第84話 勇者は覚醒する
「ぐ、ぬ」
国王が小さく唸る。
振り下ろされた手を、僕の手が掴んで止めていた。
異形の指が折れて出血している。
僕の握力で潰されたのだ。
一方で僕の手は無傷であった。
凄まじい勢いで叩き込まれた異形の手を、いとも簡単に防御している。
錯覚などではない。
素手でしっかりと受け止めていた。
(どういうことだ?)
訝しむ僕はそこで気付く。
自らの手――いや、腕全体が黒い霧のようなものに包まれていた。
これは、瘴気だ。
濃密な瘴気をまるで鎧のように纏っている。
腕の内部から分泌されているようだった。
これのおかげで、異形の腕による一撃を防げたのだ。
僕は軽く腕を振り払う。
瘴気が暴風のように拡散し、衝撃で国王を吹き飛ばした。
国王は地面を滑りながら着地した。
焼けた手を見て彼は驚愕する。
「貴様、これはまさか……」
国王も瘴気に気付いたらしい。
これまでの余裕は完全に瓦解していた。
僕はゆっくりと立ち上がる。
意識を研ぎ澄ますと、瘴気が全身の周りを漂い始めた。
一点に集めれば、まるで漆黒の金属のようになる。
瘴気は僕の意思に従って動いているらしい。
(……なるほどな)
漂う瘴気を目にして僕は理解する。
この能力の根源はもう分かっていた。
僕に根付いた魔王の因子――すなわち血の呪いである。
本来は不死身の体質だけをもたらすはずが、新たな能力が覚醒したのだ。
心境の変化によるものだろうか。
遺骸を移植して力を得た国王と対峙し、魔王の力の可能性に気付いたことが一番の要因かもしれない。
禍々しい力のはずが、不思議と心は穏やかだった。
思考も澄み渡っており、やけに冷静である。
僕は瘴気を使いこなせていた。
国王のように異形と化することもない。
理由は感覚的に分かる。
僕が魔王を倒したからだ。
その事実が重要なのだ。
魔王を超えた者であるからこそ、その力に呑まれずに制御できる。
僕は漂う瘴気を片手に集中させた。
さらに望む形へと調整していく。
そうして出来上がったのは、漆黒の剣だった。
僕が魔王を殺した時に使っていた剣と同じ形である。
白銀だった当時の剣とは真逆の色合いだが、今の僕にはお似合いだろう。
僕は瘴気の剣を構えると、国王を見据える。
「僕を生かすのが、魔王の呪いなんてね。皮肉だと思わないか?」
この三年間はずっとそうだった。
自殺もできない。
身を滅ぼすような戦い方でも死ねない。
挙句の果てには、国王に殺される寸前に進化した。
さらなる能力を与えてまで窮地を遠のかせた。
魔王の呪いは、僕の死を認めていない。
僕と国王は、互いに魔王の因子を有していた。
しかし、その性質には大きな差があるような気がした。
国王は憎々しげに唸る。
彼は異形の両腕を構えながら僕を罵倒した。
「自らの惰弱さを知りながら、まだ抵抗するか」
「確かに僕の目的は傲慢な自己満足だ。しかし、お前に劣らないだけの覚悟がある」
僕が断言すると、国王の目付きがさらに鋭くなった。
「小癪な……」
「好きに罵ればいいさ」
僕は涼やかに返しながら強化魔術を全開にする。
瘴気の剣が内側から発光し、刃に絶大な力を帯びた。
その状態で僕は国王に告げる。
「偉大な巨悪と小さな欺瞞。どちらが勝つか試そうじゃないか」




