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義顎の装具(2)

 〝魔猫のめし処〟の昼の献立は肉料理と魚料理の二つが用意されている。開店当初はラウデリアでは珍しい魚料理の注文は滅多になかったのだが、近頃では注文の三割に近づくほどにまで増えてきている。

 碧の日。肉料理は豚肉と茄子の唐辛子煮込み、魚料理は川魚の香草焼きが供されていた。


「お魚って、意外と美味しいのね――」


 窓際の六人掛けの座席。魚料理を注文したのはリュウトとタルチェナの二人だ。干物もしくはなんの衒いもない塩焼きがリュウトの欲するところであったが、胡椒の風味の強い香草焼きなら魚の味もそれなりに引き立つ。リュウトに触発されたタルチェナも恐る恐る挑戦していたが、結果は満足の行くものだったようで、今は鋼色の右手で焦げた尻尾の先を看板猫のミミュルに与えている。

 残る二人は魚を避けたが、スタキーノが単なる食わず嫌いなのに対して、ドマシュのほうは単に気分の問題だったようだ。


「南ノ国境付近デ食シタ生ノ海水魚ハ美味デアッタ」


 肉料理を食べ終えたドマシュが遠征先で刺し身を食べたと話し出す。

 元侯爵家の継嗣であり、筆頭詠唱士であり、歴戦の英雄であり、しかも現在は失脚同然の身である――そんなドマシュに対して話しかけ辛かったリュウトだが、最近はだいぶ気安く口を利けるようになってきた。尊大な態度も立派な実績に裏付けられており、単に傲慢な性格というわけではなかったらしい。軍の先輩であるスタキーノはもちろん、その弟子であるタルチェナもさほど緊張せずに会話できているようだ。

 とはいえ食事中のドマシュに話しかけても言葉が返ってくることはほとんどない。元貴族らしく行儀がいいというのもあるが、それ以前に両手が食器で塞がっていて筆談の魔術具を扱うのが手間なのだ。


 ひと抱えもある箱型だった筆談の魔術具だが、ドマシュの使っているそれは、既に常時携帯が可能なまでに小型化されていた。軍の施設でもない魔猫のめし処で、筆談の魔術具による会話が成り立つのはそのためだ。


 小型化に要した時間は、驚くほどに短かった。

 スタキーノが呪文からの魔法陣生成の可能性について訊ねようとポルパのもとへ押し掛けたのは三日ほど前になる。部屋の扉を乱暴に開けるなり中に押し入り、胸ぐらを掴んで問い詰めるスタキーノに、ポルパは無常な言葉を告げたものだ。


「おい、ポルパ! 呪文から魔法陣を生成する技術ってのはなんだ!? きりきり白状しやがれ!!」

「相変わらずせっかちな男だ。いいか、よく聞けよ。魔法陣の生成はな、可能性があるというだけで、まだ研究は手を着けたばかりだ。まずは古代言語からの生成方法を解析するのが先決で、現行の記述魔法の改良は、まだまだ先の話だよ。それよりそっちの目的は、その筆談の魔術具とやらなんだろう? 他人の研究に首を突っ込むよりも、まずは現状の魔法陣をもういちど精査して、余分な機能を削ぎ落とすほうが先であろうに。野に下って手よりも口で世渡りするようになったか?」

「馬鹿にするなよ、このトンチキめ! 余分な機能なんぞ、とっくに削ってるわい!」


 スタキーノは重たい魔術具の代わりに持参していた魔法陣の紙片をポルパの鼻先にひらひらと突きつけたが、ポルパは嫌そうに顔を背けるだけで手を伸ばそうともしなかった。そこにたまたま顔を出したのがポルパの副官であるトバロだった。


「ほう、これが筆談の魔法陣ですか。なかなか興味深いですな。どれ――」


 書かれた記述魔法を読み取るのもそこそこに、トバロは手に持っていた筆記具で魔法陣の紙の上にさらさらと文字を書いた。魔法が発動して文字が音声として読み上げられると同時に、その場に集まった全員が「あっ」と声を上げて固まった。


