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叩きつけられた親書

 届いたばかりの親書を読み終えた騎士団長ヴィクトル、傭兵隊長ヘクトールは腕を組んでうつむいたまま動かない。他の文官達も周りの者と話をしているものの、全体に向けての発言はしていない。

アンドラーシュも手紙の入っていた封筒を弄ぶばかりで、何も発言する気配がない。

 そんな中重い空気の中、入り口近くに座らされたままのオリガは親書の中身も知らされず、不安そうな表情を浮かべて、そわそわと落ち着かない様子でいた。

「遅れて申し訳ありません」

 そう言ってジゼルがエドを伴って会議室に入ってきたのは会議開始から十分後の事だった。

 すぐにジゼルにアミサガンからの親書が渡され、中身を読んだジゼルは親書をやぶかんばかりの力で握りつぶしながら叫んだ。

「こんな親書に見せかけた脅迫、飲む必要ありませんわ」

 握り潰した親書を机に叩きつけながらジゼルが叫ぶ。

「もちろんそれをそのまま飲む気なんかないわ」

 親書と言う名目で使者が持ってきた手紙には、リュリュからアミサガンの街。ひいてはリュリュの領地の実権を奪い取ったフィオリッロ男爵の名で、アンドラーシュが拐ったリュリュ皇女の返還と、十年前から行方不明になっている旧リシエール王国王女、エーデルガルド・プリタ・リシエールの捜索のためにアミサガン軍の駐留を認めるように。さらには要求を飲まない場合には、武力をもって解決する。と書かれていた。要するに、リュリュを返すと共に、アミサガンの軍でアンドラーシュの領土を侵攻させろ。拒否をするなら、戦争をはじめる。ということだった。

 親書に記載されている返答期限は2週間となっている。

「微妙に・・・嫌な時期に仕掛けてきたわね。バルタザールは」

「絶妙。が正しいでしょうな。半月後、侯爵がアレクシス皇子との会談を控えているこの時期。ここで叩かなければこちらに先手を取られる。そう考えてのことでしょう。もしかしたら、アミサガンの反乱自体が、この事を見越してのことであった可能性もあります」

 ヴィクトルの発言に、ヘクトールとジゼルも頷く。

「そうね。・・・ジゼル。お願いしていた地下の空洞を使っての領民の避難施設の進行具合はどうかしら」

「現状で8割といったところです。この城下の領民は収容可能ですが、領内すべてとなると少々厳しいものがあります。食料の備蓄状況などはこちらの資料を御覧ください」

 そう言ってジゼルはエドに合図をして出席者に資料を配らせ、出席者はしばらくその資料を熟読した。

全員がある程度資料を読み進めたのを確認したアンドラーシュがジゼルの方を向いて口を開く。

「ま、とりあえずは必要充分といったところね。向こうも別に国力を減らしたいわけじゃないでしょうからこの街以外には手をださないでしょうし、一旦他の街が取られるのを覚悟で領内の兵力をすべてこの街に集めて、上手いこと撃退ができれば少しは時間が稼げるわね。ただ、どちらにしてもこの要求を蹴る以上は、アミサガンはもちろん、皇帝バルタザールをもはっきりと敵にまわすことになるわ。そうなると、うまく今回の戦いを乗り切ったとしても、かなりの長期戦を覚悟しなきゃいけないわね。ヘクトール、傭兵部隊の練兵はどんな感じかしら」

「必要最低限の戦術は叩き込んだが、部隊としての実戦経験が皆無だからな。どこまで戦えるかは、ぶっつけ本番になる」

 アンドラーシュとは二十年来の友人でもあるヘクトールが渋い顔でそう答えた。

「そう・・・騎士団の方は?」

「こちらも経験の浅い若い騎士が多いですからな。傭兵部隊と同じように、ぶっつけ本番の感は否めません」

「なるほど。さっきジゼルにもらった資料で、物資的には籠城なら5ヶ月はいけるってことは解ったけど、問題は兵力的にはそれだけ持たせることも難しいって話ね」

 親書を読んでいないオリガは、4人が何の話をしているのか理解できず、そわそわとすることしかできない。

「オリガ」

「はっ!」

 アンドラーシュから水を向けられて、その場で立ち上がったオリガは直立不動で敬礼をしながら返事をした。

「昔からそうだったけど、アミサガンは今も豊かな街って話よね。実際の所、貴女から見てどうだった?」

「人口も多く、港町らしく貿易や商業が盛んで、話に聞く以上に華やかで豊かな街でした。しかしながら、その豊かさはリュリュ様の善政による所が大きいと思われます」

 焦りながらもなんとかそう答えたオリガが、ホッと胸をなでおろそうとした時、ヴィクトルから次の質問が投げかけられた。

「練兵はいかがなものか。あとは、数だな。分かる範囲で教えてくれ」

「兵の練度としては・・・正直申し上げて、こちらに分があると思います。私が御前試合で準優勝できるくらいですので。ただ、アミサガンは人口が多く、そのため正規兵はもちろん、志願兵も相当な数がおりました。ですので、乱戦になれば厳しいと思われます」

