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三、七つ子教疑惑

 2005年の春に起こった、“人間牧場事件”。その事件が起こった頃を境にして、何かが変わった。

 事件記者の神谷直人は、そう考えていた。

 止まっていた何かが動き出したんだ。もちろん、それまでも準備は着々と進められていた。だけど、それらはただ蓄積されていただけだ。部品が集まっていただけ。単に集まっただけなら、部品は何も機能しない。

 ……だが、しかし、それがあの事件を境に動き出してしまった。

 もちろん、それは神谷の勝手な想像に過ぎなかったのだが。

 “人間牧場事件”の一週間ほど前、まるで事件を察知するかのように、その人間牧場から、矮躯童人のうちの一人が逃げ出した。名を白秋しろあきという。それが彼らの中での通り名であるらしい。単なる脱走のようにも思えたが、それならば、人間牧場が摘発された後で姿を現しそうなものだ。しかし、彼は消息を絶ったままだった。

 何処かで組織に捕まり、処分されたのだ、という事も言われたが、それを示す証拠は一切、発見されなかった。

 そして、ちょうどその頃、東北にある、“七つ子教”という宗教の“御神体”に、ある子供が選ばれている。しかも、その子共は、以後それから今日に至るまで、ずっと“御神体”の位置にいるのだ。“七つ子教”では成長をし、大人になれば、新たな子供が御神体として選ばれるはずなのに。もっとも、その御神体が、ずっと子供の姿のままでいるのなら、その話も変わってくるのかもしれない。その御神体が誰なのかは、残念ながら公開されていないので、今のところ、確かめようがないのだが。

 この七つ子教は、子供を神として祀る少し変わった宗教だ。だから、子共が御神体の位置に座る。この宗教、発足は明治時代中期と、それほど古い歴史は持っていない。しかし、その根にはどうも、日本の古くからの、童子信仰があるらしい。

 子供は大人にとってみれば、容易にコミュニケーションが取れない“境界線の外”の存在だ。子供が苦手という大人の中には、恐らく“境界線の外”の存在に対する嫌悪感を覚えている者が少なからずいるはずだ。そして、“境界線の外”の存在は、蔑視の対象ともなるが、同時に畏怖の存在にもなり得る。そこに神聖さを想像するような事もある。“純粋な子供は神に近い”、そんな発想。だから、子供は神聖な存在だという“考え”にも当然、派生していく。七つ子教は、当にそんな宗教だったのだ。子供を神の使い、或いは、神自体と考え、崇めるのである。そして、だからこそ、この宗教は孤児の保護を行っていた。神聖な子供を守る為に。

 ――大人になるまでの間、その宗教では、子供を護り、育てるのだ。

 しかし、その為には資金源がいる。そしてその資金を供給しているのは、政財界の大物、黒磐心水氏である。黒磐氏は、築いた財を、社会に還元する為の慈善事業だと公言しているが、その陰には妙な噂も転がっていた。

 黒磐氏には、小児性愛があるというのだ。そして、七つ子教が保護する子供達を、性的に虐待している。黒磐氏が、七つ子教に支援しているのは、その為だという。自分の異常性癖を満たす為に、黒磐氏は七つ子教を利用しているのだと。

 そして、この噂にはまだ続きがあった。少なくとも2005年までは、この性サービスは、黒磐氏個人のものでしかなかった。しかし、その年以降、徐々に七つ子教は、他の裕福な人間達の遊戯施設と化していったと言われているのだ。

 2005年。

 そう。それは、“人間牧場事件”が起こった年と一致する。そして、七つ子教に新たな御神体が座した年とも。

 単なる偶然の一致だとも思えない。子共しかなれない御神体の位置に居続けているその何者かは、ほぼ確実に、矮躯童人だろう。本当は成人しているが、子供の姿であり続ける為に、御神体のままなのだ。もしかしたら、御神体になった時から、既に大人だったのかもしれない。だとするのなら、その矮躯童人は何の目的で七つ子教の御神体になり、そして、一体、何をしているのだろう?

 神谷にはある予感があった。そして、彼は七つ子教に対する取材を行い始めたのだ。


 「――なかなか、面白い話ですわね」

 七つ子教が、性サービスを行っている噂がある。そこまでを話した時、彼のインタビューを受けていた巫女の、堺ツユはそう言った。彼女はまだ19歳だが、巫女の中でも、かなり位が高いらしい。七つ子教では、大人になれば巫女の位置からは外れる為、年若い巫女しかいなかったのだが、最近になって制度が変わり、彼女は巫女のままなのだとか。それで、まだ19歳であるにも拘らず、彼女は、巫女の中では年輩なのだ。位が高いのは、恐らく、その為だろう。

 「ですが、そんな事は不可能です。一体、誰がこの宗教を、違法性サービスを提供する団体に変えられるというのです? 宗教内部の人間に、そんな力はありません。まさか、黒磐氏本人、とでも言うつもりですか?」

 彼女が取材に応じていた場所は、宗教施設の一つだった。その部屋の中は薄暗く、まるで何かの道場のように思えた。簾のようなものがいくつもかけれており、見通しはそれほど良いとは言えない。それが一体何の為の部屋なのか、神谷には全く分からなかった。凛とした顔で可笑しそうに微笑みながら巫女、堺ツユは続けた。

