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二十四、あなた

 あなたは電車に乗っていた。相乗りになり、目の前の座席には女性客が座っている。理知的な雰囲気のある女性で、多少堅そうな印象はあったが、美人でもあった。その彼女の隣には、子供が一人。ただし、少しばかり外見がおかしい。よく見ると、肌の質や雰囲気に違和感があった。老けている、というか…。

 あなたは自分が読んでいた週刊誌の記事をそこで思い出す。矮躯童人。大人になっても子供の姿のままでいる人間達。

 まさか、とあなたは思う。

 その週刊誌は暇潰しに買ったもので、別に興味を惹かれる記事があった訳ではない。それで流し読みしていたのだが、その中の一つに、暴力団に捕えられていた矮躯童人が一人、信じられないような怪力と熱によって、逃げ出したというものがあった。

 あなたは思う。怪力はまだ分かるが、熱って何だよ? 火でも使ったのか?

 その矮躯童人は、自分の妹に会う為に、暴力団の許から逃げ出したらしい。しかも、その妹というのが、脳を丸ごと、他の矮躯童人の脳死体の身体に移植する事で、命を繋いだというのだから、荒唐無稽だ。今は、ある金持ちの家で、二人とも平穏に暮らしているのだとか。その金持ちが、彼らを保護しているのだ。

 あなたはそれを読んだ後で、こう思った。

 はっきり言って、有り得ない。下手な作家の書いた、三流の馬鹿小説のような筋書きだ。だが、裏社会において、矮躯童人がまだ取引に使われているというのは、どうやら信じても良いようだった。人身売買。それは、今日においても未だに社会問題であり続けている。

 そう思ってから、あなたは電車の広告の一つに目をやった。そこには、『原子力産業の闇』というタイトルが踊り、『その影に謎の矮躯童人の存在が…』と続けられていた。あなたはそれを見て、顔を歪める。社会の被害者とも言うべき矮躯童人が、根も葉もない悪い噂の的になっていると不快感を覚えたからだ。

 原子力産業と言えば、総理官邸の前で、デモが行われていると聞いている。国民がそれだけ反対しているのに、まだ原発廃絶の方針を示さないでいるのは、どうした事なのか。政治家はやはり国民の方を向いていない。あなたは続けて、そんな事を考えた。

 そこで、傍に座っている子供が席を立つ。例の“老けている子共”だ。その子は、それから「トイレに行きます」と言って、歩いていってしまった。声もまるで子供のようだったが、やはり少しだけ低い気がする。女性客と二人きりになると、あなたは悩み始める。好奇心を刺激されたのだ。あの子共は、やはり矮躯童人ではないのか、と。今なら、この女性客に尋ねられる気がする。失礼になるかもしれないが、そうやって特別視し遠慮する事こそ、むしろ差別しているような気もする。

 「あの、すいません」

 少しの間の後で、あなたはそう女性客に話しかけた。やはり欲求に耐え切れなくなったのだ。

 「なんでしょう?」

 女性客は上品にそう尋ねて来る。これなら大丈夫だとあなたは考え、こう言った。

 「失礼ですが、お連れの子共は、まさか矮躯童人ですか?」

 それを聞くと、女性客はにっこりと笑って、「ええ、その通りです。珍しいから、気になったのですかね」と、そう答えてくれた。

 やはり。

 あなたは少し興奮するとこう返した。

 「おお、こんなに近くで見るのは、初めての事です。いえ、すいません。少々、不謹慎な発言でしたか」

 それに女性客は首を横に振る。

 「いえ、それは人間の性のようなものですから、仕方ないと思います。理性で、自制ができるのなら、問題ないかと」

 「ありがとうございます」と、あなたはそうそれに返した。

 それから、こう続ける。

 「しかし、中々、差別意識というものはなくならないものです。ほら、見てください。あの週刊誌の広告でも、原子力産業の闇では、矮躯童人が黒幕となって動いている、などと書いている。いかにも胡散臭いではないですか。悪い事を、差別対象の責任にする。人間の悪い癖です」

 それを聞くと女性客はクスリと微笑んだ。

 「確かにその通りですわね」

 そして、そう言う。嬉しくなったあなたは、更にこう言った。

 「しかし、何故国は、原子力産業を未だに擁護するのですかね? 国民がこれだけ、反対しているのにも拘らず。私は、本当にこの国が民主国家なのかと疑いたくなってしまいますよ。全く、国民の意見が国政に反映されていない」

