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魔王さえいれば  作者: Liu-Ⅱ
第一章 オストドルフ一揆
9/23

彼は誰時

いま庶民の恨みは、州札制度とトラウム商会へと向けられている。しかし、実際には偽札は出回っていない。鑑定精度の低い魔石が市場経済に混乱を生んでいるのであった。


この事実を指導者に伝えられれば


今日の昼には下町の大衆酒場(ビアホール)に武器が届くとのことであったから、一揆の指導層はそこに顔を出すだろう。そこでユストゥスの居場所を聞き出し、彼を説得できれば、ぎりぎりのところで一揆を回避できるかもしれない。

ヘルマンとハンスは、まだ夜も明けきらぬうちから支度をし、下町の居住区へ向かうために代官屋敷を出た。ちょうどその時、声をかけてくる者がいた。


「これはヘルマン様。どちらへお出かけに?」

「……誰か」

「私でございます」


アルフレートだ。

アルフレートは馬繋場の綱木に馬の手綱を結わえているところだった。


「其方か。ここ2日、顔を見せなんだな」

「用向きがございまして。それより、どちらへ?」

「うむ。それがな……」


ヘルマンは2つの魔石と州札を取り出し、偽札騒動のからくりを説明した。アルフレートは表情を変えず、無言のまま話を聞いている。その素気のない態度に、ヘルマンとハンスは違和感を抱いた。


「……まさか、知っていたのか」

「クルト様から何もお聞きしていないのですか?」

「どういうことだ?」


ヘルマンの反応を見て、アルフレートは合点のいくところがあったようだ。

落ち着き払った様子で、静かに語り始めた。


「すべての手はずが整ったので、本日の予定をお伝えします。正午過ぎに一揆が起きるので、それを鎮圧します。我々がユストゥスとその取り巻きを拘束しますので、ヘルマン様は逮捕権を行使してください。そして、本日中に逮捕者を連れて王都へと出立してください」

「待ってくれ、一揆は回避できるかもしれんのだぞ!」


気色ばむヘルマンとは対照的に、アルフレートは顔色を変えない。ひと呼吸おき、たんたんと説明を続ける。


「ヘルマン様がどのようにお考えかは存じませぬが、これからご説明申し上げることは、我々の計画を邪魔立てされたくないからであるとご承知ください。本日、一揆は起きます。起きるのです。それを鎮圧するのは、第一王子クルト様直属の親衛隊です」

「まさか!」

「親衛隊は2日前にはすでに王都を発っており、本日の昼前に到着の予定です」


ヘルマンが驚くのも無理はない。

第一王子直属の親衛隊は正規の国軍としての認可を受けていない。現状の位置づけ的には、まだ第一王子の私兵に過ぎない。そんな第一王子の私兵に、第二王子の領内で作戦行動を取らせるというのだ。ただの“一揆鎮圧”以上に政治的な意味があることは明白であった。

この親衛隊は、まだ実戦経験がないことから「第一王子の道楽」などと宮廷内で揶揄されている。だが、軍事教練を施したヘルマンは、その潜在能力を高く評価していた。


そもそも第一王子は、貴族の子弟のなかでも次男や三男、すなわち“将来的に家督を継げない者たち”を選んで親衛隊に誘っていた。彼らには、自分を拾ってくれた第一王子の恩に報いたいという思いの強さがある。それが隊の結束力を強め、国軍以上の士気の高さを発揮していた。


これまで温存されてきた親衛隊が投入されたら、素人集団の武装蜂起など、たちどころに鎮圧されるだろう。一方的な殺戮となる恐れすらある。

大衆酒場(ビアホール)の店主、青果店の店主、酔った客たち、青空市場に行き交う市井の人たち。ヘルマンの脳裏には、この町でふれあった人々の顔が思い浮かんでいた。

ヘルマンが手塩にかけて育てた親衛隊により、彼らが被害にあうのだ。


大衆酒場(ビアホール)を出てヘルマン様と別れたあの日、私はその足で王都まで早馬を飛ばしました。そしてクルト様に、一揆が不可避であることを伝え、鎮圧軍の派遣を要請したのです。ヘルマン様もおっしゃったではありませんか、“あれは止まらぬ”と」

