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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

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定理38:ぽっちゃりイラストレーターと付き合いたい!(後編)

その日、ヴェリタス探偵事務所の室内温度は、魔導演算機が発する廃熱と、人間の情動が生み出す熱気によって、亜熱帯の如く上昇していた。


「そこですわ!落ちなさい!ホワイトファング、必殺のテイル・スマッシュ・オーバードライブ!」


ナラティブが、鬼神のごとき形相でコントローラーを握りしめていた。彼女の細い指先が、目にも止まらぬ速さでコマンドを入力していく。

メインモニターの画面の中では、彼女が愛機とする巨大な尻尾ユニットを搭載した漆黒の格闘機体『ホワイトファング』が、ゴウの操る量産型魔導兵器『スチームクロー』を、画面端の壁際で慈悲もなく叩き伏せていた。

ゴウが必死にレバーを回し、回避行動を取ろうとする。しかし、ナラティブの操る機体が、竜巻のような尻尾の回転攻撃を繰り出し、ゴウの機体の装甲値を削り取る。そして最後は、派手なカットイン演出と共に放たれた超必殺技が、哀れな量産機を鉄屑へと変えた。


「見ましたか、あたしの華麗な舞を!これが武の真髄、そして愛の重さですわ!」


ナラティブは鉄扇をパチンと開き、勝ち誇ったポーズで高笑いをした。

その横で、アリシアが優雅にティーポットを傾け、ソーサーに音もなくカップを置いた。


「あらあら。ナラティブ、あまりゴウさんをいじめてはいけませんわ」


「アリシア姉さん、これはプライドの問題ですわ。あたしはリウにふさわしい『強い女』であるために、たとえゲームの世界であっても頂点に立たなければならないのです!」


ナラティブの瞳には、友人の域を超えた執着の炎が燃え盛っている。彼女の片思いの相手である狼獣人リウへの想いは、もはや信仰に近い領域に達していた。


「……ナラちゃん、今のコンボ、三フレームほど遅い。……あたしなら、そこからさらに空中投げでハメ殺して、精神的にもリセット不可能なダメージを与えた」


部屋の隅、壁とソファの隙間に液状化するように座り込み、いつの間にか対戦を見守っていたルルが、光のない黒目をスレートに向けたままボソリと呟いた。


「ルル!あんたはあたしの相棒でしょう!? 少しは褒めなさいよ!というか、あんたの戦い方は陰湿すぎて参考になりませんわ!」


「……褒めてる。……効率的に殺せと言っているだけ……」


「言い方が怖いですわよ!ほら、ゴウさんもおやつを食べなさい」


アリシアがゴウに、焼き立てのクッキーを差し出した。ゴウは力なく笑いながら、クッキーを口に運んだ。


「……でも、ナラティブさんは強すぎますよ。……あーあ、リウさん、今日は来ないのかなー。」


「ん?……ところで、ゴウ。あんた、正直に言いなさい。この事務所の中で、本当は誰が一番好きなのかしら?」


その問いは、ゴウの論理回路を瞬時にフリーズさせた。横からグリッチがニシシと笑いながら、彼の心拍数をセンサーで計測し始める。


「やっぱりエラーラお姉ちゃんでしょ?お姉ちゃんの知性に屈服して、一生デバッグされたいって思ってるんでしょ?」


「ち、違いますよ! 師匠は尊敬していますけど……!」


「フム。二人とも、私の助手をからかうのはやめたまえ」


ドーナツを咀嚼しながらエラーラが会話に介入した。


「論理的に言って、ゴウ君のような発展途上の理系少年が惹かれるのは、秩序そのものであるはずだ。即ち、アリシアだ」


「ア、アリシアさんは、その、完璧すぎて、僕なんかがどうこうなんて……!」


ゴウが顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていると、ルルが光のない瞳を向けた。


「……みんな、観察眼が足りない。……ゴウ君の心拍数が、最大になる変数は……リウ姉……間違いない……」


ルルの無慈悲な事実の陳列に、広間は静まり返った。ゴウは耳の先から蒸気を噴き出し、言葉を失う。


「……そりゃそうですわ。リウは誰に対してもアクティブで、スキンシップも激しい。あんな距離感で接されたら、十四歳の男子なんて一瞬でフォーマットされますわよ」


ナラティブのため息は、事務所の重厚なドアが開かれた瞬間に掻き消された。


「ごきげんよう皆様!王都の太陽、そして芸術の女神であるリウ・ヴァンクロフトが、少年の純情を迎えに参りましたわーッ!」


金色のポニーテールを振り回し、極太の尻尾をブンブンと風切り音がするほど回転させて、狼獣人のリウが乱入してきた。彼女の服装は相変わらず、王都の公序良俗と真正面から戦っているかのような、野性味と扇情的な魅力を兼ね備えた、露出度の高い姿である。


