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レオン

「アリス! そのまま走れ!」


 その声に意識が引き戻された。

 前方に目を凝らすと、親友がいる。


「レオン!」


 ニコリと笑う彼の(かたわ)らを駆け抜け、後ろに控えていた護衛に抱きとめられると、ようやく止まることができた。


(息が苦しい)


 口の中に血の味を感じながら、ヘナヘナとその場に座り込む。


「悪いけど、アリスを追っていいのは、君たちじゃないんだな」


 待ってくれ。

 誰ならいいと言うのだ。

 振り返ってレオンを見る。

 

「僕が優しくて、よかったね」


 武術に秀でた才能を持ち、豊富な魔力も持つ彼は、悪いお兄さんたちに対して、剣ではなく(まじな)いを使うつもりだ。


 両方の手のひらから、緑の(つた)が出現したと思ったら、光の速さで一直線に伸びていき、彼らに巻き付く。


「うわあっ!?」


 レオンは一歩も動くことなく、彼らを戦闘不能にしたのだ。鮮やかな手並みに驚く。


「アリス、大丈夫?」


 息が苦しくて返事ができないので、無言でうなずく。護衛が優しく背中をさすってくれていたが、レオンの目くばせで私から離れた。

 親友は、側に来ると膝をつき、私をしげしげと眺める。


「……その服装とか、これまでの経緯とか、いろいろ気になること満載だね。朝は学園にいたというのに、何をどうしたらこうなるんだい?」


 返す言葉もない。

 というか、今の状態では返せない。


「ところで、あいつらは何? 友だちだったら、ごめんね?」


 レオンは、追いかけてきた男たちを指して言う。これだけは、伝えなくてはならない。


「あい、つら、は、魔薬、の、売人、よ」


「聞いたか。すぐに行ってくれ」 

 

 レオンが指示をして、護衛が走る。

 その時、彼は何かに気付いた。


「さすがだな」


 そう呟くと、私の手を取る。


「アリス、立てるかい?」


「ごめ、ん。もう、ちょい」


 腰が抜けたようで、足に力が入らない。そんな私を見て、レオンは嬉しそうに笑った。


「待てないな。僕は気が短いんだ」


 ひょいと私を抱き上げる。


(えええー!)


 捕縛したお兄さんたちに背を向け、歩いていく。いつの間にか、こんなにも(たくま)しくなった彼に、小さかったときの面影が重なる。


「待て、レオン! アリス殿と話をさせてくれ!」


(ラウル様っ!?)


 悲鳴をあげそうになって、両手で口を塞いだ。レオンが私を()かしたのは、彼を見たからに違いない。二人には面識があったのか。


(幼なじみとはいえ、レオンは男性だもの。姫さま抱っこされているなんて、まずいわ!)


 慌てて降りようとするが、彼がそれを許してくれない。


「レオン、降ろして!」


 必死に手足を動かして抵抗するが、耳元で「あんまり暴れるとキスするよ」と言われ、私は固まった。


 レオンがおかしい。

 今朝は、あんなにもラウル様を擁護していたのに、態度が一変した。


(こんなの、ダメなのに!)


 大人しくなった私を見て、「なんだ、残念」と笑うと、ラウル様に体を向ける。彼の顔を見ることが出来ない私は、(うつむ)くことしかできない。


「お久しぶりです。お言葉を返すようですが、お仕事を優先するべきではないですか? 今なら、悪い奴らを一網打尽にできますよ」


 レオンは悪びれることなく、ラウル様に告げた。彼は、鋼の心臓を持っているのか。


「そ、それは、そうだが、俺は彼女の誤解を解きたい。頼む、少しだけでいいんだ」


 何を話したいのか分からないが、仕事とプライベートの狭間に立ち、ラウル様が苦悩している。

 その時、レオンの護衛が駆けてきた。


「トゥイナ様! 店には魔薬があるはずです! 我々と共に行きましょう!」


 私とラウル様を、引き離すつもりだ。

 主人思いの見事な連携プレーだが、ラウル様は返事をしない。


「さあ、行ってください。僕は、せっかく掴んだチャンスを逃したくないので、これで失礼します」


 牽制するような挨拶をすませると、レオンは(きびす)を返した。


「アリス殿!」


 名を呼ばれて、反射的に顔を上げる。一瞬だけ見えたラウル様は、この世の終わりのような顔をしていた。


「傷付けてすまなかった! 許してくれ! せめて、話をさせて欲しい! このまま終わりたくない!」


 血を吐くような叫びが、胸に突き刺さる。


「レオン、話を聞くくらいな」


「ダメだ。お人好しの君のことだから、(ほだ)されて、丸め込まれて、元の(さや)に収まってしまう。そんなこと、させるものか」


 すごい勢いで言葉を被せてきた。

 

「でも、あんな」


「文句を言うなら、キスするよ?」


 同じ手は食うものか。

 そうやって言えば、私が大人しくなると思っているのだろう。さっきは驚いたが、二度目は効かない。


「そんな気ないくせに!」


「……ふうん。試してみる?」


 レオンの目が変わる。

 逆らったらダメだと、直感した。


「いえ、遠慮します」


「それはそれで傷付くな」


 溶けるような目で微笑む彼は、本当に私の幼なじみだろうか。


「お願いがあるんだけど、僕の首に手を回してくれない? 聞いてくれたら、ご褒美に、君が疑問に思っていることを、僕が答えられる範囲で教えてあげる」


「何を?」


「ギルツ家の秘密について」

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