遠征列車
列車は一路東へと向かっていた。車窓に流れる景色は、半日ほども前からほとんど変わらない。干乾びた地面がひたすら続き、時折、葉のついていない棒杭と見紛いそうな低木が現れる。そんな光景が何度も繰り返す。
ラウデリアの鉄道網は北の国境に接する未開地で産出される魔石炭を国内に輸送するために整備されたものだ。本線は中央と北の泥炭地を結ぶ路線で、次に大きな支線は国境で北東に進路を変えてレルデルクスの首都へと向かう。
そもそも蒸気機関車はレルデルクスの発明であり、石炭の代用品である魔石炭を安価に提供することと引き換えに、その技術がラウデリアに対して供与された。ラウデリアによる北部泥炭地の領有は未だ諸外国から正式には認められておらず、実効支配強化のためにレルデルクスを味方につけようという意図があったのだ。
現在、列車が走っている路線は北部へ向かう本線でもなければ、レルデルクス行きでもない。ラウデリア北東地区の試験用路線を延長して、国境を越えて東の砂漠へと向かう路線だ。
機関車の種類も国内で運用されているレルデルクス製準拠の蒸気機関ではなく、動力の半分と機関の制御を魔石炭から発生する魔力に委ねたラウデリア式の混合型機関である。
レルデルクスとの技術供与の取り決めで魔法軍による研究開発が制限されているため、開発したのはラウデリアでも最先端の技術力を誇る民間の魔術具工房だ。尤も民間主導は表向きで、工房の職人の大半は魔法軍出身者であり記述魔法部門の工房課と密接な関係を持っている。
本来なら混合型機関の試験用機関車だけが走る路線だが、今日はいつもとは違って客車と貨車が繋げられている。客車に乗るのは詠唱魔法部門災害対策課のポルパによる遺跡調査隊。貨車には彼らが使用する発掘用の機材の他、万一に備えて戦闘用の兵器などが積み込まれている。
「――でもヴァルエスはフィオは友だちだから自分が守るって」
「難しいだろうね。ドマシュ殿ならともかく、カッリジョルドの名を使いこなすにはヴァルエス君ではまだ若過ぎる。フィオメリカ嬢も意地を張らずに記述魔法部門へ異動するか、せめて災害対策課に来たほうが幸せだろうがね」
「それは無理でしょう。彼女はデュラレネル家の跡取りである弟の代理として従軍しているわけですから、弟と同じ討伐課に行くのは義務のようなものです」
二人ずつ向き合った四人掛けの座席。進行方向に向かって並んで座るのは調査隊長であるポルパと補佐官である中級詠唱士のトバロだ。二人揃って白っぽい髪色だが、ポルパのは年齢相応の白髪、トバロは僅かに薄紫色を帯びた長めの銀髪をたっぷりの油で後ろに撫でつけている。
「フィオって記述魔法部門志望だったの?」
「彼女は詠唱能力者なんだから、災害対策課はともかく記述魔法部門って選択肢はそもそも無いはずでは?」
「そんなことはない。たとえば上級詠唱士のガラッハは本人の希望で記述部門で研究課長の職に就いている。君らのよく知るパディヴァヌス嬢も詠唱士でありながら魔法支援部門に属しておる」
「ポルパ課長、その二人は例としてあまり適当ではないのでは? フェン・ガラッハ殿は当人の希望以前に庶子である彼が魔法軍の花形職に就くのを家族が嫌ったわけですし、パディヴァヌス殿の場合は詠唱魔法部門内の政争の煽りを受けたようなものですから」
上官であるポルパとトバロの向かいに座るのは、見習い供給士になったばかりのリュウトとディルガであった。出立直後には技術補助部隊から選抜されたリュウトとトヘルストが並んでいたのだが、フィオメリカの苦境へと話題が及ぶとディルガがトヘルストと席を替わっていた。
軍事的な上下関係や規律に無関心なポルパは、新人の供給士が無遠慮に自分に話しかけてきても怒ることはない。トバロも含めて口煩いことは言わずに気安く会話に応じる。話がこと興味の対象である遺跡のこととなると、ポルパの口は一層のこと滑らかになる。
「東の砂漠の遺跡ってレルデルクスとの共同調査じゃなかったんですか?」
「飽くまでも表向きは、だがな。それぞれの国境に近い側ということでレルデルクスは遺跡の北西を、ラウデリアは南東側を主に調べるというのが暗黙の了解だ。判明した情報は共有することになっておるが、そこは知的好奇心を満たすことだけが目的の学者とは違って国同士の交渉事だからの。互いに毒にも薬にもならないようなことしか教えあわないだろう。尤もレルデルクスは非魔法技術力の水準は高いから発掘作業の機材も人材も潤沢だが、ア・ネウリドルの魔法文明の遺物を解析するのは難しいであろうな」
