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ヴェリタスの最終定理 飛竜の覚醒   作者: リウ/Wan Liyue
●第14章:悪の根絶

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定理11:悪の根絶(4)

ぼく、リオン・ゴルドファングと王都魔導規制局のアスナ・クライフォルトさんは、瓦礫の陰を縫うようにしてこの地獄と化した大通りを走り続けていた。ぼくたちの目的はただ一つ。

この、狂った魔導OSのバグを修正し、明日の平和な日常を取り戻すことだ。


「リオンさん!右前方から武装した集団が接近してきます。数は約三十!」


アスナさんが細縁の黒眼鏡を押し上げ、極太の尻尾を床に叩きつける。


「了解だよアスナさん!ぼくが道を切り開くから、遅れないでね!」


ぼくは地脈のエネルギーを強引に引き出し、アスナさんの前へと飛び出した。

ぼくは武装集団の隙間をすり抜けながら、彼らの武器を次々と粉砕し、正確な打撃を打ち込んで無力化していった。


アスナさんもぼくの死角を完璧にカバーし、迫り来る脅威を次々と薙ぎ払っていく。ぼくたちはお互いの背中を守り合いながら凄惨な地獄と化した王都を最速で駆け抜けた。

その時、ぼくの胸ポケットで魔導端末が短く振動した。ヴェリタス探偵事務所の暗号化された通信プロトコル。エラーラからだ。


「エラーラ!そっちの状況はどう!ぼくたちは今大通りを突破中だよ!」


端末の向こうから氷のように冷たく一切の感情を削ぎ落としたエラーラのハスキーな声が響く。


「報告は不要だ。直ちに王都の魔導OSを物理的に初期化するデバッグ作業に移行しろ。王都の地下に張り巡らされたメインサーバーに直接アクセスし、ウイルス除菌装置としてのパッチを当てるのだ」


「ウイルス除菌装置!それならこのパンデミックを止められるんだね!」


「そのためには、物理的なパーツを回収し、地脈のコアに組み込む必要がある。一つ目は王立ソフィア魔導大学の地下施設にある真理の論理回路。二つ目は王都魔導規制局の地下金庫にある秩序の認証キー。三つ目は歯車通りの最深部に廃棄されている本能の増幅コイルだ。これらを回収し中央広場の地脈コアにセットしろ」


エラーラは淡々と三つのパーツの場所を告げた。


「了解しました。規制局の権限において速やかにパーツを回収し事態の収拾にあたります!」


アスナさんが通信機に向かって力強く応答する。通信が切れ、ぼくたちは即座に目的地へと進路を変更した。


最初の目的地は王立ソフィア魔導大学だ。

旧校舎の地下へと続く階段を駆け下り、厳重な鉄の扉の前に到着する。扉は複雑な魔導ロックで封印されていたが、ぼくの演算能力を用いれば暗号の解読など数秒の作業だ。重厚な扉を開け放つと、埃を被った台座の上に、青白く光る複雑な形状の基盤が浮遊していた。


「一つ目真理の論理回路を確保したよ!」


ぼくは基盤をデバイスの収納スペースに収め、すぐさま大学を後にした。

次に向かったのはアスナさんの職場でもある王都魔導規制局の合同庁舎だ。

アスナさんが迷いのない足取りで暗い廊下を進む。

地下金庫へと到達し、アスナさんが暗証番号を入力して重厚な扉を開いた。金庫の中央に安置されていた白く発光する鍵のような物体を、アスナさんが手に取る。


「二つ目秩序の認証キー回収完了です。急ぎましょうリオンさん」


残るは歯車通りだ。ジャンク街の迷路のような路地を駆け抜け最深部の巨大な廃棄物の山へと辿り着く。そこには赤黒く脈打つ奇妙な形状のコイルが埋もれていた。ぼくは瓦礫を素早く退かしそのコイルを引っ張り出した。


「これで三つ全部揃った!本能の増幅コイル回収完了だよ!」


ぼくたちは最終目的地である中央広場へと向けて疾走した。

中央広場は無数の暴徒たちが入り乱れる最大の激戦区だった。広場の中央には巨大なクリスタルの塔がそびえ立ちその根元に地脈コアへのアクセスコンソールが口を開けている。


「アスナさん!ぼくが暴徒を引きつけるから君がパーツをセットして!」


ぼくは魔力の出力を最大にし、広場を縦横無尽に駆け回った。暴徒たちの視線と殺意がぼくに引き付けられる。

その隙を突きアスナさんがコンソールへと滑り込んだ。

小気味よい金属音と共に、三つのパーツが完全に地脈コアに組み込まれた。クリスタルの塔全体が眩い光に包まれ、王都の地下に張り巡らされたネットワークを通じて光の波が広がった。


「やった!成功だよアスナさん!」


ぼくは安堵の息を吐いた。

だが、エラーラの事前の判断通りにコンソールの起動シークエンスが走り始めたその直後だった。


ズガァァァンッ!!