「リウ!ちょうどよかったわ、あたしとのMBA対戦の続きを……」


ナラティブが跳ね起きるが、リウはその横を嵐のように通り過ぎ、呆然としているゴウの前に膝をつき、その顔を覗き込んだ。


「少年!何をそんなに暗い顔をしていますの?そんな時は、わたくしといれば、すべてはハッピー解決ですわ!」


「リウさん……!あ、いや……それにしても、今日もすごい元気ですね」


ゴウはリウのあまりの近さに顔を真っ赤にした。


「ゲームですの?ふむふむ。……そんな虚構の箱庭に閉じこもっているから、魂が不健康になるのですわ!少年、わたくしに、これから一緒に……ついてきてくださるかしら?」


リウはゴウの瞳を真っ直ぐに見据え、不敵な、しかしどこか真剣な笑みを浮かべた。


「え?今からですか?」


「ええ!ゴウ、わたくしと一生『付き合って』くれますわよね!?」


しれっと放たれたリウの言葉。その言葉が持つ意味の重さに、女性陣は戦慄した。

だが、当のゴウはと言えば、リウの言葉を百パーセント「外出の同行」と脳内で変換してしまった。

ゴウは清々しい笑顔で、即答した。


「はい!いいですよ、リウさん。どこまでも付き合います!」


「……えええええッ!? そ、そうなんです、の!?あ、あたしも、そこまで、す、ストレートに言われるとは……さすがわたくしの見込んだ少年ですわ!では参りましょう、『愛の逃避行』へ!」


「…………?」


リウは少しだけ顔を赤らめ、ゴウの手を握ると、嵐のように事務所から連れ出していった。

後に残されたナラティブは、幽霊のような顔で立ち尽くしていた。


一方、王都のメインストリート。


「見てください、リウさん! あそこの街灯、新しい魔石の制御チップが導入されたんですよ。これで夜間の照度が三割増しになるんです」


ゴウは嬉々として王都のインフラについて語り始めた。手を繋がれていることへの照れ隠しもあるのだろう。リウは彼の手を繋いだまま、ふんふんと頷いているが、その赤色の瞳は街灯ではなく、ゴウの横顔を見つめていた。


「……ところで少年、お腹は空いていませんこと?」


「え? あ、そういえばクッキーを一枚食べたきりですね。何か食べに行きますか?」


「ええ!わたくしのお勧めの、とっても愛に満ちたお店があるのですわ!」


リウがゴウを連れて行ったのは、馴染みのバー『奥泉』……ではなく、その隣にある、王都で今最も人気の、ふわふわの綿あめが乗った『魔導パンケーキ』の店だった。

店内はピンク色の内装で統一され、ハート型の魔石が浮遊している。


「わあ……すごい色だ。これ、全部合成着色料ですかね?」


「非論理的なことを言ってはいけませんわ、少年!これは情熱の赤、そして純潔の白!さあ、あーんしてくださいまし!」


リウがフォークで巨大なパンケーキを切り分け、クリームをたっぷりつけて差し出す。


「うふふ、可愛いですわねぇ。少年のこの無防備なところ、本当にかっさらっていきたくなりますわ!」


リウの言葉には、いつになく熱がこもっていた。

食事を終えた二人は、腹ごなしに王都の外れにある『古の美術館』跡地へと向かった。


「いいですわね、少年。美術館には、過去の悲しみと、それを乗り越えようとする生命力が混在していますわ。まさに、カオスという名の芸術!」


リウが瓦礫の上に立ち、ポーズを決める。ゴウは苦笑しながら、その美しい姿に見惚れていた。

その時だった。

崩れかけた回廊の奥から、ギギギ……という不快な駆動音が響いた。

現れたのは、全身が錆びついた金属と歯車で構成された、異形の自動人形だった。かつてこの美術館を管理していた警備ゴーレムの成れの果てか、あるいは地脈のバグが生み出した『怪異』か。


