受け入れ試験
記述魔法部門の演習場には、通常よりも多くの人数が集まっていた。朱の日、スタキーノ工房に発注していた|魔力推進装置付き携帯式簡易移動機(魔力板)が初めて正式に工房課へと納品された翌日のことである。
演習場の中央では、十名の兵士が魔力板に乗っては落ちるを幾度も繰り返している。板の操縦方法や身体の動かし方を指導しているのは、リュウトやチェデスコ、トルへストといった技術補助部隊でも魔力板の扱いに長けているとされる供給士たちだ。その様子を食い入るように見詰めているのが、魔力板を開発した工房課の設計士や技術補助部隊の残りの供給士、加えて今日の討伐に参加していない機動補給部隊の供給士たちだ。さらに外側では研究課の設計士や課長のフェン・ガラッハまでもが興味深げに見守っている。
「右旋回! 良し!」
「そのまま上昇! 停止後、急降下! 良し!」
「転回し、元の位置まで戻れ!」
納品後の受け入れ試験は、前日の段階でアグダの指示によりひと通りは完了している。それでもなお受け入れ試験の見直しは続けられていた。正確には、次回以降の納品に備えて、検査項目の妥当性の検証と周知、検査担当者の育成が目的だ。
今回、スタキーノ工房に発注した魔力板は製作期間二ヶ月で百台。昨日、納品されたのは十台で、全台を動作確認することは可能だ。だが発注して既に二週間以上が経過しており、今後の一回あたりの納品数の増加は必至だ。それでも全台検査は不可能ではないが、実戦配備後に継続導入の可能性は高い。命を預ける道具の品質確認は必須であり、明確な品質基準と検査方法を確立しなければならない――というのが元IT系テスト要員たるリュウトの矜恃、のようなものだ。
検査の内容はリュウトが中心になりトヘルストやその他の魔力板乗りたちと相談して決めたものだ。当然、アグダによる監修も入っているし、スタキーノ工房のタルチェナの了解も得ている。基準だけがひとり歩きして、実現不可能な出鱈目な高品質を要求するようでは困るからである。
検査項目は、目視による形状や大きさの確認と、実際に使用しての機能動作確認の二つに大きく分けられる。各検査項目は、確認方法の細かな手順とともに、一覧表として管理されている。リュウトが日頃使っている進捗管理表と基本は同じものだが、いずれは遺跡から出た索引の魔術具で管理するのがリュウトの秘かな野望だ。なにしろ各項目ごとに確認方法の手順がずらずらと並べ立ててあるのだ。ひとつの項目が長すぎて、一覧表とは名ばかりの、あまり見易いものではない。
もうひとつ、リュウトが懸念しているのは、試験をする人間によって判断のぶれが生じるのではないかという点だ。それを安定させるための品質基準であり手順書なのだが、今のところ、それ自体の品質がまだ保証できているとは言い難い。
魔力板に乗り検査をしていた供給士が一斉交代する。先ほどまではリュウトの同期かそれよりも上の世代だったのだが、今度は全員が予備訓練を終了したばかりの秋入隊の新兵たちだ。リュウトより上の代は開発に多かれ少なかれ関わっていたので、全員が基本的な魔力板の扱い方は心得ている。それに対して全くの初心者が検査表を渡されて、どこまで理解し実施できるかを試そうというのだ。
「目視確認、始めっ!」
「大きさ、良し! 板の形状、異常無し! 魔石取り付け、良し!」
「魔法陣の印字、問題なし!」
新人見習い供給士たちは魔力板を身体の前に掲げ、ぐるぐると見回しながら大声で報告する。板の大きさや反り、先端の湾曲の度合いなどを厳密に確認するなら専用の計器が必要だ。ここでは多少は簡略化して、取り敢えず項目を復唱して明確に脳裡に刻み込むだけに留めている。乗降を繰り返すうちに歪みが生じた歪みや破損は、当然、この段階で報告が必要だ。
魔法陣の確認には設計図との比較が必須だが、摩耗による印字の擦れがないかを見ることも重要だ。
「始動!」
「了解っ!」
「乗機、浮上。前進開始!」
「おっと、危ねっ!」
「白線まで行ったら停止、ほら左爪先の魔法陣だ!」
「そこで右踵横の魔法陣に触れて後退、そうそう、そのまま姿勢を保つ」
予備訓練を終えたばかりでは、魔力板の扱いはほぼ初めてに等しい。先ほどまでとは打って変わって、均衡を崩して地面に転げ落ちる者、動き出した板に身体がついて行かずに転倒して後頭部を打つ者などが続出する。頭では理解しても、乗り手としての水準が低すぎて、納品検査だの品質管理だのには程遠い。
