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隠していたこと

 それから数日後の夜。アデルは父の自室へと向かっていた。

 セリスがいた手前聞けなかったが、気になっていたことがあったからだ。


 ノックをすれば、返事が聞こえる。アデルは少し緊張しながらも、中に足を踏み入れた。

 父であるロイスは、長椅子に腰掛け本を読んでいた。


「こんばんは、父上。少し話をしてもいいでしょうか?」

「ああ、もちろんだよアデル。わたしのほうも、君に言わなければいけないことがあると思っていたからね」


 ロイスはそう言うと、本を閉じ椅子に座りなおす。アデルはその向かい側に椅子を持って行き、座った。


「……なぜ今まで言わなかったのか。聞いても良いでしょうか?」


 アデルが気になっていたのは、そこだった。

 だってもっと早く言ってもらっていたら、アデルはこうも悩まなかったのだ。それもあり、アデルはほんと少しだけ父親を恨めしく思っている。


 ロイスは頬を掻く。


「そこは少しややこしい事情もあるのだけど……まずひとつめの理由を答えようか。一つ目、それは、アデルが嘘をつくのが下手だということ」

「う……」

「それにアデルは、殿下が男だと知ったら無駄に意識してしまうだろう? 女性らしさとかが出てしまうと思ったんだ。そうしたら、アデルと殿下の本来の性別がバレる可能性も上がる。それだけは避けたかった」

「面目次第もございません……」


 アデルは顔を赤らめた。

 アデルは嘘をつくのが苦手なのだ。誠実で真面目な、悪くいえば融通の利かない性格をしている。

 男装は幼い頃から慣れてしまったため違和感などないが、その辺りの性別が途中でぶれると混乱してしまう自信がある。今は良くなったが、前はそんなことできるほどの余裕がなかったのだ。


 ロイスはくすくす笑いながら首を横に振る。


「そこがアデルのいいところだよ。殿下が今までバレずに済んだのだって、アデルの真面目なところがあったからなんだよ? 真面目が代名詞の次期侯爵家の息子が婚約している人がまさか男なんて、誰も思わないからね。だからアデル、もっと誇っていいんだよ」

「はい……ありがとうございます」

「それに一つ目と言っただろう? 理由は他にもあるんだ」


 ここまで言ってしまったし、言ってもいいかな?


 そう一人呟き、ロイスは背筋を正す。


「実を言うとね、アデル――僕たちは、第二王妃様と一緒に亡命しようと思っているんだ」


(………………え?)


 アデルは目を丸くした。


「それは、つまり、」

「うん、この国を捨てることになる。だから、色々と準備が必要だった」


 ロイスは、この国の貴族制度に揺らぎが生まれているということ。国王に不信感を抱いている者がいるということ。それにより、革命を起こそうとする動きがあるということ。


 そして領民に迷惑をかけないために、別の貴族に領地を渡していったことを告げた。そうなれば、懸念していた親戚たちの手に領地が渡ることはない。


 しかも国側にバレないよう、今はまだエルヴィンス領ということにしているらしい。裏工作までバッチリだった。


「何より、第二王妃様と王女殿下の身が心配だ。王女殿下が男だとバレれば、お二人は確実に政治情勢に巻き込まれる。それを避けるための亡命だ。第二王妃様とはそれもあり、かなり前から話し合いをしていたんだよ」


 その一連の話を聞き、アデルは驚いた。自分が懸念していたことが、全て解消されていたからだ。父親と第二王妃がどれだけ優秀なのか、よく分かる。

 同時に、セリスの名前を出されどきりとする。


(そうか……よくよく考えなくても、セリスはこの国じゃ、本当の意味で幸せにはなれないのか)


 理由は簡単。いつ正体がバレるか分からないからだ。

 正体がバレれば、セリスは自動的に王太子になってしまう。なんせいまだに、この国には男児の王位継承者が生まれていないのだ。その瞬間、セリスは第一王妃とその派閥から命を狙われることになるだろう。