「レルデルクスって魔力持ちがほとんどいないんでしたっけ。それじゃあ魔法文明なんて理解できるわけないや。全部、ラウデリアに譲ってくれればいいのに」
話題は遺跡のことへと戻ったが、ディルガは好奇心に目を輝かせたまま自席へ戻ろうとはしない。正式な会議の場ならともかく、目的地へ到着するまでの休息を兼ねた雑談であるから、ポルパもトバロも叱らない。追い出された格好のトヘルストも上官に囲まれて緊張するよりいいと供給士だらけの席で羽根を伸ばしている。
魔法言語や魔法陣の研究自体に魔力の有無は直接には関係なく、理屈の上ではレルデルクスの人間にも可能だ。それに魔法国家であった古代ア・ネウリドルは、科学技術や機械文明もまた現代以上に発達していたといわれる。遺跡で発見された呪文や魔法陣は使えないかもしれないが、精緻な機械の仕組みや堅牢な建造物の構造情報などは科学技術立国であるレルデルクスにとっても有益だ。
遺跡発掘におけるラウデリアとレルデルクスの立場の裏表をポルパは嬉々とした表情で語り倒した。国同士政治的な駆け引きを含むのであれば、階級の低い兵士たちには相応しくない。だがポルパは、魔法、非魔法に関わらずあらゆる分野の学問に対して造詣が深く、どの国のどの研究者がどの遺跡の情報を欲しがっているのかを的確に分析していく。軍人としてではなく飽くまでも学者としての視点から語られるそれは、意外にも巧みなポルパの話術も相俟って、士官候補の道から外れたのが確実な供給士たちをも惹きつけた。
「ラウデリアとしては魔法技術も非魔法技術もどちらも欲しいですもんね。レルデルクスもネウリズマと組めばよかったって思ってたりして?」
「ええ? レルデルクスとネウリズマが組んじゃったら大事じゃん?」
「ア・ネウリドルの後継と称するネウリズマのことだ。我々の発見に対してもなんらかの権利を主張してくる可能性は否定できない」
冗談半分にリュウトはレルデルクスとネウリズマの接近を口にしたが、補佐官のトバロはそれを否定しなかった。ポルパも同意を示すように大きく頷いている。素直で単純過ぎるきらいのあるディルガは驚いているが、彼らの北東地区での実地研修に現れた機械兵と魔法使いの例を考えれば、レルデルクスとネウリズマに繋がりがあると疑うには十分だ。
「具体的に遺跡調査って何をするんですか? その詠唱士はお二人しかいらっしゃらないのに俺……私みたいな技術補助部隊の供給士まで動員かけられてるし」
「詠唱討伐課と違って災害対策課は三人しかいないのだよ。ひとりを留守番に残せば動ける人員は二人だけだ。専属の供給士もいないし、君以外の供給士も余所からの借りものだ」
「発見直後に一部持ち出した遺物から復興用詠唱魔法らしき呪文が発見されてな。今回はその調査が目的だ。だが呪文を刻んだ壁が広範囲過ぎて切り出すのは困難でね、そこで魔力推進装置付き携帯式簡易移動機とやらの出番というわけだ」
「なるほど――」
単に壁を切り出すだけなら災害対策課の上級詠唱士には容易いし、土木工事用の記述魔法を使用する手もある。だが欲しいのは呪文が刻まれた壁面そのものではなく、呪文の内容なのだ。遺跡自体の維持が不可能になりかねないような危険を冒してまで壁を運び出す必要はない。人間の手によって写し取れるのであれば、それで十分なのである。
つまりリュウトとトヘルストの二人は、スケボーもとい魔力板乗りとしての技量を買われて、筆写要員として招集されたというわけだ。だが今回の遺跡調査団の人員の大半は機動補給部隊つまり詠唱討伐課付きの供給士が占めている。
「記述魔法部門が人数貸し出すのを渋ったのかなあ?」
「遺跡の調査でも敵との遭遇の可能性は否定できないのでね。我々、災害討伐課の詠唱士は大規模魔法は得意だが戦闘魔法は少々不得手としているんだ」
「レルデルクスとかネウリズマの盗掘者が敵ってことですか?」
戦闘要員としての供給士が必要とのトバロの指摘に、ディルガとの実戦経験の差が開きつつあるリュウトは緊張した。だがリュウトの推測をポルパは一笑に付したのだった。
「そんな面倒な相手が出てくるなら、討伐戦闘課の詠唱士を連れて来る。なに、敵というのは遺跡を守る守護獣だよ。我々の行動だって古代ア・ネウリドル人から見れば盗掘だろう?」




