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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第15章:飛竜の覚醒

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定理3:ヴェリタスの最終定理

仰向けに倒れたアスナの視界が、急速に暗く沈んでいく。

完全なる漆黒が彼女の意識を覆い尽くそうとし、死という名の絶対的な静寂が彼女を迎え入れようとした、その時だった。


ふわりと、この血生臭い死の荒野には絶対にありえないはずの香りが、彼女の鼻腔を優しくくすぐった。

深く焙煎された珈琲の、少しだけ苦い落ち着く香り。

そして、砂糖がたっぷりとまぶされた、油で揚げたての甘いドーナツの匂い。

完全に暗転していたはずの視界に、柔らかなセピア色の光が差し込み、一つの風景が鮮やかに浮かび上がった。

それは、かつて王都とスラムの境界線にあった、見慣れた古びた雑居ビルの三階。

埃が陽の光に透けて舞い、無数の書物とガラクタにまみれた、あの騒がしくて温かい、ヴェリタス探偵事務所の情景だった。

失われたはずの世界が、アスナの死の淵において、これ以上ないほど鮮明な色彩を持って蘇ったのだ。


「フム。随分と遅いお帰りだねぇ、アスナ君。公務員の定時退社というルールは、荒野では適用されないのかい?」


デスクの奥から、白衣を纏い、金色の真理の眼を首に下げたエラーラ・ヴェリタスが、いつも通りの小憎らしい、けれどどこまでも知性に満ちた笑みを浮かべてこちらを見ている。

そのハスキーな声の響きは、アスナの記憶の中と何一つ変わっていなかった。


「もう、お母様ったら素直じゃないんだから!アスナ、本当によく頑張ったわね。さあ、その汚れたコートを脱いで、こっちへいらっしゃい」


黒系ドレススーツに身を包んだナラティブが、手にした鉄扇を優しく閉じて微笑みかける。その奥では、純白のエプロン姿のアリシアが、コトコトと音を立てるティーポットから、温かく香り高い紅茶を二人分のティーカップに丁寧に注いでいる姿が見えた。ルルとリウが、ゴウとカレルが、光射すリビングのテーブルからアスナを見つめている。

そして。


「あはは!アスナさん、おかえり!今日のドーナツは、ミスター・マジックの新作で最高に甘いやつを用意したから、一緒に食べよう!」


無邪気で底抜けに明るい笑顔を浮かべた誇り高き獅子の青年、リオン・ゴルドファングが、探偵事務所の中央で大きく手を振って彼女を迎え入れていた。


現実の荒野で、血と泥にまみれて倒れるアスナの頬を、一筋の透き通った涙が伝い落ちた。

激痛も、孤独も、世界に対する絶望も、全てが綺麗に消え去っていた。十年間という、戦いと喪失に満ちた過酷な人生の中で、彼女の顔には今、最も美しく、最も穏やかで満ち足りた微笑みが浮かんでいた。

果てしなく広がる荒野の赤黒い空を見上げながら、彼女は愛する家族たちが待つその温かい光の世界に向かって、最後に残された僅かな息を紡いだ。


「……ただいま」


その静かな言葉が、乾いた荒野の空気に溶け込んだ瞬間、アスナ・クライフォルトの心臓は完全に停止した。

誇り高き竜人の女は、誰に看取られることもなく、一人荒野の果てでその生涯を閉じた。


・・・・・・・・・・


その、奇跡のような光景は、地獄の底を這いずり回ってきた幼い命たちにとって、あまりにも美しく、そして現実離れしていた。

死の荒野の先に広がっていたのは、絵本の中でしか見たことのないような瑞々しい緑の谷だった。

空気を満たしているのは、柔らかな土の匂いと、青々とした草葉が風に揺れる音、そしてどこからか流れ来る清らかな水のせせらぎだけだった。


先頭を歩いていた口のきけない少女は、泥と血で固まった小さな足を震わせながら、ふかふかとした緑の絨毯を踏みしめた。ひんやりとした命の感触が、足の裏から全身へと伝わってくる。彼女の後ろに続く子供たちも、言葉を失い、ただ呆然とその手付かずの自然を見渡していた。


