番外・カナタ視点
召喚を始めた瞬間、これはやばいと気付いた。
今日は待ちに待った従魔召喚の儀だ。学校で保有している魔法陣は一つしかなく、また、不測の事態に対応するために教官が三人付くので、儀式は多くても一日に三人程度しかできない。一発で従魔が決まるとも限らないから、儀式は成績順の順番待ちとなる。俺は上の下といったところだから、割と早めに回ってきた方だ。
教官が付いているとは言っても、召喚陣の中に入れるのは術者と呼び出した魔物だけだから、魔物に敗北すれば死も十分あり得る。交渉決裂で魔物を強制送還してから実際に魔物が元の場所に戻るまでには、一分ほどのタイムラグがあるのだ。失敗した生徒がその間に殺されてしまわないように護衛役として教官が控えているのであって、送還どうこう以前に速攻で殺されてしまえば教官は何もできない。
ちなみに毎年、この儀式で死ぬ生徒は一定数いる。今年も死なないまでも、自分の召喚した魔物に大怪我を負わされたクラスメートは既に出ている。
強い魔物を従魔にできれば、それだけ自分も強くなれる。従魔と人間は、魔力を共有できるからだ。だからつい自分と同じくらいの強さの魔物を召喚して、その餌食になる人間が後を絶たない。魔法陣維持の負担は全てこちらに降りかかる上に儀式中の魔物は傷付くことがないのだから、この儀式は人間が圧倒的に不利なのだ。契約を結ぶことを望んでいるのが、人間側なのだから仕方がない。人間と従魔は一応対等な関係で結ばれはするが、魔物の方はわざわざ人間と繋がらなくても問題ないことが多いのだ。
とにかくそのような事情があるので、よほど例外的な場合を除けばこの儀式で呼び出すのは自分よりも格下の魔物であることが基本だ。あと一年残っている学生期間で、従魔となった魔物をできるだけ鍛えるのである。
……だから、例えば、自分よりも圧倒的に強い存在なんて召喚するのは論外である。そう、今の俺のように。
ナギ。それは、一年と半年ほど前に拾った、小さな魔物だ。大怪我をしているところを見捨てられず、助けた。魔力はほとんど感じられなかったので最弱クラスの魔物なのかと思っていたら、流暢に言葉を話すので驚いたものだ。しかもとても賢い。少し見栄っ張りで意地っ張り、プライドは高めだが分かりやすくて義理堅く根は優しい性格のその小さい獣のような魔物に、気付くと友人のように接していた。一年半後に呼べ、と言い残してさらっと去って行ってしまった後にはしばらく落ち込んだものだ。
あの弱さ小ささであそこまで賢いということは、きっと高位魔物なんだろうとは思っていた。犬科のような猫科のような子獣の姿は、見慣れないものであったし。だからこの一年半で急成長を遂げて、一気に強くなっている可能性も考えないではなかった。だが、それにしたってあり得ないほどに、ナギを召喚しようとしている魔法陣が重い。格が違う。それを、召喚前から肌で感じた。
(やばい……どうする)
「カナタ・リンファルド⁉︎ すぐにやめなさい、何を召喚するつもりですか⁉︎」
陣の外から、焦ったような教官の声が聞こえてくる。確かにこれは焦るわな。コレを召喚したら、普通なら俺の死亡は確実だろう。B……いや、A級レベルの魔物かもしれない。ちなみに召喚の適正レベルはD級だ。
(でも、俺が今呼んでんのはナギなんだよなぁ……)
あの子どもの魔物に何があったのかは分からない。だが、小さな友人が俺に危害を加えるかというと、それはないと思えた。
初日に俺がうっかり上から急に手を伸ばして驚かせてしまったとき、一度だけあいつに噛まれたことがある。血は出たが正直大した傷ではなかったのに、あいつは泣きそうになりながら謝ってきた。怪我をそのままにしようとする俺に必死の形相で治療をするように強要してくるし、その直後に抱き上げた時には口では文句を言いまくっていたが決して暴れようとはしなかった。下に降ろしてやったら元気そうにしていたので、ボロボロの体が痛かったとか動かなかったとかではなく、きっと傷付けることを恐れたんだと思う。翌日も口には出さなかったが俺の傷をしきりに気にしているのが分かりやすくて、こっそり笑ってしまった。
そんなあいつだから、きっと、大丈夫な気がする。従魔にしたいなんて高望みしなければの話だが。ここまで力の差があるのに俺程度がそんなことを言ったら、あいつもさすがに怒るかもしれない。だが、一目見るために召喚するくらいなら全く問題ないだろう。そもそもあいつの側も、嫌なら来るのを拒否することだってできるんだ。
そう考え、俺は教官の言葉を無視した。後でお叱りを受けるだろうな。
そうして召喚された魔物は圧倒的な存在感を放っていて、俺はすぐには声をかけることができなかった。力強い魔力に、獅子と狼を混ぜたような凛々しい立ち姿。毛皮は灰銀色で、背中や尻尾のように鮮やかな銀色の箇所もあれば、腹や首のように白に近い部分もある。そういえばちっこいナギは灰色で、犬系のような猫系のような微妙な姿をしていたな、とぼんやり思い出した。これは、この綺麗な生き物は、なんという魔物なんだろうか。少なくとも今までに同種を見たことはないから、かなり珍しいんじゃないかとは思うが。
「カナタ・リンファルドぉ!」
見惚れていた俺は、教官が叫ぶように俺の名前を呼んだことで我に返った。送還するようにと指示を出されているが、従う気にはなれなかった。大丈夫だ、こんな格上が俺のものになるなんて、そんな大それたことは思っちゃいない。
獣がゆっくりとこちらを向いて、俺の名を呼んだ。その声で、確信する。こいつは確かに、あのナギだ。俺は少しだけ震える声で、できるだけ自然に答えた。震えていることがばれないように、精一杯に虚勢を張って。
数時間後。俺に寄り添うその獣の綺麗な毛皮を丁寧にブラッシングしてやりながら、俺は思う。人生というのは、本当に何が起こるか分からないものだ、と。
というか一年半前はボロボロだったから子供の姿をしていただけであの時点から本当の姿はこれだったとか、完全にふざけている。だが、その事実に放心する俺を見てナギがあまりに機嫌良さげに尻尾を振るから怒る機を逃してしまった次第だ。
「カナター」
「ん?」
「お前毛づくろい上手いな」
「ブラッシングな」
ナギは気持ちよさそうに寝転がっている。強くて凛々しい獣のこういう面というのはなんというかこう、心を擽るものがあると思うんだ。そんなことを思いながらより一層ブラッシングに力を入れてしまう俺は、自分が将来ナギ専属の世話係になってしまいそうでとても心配である。
これにてこの話は終了となります。
お付き合いいただきありがとうございました。