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魔猫のめし処・その二

 季節が変わり秋の始まりの月。魔法軍には成人検査を終えた新成人が入隊し、夏入隊の兵士たちが新人(・・)と呼ばれることはこれ以降なくなる。尤も見習いの但し書きが消えるのは次の夏が巡ってくるまでお預けだ。


「――ってわけで、守護獣の石版を抱えてリュウトは大泣きしたんですよ」

「ちょっ……ディルガ、話を盛るな! ってか古い話を蒸し返すな!」


 その日、夏の予備訓練第十班の面々は久々に全員が揃って〝魔猫のめし処〟に集まった。予備訓練で同じ班だった者は、その後も良好な関係を維持する傾向がある。第十班は未だに理由をつけて集まろうとするくらいには仲が良い。

 座席は奥の個室だ。卓には鶏の丸焼きに豚のネウリズマ風煮込み、厚切り肉の鉄板焼きは普通の牛だけでなく高級な牛頭魔獣も並んでいる。

 豪快に肉を食らうのは工房課長のモルヴィラだ。班別対抗戦の際の特別指導に対する礼として食事を奢る約束をしていたのを漸く果たすことになったのだ。十班の班員たちは協力してくれた工房課員全員を招待するつもりであったのだが応じたのはモルヴィラだけだ。


「アグダさんたちは本当に招ばなくてよかったんですか?」

「見習いがそこまで金も気も遣う必要はねえよ。ま、財布はラララルウナなんだろうけどな」


 ヴァルエスの心配をモルヴィラは骨付き肉を頬張りながら笑い飛ばす。いつもは獅子のように振り乱している赤髪を邪魔にならないようにきっちり纏めているあたり、彼女がこの食事会にかける意気込みが窺える。


「しかし豹の守護獣とは意外じゃのう。吾の知る限り遺跡の守護獣とは龍や象のような巨獣のはずじゃが」

「実際のところ岩喰い鼠対策だったみたいだし。ま、害獣から守るって意味では守護獣でも間違いないかと」


 そういいながらリュウトは隣の椅子を占領するミミュルに触れる。滑らかな手触りは守護獣とも相通ずるが、腹の柔らかさはミミュルのほうが遥かに上だ。反対側から尻尾を摘んで怒られたディルガが首を傾げる。


「結局さ、俺たち偽情報に踊らされたのかな……?」


 遺棄された部屋に人形兵はあったが、肝心の盗賊団の発見には至らなかったのだ。回収した人形兵を調べるのは調査隊を主導した災害対策課や魔術具に詳しい工房課の仕事であり、しがない供給士のそれも見習いに詳しい事情の説明などあるはずもない。何も教えてくれないと無邪気に不平を口にするディルガを、世間知に長けたリュウトが諌める。


「北東地区で鹵獲した機械兵がネウリズマとレルデルクスの関係の証拠って噂があったけど、いつの間にか立ち消えたじゃないか」

「ああ、あれか。残念ながら機械兵の再現実験は駄目だった。解析のほうも、どうしても理屈に合わない部分があって思うように進んでねえ。でもポルパのおっさんは遺跡調査のお蔭で謎が解けるかもしれねえって興奮してたっけ」

「ってことは、やっぱり北東地区の盗賊団と遺跡の盗賊って関係があるんだ? レルデルクスは遺跡の機械兵を持ってるし、北東地区で捕まえたのがネウリズマ人だったってことは、絶対、裏で繋がってるよね」

「その可能性はあるのう。しかしネウリズマやレルデルクスが国家ぐるみで関係している証拠とはならぬ」


 単純なディルガは「どうして?」と首を傾げる。彼にとっては疑われるということ即ち黒であり、国家とは無関係のネウリズマ人やレルデルクス人がいる可能性には思い至っていない。個人の追求にさえ証拠は重要であり、国家が相手ならなおさら十分な証拠がなければ抗議すらできないのだが、平民出身の供給士にそこまでの理解を求めるのは酷というものだ。


 モルヴィラに感謝する集まりのはずが、上層部に対する不満に話が及んで気不味さが漂った。人形兵の調査状況はモルヴィラに対する批判でもあるが、当人はまったく気にせず、肉料理を食べる速度も一向に落ちない。

 いつもなら真面目なフィオメリカが軽く叱責して話の方向を変えるところだが、今日は黙々と機械的に茸と野菜の汁物を口に運びつづけるばかりだ。それに気づいたヴァルエスが心配そうな目をフィオメリカへと向けた。