「……対象ヲ、スキャン。……結論、不完全ナル汚物。……完全ナル芸術ノ為ニ、削除スル」


ゴーレムのアームが変形し、回転のこぎりが展開される。

怪異は明確な殺意を持って、リウへと襲いかかった。


「なっ!? 失礼なガラクタですわね!」


リウが吠え、迎撃しようと身構える。

しかし、ゴーレムの攻撃は物理的なものだけではなかった。レンズから放たれた『整列光線』が、リウの足元の瓦礫を正方形に切り取り、彼女のバランスを崩させたのだ。


「きゃっ!?」


リウが体勢を崩した瞬間、のこぎりが彼女へと迫る。

その時。


「リウさん!!」


ゴウが飛び出した。

彼は腰のベルトに装着していた工具ポーチから、スパナと、エラーラが実験で失敗して廃棄した『過剰粘着スライム弾』を取り出し、ゴーレムのレンズ目掛けて投げつけた。


「……視界、遮断。……エラー。……対象、再検索……」


ゴーレムが動きを止め、アームを振り回してスライムを拭おうとする。

ゴウはその隙にリウの前へと滑り込み、両手を広げて立ちはだかった。

ゴウは震える足を踏ん張り、怪異に向かって叫んだ。


「おい!お前、さっきリウさんのことを不完全だって言ったな!」


「……肯定。……対称性ガ無イ。……秩序ガ無イ。……故ニ、醜悪」


「何も分かってない!」


ゴウの声が、廃墟に響き渡る。彼は背後のリウを庇いながら、真っ直ぐに怪異を見据えた。


「完璧なものなんて、ただの図面だ!『不完全さ』こそが、魅力なんだよ!」


「……少年……?」


リウが目を見開く。


「僕は、完成された芸術なんていらない!僕は、この不完全で、騒がしくて、愛おしいリウさんが……大好きなんだ!」


ゴウは叫びと同時に、スライムで動きの鈍ったゴーレムの関節の隙間に、持っていたスパナを全力で突き刺した。


ガギィッ!


駆動系に異物が混入し、ゴーレムが火花を散らす。


「……不完全ヲ、愛スル……? ……理解、不能……」


怪異は煙を吹き上げ、その場に崩れ落ちた。。


「だ、大丈夫ですか、リウさん……」


へなへなと座り込んだゴウ。その顔を、リウは信じられないものを見るような、それでいて熱っぽい瞳で見つめていた。


「(……不完全だから、好き……? わたくしのすべてを、カオスも含めて愛していると?……つまり、この少年はわたくしを、一生かけて背負う覚悟を決めたのですわね……!)」


リウの脳内で、ゴウの言葉が反響し、増幅され、そして決定的な意味を持って定着した。

リウは感極まった叫び声を上げ、ゴウに飛びついた。その勢いで二人は瓦礫の上に転がる。


「わたくしも愛していますわ!我が運命の少年よ!」


「ええっ!? く、苦しい、リウさん、尻尾が、尻尾が首に巻き付いて……!」


ゴウは窒息寸前だったが、リウの抱擁は解けない。

こうして、ただの勘違いは、怪異との戦闘を経て、強固な「確信」へと進化したのだった。


王都の夕闇が迫り、空が紫色と群青色のグラデーションに染まる頃。ヴェリタス探偵事務所のメインモニターには、グリッチがハッキングした街頭カメラの映像が映し出されていた。


