種明かし
様々な地域に感染者が続出する一方で、朱朔はまだ山の奥にいた。ここ数日の間で起きていることは、全て彼の思惑通りである。
「そろそろ、感染者が増えている頃でしょうね。それも、今までとは比べ物にならないほどに」
感染の被害を急激に拡大させたのは、他ならぬこの男であった。ありさは耳を疑い、ポケットから携帯ラジオを取り出した。そのラジオの電源を入れ、彼女は今放送されているニュースに耳を傾けた。
『速報です。バベルの被害は、ここ数日の間で著しく広まっているもようです。今現在ではまだ感染者のいる地域に近づくことが難しく、死傷者のおおよその数も確認が取れていませんが……』
(なるほど、山の下は深刻な状況らしいな……)
『……その数は、日本において過去最多となると推定されています。また、この騒ぎによりっ……』
――――ニュースはここで途切れる。ラジオ越しに、大きな物音や銃声が聞こえてくる。そして騒音が止まるや否や、ラジオからは何も流れなくなった。スタジオで起きていることを想像するのは、実に容易いことである。
ありさは驚愕しつつ、思考を巡らせた。
(朱朔さんのことを侮ってはいけないのは今に始まったことではないが、これはいくらなんでもおかしい。一体どんな火種を撒けば、こんな事態を意図的に引き起こせると言うんだ?)
地下水路を去ってから今に至るまで、朱朔はずっと山奥にこもっていた。反逆の会のメンバーが物資を取りに地上に向かうことは多々あったが、彼らは計画の内容を話されてはいない。
つまり、この事態は山奥で仕組まれたことになる。
この男が何をしたのか――――それが気になって仕方のなかったありさは、本人に直接尋ねてみることにした。
「一体、何を仕掛けたのですか?」
「ここにインダルジェンスを集め、川の水をバベルで汚染しました」
「……!?」
からくりは明かされた。高濃度のバベルに水源近くを汚染された川は、本川のみならず派川の下流にもバベルを運んでしまうだろう。不特定多数のインダルジェンスと繋がっている朱朔にとって、これを実現するのはいとも簡単なことだ。しかし、彼があの場ですぐにそれを思いついていたという事実には驚かざるを得ない。
「しばらく、軍の方々は感染者の駆除に手を焼くでしょう。その間、山奥に身を潜めている我々の身の安全は保障されていると言っても過言ではありません」
これは反逆の会にとっては非常に喜ばしいことだ。反逆の会の頭脳とも言える男の冷静な判断により、彼らは安全圏を確保したのだ。
ただ一人、ありさだけは現状に不満を抱いていた。
「風音は……」
「考えるだけ無駄なことです。今は自分たちにできることだけをしていきましょう」
「こんな山奥で、何ができると言うのですか」
彼女にとって、風音は妹のような存在だ。二人が共に過ごしてきた時間は短いが、それでも彼女は風音に妹の影を重ねてきたのだ。
かたや朱朔にはあの少女に対する思い入れがなかった。ありさが偽りの妹を心配している中、彼はもう一つの計画を進めていたらしい。
「少なくとも、僕は我々の稼いだ時間を使って、大きな準備を進めているところですよ」
「大きな……準備……?」
「五日後、全ての原罪者が地上から姿を消します」
大胆不敵な宣言だが、この男ならそれを成し遂げてもおかしくはないだろう。羽柴朱朔という男からは、何事も完遂できるという圧倒的な説得力が感じられる。しかし、他人への影響力を持っているのは彼だけではない。ありさは密かに風音の影響を受けていた。
「……朱朔さん。風音の言っていた『インダルジェンスの村』――――今ならできる気がしませんか。バベルの汚染を受けた地域には原罪者は立ち入れませんから、今では広範囲が我々のテリトリーということになります」
「ずいぶんとあなたらしくないことを仰いますね。結論から申し上げますが、そんなことは不可能です」
「どうしてですか?」
「原罪者からしてみれば、我々がいつテリトリーを広げるための侵略行為を始めるかわかったものではありません。彼らはインダルジェンスを信用していないでしょうし、間違いなく我々を根絶やしにするでしょう」
「それも……そうですね……」
やはり、インダルジェンスと原罪者が和解するのは難しいだろう。どちらかが絶滅するまで、この戦いは終わらない。