「フィオ、浮かない顔をしてるが、どうかしたのか?」

「あ、いや……すまない。少しぼーっとしていた」


 匙を持つ手が止まっていたフィオメリカは「心配ない」と口にするが、笑顔に力が無いのは誰の目にも明らかだ。


「心配事でもあるのか? もしかして……次の遠征のことか?」

「……そうではない。いや初めての本格的な討伐遠征なので少しばかり神経質になっているだけだ」

「ドマシュ兄も気にかけていたが……」

「やはりドマシュ殿にも不安がられているのか……」


 ドマシュの名に縋るような表情を見せたフィオメリカだったが、その顔色は瞬く間に曇る。


「私のような足手まとい、やはり邪魔なのだろうな……」


 物事を深刻に捉えがちなところはあるが、弟の代理としての務めを果たそうと常に前向きなのがフィオメリカの長所であったはずだ。それがすっかり影を潜めての卑屈さに、久々に会った十班の面々は戸惑いを隠せない。


 稀少な詠唱士は総じて高い能力を持ち、見習いといえども一人前と同等に扱われる。討伐にも最初から参加するのが普通なのだが、フィオメリカは供給士だけで対処できる程度の弱い魔獣の討伐にしか行ったことがないという。


「私は弟と違って落ち零れだから……。見習いなら知っているべき呪文も討伐の手順すらも、未だに半分も習得できていないのだ」

「それは違う! それは……」

「そりゃ教えられてないんだから出来るわけないだろ。訓練の日時を故意に教えなかったり、配布された手引書の中身が差し替えられたりしてるんだからな」


 モルヴィラは脂まみれの指先を擦り合わせてから茶を飲み干すと「まあ、ヴァルエスの口からはこんなことは言えないだろうがな」と付け加えた。フィオメリカは一瞬目を見開き、ヴァルエスは無言で俯く。


「やはり……私は教えるに足りないと思われているのだな」

「いやだからそれは……慥かにフィオが女だからと蔑む奴らもいるが……」

「慰めは無用だ、ヴァルエス。ラララルウナは女でも一流の詠唱士と認められているではないか」

「吾にはツィレリスという教師がおったからの。それに結局は詠唱士の第一線からは遠ざけられておる」


 一見、能力主義のようでいて、性別による差別や家柄による権勢争いがあるのが詠唱士の世界だとラララルウナが慨嘆する。それはフィオメリカにとっては気休めであり、彼女の問題を解決する役には立たない。他の連中にしても友人の苦境に憤りを覚えても助ける術を持つわけではない。ただひとりリュウトだけがまるで違った視点から物事を見ていた。


「知らなきゃいけない呪文や手順ってのはわかってんのか?」

「あ、ああ……一応はな」

「なら、ここに書き出して」


 筆記用の魔術具をリュウトはフィオメリカへと手渡す。アグダが魔力板の問題点を書き留めていた一覧表を真似て魔術具化したものだ。

 嘆く暇があるならば、必要な呪文や技能を洗い出し、ひとつでも多く身に着けるための手を打て――そうリュウトがフィオメリカを叱咤する。


「習得方法とか指導者も記入して。それと優先順位は、どうなってる?」

「優先順位といわれても……どれも見習い詠唱士として必須なのだが……」

「次の遠征で使う可能性が高いものは? それから詠唱士の最低限の常識……いや違うな、教わる順番かな?」


 思いつきで例を挙げはするが、リュウトに詠唱士の戦闘知識はない。己を未熟と卑下するフィオメリカもわからぬと首を振るばかりだ。だがこの場には上級詠唱士のラララルウナもドマシュの弟のヴァルエスもいる。面倒見のいいモルヴィラも興味津々でフィオメリカの手元を覗き込む。


「討伐隊なら斉唱よりも合唱用のほうが重要だろう。ドマシュ兄は見習いには強化の補助魔法を詠唱させることが多い」

「ここらの補助魔法は魔術具化して配備済みだぜ。後回しでいいんじゃねえか?」

「合唱魔法の基礎教本は教育課に揃っておるから、いつでも読みに来るが良い。それから邪魔者扱いされてるなら自己回復を先に憶えておくべきじゃな」


 たちまち表の空欄が埋まる。優先順位も遠征の趣旨や最新の研究成果を反映して、フィオメリカにとって必要なものが上位になるように付けられた。


「これなら、どうにかなるか?」

「あ、ああ……皆、ありがとう」


 深々と頭を下げるフィオメリカの表情は幾分強張りも解けていた。


「リュウトの一覧表が役に立つこともあるんだね」


 我がことのようにディルガが顔を綻ばせていた。

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