工房の職人
「アグダと一緒にスタキーノ工房に行って来い――」
工房課長のモルヴィラが工房課付き供給士であるリュウトにそう命じたのは、秋の始まりの月の二週目の朱の日のことだった。用件は開発が完了した魔力推進装置付き携帯式簡易移動機、通称魔力板の発注だ。
リュウトは自分の作業項目一覧表を確認する。先日の魔猫のめし処での食事会で、フィオメリカに必要な詠唱呪文や戦術を書かせたのと同じ表だ。
この一覧表には魔術具の修正確認といった細々した作業から、鹵獲した機械兵の起動実験や遺跡で発見された魔法の解析の補助実験といった時間も手間もかかる内容までが並んでいる。先週までは魔力板の最終試験が最優先だったが、それは既に完了済みとなって一覧からは抜けている。
「魔力板の試験が終わったら遺跡のほうの実験を手伝えって話でしたけど?」
「あん? 災害対策課のやつか。ポルパの爺にはこっちの仕事が優先だって言ってあるから大丈夫だ」
魔術具の修正確認は優先順位は高くても作業時間は短い。一日の始めか終わりに数件ずつこなしていくことが十分に可能だ。それに対して新しい魔法の実験は、さらに小さな作業単位に分割されるべきものであって、修正確認ひとつと同等に考えるわけにはいかない。
「やはり依頼単位でまとめずに細分化して登録するか、作業時間も管理するかしないと作業量は正確に見積もれないな」
「そうですね……。まあ、ポルパ課長だし、重要度は高いけど締め切りは特にないんで、どうにかなるんじゃないすかね」
一覧表の原型を作ったアグダだが、近頃では管理項目が細分化されたリュウトの書式がお気に入りだ。熱心にリュウトの表を覗き込んでは、新たな改定案を出す。
モルヴィラがそれを見てニヤリと笑う。
「アグダ、お前の要望を叶えてやったんだ。リュウトをしっかり教育しろよ」
○◎●○◎●
昼食を済ませると二人は西門から街へと出た。アグダは設計書や契約書を入れた封筒を持ち、リュウトは完成した試作品を抱えている。スタキーノ工房は門を出て左折、南側にある。昼食の腹ごなしに丁度いい徒歩圏内だ。
大通りに面した工房の扉は、茶褐色の金属に魔法陣と紋章を刻んだ立派な造りだった。中に入って手前側は接客用の重厚な造りの机と椅子が並んでいる。奥のほうはだだっ広い空間があり、半分には書き物机がずらりと並び、残りの半分は作業台になっている。
作業する職人たちの上下が繋がった作業服は、色は違えどモルヴィラの愛用している物とよく似ていた。実用的で軍服より着心地がいいと気に入ったモルヴィラが自分の髪の色に合わせて特注したのだ。幅や丈は彼女の場合は男性と比べても遜色ないので、一般男性用の型で作られている。
作業台組の半数弱と書き物机組の過半数は意外なことに女性だ。
「今日はなんの用だ、アグダ? そっちは……モルヴィラの気に入りの小僧か」
「お忙しいところ、すみません、スタキーノ先輩」
応対に出てきたのは奥で職人たちと一緒に作業をしていた工房長のスタキーノだった。四十を少し過ぎたくらいで、魔法軍では工房課だったという。平民出身で職人気質なのが災いして中級設計士にしかなれなかったのだが、フェン・ガラッハとは親友ともいえるほどの仲で、さらにはモルヴィラを鍛え上げた――技術的にも武術的にも――猛者だ。
背は高くはないががっちりとした体形で、指先は太くとも見るからに器用そうだ。瞳も髪も、たっぷりとした髭も深みのある栗色で、リュウトは思わずドワーフを彷彿としてしまった。
「新しい魔術具の製作依頼です――」
アグダが差し出した封筒をスタキーノは難しい顔で受け取る。リュウトは応接卓の上に魔力板の包みを広げた。
「魔力推進装置付き携帯式簡易移動機……随分と長ったらしい名前だな」
「皆、魔力板って普段は呼んでますよ。ちょっと乗ってみせましょうか?」
「いや、いい……。おい! タルチェナ、ちょっとこっち来い!」
スタキーノに呼ばれて、小柄な少年がひとり作業台のほうからやって来た。針金のようにつんつんとした鋼色の短髪に、理知的な紅玉色の瞳をしている。