 「黒磐氏には、既に巨大な財があります。わざわざ、そんな危険を冒す意味が分かりませんわ。仮に財を更に大きくしたいのであれば、もっと他の、合法的な別の手段を用いるでしょう。違法性サービスなど、まったく、理に適っていません。あなたがもし、そんな記事を書くというのであれば、名誉棄損で訴えることも考えますが」

 年齢とは不釣り合いに落ち着いた様子で、流暢に語るツユにやや気圧されつつも、神谷はこう返した。右手を上げて、まだ語り続けそうな彼女を制して。

 「いえいえ、黒磐氏がそんな事を行っているとは、僕は思っていません」

 それを聞くと、ツユはこう問う。

 「では、それを計画したのは、何者だと言うのですか?」

 その問いに対し、神谷は少し笑う。ツユに主導権を握られているような気がする。こちらのペースに引きずり込まなければ。そう思った彼は、取り敢えずは、こう応えた。

 「結論を急ぐのは止めましょう。とにかく、この宗教が小児性愛者に対する性サービスを提供している、という噂があるのは事実です。その噂が真実かどうかは別問題にして、噂があるのは事実だ。これは、認めてくれますね?」

 それにツユは直ぐに答えた。

 「それは事実なのでしょう。私は存じておりませんが、あなたが、そんな噂を聞いたというのであれば、私には否定する事はできません。

 もっとも、そんな俗悪な噂は信じるに値しませんが。そもそも、私もこの宗教に育てていただいた身ですが、そのような穢れた行いを強要された事はありません」

 それを聞くと、神谷はまた少し笑った。

 「それは無理もありません。何故なら、子供達は、性の犠牲者になっている間、クスリで眠らせているのですから」

 「いかに眠らされていると言っても、そんな事をされているのであれば、起きてから気付くでしょう。馬鹿馬鹿しい」

 「そうですか? そうとは限らないと思います。隠しきれなかったからこそ、こうして噂が広まったとも考えられるでしょうし。が、まぁ、それは良い。あなたは、幸運にもその犠牲者に選ばれなかったというだけの話かもしれませんしね。何か理由があって」

 その言葉に、ツユはわずかに表情を歪ませた。もし、言葉を発していたならば“フンッ”とでも言っていそうな顔だ。それを見て、神谷は少し自分が優位に立てた気になった。続ける。

 「その噂が事実であったとして、違法性サービスで、金を稼ごうと思い立ったのは、黒磐氏ではないでしょう。先ほどのあなたの指摘は的を得ている。氏には、そんな危険を冒す理由が一切、ありませんからね。それを思い立ったのは、別の誰かだ。そして、ある意味では黒磐氏は、その誰かの犠牲者であるとも言えるかもしれない」

 「それは、あなたの想像の中のお話でしょう? そんなお話に付き合うつもりは、私にはありません」

 「まぁ、そう言わないでください。もう少し付き合ってくださいよ。その誰かは、恐らく、黒磐氏の悪行を知っていたんだ。子供達を性の犠牲者にしていたという。そしてその上で、黒磐氏を脅した。もしも、協力しなければ、この事実を公表するぞ、と。そして、氏の行っていた性サービスシステムを、そのまま商売にしてしまった」

 そこまでを聞くと、ツユは機嫌悪そうにしつつも、笑った。

 「やはり、馬鹿馬鹿しいですわ。そんな事をして、何の意味があります? 回りくどすぎます。お金が欲しいのなら、単に大金を要求すれば良いでしょう? なぜ、わざわざ商売に協力しろなんて脅すのです? それに、黒磐氏ほどの権力があれば、そんなならず者は、容易に潰せてしまえるでしょう」

 そのツユの言葉に、神谷はわずかに注目した。黒磐氏の犯罪を認めた訳ではないが、少なくともその権力を認める発言をしている。もしかしたら、彼女は何かを知っているのかもしれない。

 「詳しくは不明ですがね、恐らくは、その誰かには、潰せないだけの力か後ろ盾があったのだと思いますよ。或いは、立場か。いずれにしろ、黒磐氏にとって厄介な相手だったのでしょう。だから、潰せなかった」

 「そうであったとしても、そんな商売を始める意味が分かりません。大金を要求すれば、それでお終いではありませんか?」

 「そうですね。確かに、その点は、不可解ですが、或いは、その誰かには、大金を得る以外の目的があったのかもしれない。いや、その程度の金で、満足するつもりはなかったのか。だから、その土台造りをしたかったのではないですか?」

 「それは、単に、あなたが想像を膨らませているだけでしょう。そんな弁を認めるのならば、どんな推論でも認めなければなりません。同意しかねます」

 それを聞くと、神谷は少し間を作り、「なるほど、確かのその通りですね」と、そう言った。そしてその後でこう続けた。

 「つまり、あなたは証拠を示せ、とそう言っているのでしょう?」

 それから神谷は、数枚の印刷された紙を、懐から取り出したのだった。それは、電子メールの内容を印刷したものであるようだった。ただし、文字化けしていて読めない。ツユは不可解そうな声を上げる。

 「これが何か?」

 神谷は不敵に笑う。こう答えた。

 「それが、この宗教は怪しいという、物的証拠ですよ」

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