第9話:夏休みデプロイと、氷結鉱石のスコップ無双
「——本日の気温、摂氏三十八度。王都のヒートアイランド現象および地上校舎の断熱性能不足により、生存環境としては著しく不快と判定」
王立魔法学園の終業式が終わった直後。
重い前髪を汗で少し額に貼り付けながら、ホナは校門を抜け出していた。
今日から待ちに待った夏休みである。
学園の廊下では、相変わらずエリート貴族たちが「夏休みのバカンスはどの領地で過ごすか」「誰の別荘のパーティに参加するか」といったマウンティング合戦に花を咲かせていた。
だが、Fランク令嬢のホナにとっては完全に他人事だ。無駄な交際費も、マナー違反の貴族に絡まれるヘイトコストもゼロ。
(……一刻も早く、地下へ避難するわ)
路地裏の転移陣を踏み抜き、ホナは一瞬で地下要塞『アジール』へと滑り込んだ。
「あ、ホナちゃんお帰りー! 外、すっごく暑かったでしょ?」
「おかえりなさい、ホナ様。ちょうど冷たい麦茶が淹れ終わったところですわ」
転移陣を抜けると、そこは地下特有の心地よい冷気と、爽やかなハーブの香りに満ちた天国だった。
出迎えてくれたのは、涼しげなワンピース姿のリーネと、ダボダボの薄手パーカーの裾をパタパタとあおいで首元に風を送っているルミナリアだった。ルミナリアの首には相変わらずノイズキャンセリングヘッドホンが引っかかっている。
「ふはぁ……冷たい麦茶が染みるわ……」
ホナは一口でグラスを空け、プハッと息を吐いた。
「ねえねえホナちゃん。夏休みに入ったのは最高にハッピーなんだけどさぁ……」
ルミナリアがソファーにへたり込みながら、ジト目でメインコンソールのモニターを指差した。
「シェルターの冷却ユニットの出力、これが限界なの。地下だから涼しいけど、ここからさらに『冷え冷えのかき氷』を作ったり、冷房の温度を二十度まで下げるには、エネルギー源の『氷結魔鉱石』が圧倒的に足りないんだよねぇ」
「氷結魔鉱石……。王都の市場で買えば金貨数十枚はくだらない希少資源ね」
「うん。でもね、ソナーで探知したら、この地下要塞のさらに奥……未開掘の岩盤ルートに、天然の超高純度鉱脈が眠ってるのを見つけちゃった」
ルミナリアが不敵にニヤリと笑い、ホナに一本の「普通の角型スコップ」を差し出してきた。
「というわけで! 私が暇つぶしに『超高周波振動エンチャント(マナ・バイブレーション)』をかけておいたよ! 豆腐みたいに岩盤が削れるスゴイやつ!」
「……先輩。また怪しげなガジェットを勝手に改造して……」
ホナは冷徹なポーカーフェイスを保ちつつも、内心で頭を抱えた。
(っ……! 先輩が『私のため(快適な夏休みのため)』にスコップをカスタマイズしてくれた……!? 尊い……尊すぎて脳内CPUの温度が上昇していく……っ!)
「ホナちゃん? 顔赤いけど大丈夫? 熱中症?」
「っ! なんでもありません! ただちに鉱石の採掘ミッションに移行します!」
ホナは慌ててスコップをひったくるように受け取ると、地下要塞の最深部へと向かった。
◆
「——シリンダー回転、高周波振動出力100%。採掘開始」
地下深層の分厚い岩盤の前。
ホナがスコップを構え、軽く突き立てた瞬間——。
ズババババババババッ!!!!
「……は?」
重厚な硬質岩盤が、まるで温かいナイフで切られたバターのように、音もなく削れ飛んでいく。
ホナの卓越したフィジカルと時間管理術(秒間5ストロークの精密打撃)が組み合わさった結果、人間鉱山掘削機と化したホナの手によって、トンネルが恐ろしい速度で開通していく。
「すごーい! ホナちゃん、重機並みのスループットだよ!」
「ホナ様、採掘された土砂は私の植物の根で固めて、落盤防止の補強をしておきますね!」
ルミナリアのソナー探知、リーネのリアルタイム地盤補強、そしてホナの超音速スコップ無双。
完全なる役割分担により、わずか十分足らずで目的の「氷結魔鉱石」の巨大な結晶群が露わになった。
「あった! これだけあれば、夏休み中の冷房も、かき氷機も、アイスクリーム製造機も二十四時間フル稼働できるよ!」
ルミナリアが歓声を上げ、テンションが上がった勢いでホナの背中に抱きついてきた。
「やったね、ホナちゃん!」
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!??!?」
背中に伝わる柔らかい感触と、先輩の甘い香り。
ホナの脳内クロックは一瞬でオーバーヒートを起こし、ポーカーフェイスの裏側で絶叫した。
(近いです先輩!! 距離感が近いです!! 汗をかいているので離れてくださいいや離れないでくださいどっちですか!!)
「……ふぅ。これで快適な環境が構築できますね」
表面上はどこまでもクールに、何事もなかったかのように氷結結晶をバックパックへ回収するホナ。
ちなみにこの一時間後。
学園から派遣された夏の地下地盤調査隊(通称:スコッパ)がこの場所に辿り着いたときには、すでに鉱石は根こそぎ掘り尽くされ、後には「なぜか完璧に補強された謎の綺麗な空洞」だけが残されており、調査隊を大いに困惑させることになるのだが——それはまた別の話である。
◆
「ん〜〜〜っ! 冷たくて美味しい〜〜〜!」
アジールの快適なリビング。
設定温度二十度まで下がった心地よい部屋で、ルミナリアが自家製シロップのかかったかき氷を嬉しそうに頬張っていた。
「甘くて美味しいですね。リーネ特製のハーブシロップ、最高です」
「ふふ、喜んでもらえて良かったです!」
冷たい麦茶を飲みながら、くつろぐ二人を眺めるホナ。
外の猛暑も、学園の面倒くさい貴族どもの存在も、ここには一切届かない。
「ねえ、ホナちゃん。明日は何して遊ぶ?」
スプーンを咥えたルミナリアが、上目遣いでホナを見つめてくる。
「……明日のスケジュールは未定です。先輩の希望を優先します」
「じゃあねー、次は地下プラントプールで泳ぎたいな!」
「……善処します」
冷えた部屋で、大好きな先輩と過ごす夏休み。
ホナの完璧な「ワークライフバランス」と「ゆるふわ地下生活」は、まだ始まったばかりだった。
(第10話へ続く)