少女は、唇を強く噛み締め、溢れそうになる涙を必死に堪えながら、前だけを向いて歩き続けた。谷の中心には、透き通った泉があった。本物の水だ。子供たちは泉に駆け寄り、泥だらけの手で水を掬い上げ、夢中で喉を潤した。渇ききった細胞に冷たい水が染み渡り、彼らは初めて、自分たちが生き延びたのだという実感を噛み締めていた。

ここから、新しい歴史が始まるのだ。

身勝手な暴力の存在しないこの真っ白なキャンバスで、自分たちの足で未来を歩いていく。少女は、泉の水面に映る自分の顔を見つめ、心の中で誓った。

絶対に生き抜いてみせると。


だが。


この残酷な世界は、気高く生きようとする小さな命たちに、安息の明日を与えるほど甘くは作られていなかった。

巨大な、糸が切れるような奇妙な音が、空から響いた。

少女が泉から顔を上げ、空を見上げた瞬間、青く澄み渡っていたはずの空の頂点に、巨大な亀裂が走っていた。

空間そのものが、「剥がれ落ちて」いたのだ。亀裂の向こう側に見えたのは、宇宙の暗闇でも、別の景色でもなかった。ただの、完全なる「白」だった。

光を反射する白ではない。色彩と概念が完全に欠落した、絶対的な虚無の白紙である。


それは、病でも暴力でもない。この世界の創造主が、物語の展開に飽き、舞台そのものを初期化しようとする身勝手で理不尽な「白紙化」の現象だった。


剥がれ落ちた空の破片が地面に落ちると、そこにあったはずの木々や岩が、音もなく真っ白に塗りつぶされて消滅した。燃えることも、砕けることもない。ただ、最初からそこに存在しなかったかのように「無」へと還元されていくのだ。


「あ……あぁ……っ!」


泉の水を飲んでいた少年が、後ずさりしながら尻餅をついた。

白紙化の波は、空から大地へと伝染し、凄まじい速度で谷を侵食し始めていた。緑の絨毯が端から順番に真っ白な空間へと書き換えられ、逃げ惑う小鳥がその白い境界線に触れた瞬間、悲鳴を上げる暇もなく存在を抹消された。


世界が、終わるのだ。


絶対的な強制終了。

子供たちは悲鳴を上げ、パニックに陥って泉から逃げ出した。だが、逃げ道などどこにもない。谷の四方八方から、真っ白な虚無の壁が彼らを囲い込むように迫ってきているのだ。

地面が消える。

木が消える。

空が消える。

自分たちの身体が、もう数秒後にはこの無意味な白い空間に飲み込まれ、何一つ痕跡を残さずに消滅してしまう。

少女は、足がもつれて緑の上に倒れ込んだ。

迫り来る絶対的な死の恐怖の前に、彼女の心でようやく芽生えかけていた自立の意志が、音を立てて砕け散ろうとしていた。

こんな、こんな……こんな理不尽な終わりを迎えるために、あの地獄の日々を必死に生きのびてきたのか。

こんな、意味のない死を迎えさせるために、アスナは自らの血と肉を削り、猛毒に焼かれながら自分たちを守ってくれたのか。

絶望が少女の心を完全に支配した時、彼女はついに、アスナから破るなと言われていたたった一つの約束を破ってしまった。

彼女は、涙に顔を濡らしながら、岩山の入り口の方角へと後ろを振り向いてしまったのだ。

岩山の入り口の向こう、荒野の境界線もまた、無慈悲な白紙化の波に呑み込まれようとしていた。

狂徒たちの死体の山が、音もなく端から白く消し去られていく。

そして、その死体の山の中央で、仰向けに倒れているアスナ・クライフォルトが見えた。

彼女の心臓は、とうの昔に完全に停止している。

全身の臓器は黒い毒によって液状に腐乱し、流した血は完全に乾ききって砂と一体化している。

迫り来る白い虚無の壁は、もう、アスナの倒れている足元まで数メートルの距離に迫っていた。あと数秒で、彼女の遺体も、彼女がこの世界で命を燃やしたという崇高な事実も、全てが等しく無価値な白紙へと還元されてしまう。

