末路
少なからず、雄造の体が高圧電流を溜め込める構造になっていることは間違いない。裏を返せば、彼は普通に電撃を浴びたくらいでは死なないということだ。無論、ありさはそれを理解していた。だからこそ彼女は頭部を狙ったのだ。厳密には、彼女の狙ったものはその内側にある。
(あの高圧電流の威力は、電柱の根元を粉砕するほどだ。それを頭からもろに受ければ、頭部の激しい振動によって脳が損傷するだろう。あの男には感情があったし、アイツは鉄の頭皮の下に生身の脳を持っているはずだ)
それがありさの見いだした突破口であった。この冷静な判断が決定打となり、雄造は脳を失った。
要するに、彼は人間としての心を失ったのだ。
脳による制御を失ったコンピューターが暴走し、雄造は周囲にあるものを無差別に破壊し始めた。ただ「目に映るものを壊す」というプログラムに従って動いている彼は、この上なく無機質な表情をしていた。四方八方に向けて放たれる電撃は敵と味方を区別しない。感染者も、軍人も、何もかもが破壊されていく。この光景を前にしてもなお、ありさは冷静な佇まいで風音を探し続けた。
――――その時である。
「ありさ! なぜここに!?」
彼女の背後から、聞き覚えのある声がした。意外にも、風音は自らこちらに出向いてくれたようだ。しかし、今は安堵を覚えている場合ではない。破壊者と化してしまった雄造が近くにいる以上、悠長に再会を喜んでいる暇はないだろう。
「逃げるぞ……風音!」
ありさはそう言ったが、風音は彼女の手を振り払った。風音には、まだこの場所を離れることのできない理由がある。
「一体、あのおっさんどうしちまったんだ?」
そんな懸念が彼女の足を引き留めていたのだ。あの日、雄造は彼女を殺すことを約束していた。その彼も、今となってはプログラムが暴走したロボットでしかない。この現状を目の前にして不安を隠しきれない彼女に、ありさは全てを説明する。
「私があの男を殺した。今の私たちの目の前にあるものは、ただの鉄くずに過ぎない」
「言ってることがわからねぇよ! おっさん、どう見ても動いてるじゃねぇか!」
「宮間雄造という男は、機械に取り付けられた脳の断片でしかない。そして、私はそれを殺したんだ。生身の脳による制御を失ったCPUは、何らかの形で動力を失うまで体を酷使し続ける」
「嘘だろ……おっさん……」
「化け物になることを拒んだ原罪者の末路にしてはあまりにも報われないな。あれは、まるで機械の化け物のようじゃないか」
実に皮肉な話である。あの男が多くを犠牲にして手に入れた金属の肉体は、彼自身をバベルの感染者以上に危険な存在に作り替えてしまったのだ。彼にはもう、大切な者を守ることなどままならない。
風音は彼の目を覚まそうと試みた。
「次に会う時は敵同士って言ってたじゃねぇかよ……おっさん。オレを殺さなきゃいけねぇのは、こんな意志のねぇガラクタなんかじゃねぇ! 信念を持ったアンタだ!」
その声には周囲に鳴り響く爆音をはねのける勢いがあったものの、それが雄造の心に響くことはなかった。何しろ、彼はもう心など持ち合わせていない。二人の間で交わされていた約束は、思わぬ形で破られてしまった。
悲しみに打ちひしがれる彼女の背中には、哀れみの眼差しが向けられていた。その目は虚ろでありながらも、どこか信念と優しさを感じさせるものであった。淡々と事実を語っているありさにも、彼女を気の毒に思う気持ちはあったのだろう。
「死人に何を伝えても無駄だ。それに、あのロボットは燃料を使い切り次第、どうせ否が応でも動かなくなる。もちろん、その運命を覆すことは風音にも出来ない」
その声色は、徐々に罪悪感を帯びたものと化していた。無論、風音もこの気持ちを汲めないほど幼くはない。インダルジェンスとして生まれてしまった以上、原罪者との対立は避けられない――――彼女はそれを理解している。ゆえに、彼女がありさの行動を責めることもない。
風音は己の無力さを悔やむばかりだ。
「チ……チクショウ……」
「風音が無事で良かった。さあ、私と逃げよう」
「ああ、わかったよ」
二人はその場から立ち退き、炎に包まれた街を駆け抜けていった。このまま逃げ切ることができれば、ありさは雄造に勝利する。それと同時に、インダルジェンスと原罪者の間で繰り広げられていた戦争にも終止符が打たれることとなるだろう。ビル群の残骸の隙間からは、終焉を迎えようとしている世界が顔を覗かせていた。