 すると、女性はこう返した。

 「私も同意見です。民主主義とは思えない。でも、仮に民主主義でなくても、社会は個人によって成り立っているという点は変わらないのですがね…… だから、政治が国民を無視していけば、いずれは崩壊が起こる」

 「それは、そうかもしれませんが。しかし、国民の声が、社会運営に影響を与える仕組みを持っているかいないかという点は、大きな違いだと思いますよ」

 そうあなたが言い終えると、女性客は少し笑ってこう言った。

 「自己組織化臨界点が、下がるのですね」

 あなたはそれを不思議に思う。自己組織化臨界点とは何だろう? あなたの不思議そうな顔に気付いたのか、女性客はこう続けた。

 「相互作用するシステム。その全体が大きく変わる一点を、そういうのだそうです。私も聞いた話なので、詳しくは知りませんが。民主主義のように、国民の声を国政に反映させる仕組みを持ったシステムでは、その臨界点が低くなるのです。だから、国民の不満が高まれば、比較的早くそれが解消される… はずなのですがね」

 それを聞いてあなたは頷く。

 「なるほど。常に小さな改革が行われているお蔭で、劇的な変化は起こらない、と。納得ができます。

 しかし、原子力問題は、中々に進展しないようですね。やはり、民主主義が機能していないのですか」

 そのあなたの言葉に、今度は女性が頷いた。

 「充分には機能していないでしょうね。ただし、それでも、原子力問題なら、そのうちにきっと良い方向に向かうと思いますよ」

 あなたはその女性の言葉を不思議に思う。

 「どうして、ですか?」

 「もっと別の力が、それに作用しているからですよ……

 ふふ。あなたにだけ、そっと教えてあげましょうか。実は、あの広告に書かれている矮躯童人は、原子力産業を護ろうとしているのではなくて、衰退させようとしているのです。懐柔して騙して、内部から徐々に壊していくつもりなのですよ。それに、再生可能エネルギーに関する新しい制度が計画されている事は知っているでしょう? それも、同じ矮躯童人の手によるものです」

 一瞬、あなたは少し驚いた。しかし、女性客が笑っているのを見て、あなたはそれをただの冗談だと判断すると、こう言った。

 「面白い話ですね。でも、どうしてその矮躯童人は、そんな事をしようとしているのでしょうか?」

 冗談に付き合ったつもりだった。女性客はこう応える。

 「その力には、抗えないと悟ったからですわ」

 「その力?」

 「ええ」

 女性客は少し目を閉じるとこう言った。

 「ねぇ、あなたはこんな話を聞いた事がありませんか? 多くの働きアリは、実は仕事をサボっている、という。でも、実はこの表現には語弊があります」

 話題の変化にやや戸惑いながらも、あなたはこうそれに返す。

 「間違っているのですか?」

 「ええ。実は、働きアリ達は、本当を言えば一匹も仕事をしてなんかいないのです。いいえ、と言うよりも、仕事という概念がそもそもない。彼らは命令されて働いている訳ではなく、単に刺激に反応しているだけなのです。この種類のフェロモンを受け取ったら、こう動く。お腹が減ったら、こう動く。他の働きアリにたくさん会ったら、こう動く。命令に従っているのではなく、自発的に動いているだけ。だから、本当を言えば、サボっているのでも働いているのでもない。偶々、起こったその行動が、巣全体にとって仕事になったり、サボった事になったりしているだけなのですね」

 あなたはそれを聞くと、少し考えてそれを頭に馴染ませた。

 「アリ達は勝手に行動しているだけ。でも、巣全体の為に、働いているように見える」

 「はい。その通りです。それでも、巣全体の為に働いているように見える。だから、もしアリの巣全体に意識と意思があったとしたら、自分の構成要素である働きアリ達は、自分の為に仕事をしているのだとそう思うかもしれない。

 ただ、これ、その逆も考えてみたくありませんか? もし仮に、働きアリに意思があったとしたら、その事実を突き付けられて、どう思うのか。自分は、自発的に行動しているはずなのに、それが巣全体の為の営みの一つになってしまっている…… しかも、その事実からは、どう足掻いても逃れられない」