 国王は第二王妃のことを気に入っているという話を聞いたことがあるから、セリスが男だと知ればなおのこと手放すわけがない。


 気に入っているなら身の安全も確保しろよ、とアデルは悪態をつきたくなった。それをぐっとこらえ、アデルはロイスを見つめる。


「……亡命さえすれば、セリスの……そして、王妃様の命は守れるのですか?」

「ああ。そしてアデル。アデルも、跡継ぎなんて考えなくて済む。家を守るために、自分を殺さなくて済むんだ」


 どくりと、嫌に心臓が鳴る。

 自分に課せられていた役目がなくなるという不安と、抑圧していたものが取り払われるという解放感。その二つがごちゃ混ぜになり、足元が真っ暗になった気がした。


(私が今までやってきたことは、無駄だったのだろうか。でも……それさえ捨てることができれば、私はセリスと幸せになれる?)


 よく分からない。分からないからこそ怖いのだ。


「亡命するのは、殿下が成人してから一月後。それと同時に革命が起きるから、それに乗じて亡命するつもりだ。……本当は、何も説明しないで連れてくるつもりだったんだよ。子供だからと思っていたから。でもそれは……間違いだったね」

「父上……」


 どうやらロイスは父親として自分なりに考えて、アデルの幸せを願ってくれていたらしい。その点はとても嬉しかった。


 しかしあまり猶予はない。亡命までのタイムリミットは二ヶ月だ。


「……少し、頭を整理させてください」


 それだけ言い残し。

 アデルは逃げるように自室に飛び込んだ。



 ***



「……結局、今日も眠れなかったな」


 ベッドからのそりと身を起こしたアデルは、髪を搔きむしりため息を吐いた。


 父親から説明を受けてから早三日。しかしアデルは、なんとも言えないモヤモヤした気持ちを抱えたまま眠れない日々を過ごしている。


(今日はセリスに会うのに……ダメだな、私は)


 鏡を見れば、見るからにひどい顔をした自分がいた。


「……今日会うの、やめにしたほうがいいかもしれないな」


 こんなひどい顔をしてセリスに会うのは、正直言って恥ずかしい。身なりくらいちゃんとしたいのだ。

 そう思い手紙を書こうとしたが、会いたいという気持ちも強くて躊躇ってしまう。


 迷っているうちに、メイドの一人がセリスの来訪を伝えてきた。

 アデルは慌てて身なりを整える。


 身だしなみだけじゃなく、心の準備もできていなかった。どんな顔をして会えばいいのか分からない。


 しかし、セリスはアデルの部屋にやってきてしまった。

 今回はいつも通り、ドレス姿のセリスだ。


「ごきげんよう、アデル」

「あ、ああ……ごきげんよう、セリス」


 ぎこちなく笑っていつも通り手を取ろうとすれば、セリスがもう一歩近づいてくる。

 アデルが取るはずだったセリスの手は、アデルの顔に当てられていた。


「……ひどい顔をしていますね。何かありましたか?」


 クマがくっきり残っている目の下を、セリスの指先がなぞる。

 セリスの瞳が細められるのを見て、アデルは肩を震わせた。


 なぜか分からないが、背筋がぞくりと震えたのだ。


 セリスはアデルを見つめたまま、ゆっくりと口を開く。


「……アデル。これはどうしたのですか?」

「……その。少し、眠れなくてな」

「なるほど。なら聞きます。なぜ眠れなかったのですか?」

「……悪夢を見ただけだ。気にしないでくれ」


 そう言いアデルが顔を逸らそうとしたら、セリスが両手で顔を掴んできた。


「わたしの目を見て言ってください、アデル。あなたが嘘をつけない性格だと言うことくらい知っています。……何があったのですか。教えてください」


 切実な願いに、アデルの胸がきゅうっと締め付けられた。

 セリスは、本気でアデルのことを心配しているのだろう。きっと、アデルが言うまでしつこく聞いてくるはずだ。


 その追撃に耐えられるかどうか。


 しかし、ここで真実を口にし、胸の内を吐露するのはなぜだか躊躇われた。


(でも、亡命しなければセリスは、いや、わたしたちは、これからずっと窮屈な思いをしていくのだろう)


 アデルの父であるロイス、そして第二王妃はそう思ったからこそ、危うい橋を渡ることに決めたのだ。


 アデルは、腹をくくった。


「……実は」


 そう前置き、アデルはセリスに亡命の話をしたのだった。

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