「質ではこちら、数ではあちらということか」

 そう言うと、ヴィクトルは何やら思案顔で再び押し黙ってしまった。

「どちらにしても。条件を受け入れるわけにいかない以上、この街での籠城という事になるでしょうな」

「そうですね。ただ、包囲されてしまえば、こちらが圧倒的に不利。出来れば包囲されないようにしたい所ですが・・・」

 ヴィクトルとヘクトールの発言に頷きながらアンドラーシュが続ける。

「それに万が一にもリュリュをあちらに渡すわけにはいかないわ。そんなことになるくらいなら、アタシがあの子を殺す」

「お父様・・・」

「万が一の話よ。そんな顔しないで、ジゼル。・・・そうね。その万が一を防ぐために、リュリュにはもう一度旅をしてもらいましょうか。あの子の大好きなお兄様のところへね」

 アンドラーシュの話を聞いて、ヴィクトルが深く頷いた。

「そうですな。それが良いでしょう。アレクシス領へ入ってしまえば、万が一ここを抜かれたとしても、補給線の長くなるアミサガン軍はそうそう手を出せなくなるでしょうからな」

「もちろんここをむざむざ渡すつもりもないから、リュリュには親書を持って行ってもらって、アレクシスの援軍を乞うための使者になってもらうわ」

「包囲された所をアレクシス軍で外側から、我々で内側から挟撃するということか。なるほど、やりがいのありそうな作戦だ」

 そう言ってヘクトールが不敵に笑う。

「そういう形ができるまで、アタシ達が持ちこたえるのが前提だけどね。二週間という期限を切っている以上、向こうは二週間たったらすぐに戦闘に入れるようにするつもりでしょうから・・・アレクシスのいるグランパレスまで一週間。往復で二週間。聡いアレクシスのことだから準備にそんなに時間はかからないでしょうけど、アレクシスの準備ができるまでの期間を考えると、一週間くらいは持ちこたえないといけないわね。・・・ジゼル、あんたエドと一緒に何人か見繕ってリュリュを連れてアレクシスのところへ行って頂戴」

「お断りします」

 即答するジゼルに、室内の文官達がざわついた。

「私は、この街の守備を預かる身。お父様は、私もリュリュと同様に戦場から遠ざけようとしていらっしゃるのでしょうが、そういったお気遣いは無用です。たとえアレクシスの援軍が間に合わず、死ぬことになろうとも、私はこの街が危険に晒されているときにここを離れるようなことはいたしません。誰か他の者に行かせて下さい」

「しかし、ジゼル様。アンドラーシュ様の親心という物も・・・」

「そう言うのであれば親は娘の心を理解するべきです。そうでしょうヴィクトル。きっとあなたの娘のシェリルもそう言うと思うわよ。あなたは、シェリルが行くなと言ったら戦場にでないの?違うでしょう?」

「・・・・・・」

 ジゼルを説得しようとしたものの、ジゼルに愛娘の名前を出されたヴィクトルは苦い顔をして言葉を引っ込め、何とかしてくれと言った視線をヘクトールに送った。

「アンのことが心配だという、ジゼルの気持ちはよく分かるが、お前が居たからと言って、戦況が劇的に変わるわけではない。それはわかるなジゼル。それにお前が増援を連れてきてくれれば、それだけアンや街の人達が無事ですむ確率が上がる」

「でもヘクトール・・・」

「そう心配そうな顔をするな。我々が負けなければ良いのだろう。アン、我々傭兵隊で外門を守備しよう。傭兵隊には外門に設置されているバリスタの扱いに長けた者もいるからな。ヴィクトル殿の騎士団は内門と市街地の守備をお願いいたします」

「いや、待たれよヘクトール殿。一番槍を傭兵部隊に持っていかれたのでは、配下の者に叱られてしまう。その役目は我々騎士団が。アンドラーシュ様。何卒我々に外門をお預け下さい」

「そうねぇ・・・外門はヘクトールたちにお願いしようかしらね」

「アンドラーシュ様!我々では頼りないということですか」

「勘違いしないでヴィクトル。外門はすぐに放棄するつもりだからね。ヘクトール。外門の仕掛けやバリスタを使ったらすぐに撤退、全員無事に内門まで戻ってくること。OK?」

「了解だ」

「ヴィクトル。あなた達の出番はヘクトール達が撤退し終わってからよ。前のめりになっている敵軍の柔らかい脇腹を精鋭部隊でつついてすぐに城門まで撤退すること。その役目には騎馬の機動力が不可欠よ。それで敵は一旦撤退するはず。一日目はそこまで出来れば上等よ。もし敵が外門の外まで下がれば外門を。下がらなければ全員を収容した後、内門を締めるわ。あまり綺麗な戦法ではないけれど、戦法をどうこう言っている余裕もないからね。そもそも内戦で名誉もへったくれもないんだから、騎士たちにも我慢するように言って頂戴」