「フム……。リウくん、少年の腕を抱きしめすぎているね?」


エラーラは『真理の眼』をモニターのスピーカーに押し当て、ノイズ交じりの音声を解析していた。


「お姉ちゃん!ゴウくん、カッコよかったねぇ。関節への物理攻撃、まさに一点突破の狂気だね!」


グリッチが空中で指を動かし、ゴウのバイタルデータをグラフ化する。


「……リウ姉……。あたしの知らないテクニックを駆使して……少年を堕落させている。……許せない。……でも、録画ボタンは、押す」


ルルがスレートの録画機能を最大出力にし、姉とゴウの親密な様子を一点の曇りもない画質で保存していた。


「皆様、おやめなさい。……ナラティブ、そんなところで溶けていないで、お夕食の準備を手伝いなさい」


アリシアがキッチンから声をかけるが、床に転がったままのナラティブは、幽霊のような溜息を吐くだけだった。


「アリシア姉さん……。あたし、もうダメですわ。あんなちんちくりんの助手に敗北するなんて……」


ナラティブは、グリッチが流した廃墟での音声データを再生しながら、悔し涙を流していた。


「ナラティブ、リウさんは誰の所有物でもありませんわよ。……おや、二人が戻ってきたようですわ」


アリシアの言葉通り、事務所のドアが、今度は静かに、しかしどこか誇らしげな音を立てて開いた。

入ってきたのは、顔を真っ赤にして俯いているゴウと、その肩にこれでもかと体重を預け、勝利の女神のようなドヤ顔を浮かべたリウだった。


「ただいま戻りましたわ、皆様!」


リウの尻尾は、プロペラのように左右に激しく揺れ、喜びを表現している。


「おかえり、ゴウ君。……で、調査の結果はどうだったかな?狼獣人の求愛行動……に、ついては」


エラーラがニヤニヤしながら、白衣のポケットからドーナツを取り出してかじった。


「さ、散歩ですよエラーラさん!変なこと言わないでください!」


ゴウは激しく手を振ったが、リウがその腕をガシッと捕まえ、全員の顔を見渡した。その瞳は、確信と愛に満ち溢れている。


「皆様!聞いてくださいまし!本日、わたくしたちは魂の署名を交わしましたの!この少年、ゴウ・オータムは……」


リウはゴウの腰を引き寄せ、耳元で熱い吐息を漏らしながら、全員に聞こえる大声で続けた。


「わたくしの最愛の恋人で、将来の夫で、そして現時点における彼氏ですわーッ!」


エラーラが珈琲とドーナツの粉を同時に吹き出した。


「な、なんですってーッ!」


ナラティブがスプリングが壊れた人形のように跳ね起き、叫び声を上げた。


「リウ!正気ですか!? 彼氏はともかく、夫って……あんたたち、さっきの散歩でどこまで行ったのよ!?廃墟で何をしたのよ!?」


「あはは!ゴウくん、夫だって!異種間婚姻?」


グリッチがカメラのフラッシュを連発させ、パニックに陥った事務所を撮影し続ける。


「……リウ姉、ストレートすぎて、引く。……でも、新しい本のネタにする……」


ルルが黙々とデータを保存する中、当の本人であるゴウは、石像のように固まっていた。


「…………?」


ゴウの口から、魂の抜けたような音が出た。


「リウさん……今、なんて言いました?彼氏……夫?」


「そうですわ、少年! あなたがさっき、廃墟で怪異に向かって叫んでくださったではありませんか!『不完全だから好きだ』と!あれはつまり、わたくしの全てを受け入れ、共に歩んでいくという永遠の誓い!」


ゴウの脳内で、先ほどの戦闘シーンが高速再生された。


『僕は、この不完全で、騒がしくて、愛おしいリウさんが……大好きなんだ!』


「あ……あ、ああああああああっ!!」


ゴウは叫び声を上げ、顔面を真っ赤に染めてその場に崩れ落ちた。


「あのセリフ……!?そういう意味に取られたのか……!い、いや、でも……嘘じゃない……嘘じゃなかったけども……!」


「うふふ、少年、今さら照れるなんて可愛すぎますわ!さあ、誓いのハグの続きをしましょう!」


リウが再びゴウに飛びつこうとしたその時、ナラティブが鉄扇を展開して割って入った。


「認めませんわ!そんな非論理的な契約!」


「な、ナラティブさん!」


「あらあら。……でも、ゴウさん。あなた、嫌ではないのでしょう?」


アリシアが意地悪な微笑みを浮かべながら尋ねた。


「……それは……」


ゴウは俯き、消え入るような声で答えた。


「……あんな綺麗な人に、あんなに真っ直ぐに言われたら……嫌なわけ、ないじゃないですか……。僕だって……リウさんのこと……好きです、から……」


事務所内が、一瞬の沈黙に包まれた。


「言ったねぇ、少年!」


エラーラが指を鳴らした。


「……終わりましたわ。あたしの初恋、あたしの青春、全部この助手に奪われましたわ……」


ナラティブが再び床に崩れ落ち、アリシアが「あら、ナラティブ。今晩はステーキにしましょうか。元気をお出しなさい」と慰める。


「……ゴウくん、おめでとう。……これで、あたしの盗撮対象が二人増えた。……末永く、爆発しろ……」


ルルが冷酷な宣言をし、グリッチが「ウェディングケーキはドーナツタワーでいいよね!」とエラーラの白衣を引っ張る。


「やれやれ。……ゴウ。リウが相手なら、お前の人生は退屈しなさそうだな。胃薬と精神安定剤は常備しておけよ」


いつの間にか事務所の入り口で腕を組んでいたカレル警部が、どこか誇らしげに息子を見ていた。


「父さんまで……!もう、みんなからかいすぎですよ!」


ゴウはリウの腕の中で、爆発しそうな顔を隠すように叫んだ。

エラーラは最後の一切れのドーナツを口に放り込み、夜空に向かって高らかに宣言した。


「これが真理だ!……愛とは、最も効率の悪い、しかし最も美しい計算ミスなのだよ!」

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