アーカンホーム
「ふわーっ! やっと抜けたー!」
物置に通じる隠し扉を開けて、開放感を得る。
カビ臭い地下通路は、オバケが出そうで怖かった。
頑張った自分を褒めてあげたい。
「太陽の大切さが分かったよー」
ガラス窓から差し込む光に、感動する。
昼だからといって、明るいのが当たり前ではないのだ。暖かさと安心感を与えてくれる、太陽のありがたさが骨身に沁みる。
「……ご機嫌で何よりですわ、アリス」
突き刺さるような声が聞こえて、心臓が跳ねる。
親友の声に似ているが、今頃は学園にいる時間だ。
こんな場所にいるわけがない。
「あれ? 幻聴かな?」
「現実逃避していないで、私と向き合いなさいな」
横を見ると、難しい顔をした心の友がいた。
彼女は、この国の王女。私たちは幼なじみだ。
付き合いは、祖先の代まで遡る。
我々のご先祖様は、国のために戦った英雄だ。
私とレオンの祖先は、戦場で武勇を馳せたが、彼女の祖先は法の整備をしてくれた。
その昔、寝ても覚めても国の未来を語り合った祖先たちの絆は、私たちにも受け継がれている。
「えーと、どうしてここにいるの?」
学園を休んで、地味なワンピースを着ているからには、何かわけがあるのだろう。
「それは、こっちのセリフでしてよ。大捕物の直前に、ひょっこり現れてもらっては困りますわ」
どうやら、私は歓迎されていないらしい。
ローズによると、礼拝堂に併設されたアーカンホーム(養護施設)の調査をしているという。
このホームから引き取られた子どもの多くが行方不明になっていて、国の機関が調べても、消息が掴めないそうだ。
「手紙や贈り物が届きませんの」
「どういうこと?」
「私、国中のホームの子どもたちと、巣立った子どもたちの誕生日には、カードと贈り物をしていますの」
それは、ものすごい人数になるのではないか。
誕生日の管理や、品物選びは他人に任せられるとしても、ローズは毎日、たくさんの誕生日カードを書いているのだろう。
「ところが、このホームに関わった子には、届かないことが多くて、不審に思っておりましたの。調べてみたら、家の住所も養父母の名前もデタラメで、どこの学校にも籍がありませんでしたわ」
もしかしたら、犯罪に巻き込まれたのだろうか。彼らがいなくなっても、探す血縁はいないに等しい。せっかく、幸せになれると希望を抱いてホームを出たのに、そんなのはあんまりだ。
「家もなく、学校にも通っていない子どもたちが、今ごろどんな環境に置かれているか、気になって仕方ありませんわ」
彼女は、彼らが生きていると信じている。何としてでも手がかりをつかんで、助け出すつもりだ。
だからといって、王女自らが調査に乗り出すとは、さすがはローズだ。
「道で行き倒れていた子、天涯孤独の子、家庭で虐待を受けていた子、病気や貧しさから預けられた子、学校に行けずに働いていた子。みんな、自分の力ではどうしようもならない理不尽さの中で、懸命にもがいていましたわ」
ローズは、彼らのことを思い出すように話す。
「この世は、子どもだけで生きていけるほど甘くはありませんもの。衣食住が満たされるのは、私たちが想像するよりも、遥かに重要で尊いことですのよ」
ホームに入ることで、人間らしい暮らしと、安心感を手に入れることができるのか。自分と同じくらいの年の子が、親の庇護を受けられないがために、生死の境を彷徨うなんて、やるせない気持ちになった。
「みんな、仲良くしてる?」
「もちろん、ケンカはありますわ。それでなくとも、反抗期や思春期の集団ですもの。人間関係でこじれることは、私たちと同じで、普通にありましてよ。でも、命をつないでこその諍いですわ」
生まれた家によって格差があるのは理解していたが、命に関わるレベルは見過ごすことはできない。どうにかならないものなのか。
「私たちが彼らに出来ることは、あまりありませんわ。もちろん、成長を見守っていますし、自立に向けたプログラムも組んで、サポートしていますのよ。
でも、結局は、自分で這いあがるしかないのですから。
そのための知識と技術、そして、人間としての誇りと愛を、ここにいるうちに、身に付けて欲しいと願っておりますの」
熱く語る親友が眩しい。
「ローズって、すごいんだね」
「当然ですわ。私が、次の時代を築いて行くのですから。私の無能や不手際で、多くの人を不幸にするわけにはまいりませんもの」
「……殿下、養父母たちが集まってきています」
物置小屋の外から男性の声がした。「分かったわ」とローズは答え、何のためにここにいるのか教えてくれた。
今日は、三人の子どもが引き取られるらしい。
やはり、行き先が不明瞭だったので、これから後をつけて調査するそうだ。うまくいけば、芋づる式に多くの犯罪を引っ張り出せるかもしれない。
待ちに待った、チャンスだ。
「でも、ローズは必要なの? 騎士だけでよくない?」
彼女は、不敵に笑う。
「私は一人っ子でしょう? ここの子たちは、私の兄妹と思っていますの。人任せにできませんわ」
彼女は情に厚い。
「それにしても、昼間から、堂々と連れて行くんだね」
「夜中にこっそり連れて行く方が怪しいですわ。普通の家庭に、引き取られていくはずですのよ」
(それもそうだ)
彼らが悪者だと思い込んでいるから、見え方が違ってしまうのだろう。先入観や思い込みは、事実を見落とす危険があると、心のメモに記す。
ふと、ラウル様の事が頭をよぎる。
彼に対して、先入観がないと言えば嘘になるけれど、誤った認識は、交流を深めていくうちに氷解するものだろう。
今なら、みんなの言葉の意味が分かる。彼の第一印象が悪過ぎたため、「本来の彼にたどり着くには時間がかかる」と、アドバイスをくれたのだ。
確かに、徐々に変化は見られたが、追跡魔であることと、指輪への細工が、全てを台無しにした。
見えない相手に対して怒りに燃えていると、それを調査意欲と取ったローズが、私に尋ねた。
「もしかして、アリスも着いてくる気かしら?」
「も、もちろん! 乗りかかった船だもの」
「……沈没させないことを祈りますわ」




