第38話 勇者は英雄の本音を垣間見る
その日の夜、僕はレナと晩酌を行った。
きっかけは彼女からの誘いだ。
僕は嫌だったので断ったが、何度もしつこく提案された。
さすがに鬱陶しくなったので、こうして誘いに乗ったのである。
少し我慢するだけだと自分を言い聞かせている。
宿屋の一室にて、レナは棚に並べられた酒瓶を吟味していた。
そのうち何本かをテーブルに持ってくる。
床には空の瓶が転がっていた。
大半はレナが飲んだものだ。
僕は酒が好きではない。
嫌いでもないのだが、再生能力のせいで基本的に酔えないのである。
昔から飲酒しない性質なので、嗜好についてはあまり関係ないのかもしれないが。
二つのグラスに酒を注ぎながら、レナは嬉しそうに語る。
「墓守の勇者が村を滅ぼした。その噂を聞いた時、大いに興奮したものだよ。すぐに会いたいと思ったね」
「稼げると思ったからか」
「それもあるけど、君に興味があったんだ」
レナは酒を飲み干して言う。
追加を注ぎつつ、彼女は息を吐いた。
そして、じっと僕を観察する。
並々ならぬ好奇心がそこにあった。
彼女は小さく笑うと、グラスを持って呟く。
「まさか、本当に魔王を倒せるとは思わなかった。私の予想が大きく外れたのは、あれが初めてだった」
レナの言葉には喜色が含まれていた。
自らの考えとは違う結果を好んでいる。
当時の彼女の心境は定かではないが、それなりの衝撃があったのだろう。
とは言え、あの地獄のような日々を過ごした身としては何も嬉しくない。
なるべく感情を見せないように意識しながら応じることにした。
「僕の功績じゃない。皆のおかげだった」
「知っているよ。これを探すために調べたんだ」
レナは椅子に立てかけた魔剣を見せる。
魔王討伐の過程はあまり知られていない。
唯一の生き残りである僕が話すことを拒んだためだ。
レナは各地を巡って情報を集めたに違いない。
(熱心なことだ)
それほどまでして魔剣を欲したのだろうか。
確かに金を積んでも手に入らないほどの一級品である。
レナが必死に捜索したがるのも理解はできた。
半ば呆れていると、レナがふと真顔になった。
いつもの飄々とした笑みを消した彼女は、僕の瞳を見ながら言う。
「勇者の使命は終わった。君はその先へ進もうとしている。血塗られた歴史を刻むことになると理解しながら」
「……僕を非難したいのか?」
「とんでもない。尊敬しているよ、本当に。臆病な私には選べない道だ」
レナから自嘲めいたものを感じた。
彼女らしくない姿だ。
冗談には見えない。
本音が覗いた気がした。
思わぬ反応を訝していると、レナは不意に僕の両手を掴んできた。
咄嗟に振りほどこうとするも、彼女はなぜか放さない。
その状態でレナは僕に向かって告げる。
「英雄譚のその後を見せてほしい。悲劇だけでは終わらない所をね」
真っ直ぐな眼差しだった。
強靭な意思が込められている。
その力強さに目を逸らせなかった。
僕にできたのは、疑問を口にすることだけだ。
「一体、何を考えている?」
「――いけないな。少し飲みすぎたらしい。久々に酔ってしまったよ」
僕の手を放したレナは勢いよく立ち上がる。
彼女は軽く嘆きながら肩をすくめると、こちらを向かずに出口へ向かった。
扉を開けたレナは、手を振りながら発言する。
「明日、物資の調達をしてくるから、留守を頼むよ。裏切らないから安心するといい」
レナは僕の返答を待たずに立ち去った。
その場に残された僕は頬を掻く。
傭兵レナは、つくづく考えの読めない人物であった。