少女は、音のない絶叫を上げ、アスナの遺体に向かって手を伸ばした。


その刹那だった。


少女は、大きく見開いた目から涙をこぼしたまま、その信じられない光景に息を呑んだ。

仰向けに倒れていたアスナの遺体の、泥と血にまみれた右手の指先が、ビクリと痙攣したのだ。

風ではない。残存した神経の反射でもない。

死後硬直が始まっていたはずの彼女の右手が、荒野の乾いた大地を、凄まじい力でガシリと掴み込んだのだ。

白紙化の進行が、まるでその異常な質量に怯えたかのように、アスナの足元でわずかに速度を落とした。

腐乱した内臓から溢れ出していた黒い猛毒が、ジュウジュウと音を立てて蒸発していく。いや、蒸発しているのではない。完全に停止していたはずのアスナの肉体の奥底から、毒の熱すらも凌駕する、言語を絶するほどの異常な「熱」が急激に発生し、彼女の死体を内側から焼き焦がしているのだ。


ありえない。

絶対に、ありえない現象だった。

彼女を動かす動力源など、この宇宙のどこにも存在しないのだ。

ただ一つ、あるとすれば。

それは、自らが血の海に沈んでまで切り開いた未来を、理不尽な都合で消し去ろうとする世界の暴力に対する、極限の「怒り」。


それは、何があっても明日だけは守り抜くという、絶対的な魂。


それが、「熱血」。


バキリ、と骨がへし折れる音がした。

アスナの死体が、自らの筋繊維を引きちぎりながら、うつ伏せの状態から上半身を無理やり持ち上げたのだ。

千切れかけていた極太の竜の尻尾が、死の淵から蘇った大蛇のようにのたうち回り、地面を叩き割る。

完全に光を失い、死の濁りに覆われていたはずの青い瞳孔が、カッと見開かれた。

その視線は確実に、世界を消し去ろうとする「白紙の虚無」という概念そのものを真っ直ぐに睨み据えていた。


「あ……あぁ……アスナ……!」


少女は、恐怖ではなく、圧倒的な神々しさに震えた。

アスナの両足が、大地を踏みしめた。

彼女は、白紙化の脅威が迫る荒野のど真ん中で、ゆっくりと、揺るぎない動作で、完全に二本の足で立ち上がったのだ。

死は、彼女を迎えに来た。

だが、未来を理不尽に奪おうとする世界を前にして、彼女に刻まれた竜の魂は、死という絶対的なルールすらも拒絶した。

理屈ではない。

魂の、躍動。

赤黒い空の下、白い虚無の壁を前にして立ち上がった一人の女。

彼女はもはや人間ではない。世界の理不尽に反逆するためだけに地獄から這い上がってきた、純粋な怒りと執念の結晶体だった。

その口元から、心臓の鼓動の代わりに、大気を震わせるような低く禍々しい呼気が漏れ出す。


「……ア、アァ……オォォォォォォッ!!」


漏れ出したのは、声帯を震わせる音ではなく、彼女の肉体という名の檻を内側から破壊し、全く別の存在へと再構築しようとする、凄まじい「命」の咆哮だった。

背中の皮膚が、内側から突き上げる異形の骨格によって裂け、血飛沫と共に巨大な漆黒の翼が噴出した。毒によって腐っていた内臓は、彼女の凄まじい怒りを燃料として、超高温の魔力プラズマへと一瞬で変換されていく。

