第35話 勇者は傭兵を怪しむ
レナが懐を探り、一枚の羊皮紙を取り出した。
それを振りながら、彼女は大げさにため息を洩らす。
「王国は落ちぶれたね。色々と駄目になった。私に出し抜かれた時点で三流さ」
レナが羊皮紙を捨てる。
めくれ上がって地面に落ちたそれに注目する。
細かな文字の羅列が、少しの隙間もなくびっしりと書き込まれていた。
「これは……」
「王国と交わした魔術契約書だよ。私が逃げ出さないように署名させられたんだ。もう無効化しているけどね」
レナはそう言って肩をすくめる。
爪先がさりげなく魔術契約書を踏んでいた。
おそらくわざとだろう。
しかし、それより気になる言葉が出てきた。
僕はすかさず指摘する。
「契約内容を破棄すれば、相応の代償があるはずだ」
「何事も抜け道があるものさ。その気になれば、いくらでも細工ができる。私を頼った時点で失敗ってわけだ」
当然の如く述べたレナは、嘲るように舌を出した。
それが王国に対する彼女の印象だろう。
本来は破棄できない魔術契約書だが、レナは傭兵としての伝手を駆使し、何らかの手段で無効化したらしい。
やはり油断ならない人物である。
一流の魔術師でもまず不可能とされる行為を、あっけなく実現してみせたのだ。
彼女自身、魔術師として特別優れているわけではない。
よほどの非合法的な手段を見つけたのだろう。
意地の悪い笑みを浮かべるレナは、ふと何かを思い出したような顔になる。
「そうそう、君との協力だけど対価は払わせてもらう」
彼女は両手を胸に当てた。
そして、自分を指し示すような仕草を取る。
「私という戦力の提供。単純だけど魅力的じゃないかな。人手が足りなくて困っていそうだし」
「…………」
彼女の指摘は正しかった。
現在、死園には僕達三人しかいない。
戦力的には不安が残る。
外出はこうして全員で出かける必要があり、その間は死園は放置していた。
仮にレナが滞在する場合、非常に助かる面が大きいのは確かだった。
「自慢になるけど、それなりに強いよ? 留守を任せることだってできる」
「しかし信用ならない」
「まあそうだよね。新しく魔術契約でも結ぶかい?」
レナは捨てた魔術契約書を拾って僕に見せてきた。
おそらく冗談のつもりだろうが、まったく笑えなかった。
小さく嘆息したレナは、魔術契約書を破りながら微笑する。
「私に信頼を求めるくらいなら、悪魔の慈愛を引き出す方が簡単だろう。それを承知の上で手を結ぼうじゃないか」