「箱、要らないですよね? 紙で十分だったんじゃ……?」

「言われてみれば、慥かにそうね……」

「そういやあ、昔、退役するときに義顎を返さなかった奴がおってなあ。それで勝手に持ち出せないように箱にしたんだった」


 義顎などの装具は個人に合わせて調整しているために他人が使えるものではない。そのため退役の際には使用者に譲渡されることが多いが、そもそもは軍の装具であるから、それなりの手続きが必要となる。それを煩わしがって手続きを無視した例があり、防止策を講じたというのがスタキーノの説明だった。

 要は筆談の魔術具が立派な装丁の書籍並の大きさであったのは、軍用魔術具の無断持ち出し防止が目的だったわけである。スタキーノがその事実を記憶の底から引っ張り出した時点で、筆記具の大きさに合わせて魔法陣を縮小したり、書き改めたりする必要はないということが明らかになったのだ。


 その結果がドマシュが食べ終えたばかりの豚肉の煮込みの皿の脇に置かれた紙の魔術具である。トバロが使った紙片とは異なり、手巾(ハンカチ)ほどの濃紫色の紙を同色の布で裏打ちしてあるものだ。布を張ったのは丸めたり懐に入れたときに傷みにくいようにという配慮であり、白い紙でないのは書かれた文字を人が読んだり記録したりする必要がないからだ。製作したのはスタキーノ工房。ドマシュがカッリジョルド家の紋章の入った布地を持ち込み、自費で製作を依頼した。筆記具は魔力を流すためだけの物であり、文字を可読化するための魔法陣もなければ普通の筆記具のように洋墨(インク)が充填されているわけでもない。


「でもやっぱり筆談は不便だし、喋れたほうがいいですよね」

「発声機能よね……。文字の音声化の魔法陣の応用だけじゃ難しそう……」

「気ニ病ムナ。少々、不便デモ意思疎通ニハ支障ナイ。無理ヲシテ発声機能ヲ付与シテモラッタトコロデ、詠唱能力ガ復活スルワケデモナカロウ」

「そういやあ、詠唱能力の有無を分けるものについてポルパの野郎が研究していやがったな。魔法陣生成の研究と一緒に、そっちもちゃっちゃと進めるように発破かけるかな。ふん、フェンの坊主にも、一丁、手伝わせるか……」


 軍籍を離れはしても、スタキーノの魔法軍への影響力は未だに大きい。軍人時代の上下関係に負うところも少なからずあるが、それ以上にスタキーノの圧倒的な技術力に誰しもが一目置かざるを得ないからである。研究に関しては常に我が道を行くという姿勢を貫き続けるポルパでさえも、自分の研究がその技術力に支えられているからこそ、スタキーノの要望に応じざるを得ない。尤も、ポルパが研究の優先順位を変えたところで、急速に進展するとは限らないのだが。


 ドマシュの負傷は顎および喉に及んでおり、自力での発声は困難であった。当然のことながら、詠唱能力も現時点では損なわれたままである。今後、火傷が完全に癒え、発声を含めた顎の機能が装具によって補われたとしても、再びドマシュが詠唱士に戻れる保証はどこにもない。

 そもそも暫定的とはいえ供給士という事実上の格下げ処分の憂き目にあっているのだ。機能云々以前に、元の仕事に復帰できる可能性は低い。それはドマシュ自身のみならず、その場にいる全員の暗黙の了解であった。


「そろそろ帰りますか」

「どうもありがとうございました――」


 店主夫人のリィリエがにこやかに座席までやって来て、椅子の上に陣取り出入りを邪魔するミミュルを抱き上げて退かせる。タルチェナが名残惜しそうに手を伸ばしてミミュルの耳の付け根を掻いた。


「うちの工房、魔獣鼠が出るの。子猫が生まれたら一匹欲しいんだけど……」

「あらごめんなさいね、うちの()、お腹が大きいわけじゃないのよ」


 堂々たる腹をタプタプと叩いてみせるリィリエの手をミミュルが不機嫌そうに甘噛みする。


「それじゃあ、もし子猫ができたらってことで――」

「差し上げるのはいいんだけど、普通の猫よ? 魔獣鼠退治には向かないわ」

「魔獣鼠退治なら生粋の魔獣猫よりも普通の猫と猫科の中型魔獣を掛けあわせたほうが優秀だぞ」


 猫のミミュルを交わされる会話を聞いて、リュウトは砂漠の遺跡で出会った豹の守護獣のことを思い出した。守護獣の魔法陣もまた、ポルパの預かりだった。

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