一、家畜化された人類
一応、断っておきますが、もちろん、矮躯童人なんて民族はいません。僕の創作です。
この小説のテーマ曲(雑音)を作りました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21397382
雑音として聞けば、聞けるかも。
矮躯童人。
と、呼ばれる民族がいる。
(※ 因みに、この“矮躯童人”という名は蔑称ではないか、という批判の声があるが、それに代わる言葉は未だに用意されていない為、ここではそのまま“矮躯童人”という表現を用いさせてもらう。どうか、承知してもらいたい)
その民族の特徴の一つに、身体が非常に小さいという点がある。もちろん、その名前の由来も、その小さな身体からだろうというのが一般的な見解だ。成人しても、大きな者で150センチメートル程度、普通は135センチメートル前後にまでしか成長しない。そしてその他の身体的特徴は子共のそれだ。つまり、この民族は成長が途中で止まってしまうのだ。
近年までは、それは元からの矮躯童人達の特徴だと考えられてきたのだが、今では疑問を投げかけられるようになっている。その子共の姿のままでいるという特性は、むしろ矮躯童人達が“家畜化”される過程で身に付けたものではないかというのだ。
――そう。
この民族は、日本社会の歴史のある時期まで、家畜として扱われてきた。否、場所によっては、今も扱われているのかもしれない。
もちろん、それには理由がある。家畜化するだけの“価値”が、この矮躯童人達には、否、矮躯童人達の身体にはあったのだ。
この矮躯童人達の身体は、医療目的、移植用人体として大変に優れていたのである。
普通、人体には拒絶反応というものがある。例えば、臓器を移植しても、その臓器を人体は異物と見なし、攻撃をしてしまう。ところが、この矮躯童人達の人体には、何故か、拒絶反応が起こらないという特性があったのだ。それどころか、移植をするとすんなりと相手の身体に馴染む。まるで人体が自ら求めるかのように、近くにある体に結合してしまう。その結果として、彼らは移植用人体として家畜化され、重要な商品として扱われるに至ったのである。
一体、いつの時代から、彼らの身体が移植用人体として用いられてきたのかについては諸説があるが、少なくとも江戸時代の後期には既に彼らは移植用人体として、家畜化されていたらしい事が分かっている。驚いた事に、当時の技術でも、矮躯童人の人体を用いれば、人体移植が可能だったのだ(もちろん、江戸時代の人体移植は、歯や手足皮膚などの部位に限られていたが)。ここで少し留意点がある。奇妙な事に、矮躯童人に関する江戸時代の絵や記録を観ると、子供の姿という描写がないのだ。確かに身長は低かったらしいが、それでも平均よりも下回る程度である。彼らが子供の姿として明確に描かれるようになるのは、明治中期以降であり、定着するまでの間に、どうやら彼らは徐々に“成長を途中で止める”という特性を身に付けたようなのだ。
その昔の彼らに対する名称は、“矮躯童子”だった。その名が、彼らが昔から、子供の姿であるという誤解に繋がったのではないか、とも言われている。童子という言葉からは、子共を連想しがちになるが、実は“童子”という言葉は、何も子供に対してのみ付けられるものではないのだ。例えば、有名な例では、“酒呑童子”、“茨木童子“などがある。彼らは鬼であるが、”童子“と名付けられている。もっとも、それは”童子“という言葉に限らない。大人である”ねずみ小僧“には、子共を表す”小僧“という名が付けられている。
“七つまでは神のうち”などと言われるが、日本には古くから、子供を神として尊ぶ童子信仰がある。これは、子共という存在が、大人には理解できない異なった存在だからこそ発生したものなのかもしれない。そしてその童子信仰の為、異界の住人である事を表す名称として、“童子”や“小僧”が付けられる場合があるのだ(ねずみ小僧はヒーロー的な義賊だが、ヒーローという存在も、実は異界の住人の一つだ)。
矮躯童子という名称は、もしかしたら、その童子信仰の延長線上にあるものなのかもしれない。人体の欠損部を補うのに重宝する神秘的な身体を持つ彼らは、特別視され、崇められてもいたのだ。人々の犠牲になる彼らという存在が、尊ばれていたというのは、自然な発想である気もする。だからそれが彼らに対する蔑称だとは言い切れない(もっとも、“畏怖”と“差別”がとても近しい関係にあるのも事実だ)が、その特別扱いが後の彼らの蔑視・家畜化に繋がっていった可能性は捨てきれない。そして、皮肉な事に、家畜化によって彼らはその名に合った、“子供の姿”という特性を身に付けてしまった……、のかもしれないのだ。
実は、家畜化される動物の傾向の一つとして、成体になっても子供の特徴を残し続ける、というものがあるのだ。これを「幼形成熟」という。
(この現象が、遺伝子のみによって行われるとは考え難いように思う。遺伝子が生物体の設計図であるという概念に対する、反論の一つとするべきかもしれない)
その為、彼らの“子共の姿”という特性は、家畜化によって発生したのではないかと言われているのである。他にも、彼らには家畜化動物に観られる特性があるので、その可能性は充分に考えられる。性格が非常に大人しくなり、従順で、そして、人間にとって都合の良い事に、移植用人体として適した身体という特性を、更に伸ばした。
ただし、これについては反論もある。
家畜化によって、子供の姿のままで成長が止まると言っても、身体の成長まで止まるとは限らない。つまり、家畜化は矮躯童人達の身長が低い理由を説明しないというのだ。その特性は、もしかしたら、人間社会が小さい彼らを望んだ事によるものなのかもしれない。遺伝的アルゴリズム。人間が、それを望み、選択をし、意図的に小さい彼らを産み出した可能性。家畜化するには、小さい方が良い。その真偽のほどは分からないが、いずれにしろ、現在彼らの身長は酷く小さい。
