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義顎の装具(1)

 秋の中の月の後半。技術補助部隊は、この時期には珍しいことに新しい供給士を迎えた。

 背は高く、痩せぎすな男である。それなりに年齢と経験を重ねてきたらしい顔には、一介の供給士には不似合いな迫力がある。髪は淡い青紫色。瞳は常ならば酷薄そうと評される色味の薄い灰色だが、今は曇天の鈍色に沈んでいる。


「ドマシュ殿、今日の分は全部で七本です。よろしくお願いしまっす!!」

「……承ッタ」


 技術補助部隊が常駐する工房課へ詠唱魔法部門付きの機動補給部隊の三名の供給士が魔力樽を運び込んできた。彼らの依頼に機械的な声色で答えたのは、()筆頭詠唱士であるドマシュ・カッリジョルドであった。


 これは一種の懲罰的人事である。

 北西泥炭地の屍霊討伐隊は成功裡に終わったものの、討伐隊は壊滅に追い込まれた。その責任を問う裁定は正式には下ってはいないものの、ドマシュは見せしめの意味合いを込めて魔法支援部門の預かりの身となっていた。本来なら人事系の管理下に置かれるのだが、彼のような有為の人材を無駄遣いすべきではないという一部の(・・・)意見が通ったのだ。悪意に満ちた意見ではあったが、詠唱魔法部門長である父トルレニアトが身内贔屓と責められるのを避け、事実上の降格となる魔力供給作業に従事することとなったのだ。


 お蔭で、このところ工房課や研究課の魔力供給量は余り気味である。当然、魔力不足に嘆く機動補給部隊からは余剰分を回すようにと懇願され、この数日は供給士が朝夕に工房課付きの供給士控室に魔力樽を運んでいるという次第だ。


「ドマシュ殿の魔力量って、どのくらいあるんでしょうね?」

「……」


 供給士の質問に無言で答えるドマシュだが、不躾な内容に気分を害したわけではない。屍霊討伐で負傷した彼の下顎には咀嚼や嚥下を補助するための魔術装具が嵌めら、ごく簡単な単語の組み合わせ以外は満足に会話ができない状態なのだ。

 同時に質問に対する答を彼自身が知らないというのも無言の理由である。彼が魔力樽を満たす速度も、本数も、他の供給士を凌駕しているのは明らかだが、個人の魔力量を明示的にかつ正確に計測する方法は確立されていないのだ。


「ドマシュ殿、スタキーノ工房に行きましょう」


 下顎の魔術装具を開発したのは魔法軍だが、その製造はスタキーノ工房が一手に引き受けている。新しくつけたばかりのそれは、日々、調整が必要となる。スタキーノ工房に出入りの多いリュウトは、懲罰対象(・・・・)であるドマシュの監視を兼ねて共にでかけるのが日課となっていた。


「総勢十五人の討伐隊で生還が六名……ってやっぱり壊滅か……」

「……知ラヌ」

「あれ、でも詠唱士は百人に匹敵で、筆頭詠唱士なら五百? 千?」

「……知ラヌ」


 リュウトのうろ覚えの知識では、損耗率四割で全滅だったはずだ。単純計算では討伐隊壊滅で間違いないが戦力換算なら四割に満たないのではと考えたところで、旧身分も軍の階級も上のドマシュに対して失礼な口の利きようであったと気がついて口を噤んだ。尤もドマシュのほうは、魔術装具の持つ語彙が少ないのもあって、若輩者の浅慮を咎め立てたりはしない。


「フィオメリカの処分はどうなるんですかね?」

「……知ラヌ」

「ディルガは、いちど夜中に戻ってきたけど、なにも話せなかったんですよ」

「……ウム」

「やっぱりヴァルエスに訊くしかないのかな……」

「………………。知ラヌ」


 屍霊討伐から生還した詠唱士はドマシュと見習いのフィオメリカの二名のみ。残りの四人の生還者はディルガを含む供給士であった。屍霊の動きが沈静化したことは既に確認されており、討伐自体は成功と認められた。しかし四名もの詠唱士が死亡した経緯の解明は必須で、責めを負う立場の詠唱士二人を除いた供給士たちは、北部泥炭地への検証遠征に再参加させられている。

 尤も大半は噂に過ぎず、親友が巻き込まれているとはいえ、リュウトが詳細を知る由もない。態とらしくも雑談を装い道々ドマシュから話を引き出そうとしたが、魔術装具の問題も相俟ってドマシュの口は重かった。


               ○◎●○◎●


 義肢や義手などの装具の魔術具化の技術を確立したのは、魔法軍にいた時代のスタキーノである。そのため彼が退役して民間魔術具工房を開いた時点で、装具の整備が彼の工房に引き継がれるのは規定の路線だったわけである。


「右上顎の噛み合わせはどうだ? 喉に違和感はないか? 飯はちゃんと食ってるか? ええい、ぐずぐずせずにさっさと答えやがれ!」


 圧倒的な能力を誇る筆頭詠唱士といえども、長いこと工房課の第一人者であったスタキーノから見ればひよっこも同然らしい。乱暴な口調でなされる矢継ぎ早の質問にも、ドマシュは神妙な面持ちで返答している。

