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第8話 勇者は正義を貫く

(魔王が平和を保って、勇者がそれを打ち砕いた)


 これは認めざるを得ない真実である。

 魔物の脅威は無視できない規模だったが、国家間の争いを抑制していた。


 魔王の死後、この世界は緩やかに腐敗している気がした。

 少なくとも僕が取り戻したい世界ではなかった。

 それが絶望の一因になっている。


 どちらが良い状況なのか。

 これは意見が割れるところだろう。


 僕が魔王に成り代わり、抑止力となることもできる。

 墓守をしている時、そういったことも考えた。


 各地を巡って殺戮するだけの力が僕にはある。

 魔王の呪いによって死ぬことがないのだ。

 下らない争いを繰り広げる人々に恐怖を与え続けられる。


 そういった未来も考えたが、僕は実行しなかった。

 どのような理由であれ、悪になるつもりはない。

 自分では今も勇者のつもりなのだ。


 かつて正義を志して立ち上がった以上、その主義を変える気はない。

 勇者である僕が汚名を広めると、仲間達の誇りにも傷を付けることにもなる。

 それは絶対に避けなければならない。


 そもそも、魔王討伐が過ちだったとは思わない。

 当時、確かに世界は滅びに瀕していた。

 人々も救いを求めていた。

 僕は勇者として、正しいことを為した。


 その結果が現在である。

 世界は感謝を忘れて生きていた。

 功労者達を記憶から追いやり、幸せに欲を掻いている。


「僕は、自分が不遇な扱いを受けても構わない。だけど、道半ばで斃れた仲間が侮辱されるのは許せないんだ」


 そこで言葉を切ってトーマスを一瞥する。

 彼は汚れた顔で震えていた。

 果たして僕の話を聞いているのか。

 しかし、今はそれすらどうでもよかった。


「かつての名声を広めるため、僕は勇者として再び立ち上がった。魔王亡き世界で、悪党対峙を始めるよ」


 僕は宣言すると、視線を森の木々の向こうに投げる。

 一見すると何の変哲もない茂みだが、そこに潜む存在を僕は知覚していた。


「聞こえただろう? 領主にもそう伝えてくれ」


 僕は声を張って告げる。

 茂みの気配が薄れて、急速に離れていく。


 おそらくは領主が放った密偵だろう。

 トーマスを助けようとしないことから、状況報告が任務だったに違いない。

 つまり彼の救出は命令されていないのだ。


 非情にも思える判断だが、密偵としては非常に優秀である。

 全滅しては状況が分からない。

 しかし情報を持ち帰ることができれば、少なくとも何が起こったのかは共有できる。


(領主はこの展開を予想していたのか?)


 材料が少ないので断定できない。

 ただ、騎士団の編成は真面目に僕を殺すための布陣だった。

 領主本人ではないかもしれないが、冷静に状況を俯瞰する者がいる。

 そして一つ確かなのは、トーマスが見捨てられたということであった。


「さて、これで二人きりだ」


 僕は優しく微笑みかける。

 トーマスは半狂乱になって逃げ出そうとした。


「あああ……あああああああっ!」


「そう怯えてないでくれよ。僕は君と仲良くしたいんだ」


 僕は朗らかに言いながら、トーマスの足首を掴んだ。

 逃げ出そうとする彼を引きずって、来た道を戻り始める。


「村を案内しよう。君の部下も待っているよ」


 返事はない。

 代わりにトーマスの悲鳴が森に反響し続けた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] さて、別の物語の主人公である元賢者の魔王とは違う道を進まんとするこの物語の主人公だが、 果たして周囲の人間はそれを理解なり共感なりできるのだろうか? [一言] 次回も楽しみにしています…
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