バキバキと音を立てて全身が膨張し、鋼鉄よりも硬質な鱗が剥き出しの筋肉を覆い尽くしていく。


『フム。……アスナ君。人は死ぬが、(じぶん)は、死なないのだよ。自身の死を目撃した者がこの宇宙に未だ存在しない以上、君の宇宙において、君は永遠なんだ。世界が終わるのは、君が自ら幕を引く瞬間だけ……それまでは、どんな絶望が襲おうと、君こそがこの物語の唯一の主体であり、竜なのだよ。さあ!最後の瞬間まで、自らの色で世界を染め上げ、戦い抜くがいい!』


自らの死という絶対的な安らぎを拒絶し、この身勝手な物語の結末を書き換えるために、自らの存在そのものを怪物へと堕とす。それは、最も気高い、生への執着の結実だった。


「ォォォォォォォォォォォッ!!」


天を衝く咆哮と共に、アスナであったものは完全にその人間としての輪郭を捨て去った。

そこには、巨大な「飛竜(ドラゴン)」が屹立していた。

かつての彼女の面影を残すのは、鋭い知性を宿した金色の眼光だけだ。完全なる暴力の化身となった彼女は、大地を爆砕して虚空へと跳躍した。


飛竜となったアスナは、迫り来る「白い虚無」に向かって、正面から突っ込んでいった。

彼女は知っていた。

この白紙化は、概念による世界の抹消だ。

ならば、それを打ち破るには、概念すらも焼き尽くす、圧倒的なまでの「生の熱量」が必要なのだ。

アスナは大きく口を開いた。その喉の奥で、千度を超える熱量の火炎弾が凝縮され、眩い光を放つ。

放たれた一撃は、光の速度を超えて白紙の空間へと着弾した。


ドォォォォォォォォォンッ!!


宇宙そのものを震わせるような爆発音が轟く。白紙の虚無は、彼女の炎によって物理的に「焼き焦がされ」、真っ黒な煤となって崩壊し始めた。

飛竜は止まらない。

彼女は白紙の壁を、その強靭な鉤爪で掴み、力任せに引き裂いた。

バリバリと、現実の布地が破れるような凄絶な音が響き渡る。彼女の爪が白紙に触れるたび、そこには鮮血のような火花が散り、消されたはずの「世界の色」が、暴力的に、そして恐ろしいまでの残忍さでその場所に書き戻されていく。

アスナは白紙の空間を噛み砕き、その牙で世界の枠組みそのものを破壊し、無理やり「存在」を創造し続けていた。翼を羽ばたかせるたびに巻き起こる衝撃波が、白紙の波を力ずくで押し戻し、大地に再び泥と緑を定着させていく。


「行け……行けェッ!!」


子供たちが、涙を流し、拳を握りしめて叫んでいた。

彼らの瞳には、もはや絶望の陰りはない。

未来のために、死の淵から蘇り、世界の理不尽そのものを蹂躙し続けるあの巨大な影こそが、彼らにとっての唯一無二の、そして最強の「希望」だった。

白紙化の核となっている空の亀裂へと、アスナは加速した。

全身の鱗が摩擦熱で真っ赤に焼け、翼からは火の粉が舞い散る。

内側から肉体を焼き焦がす毒と熱、そして再構築の激痛。それら全てを、彼女は自らを動かすエネルギーへと変換していく。

彼女は今、この世界の誰よりも美しく、そして、誰よりも「生きて」いた。


「オォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


飛竜の咆哮が、白紙の世界を粉々に打ち砕いた。

アスナの身体が空の亀裂へと真っ向から衝突した瞬間、視界の全てが純白の閃光に包まれた。

そして。

凄まじい衝撃波が荒野と谷を駆け抜け、世界を覆っていた白い霧が、まるで悪い夢が覚めるように霧散していった。

空から降り注いでいた剥落の破片は消え去り、そこには、かつての赤黒い思想ウイルスの濁りさえも拭い去られた、澄み渡った空が広がっていた。


静寂が戻った。


思想ウイルスの呪縛も、身勝手な世界の初期化も、その全てが飛竜の炎によって焼き払われたのだ。

谷に残された子供たちは、恐る恐る顔を上げた。

そこには、自分たちが生きるべき、新しい世界の夜明けが待っていた。

地平線の彼方から、一筋の金色の光が差し込んでくる。それは、この世界が崩壊して以来、一度も目にすることのできなかった、本当の意味での「朝焼け」だった。

空は、見たこともないような深い瑠璃色から、鮮やかな橙色へと移り変わっていく。それは、誰かに与えられた色彩ではなく、この世界が自らの意志で取り戻した、生命の輝きそのものだった。