耳をつんざくような不協和音と共に、クリスタルの塔の基部から突如として激しい爆発が巻き起こった。

凄まじい衝撃波が中央広場を駆け抜け、ぼくとアスナさんは為す術もなく後方へと吹き飛ばされた。


「い、痛たた……な、何が起きたの!?」


ぼくは煤だらけの顔を上げ、視界の先にあるものを見て息を呑んだ。

浄化の光を放つはずだったクリスタルの塔は、今や赤黒く濁った不吉な光脈を脈打たせ、まるで巨大な心臓のように不気味な鼓動を刻んでいた。コンソールからは火花が散り、エラーを告げる警告音が狂ったように鳴り響いている。


「こ、これは……地脈のエネルギーを逆流させ、ウイルスの増幅と拡散を強制的に行うための破滅のコマンドです!」


アスナさんが、恐怖に目を見開きながら叫んだ。


「増幅って……そんな!馬鹿な!ぼくたちはエラーラの指示通りに、寸分違わずパーツをセットしたんだよ!エラーラがこんな決定的なところでミスをするわけがないじゃないか!」


エラーラ・ヴェリタスは、世界最高の頭脳を持つ最強の魔導師だ。彼女の論理に破綻はない。計算ミスなど絶対にあり得ない。だとしたら、なぜこんなことが起きているのか。

その時、ぼくとアスナさんの頭に、同時に最悪の可能性が閃いた。


思想ウイルス。


強い思想を持つ者の脳内に寄生し、その思考を内側から腐らせて破滅的な行動をとらせる悪魔の病。

この世界で、誰よりも強烈な知性を持ち、誰よりも強固な論理という名の『思想』を持っている人間は誰か。

他でもない、エラーラだ。


「……まさか。エラーラさんは、既にウイルスに汚染されている……!?」


アスナさんの震える声が、ぼくの最悪の推論を肯定した。


「じゃあ、エラーラは、わざとぼくたちに嘘のパーツを集めさせたのか!ぼくたちの『アホさ』を利用して、この王都を、いや世界を完全に破壊するための起爆装置を作らせるために!?」


信じていた。

誰よりも頼りにしていた。

かつてのライバルであり、絶対に背中を預けられる最強の味方だと思っていた。

その彼女が、ぼくたちを騙し、世界を滅ぼすための駒として利用したというのか。

裏切られたという絶望と、言い知れぬ怒りが、ぼくの全身の血を沸騰させた。

その時、瓦礫の中に落ちていた魔導端末からノイズ混じりの通信が繋がった。


『……リオン君、アスナ君!聞こえるかい!そのコンソールから直ちに離れろ!』


通信機から響いたのは、いつもの氷のように冷たく落ち着いた声ではなかった。余裕を失い、焦燥に駆られたエラーラの切羽詰まった声だった。


「ふざけるなエラーラ!君の嘘には騙されないぞ!君はウイルスに感染して、ぼくたちを操ろうとしてるんだろ!」


ぼくは通信機を拾い上げ、怒りに任せて怒鳴りつけた。


『違う!状況が想定と乖離したんだ!そのシステムは既に『反転』している!いいかい、絶対に!絶対に、そのメインコンソールの最終起動レバーには触れるな!』


「嘘をつかないでください!あなたは最初から、私たちにこの増幅装置を作らせるのが目的だったのでしょう!今更止めるふりをして、私たちの正義を邪魔するつもりですか!エラーラ!正気に戻って!」


アスナさんも通信機に向かって叫ぶ。彼女の目には、裏切られた悲しみの涙が浮かんでいた。


『愚か者ッ!私の論理を信じなさい!今レバーを引けば、全てが終わる!君たちのその手で、世界を完全に殺すことになるんだぞ!直ちにそこから離れるんだ!リオン!アスナ!』


エラーラの声は、ぼくたちの耳には、「ウイルスに感染した悪魔の命乞い」にしか聞こえなかった。


「ぼくたちは、君の狂った台本通りには動かない! ぼくたちの手で、このウイルスを浄化してみせる!」


「世界を救うのは、エラーラ、過去に囚われたあなたの理屈ではなく、希望へと進む、私たちの決断です!」


ぼくとアスナさんは、互いの顔を見合わせ、深く頷き合った。


『やめろォォォォォッ!!!』


そして、二人で同時に、コンソールの中央にせり出していた最終起動レバーを力いっぱい引き下げた。


ズゴゴゴゴゴォォォォォォンッ!!!


