鬼ごっこの始まり
「ソレイユが見つかったわ」
「なんでー!?」
信じられない。馬までチェックしていたとは。
私が想像する以上に、ラウル様は私のことを調べ上げているのかもしれない。
「ラウル様も、なかなかやるわね」
おばあ様は、なぜか嬉しそうだ。
「では、歩くことになるけれど、隠し通路からお行きなさい。アーカン礼拝堂の物置に続いているわ」
「かくし、つうろ」
暗くて、狭くて、怖いところだ。
「定期的に掃除しているし、使用人が買い物に利用しているから大丈夫よ」
それは隠していない。
「……街への近道なんですね」
万が一の脱出ルートを普段使いにされているとは、作ったご先祖様もビックリだろう。それだけ、この国の治安が良くなった証拠かもしれない。
おばあ様は逃走用にと、食料や硬貨を入れた鞄をくれた。
「背負うタイプなの。両手が空くから動きやすいわよ」
まるで、ピクニックだ。
「いくらなんでも、用意が良すぎます!」
私がこの状況に陥るのを、知っていたかのように。
(この場合、逃げるのは正解かしら)
確かに、おばあ様は逃げてもいいと仰ったけれど、それは命の危険がある場合や、尊厳が脅かされそうになった時に、自分の身や心を守るため、一時的な退却をするものではないのか。
これは、それと同等の出来事なのかと、私の中で迷いが生まれた。
必死に面会を求めている彼を放置してよいのか。
今、まさに向かい合うべきではないのだろうか。
それに、逃すのに積極的な家族って、どうなのだ。
「あの、私が言うのもおかしな話ですが、一般的には、『ラウル様と話し合いなさい』と、諭すところではないですか?」
このままでは、さらに話が拗れる気がするし、逃げた分だけ罪が増えていき、解決から遠ざかるだろう。
けれど、おばあ様は笑みを絶やさない。
「もちろん、その通りよ。でも、ラウル様は特別だから、これでいいの」
特別に扱いが荒くても、いいということか。
しかし、そうなると、延々と逃げることになる。
「もし、選択を迫られたら、直感を信じなさい。あなたなら、きっと、最後までやり遂げられるわ」
「私に、逃亡者になれと……」
おばあ様は、目をパチクリとした後、「おほほほほ!」と大爆笑した。
「大丈夫。あなたは光あふれる、幸せの入口に立っているの。勇気を持って進むのよ」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
「お言葉を返すようですが、私が立っているのは、お先真っ暗な、地下通路の前です」
「まあ! 上手いこと言うわね!」
おばあ様のツボに入ったようで、ずっと笑っておいでだが、私は不安しかない。
しかも、玄関からは「アリス殿の馬があった! ここにいるはずだ! 頼む! 会わせてくれ!」と、ラウル様の声が聞こえてくる。
良心は痛むが、その熱意を好意的と受け止めることは、今の私には難しい。
(私が再び逃げたと知ると、彼はどう思うだろう)
怒り狂うだろうか。
あれほどの猛者を敵に回したら、私に勝ち目はない。彼の機嫌次第では、最悪、国外逃亡も視野に入れなくてはならないのか。もしかしたら、世界の果てまで追いかけてくるかもしれない。
(ラウル様との鬼ごっこが、始まってしまったわ)
しかも、「ここから先は、護衛なしで行きなさい」と言われ、一人で向かうことになった。なぜだ。スパルタすぎやしないか、おばあ様。
もしや、これくらいの試練をクリアしなければ、この家では、一人前として見てくれないのだろうか。そんな、無茶な。
一人歩きには慣れてはいるが、それは街の話だ。
真っ暗な地下通路は、冒険者ならワクワクして突入するだろうが、夢見る乙女にはキツイ。私の見る夢は、愛と希望に満ちたもので、決して悪夢ではないのだから。
「……行ってまいります」
どんでん返しの扉に手をかけ、そっと押す。
(なんとか、ラウル様と落とし所を見つけて、穏便に解決したい)
この道の先にそれがあるのか、はたまた、怒りを煽ることになるのかは分からない。願わくば、明るい未来に続いていますように。
今さら引くに引けない私は、ランプを片手に漆黒の闇を進むのであった。