その後、子供の姿でいるという特性の為か、矮躯童人はいつの頃からか、富裕層の愛玩動物として飼われるようにもなっていった。この習慣は、人権思想の広がりにより、現在は消滅した事になっているが、裏社会では今でも実質、ペットとして飼われているという噂もある。これは、ある時期までは、真偽の怪しい都市伝説の一つとして語られていたが、今から7年前の2005年に、ある衝撃的な事件が起き、裏社会において、未だに矮躯童人達が、家畜として扱われている事実が判明し、改めてリアリティを持った噂として迎えられた。
2005年、春。闇の臓器密売組織が、矮躯童人達を、家畜として飼育している現場が、警察によって摘発されたのだ。世にいう“人間牧場事件”である。
場所は、なんと東京の真ん中。面積が比較的広い、旧いビルの三階から五階までが、彼らの飼育室となっていた。つまりは“矮躯童人達の人間牧場”だ。実に30年以上もの間、その場所で、矮躯童人達は飼育され続け、そして闇市場に移植用人体として供給され続けていたのだ。人口の少ない田舎よりも、人口の多い都会の方が、むしろ人類の家畜化には適していたのかもしれない。木を隠すには森の中、人を隠すのには人の中、という訳だ。
この事件以後、人権団体の批判や国際的な非難に晒され、矮躯童人達の保護を求める声が大きな高まりを見せ、日本国内において、臓器密売組織の摘発強化が行われ、実際に数か所で矮躯童人の飼育現場が発見された。それまでは、時代遅れの古臭い考えと一笑にされていたものが、再び大問題として浮上したのだ。
歴史上、矮躯童人達の繁殖が盛んに行われたのは、戦時中だった。もちろん、主な目的は、負傷した兵士達への人体部品供給だが、中には人体実験の対象にされた者もいるらしい。
戦後、アメリカによる日本への政治介入で、矮躯童人達へも平等に人権が与えられるようになり、彼らは一般社会へ迎え入れられた事になっていたのだが、闇社会では、密かにその家畜化が行われ続けていたのである。飽くまで噂ではあるが、そこには、アメリカ軍の関与があったとも言われている。アメリカ軍は移植用に優れた矮躯童人達の身体に興味があり、隠密裏にその“家畜化”を保護したというのだ。
――そして。闇社会に生き残った、矮躯童人達の家畜化は、近年になり、再び歴史の表舞台に、まるで前時代の亡霊のように浮かび上がってきてしまったのだ。
現代では、遺伝子技術も進歩している。当然、研究材料としても、彼らの身体は注目されているが、今のところ、人権団体の反対にあってそれは実現してはいない。もしも、彼らが実験体にされるようならば、やはり彼らは家畜化の運命から逃れられてはいない、という事になるのかもしれない。
もっとも、都市伝説の中では、彼らは既に人体実験の材料とされている事になっているのだが。しかも数十年も前から、アメリカ軍の手によって。実験体の確保こそが、アメリカ軍が矮躯童人達の家畜化を保護した理由だと噂ではなっているのだ。
馬鹿馬鹿しいと笑ってしまいたいところだが、矮躯童人にまつわる噂話は、簡単には見過ごす事ができない。北朝鮮による拉致事件はかつては都市伝説であったものが、事実であった数少ない事例だが、矮躯童人の噂についても同様だ。いかに馬鹿馬鹿しく思えても、それだけで全否定するのは禁物だ。
中には、矮躯童人達には稀に超能力のような異能を持つ者がおり、それが研究対象とされているのだ、というような、本当に荒唐無稽なものもあるにはあるのだが、それだって、噂の根拠が全くゼロだとは言い切れない。
前述した2005年の、“人間牧場事件”。その摘発に警察が成功をしたのは、ある謎の人物の手引きによるという噂があるのだ。そして、その謎の人物は実は矮躯童人の一人だとも言われている。信じられない話だが、その一人には強力なテレパシー能力が存在し、それにより、警察を導いたのだという。
テレパシー能力を持つ矮躯童人は十人に一人の割合程度で存在していると噂ではなっているのだが、その一人は特に強力なテレパシーの使い手だという。噂される、矮躯童人の異能は、何もテレパシーだけではない。その他にも幻を見せるものや、冷凍や過熱をするものなど様々だ。
家畜として飼われ、文字通り矮小な存在となった彼らが、身を護る術として身に付けた能力、とも言われているが、いつまでも子供の姿を維持するという異なった存在に対し、神秘を観、想像力を掻き立てられた結果として妄想されたものだろう。そんな能力が存在するなど、科学的に有り得ない。
ただし、闇市場を通して、様々な組織に供給され、その組織と関わっている可能性の高い彼らが、その特異な立場を活かして、警察に“人間牧場”を摘発させた、という可能性はあるかもしれない。彼らは独自の文化を持っているとも言われているから、例え、愛玩動物の立場であったとしても、彼らにしか分からない暗号文などで連絡を取り合い、警察を動かす程度なら、充分に考えられる(実際、独自の文字のようなものも見つかっている)。
もちろん、単なる想像の範疇を出ない仮説ではあるが、それでも、完全にはその可能性を否定できないだろう。異能を持つなどという話は馬鹿馬鹿しいにしても、彼らが謎めいた存在である点は否定できないのだ。
“人間牧場”から救い出された矮躯童人達の多くは、その後、人権団体に引き取られた。そして、その彼らのうちの何人かは、言葉少なではあるが、気になるこんな奇妙な発言をしている。
……僕らは君達が思っている以上に、この人間社会に染みているのだよ。家畜化されているのは、僕らだけじゃない。その意味にどれだけの人が気付けているだろう?
一体、彼らという存在は、我々の社会に対して、何を突き付けているのだろうか。