「誰にでも検査ができるようにというのは、やはり無理そうだな」
「まあ、この実験は検査の手順書が誰にでも理解できるか確認するってのが主眼ですからね。取り敢えず目的は果たしたってことで」
「いくら手引書を充実させたところで、検査を完全な素人に任せきるのは感心しないな。それよりもこの手順書、上手く必要なところを抜き出して書き直せば、初心者向けの乗り方指南書になりそうだねえ」
アグダとリュウトが不出来な新人に少しばかり呆れの溜息を吐いていると、フェン・ガラッハが覗きにきて、ついでにそんなことを言う。ひと通りの動作確認の真似事を終え、頬を上気させた新人供給士たちも寄ってきて話の輪に加わる。
「指南書、俺……じゃなかった私も欲しいです」
「成人能力検査の成績は良くなかったけど文章を書くのは得意です。手伝わせてください」
「いずれは遠征で詠唱士も使うだろうし、執筆も考えてみたらどうだい?」
通常は道具を操って戦場を駆け回るのは機動補給部隊の供給士の役目だ。だがヴァルエスがこっそりと漏らしたように、ドマシュも足場の悪い遠征先には魔力板を使いたがっていたらしい。回避能力の観点からも、詠唱士が機動力を増すことは決して悪いことではない。
羨ましそうに見ていた新人の設計士が「詠唱士か供給士になりたかったな」と呟く。基本的に研究や後方支援が役目の設計士が魔力軍の施設から外に出るのはごく稀であり、彼が魔力板に乗る機会はないだろう。
一方で、リュウトは指南書のために必要項目を抜き出す方法に頭を巡らせ、思いの外面倒そうだと苦い顔をする。
「ちっ、索引の魔術具がどうにかできれば、簡単だったのに……」
検査項目の一覧表から手作業で抜き出すのは可能だが、将来的に項目を追加したり削除したりということを考えると、条件を指定して有効かつ必要なものを抽出できれば手っ取り早い。検査手順書のほうは担当者や対象の納品物、試験結果も登録して管理できれば便利だろう。
発想ばかり膨らんで、一向に収束も解決もしないことにリュウトは愕然とする。
「災害対策課のポルパ課長に相談しているんだろう?」
フェン・ガラッハがリュウトの言葉に反応した。
「呪文から魔法陣を直接生成する仕組みを作る、と仰っていましたけど……」
期待はしているが実際にはほぼ無理だろうと、リュウトは半ば諦めている。だがフェン・ガラッハの反応は彼の予想とは少しばかり違っていた。
「我々、研究課の仕事がなんだか知っているかね?」
「それは、ええと……新しい魔法陣の作成、ですか?」
「それはあくまでも二義的なものだ。本来は魔法陣を解析し部品化するのが仕事。新しい魔法陣というのは、解析し部品化された魔法陣を今までとは違う形で組み合わせて作られる。ものすごく効率の悪いものなんだよ。でもね、その地味な解析の仕事をしていると、次第に気がつくことがある。魔法陣というのは、実は、呪文をなんらかの形で変換して記号化したものではないのかってね」
理解できているか試すように、フェン・ガラッハはリュウトの顔を覗き込む。関連性を見出だせるほどリュウト・オルディスの記述魔法への造詣は深くはないが、前職の知識と遺跡の装置の存在が、その考え方は間違っていないだろうとリュウトに告げている。具体的な仕組みはそこもまた魔法のようなものなのだろうが、恰も高級言語で書かれたソースコードが人間には読めないバイナリコードにコンパイルされるように、呪文から魔法陣が生成できるのではないだろうか?
「ポルパ殿は、そのことに魔法軍に入って最初の遠征で行った遺跡の調査で気がついたのだそうだよ。古代魔法言語の呪文と記述魔法の間には、なにかしらの関連性があるとね。彼はそれを生涯の研究課題と決意して、災害対策課に志願したんだ。幸いにも彼は詠唱士で、閑職といわれる災害対策課なら大手を振って遺跡の研究に没頭できるからね」
リュウトはポルパの一見温和そうな顔貌に光る狂科学者の瞳を想起した。
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その晩、就寝時刻を過ぎてほどなくした頃、リュウトは部屋の扉の立てるガチャリという音で目覚めた。
同室のディルガは遠征で留守だ。嫌な噂が流れていたが、無事に帰還したのだろうか?
寝惚けた頭で深く考える間もなく、ディルガの寝台と抽斗を暫し弄り回す音がした後、再び扉を閉めて去っていく気配がした。
翌日、筆頭詠唱士ドマシュによる屍霊討伐の成功と討伐隊の壊滅が告げられた。