世界は、今、本当の意味で再開したのだ。


もし、この場にあの偏屈な大賢者がいたなら、一体何と言ってこの光景を評しただろうか。

エラーラ・ヴェリタス。

論理とデータですべてを裁き、不確定要素を嫌いながら、その実、誰よりも不器用に人間という種を愛していた、あの褐色の女性なら。

エラーラなら、この、友も、親も、家も……国すらもなくなった新しい世界を「無」などとは、呼ばない。

彼女なら……これを「再起動」でも「初期化」でもなく、もっと傲慢で、もっと……救いに満ちた言葉で定義するはずだ。



──エラーラは白衣の裾を翻し、乱れた髪を乱暴に掻き揚げながら、狂気と歓喜の入り混じった瞳で、君の鼻先をビシッと指差した。


「いいか、よく聞きたまえ。君は運命というものが、あらかじめインクで書かれた絶対に変えられない設計図だと思っているようだが……それは三流の学者が吐く戯言だ!過去の事象がどれほど残酷な結末を確定させていようとも、我々の前には未知という名の変数が無限に転がっている!我々は這いつくばってでも、自らの手で、新しい扉をこじ開け続けなければならないのだ!故に、私が導き出した最期の定理はこうだ!」────



【未来とは、自らの翼で明日を創り出すための、希望である】



「……見て!」


子供の一人が、朝焼けの光が差す天空を指差した。

黄金色に輝く雲の切れ間を、一筋の影が駆けていくのが見えた。

それは、傷だらけになりながらも、誇り高く翼を広げた飛竜のシルエットだった。

飛竜は、決して後ろを振り返ることはなかった。

自らの足で歩き始めた子供たちの未来に、もう自分の庇護は必要ないことを彼女は知っていた。

自立した魂たちが紡いでいく新しい物語に、過去の亡霊が立ち入る場所などない。

彼女の役割は、この新しい一日の始まりを告げる光を連れてくること。それだけで、もう十分だった。

飛竜へと覚醒を果たしたアスナは、朝焼けの光の中に溶け込むように、真っ直ぐに、どこまでも高く飛び去っていった。

彼女がまだ「生きて」いるのか、それとも全ての役目を終えて、光へと還る途上にあるのか、それを知る者は誰もいない。

ただ、彼女が切り開いたこの朝焼けの空と、子供たちの胸に灯された消えることのない自立の炎だけが、彼女がここに存在した何よりの証明だった。

口のきけない少女は、隣にいる仲間たちの手をとり、自らの足で、輝く朝の光の中へと歩み出した。

もう、誰も迷わない。

彼らは自分たちの手で、この真っ白な空から始まった新しい世界を、愛と希望の色で染めていくのだ。


かつて、誰かが願った、孤独な魂の帰還。


それは今、一人の女の気高い反逆によって、未来を生きる君たちの足跡の中に、最も美しく結実した。

どこまでも広く、どこまでも自由な、新しい一日の始まり。

アスナ・クライフォルトが命を懸けて守り抜いた「世界」は、今、朝焼けの光に包まれて、無限の可能性へと解き放たれていた。

アスナの姿が、光の彼方へと完全に消えていく。

後に残されたのは、ただ静かに、そして力強く再生を始めた世界の鼓動と、新しい朝の匂いだけだった。


【完】

●主題歌:美しければそれでいい

https://youtu.be/atsXQotRo_g?si=U6UA4hKUiRF-q9Z4

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