クリスタルの塔が、内側から弾け飛ぶように完全に崩壊した。

地を揺るがす轟音と共に、地脈のコアから赤黒いウイルスの奔流が、巨大な竜巻となって天高く噴き上がった。

それは、空を覆っていた灰色の排煙を突き破り、王都全域に、そして大陸の彼方へと、凄まじい速度で死の灰を降らせていった。

街にいた暴徒たちは、その赤黒い光を浴びた瞬間、人間の形を保つことすらできずに肉体を異形へと変異させ、より深い狂気の淵へと沈んでいく。王都のインフラは完全に沈黙し、建物は次々と崩れ落ち、世界中へと絶望のパンデミックが拡散されていった。


ぼくたちは、取り返しのつかないことをしてしまった。


エラーラの最後の言葉は、真実だった。

彼女は感染などしていなかった。

最強の頭脳でギリギリまで解決策を模索し、最後にぼくたちを止めようとしてくれたのだ。

だが、ぼくたちの浅はかな疑念と、正義感という名の独善が、その最後の希望を打ち砕き、自らの手で世界に止めを刺してしまった。


ぼくとアスナさんは、崩壊し狂いゆく地脈本部の中で、ただ、呆然と立ち尽くしていた。

爆心地にいるぼくたちには何も起きなかった。ウイルスは、地脈という管を通じて外部へと一気に激流となって放たれたため、その発信源であるコアの目の中にいたぼくたちは、皮肉にも感染のルートから完全に外れていた。

周囲は不気味なほどの静寂に包まれている。

今、いったい何が起きているのか、ぼくたちには何一つ分かっていなかった。

完全なる無知が、ただそこにあった。


王都の市街地は、取り返しのつかない完全な地獄と化していた。

赤黒い光を帯びた地脈のエネルギーを浴びた市民たちは、その脳髄だけが思想ウイルスによって完全に破壊され、理性を完全に喪失した狂人へと成り果てていた。

彼らは群れを成し、感染していない生存者を見つけては獣のように飛びかかり、その生肉を喰らい始めたのだ。

血だまりの中で、かつての隣人が隣人の腹を裂き、臓物を貪り食う。


「お母様……ごめんなさい……!」


炎上する王都の路地裏で、ナラティブが鉄扇を振るい続けていた。

彼女の周囲には、カレル警部、ゴウ、そして満身創痍のグリッチが背中合わせに陣形を組み、四方八方から迫り来る狂人たちに必死の抵抗を続けていた。

愛する家族を守るため、彼らは限界を超えて戦い続けた。しかし、武器の弾薬は尽き、魔力は枯渇し、体力は限界を迎えていた。


最初に群れに引きずり込まれたのはゴウだった。狂人たちの牙が彼の細い腕に食い込む。

次いでカレルが彼を助けようと飛び込み、無数の人波に呑み込まれて肉を噛みちぎられる。

グリッチも、凄惨な悲鳴を上げて生きたまま貪られ、瞳から光を失った。

最後まで鉄扇を振るい続け、家族の名を叫んでいたナラティブも、やがて狂気の人波に押し潰され、その誇り高い姿は絶望の血の海へと消えていった。


そして、その頃。

分厚い防護隔壁で完全に密閉されたヴェリタス探偵事務所の暗闇の中で。

エラーラ・ヴェリタスは、赤く染まったモニターの光を浴びながら、冷たい床に崩れ落ちていた。

最強の知性を持つ彼女は、たった今、地脈を通じて世界が完全に崩壊し、ウイルスが全人類へと行き渡ったことを正確なデータとして観測し終えていた。

そして同時に、自らが最も愛し、最も憎んだ因果の系譜に連なるあの二人だけが、皮肉にも世界の中心で無傷のまま生き残っているという残酷な真実も。


「……あぁ……ああああ……っ……」


常に論理と理性を重んじ、感情を計算式で覆い隠してきた世界最高の賢者。

彼女の口から漏れ出したのは、数式でも真理の言葉でもなかった。


「うわああああああああああああああああああッッ!!!」


ただ、全てを失い、自らの無力さと世界の理不尽さに打ちのめされた、ひとりの人間としての、慟哭だった。

彼女の張り裂けるような声は、誰の耳にも届くことなく、完全に密閉された探偵事務所の暗闇の中だけで、虚しく響き続けていた。

こうして、かつてぼくたちが愛した平和な王都の時代は、誰一人救われることのない究極の絶望と共に、完全に終わりを告げたのである。

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