 それをいいことにというわけでもないが、リュウトとタルチェナも自分たちの用件をさっさと済ませると、二人が向き合う横に勝手に座り込んでやり取りに耳を傾け始めた。


「顎、舌、歯ニ痛ミハナイ。喉ノ火傷ハ完治シテイナイ。飲食ニ不自由ハナイ」


 スタキーノは取り外した義顎を手に持ち螺子回しで蝶番部分を弄っている。口腔内に直接触れる部分は、極細の印章の魔術具で魔法陣の形状や寸法部分を書き換えて調整している。

 ドマシュの口元は布で覆い隠されているが、義顎の形状からすれば下顎はほぼすべて失われている。それにも関わらず、スタキーノと会話するドマシュの口数が先程までとは比べものにならないほどに多い理由は、彼の手元の魔術具にあった。


「あれは筆談の魔術具。板の表面に文字を書くと、それが音声化されるの」

「義顎の魔術具とは無関係なんだ?」

「そうね。義顎は基本的には咀嚼や嚥下といった生命維持に関わる部分の支援が目的だから。言葉は予め登録された数語しか発することはできないわ」

「へえ、筆談の魔術具の機能を義顎に組み込めばいいのに……」

「お前ら、横でゴチャゴチャうるせえ!!」


 魔術具の装具に関して無知なリュウトに、タルチェナが小声で解説をする。それを煩がったスタキーノが両拳でどんと勢い良く机を叩いた。

 びくっと椅子から飛び上がったリュウトとタルチェナだったが、二人には思いもかけない反応をドマシュは示した。


「義顎ニ筆談ヲ組ミ込ム? 可能ナノカ?」

「技術的には可能ですが……使えないと思います」

「なんで? って、あっ……そうか」


 タルチェナはもちろん、魔術具が身近なリュウトはすぐに気づいたが、魔術具の扱いは供給士任せの詠唱士であったドマシュは咄嗟には思い至らなかったようである。その様子を見ていたスタキーノが「ふう」と溜息を吐いてから理由を説く。


「魔法陣の寸法の調整も難しいが、問題はそこじゃない。書いた文字を読み上げる魔術具なんだから、義顎に組み込んだら年がら年中、顎や頬っぺたに字を書くことになるんだぜ」

「……ナルホド了解シタ」

「書くのが駄目なら鍵盤みたいなのを使ったら?」

「人によっては筆記具を使うより速いでしょうけど……義顎に鍵盤は取り付けられないわね」

「うっ……そうだね」


 印刷もタイプライターも存在する世界だけにキーボード入力もすぐに理解されはしたが、筆談の魔術具の問題点を失念したリュウトの案はタルチェナに失笑されただけだった。己の考えの浅さに赤面しつつも、ついでとばかりにリュウトは思いつく限りの案を端から口にする。


「筆記具自体を筆談の魔術具にするってのは無理なんですか?」

「だからそれじゃ義顎に組み込めないって」

「でかい板を抱えて歩くよりも、筆記具一本のほうが手軽じゃないか」


 リュウトはデバイスオタクではないので詳しくはないが、ペン自体にセンサーをつけた受信装置を必要としない入力機器もあったはずだ。魔法でも再現できるのではないかと思ったのだが、スタキーノは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。


「考え方は、面白い。だがいかんせん、魔法陣が大きすぎる……」

「印章魔法で縮小しても……難しそうですね。筆記用具を大きくするのも限度がありますし……」

「なら既存の魔法陣の組み合わせじゃなくて、まったく新しい記述魔法を書けばいいじゃないですか」

「小僧! お前も記述魔法の基礎ぐらい知ってるだろうが!! いいか、記述魔法ってのはな――」


 記述魔法とは既存の魔法陣を分解し組み合わせて新しい魔法陣を生み出すものだということは、つい先日、フェン・ガラッハに説明されて初めてリュウトは得心した。だが同時に古代王国では呪文から直接に魔法陣を作り出す方法が使われていて、ポルパはその研究に情熱を傾けているのだということも知ったのだ。

 遺跡には呪文から魔法陣を生成する装置は存在していたし、ポルパはその研究に着手している。理論構築には長い時間がかかるかもしれないが、現物が既にあるのだから、必要な魔法陣を作れるようになるのはさほど時間はかからないのではないか、とリュウトは思う。魔法陣生成が無理でも索引の魔術具は試作品もできているわけだし、遺跡の膨大な呪文集の中から使えそうなものが見つかるかもしれない。


「あの野郎の依頼には、そんな意味があったのか!! よしポルパんとこへ行って詳しいことを吐かせてやる!」

「師匠! あたしも一緒に連れて行ってください!」


 新しい技法の可能性を示唆されたスタキーノは、目の色を変えた。しかも自らが十分に説明もされないままに作らされた試作品が関係していると知って、好奇心に憤りが混ざって、俄然、勢いが増す。すぐにも魔法軍に押しかけようと、スタキーノはタルチェナにも手伝わせて猛然とドマシュの義顎の整備を進め始めた。

 その勢いに圧されたリュウトは、顎を二人がかりで押さえ込まれて困惑顔のドマシュに向かって、そっと頭を下げたのだった。

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