 「なるほど。面白い想像ですね。もし、そうなら、自らの主体性を信じているアリは、ショックを受けるかもしれない…」

 女性客はそれに頷く。

 「そうかもしれません。仮にそれで、主体性を見極めたくて、巣全体を否定したら、もう生きてはいけない。当たり前ですが、巣が滅びれば、その中で暮らす自分自身も滅びてしまいますから。

 ま、それでも、己の為だけに、巣全体を犠牲にしようとする者もいるかもしれませんが。その事実に気付いているかどうかは、別問題にして」

 あなたはそれを聞いて、癌細胞を連想した。自らが滅びる危険を理解しないで、自分達の身体を攻撃しているそれ。それで、

 「それには、治療が必要だ」

 と、気付くと思わずそう言っていた。女性客は少し驚いた顔を見せると、それから、「ええ、その通りですわ」と応えた。

 「あの子にとっては、あれは、当に治療だったのかもしれない…」

 それから、そう続ける。独り言のようにあなたには思えた。あなたがその発言を不思議に思っていると、女性客はまた言った。

 「実は、その意識を持ったアリは、実際にいるのですよ」

 「実際にいる?」

 「ええ」

 そう応えて、一呼吸の間の後で、女性客はこう続けた。

 「例えば、あなた。それに、私も」

 ――ああ、

 それを聞いてあなたは、理解をする。

 「なるほど。私達は、意識を持った働きアリですか。自発的に行動しているつもりで、それが社会全体の営みの一つになっている」

 「はい」

 そのタイミングで、トイレに行っていた子共、いや、矮躯童人が戻って来た。それを見た後で、女性客は言う。

 「太陽電池や風力発電、地熱発電って、非効率だと批判されていますよね。でも、労働力が余っている今なら、その労働力を使って、それらを生産すれば、それで景気が良くなるんです。不足している需要が、太陽電池や風力発電の生産で賄えるからですが。多くの人は、この点を理解していません。

 それに採算性がないというのも少し違っています。これから先、労働力が減少していけば、供給能力が減少していくのだから、物価は上がるでしょう。国家破産、或いは景気回復が起こっても同じですが。物価の低い今の内に太陽電池等を造っておけば、物価が高くなってからの採算性は高くなります。それら再生可能エネルギーには、維持費がかからないからですが。言い換えるのなら、労働力不足の時代に備えて、労働力の余っている今の内に、労働コストのかからないエネルギー生産システムへ設備投資をするのが効果的、という事になります」

 それにあなたは、こう応えた。

 「はは、なるほど、単なる綺麗事ではない訳ですか」

 「ええ、綺麗である必要はありません。仮に醜くても、それが我々の生き残りにとって意味があるのなら……」

 それから何故か女性客は、戻って来た矮躯童人の頭を撫でる。その彼女の様子は、とても澄んでいるようにあなたには思えた。諦観、または、何かを悟ったような雰囲気。そして、あなたは、彼女の言った言葉を思い出す。


 ――その力には、抗えないと悟ったからですわ。


 その力とやらに抗えないと悟った者とは、もしかしたら、彼女自身の事ではないのか。

 そして、そう思った。

 抗えない、と悟った働きアリ。

 そんな存在は、これから、どう生きるべきなのだろう?


 駅に電車が停まる。女性と矮躯童人は席を立つとあなたに軽く挨拶をして、そのまま電車を降りていった。その後で、あなたの頭の中にこんな声が響く。

 それは不思議な声だった。あなたは、それに驚きながらも、何故かそれを受け入れていた。まるで、当然の事のように、自然に。


 “あなたに、もしも関心があるのなら、自然エネルギーと経済についての話をしよう。怖がらないでくれ、僕は決して危険な存在じゃないし、あなたが狂った訳でもない…”

 この話を書いたのは、もう一年くらい前です。

 当時、色々とやさぐれた気分になってまして、その気分の勢いで考えた話を、その気分のまま書きはじめました。

 ただ、途中でそれほどやさぐれた気分でもなくなってしまいまして、モチベーションを保つのに苦労した記憶があります。


 皮肉を込めたり、それとは違うメッセージも絡ませたつもりです。読んでくれた人達の中で、それがどうなるのかは、さっぱり分かりませんがね(笑)。


では、また。

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