「こいつはタルチェナ。小娘にしちゃいい仕事をする、うちの工房の有望株だ。タルチェナ、新しい軍用魔術具の製作、お前が専任になってみるか?」
「はい、喜んで!!」
驚いたことにタルチェナは少年ではなく少女であった。しかもスタキーノも女性だからと遠慮して明言はしないが、実は二十歳を超えている。モルヴィラやフィオメリカのような骨太ではないが、短く刈り上げられた髪に凹凸に乏しい身体つきも相俟って、女と説明されてもなお信じ難い。
疑り深く胸元を上下するリュウトの視線に、タルチェナの頬が微かに赤らみ目元が険しくなる。そんな二人をスタキーノが豪快に笑い飛ばした。
「魔法軍との作業には野郎しか行かせないようにしとる。若い娘は新兵どもにゃ目の毒だからな。だが徴兵で男がみんな軍に取られる分、民間の工房は女で成り立っとるようなところがある。実際、記述魔法の試験の点数は女のほうが大概上だぞ」
「ちょっと待ってください、スタキーノ先輩。記述魔法は女性のほうが適性があるのは知っていますし、女だからと見下すつもりはないんですが……」
そう言って見下ろすアグダの視線の先には、タルチェナの右手があった。細く白く嫋やかな指先、ではない。右腕の先は、彼女の髪の色にも似た鋼色のごつごつとした金属の塊となっていた。
「これは……幼い頃に事故で右手の先を失って……」
「それは、お気の毒に。だから記述魔法の勉強も頑張ったんだね。でも今回の依頼は設計ではなく製作なんだよ、残念なことに。悪いけど手先が不自由では――」
「この義手は魔術具です。自分で設計して、自分で製作しました。日々の調整も補修も、全部、自分でやっています」
「……えっと」
「こいつの最初の義手を作ってやったのは儂だった――」
タルチェナの色の違う二つの拳が膝の上で小刻みに震えていた。それを見遣るスタキーノの表情は、顔は濃いが、父親のように優しい。理路整然と断りの文句を唱えていたアグダは、毒気を抜かれて口を噤んだ。
「――こいつは必死で記述魔法を勉強して義手用の魔法陣を改良したんだよ。始めのうちこそ儂が作ってやったが、新しい物に取り替える度に細かな動きができるようになって、ついには義手の製作自体を自分でやるようになってな。今じゃ魔術具製作用義手を着けたこいつが、誰よりも精密な魔術具を作りやがる」
「義手だけじゃありません、義足や義肢の研究もしています。だから――」
「いいんじゃないすか、アグダさん?」
必死ともいえる形相で主張するタルチェナ。その様子に引き気味なアグダを見兼ねてリュウトは思い切って口を挟んだ。
「責任者ってか工房の窓口担当者が、その人ってことで。出来なきゃ工房の名前に瑕がついちゃうわけだし、スタキーノさんや工房の他の誰かがこっそり助けたって、こっちは構わないでしょ。軍で作らずに外に発注するってのは、そういうことじゃないですか?」
元の世界での請負、外注に対する認識がリュウトにその台詞を言わせていた。契約の相手は外注先の会社であって、その中の誰が担当しようが発注元には関係ないのだ。担当が変更になろうが、見積もりが甘くて人数をどんどん注ぎ込もうが、約束通りの金額と納期と品質で仕事が完了すれば文句はない。
それに義足や義肢の研究をしているということは、平衡を取る技術にも詳しいかもしれない。魔力板自体の性能にも必要な知識だし、上手くいけば機械兵や人形兵の分析に役立つような知識を盗めるかもしれないという、ある種、虫の良い期待もリュウトの心の中にはほんの少しだけだがある。もちろん、そんな思惑は噯にも出しはしない。
少し考え込んでいたアグダだったが、眉間の小さな皺はすぐに消え、いつものどこか飄然とした色合いの無表情に戻った。
「そもそも、詳細な設計図も試作品も用意してるんですから、ね?」
「慥かにリュウトの言う通りか。先輩の推薦もあるし、なにかあれば工房全体で責任は取ってもらえるってことで、いいですね? スタキーノ先輩?」
「は? あ、ああ、任せとけ! ってことで、タルチェナ、責任重大だぞ。失敗するなよ!」
嬉しそうに破顔したスタキーノが、大きな手でタルチェナの華奢な背中をバンバンと勢い良く叩いた。