「む、う……」

「ですから、それをヘルマン様の所見として、そのままクルト様に申し上げました。“救国の英雄”殿の判断を仰げたことで、クルト様もご決断されたようです」

「なぜそのような勝手な真似を……」

「なぜ? これは異な仰せ。私はクルト王子の直属の部下です。この件に関しては、独断で動くことが許可されております。すべては、クルト様の計画されたことなのです」


ヘルマンは絶句していた。

これでは体よく利用されただけではないか。

そこに憤りもあった。


「ヘルマン様もご覧になったでしょう。民衆の不満は、当初は国に対するものでした。税の引き上げに対し、彼らは怒っていたのです。ところが、今はどうですか? 庶民の不満は国から第二王子へとすり替わっています。そうなるよう、私どもが骨を折ってきたからです。何カ月もかけて、ようやく麦が実ったのです」


農民たちは、自分の意思で立つ。少なくとも当人たちはそう思っている。しかし、「そうなるように仕向けられた」という点において、これは官製暴動といえた。

ヘルマンは、わななきながら声を振り絞る。


「そのようなことは許されぬ。断じて、一揆を阻止する」

「クルト様は、そのようなご指示をされましたか?」

「……どうにか(、、、、)してくれと……」

「一揆を止めろとは、命じていないはずです」


貴君は首謀者を逮捕して、城まで連行してくればいい


それがクルトからの命令であった。

王宮では、確かにそう言い渡されていた。


「ヘルマン様がその気になれば、一揆も、親衛隊も、おひとりで食い止められましょう。貴方様にそれだけの力があることは認めます。……ですから、思いとどまるよう、こうしてご説明差し上げているのです」

「なぜそうまでして一揆を起こさせようとするのだ!」

「国が割れるからです!!」


それまで感情を押し殺していたアルフレートが、急に語気を強めた。


「……国が割れる、だと?」

「第二王子が次期国王の座に色気を出したから、このようなことをしなければならないのです」

「しかし、ルーカス王子にそれほどの野心が……」

「よしんばご本人にその意思がなくとも、第二王子を担ぐ貴族は大勢います。いま国王陛下がお亡くなりになれば、第一王子派と第二王子派の派閥争いは、国を二分する闘争へと発展するでしょう。そうなれば多くの国民が被害に遭います」


宮廷政治に無頓着なヘルマンの耳にも、第二王子を推す世評は届いていた。

「国を二分する」という読みは、おそらく正しい。

ヘルマンにさえ、そう思えた。


「それに……北の動向も気になります」

「北?」

「キャロス王国です。かの地ではいち早く不況を脱し、前年、女王が“もはや戦後にあらず”と高らかに宣言しました。国を二分などしていたら、キャロスとの国力差が開くばかりで、付け入られる隙が生じましょう。我々は跡目争いなどしている場合ではないのです。今がヴァイツェンを守る瀬戸際なのです!」

「……オストドルフへの被害は何とする」

「ですから魔石に細工をしたのです。偽札などを流通させたら、市民の財産を目減りさせることになるでしょう。ですが、魔石に欠陥品が混じっていただけとわかれば、一揆鎮圧後に信用の回復も早いはずです。市中にばらまく魔石には、鑑定結果に一定の割合でエラーが混じるように魔法を付与させました。実態経済への打撃が少なくて済むよう、腐心したのです」

「……一揆の首謀者は死罪だ。逮捕者は人身御供か」

「数人の命で内乱が未然に防げるのです!」


第二王子の失脚、後継者争いの回避、親衛隊の披露目、農村の憂さ晴らし(ガス抜き)、被害の最小化。第一王子が国王を継ぐ前提としては、あらゆる条件を満たす計画といえた。


「しかし、功利を秤にかけるなど」

「それをするのが為政者です。クルト様はご決断をされました。我々は国を守らねばなりません。そう仕向けたのは第二王子です」

「う、むぅ」

「貴方に、民衆に剣を向ける覚悟はおありですか」

「……」

「……ヘルマン様。それだけの熱意があるのなら、なぜもっと早く“救国の英雄”として政治にご参加くださらなかったのですか。国を守るために、立ち上がってくださらなかったのですか。貴方は政治に背を向け、軍人としての現場仕事にこだわってきたのでしょう」


ヘルマンは返す言葉を持ちあわせていなかった。

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