです」
たいていの物語では、このようなセリフを言う人は「永遠にさようなら」の対象で、二度と帰って来ない。
「今から教えてくれれば良いではありませんか。一緒に避難するのでしょう?」
「いや、ここに残って戦う。学園に配属されている騎士の中で、一番強いのは俺だから。レオン、ここからアリス殿の護衛を任せる。できるな?」
ラウル様の意志は固く、止めても無駄だと分かった。レオンは、フンっと鼻を鳴らす。
「当たり前です。守ることに関しては、あなたよりも僕の方が優れています。ついでに、アリスの将来も引き受けますから、安心して行ってください」
「悪いが、この人だけは譲れないな。アリス殿、すぐに戻るから安全な場所で待っていてほしい。それと、お守りをもらっても?」
「おまもり? どのよう……」
問いかける言葉は、彼の唇に塞がれて途切れた。柔らかい感触を感じて、世界が止まる。私は、目をまんまるに見開いたまま動けない。
「ラウル様っ!」
レオンの怒気をはらんだ声が響き、何事かと驚いた人々の注目が集まるのを感じた。
(ひいいいいい~!)
周りがザワザワし始めてから、ようやくラウル様の唇が離れる。彼は、固まる私を嬉しそうに見た。
「確かに、いただいた」
レオンが二人の間に割って入り、私をラウル様から引き離そうとする。
「ひどいや、僕の目の前でキスするなんて!」
正確には、レオンだけではなく、学園関係者全員の前だ。私も猛烈に抗議したかったのだけれど、両手で口を覆い、震えることしかできなかった。
それなのに、ラウルさまは清々しい笑顔を私に向ける。
「これで、恐れるものは何もない。レオン、アリス殿を頼むぞ」
「言われなくても!」
「……どうぞ、ご無事で」
動揺する私には、そう言うのが精一杯だった。ラウル様は、飛び切りの笑顔で「愛している」と私に言うと、踵を返して駆けていった。
しばしの静寂の後、「きゃああああーーー♡」という乙女たちの悲鳴が轟いた。非常事態にも関わらず、目をハートにした女生徒たちが嬉しそうに飛び跳ねている。
先生が「静かに!」と注意している声が、やけに遠く感じた。
フツフツと怒りが湧いてくる。こんな中に置いて行かれて、私にどうしろというのだ。ラウル様に文句を言わなければ腹の虫が治らない。
私は、グッと顔を上げる。
「皆さま! 全員無事に避難しますわよ! 一人でも欠けたら、この私が許しません!」
ものすごい気迫だと、後にレオンから言われたが、おかげさまで、負傷者を出すことなく避難が完了した。