「・・・了解致しました」

 ヴィクトルは完全には納得していないような表情で渋々頷いた。

「お父様。私はどうしたらよろしいでしょうか」

 アンドラーシュはジゼルに冷ややかな視線を送って一つため息を着く。

「さっきも言ったでしょう。あんたは、アレクシスの所へ行きなさい。あなたの部隊は別の人間に使わせるから」

「・・・・・・嫌です」

「嫌でも行きなさい。これは父親ではなく、領主としての命令よ。ジゼル、貴女はリュリュ皇女を守ってグランパレスへ救援の要請へ行くこと。いいわね」

「お父様!」

「以上。今日の会議は終了よ」

 アンドラーシュはそう言って立ち上がると、ジゼルのほうを向くこともなく部屋を出ていった。





 リュリュ皇女領とアンドラーシュ領の領境の森の中にひっそりと張られた陣のテントの中で、アミサガン軍総大将のアンジェリカは椅子に座ったまま腕組みをしてまんじりともせずに座っていた。

 ここ二、三日、この森に陣を張ってからはずっとこんな調子で、彼女はまともに眠っていなかった。

 眠っていないと言うよりは夢を見るのが恐ろしくて眠れないと言うのが本当の所であるのだが。

「アンジェリカ様。起きていらっしゃいますか。ジャイルズです。先ほど到着致しました」

「・・・・ジャイルズ卿?」

 アンジェリカはテントの外から掛けられた声に立ち上がり、テントの入り口の幕を上げて訪問者に応対した。。

「開戦までにはまだ2週間もありますのに夜駆けまでされずとも・・・」

「通信兵から、ここのところアンジェリカ様があまりお休みになっていないと聞いたものですから。心配で私だけ単騎で参りました。はっはっは、指揮官失格ですな。・・・入ってもよろしいですか」

「・・・どうぞ」

 テントの中に入ってきたのは、アンジェリカと同じく、20代半ば位の、がっちりとした体格の、顔に傷のある青年騎士だった。

「やはり、無理をしていますね」

「む、無理など・・・していません」

 そう言ってアンジェリカは強がるが、その疲れは如実に顔に出ていた。顔色は悪く、眼の下にはくまもできている。

「リュリュ様がご心配なのはわかりますが、ご自愛下さい。もし貴女に何かあっては、このデール・ジャイルズ、悔やんでも悔やみきれません。・・・なんてな」

「デール・・・」

 デールの砕けた口調のせいか、テントの中に二人しかいないせいか 、アンジェリカの口調と物腰が総大将としてのそれではなく、デールの婚約者としてのそれに変わる。

「アンジェリカ。アンドラーシュとオリガの卑怯な罠に気が付けなかったのは君だけじゃないんだ。気に病むことはないよ。なに、私が来た以上は、大船に乗ったつもりで居てくれ。リュリュ様をお救いし、必ずやアミサガンに連れ戻してみせるからな」

 デールはそう言って胸を叩いて笑った。

 その笑顔を、アンジェリカは正面から見ることが出来ずに顔を伏せる。

 デールは、リュリュが出奔した真相を知らない。

 彼が真相を知ったら、どう思うのだろうか。

 主人に弓を引いたのがアンジェリカで、本当の意味で守ろうとしていたのがオリガの方だと知ったら、どう思うのだろうか。

「どうした?浮かない顔をして。大丈夫だ。私がなんとかしてみせる。君は全軍の指揮に集中してくれればいい」

 アンジェリカが顔を逸したのを、不安そうにしていると勘違いしたのだろう、デールはアンジェリカの肩を掴んで顔を覗き込むようにして笑いかけた。

 アンジェリカは、今まで彼のこの人懐っこい笑顔に何度救われたかわからない。しかし、今回だけはこの笑顔はアンジェリカの救いにはならなかった。

「デールは・・・わたしが間違ったことをしていたらどう思う?」

「君が間違ったことをすること自体がなさそうな気がするが・・・君の決定に従うよ。私は君の部下だからね」

「叱って、正しい道に戻そうとはしてくれないの?」

 アンジェリカがすがるような表情でそう訊ね、その表情を見たデールは少し困ったような表情を浮かべた。

「君はとても聡明な人だ。もし、君が間違った決定をしたのだったら、きっと君の前にはその間違った道しかなかったのだろう。だったら、私は君と一緒に間違った道を歩くさ。地獄の底までね」

「デール・・・」

 彼の言うとおり、今のアンジェリカには選択肢などない状態なのだ。

 彼女の前にある道は、父の命に従い、妹のように思ってきたリュリュ皇女を皇帝バルタザールに差し出す。この道しかないのだ。

 ただ

 もしも

 デールに本当の事を打ち明けることができて、彼が「そんな道を進まなくていい」そう言ってくれたら。

 アンジェリカは、そんな夢のような「もしも」を望まずにはいられなかった。

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