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第12話:心の揺り籠と偽りの記憶

音なき殺戮者を退けたことで、森の雰囲気は一変した。不気味な木々は姿を消し、代わりに、手入れされた庭園のように美しい木々が立ち並ぶ。


やがて俺たちは、森の最深部にある広大な円形の広場にたどり着いた。そして、その光景に絶句した。


広場の中央には、巨大な水晶でできたかのような、巨大な一輪の花が咲き誇っていた。花びらは淡い虹色に輝き、ゆっくりと明滅を繰り返している。そして、その花の周囲には、消息を絶った王国の騎士団や冒険者たちがいた。彼らは全員、まるで祈りを捧げるかのように花に向かって膝まずき、その表情は、恍惚とした、至福の笑みを浮かべていた。生きている。だが、その瞳には何の光も宿っていない。


「…これが、『神隠し』の正体…」


セリアですら、花の放つ hypnotic な光に抵抗するのがやっとのようだ。この花は、生命の意識そのものを糧とする、精神の捕食者なのだ。


(サア…此方ヘ…苦シミモ…悲シミモ…スベテ忘レテ…永遠ノ幸福ヲ…)


まずい。抗えない。俺の貧弱な精神力では、あと数秒も持たないだろう。もはやこれまでか、と諦めかけた、その時――。


「本日もスキルガチャの時間でーす!」


最後の希望。俺は最後の力を振り絞ってガチャを回した。


【指定した対象一体に、一度だけ、強烈で鮮明な『偽りの記憶』を植え付ける】


これしかない…! 俺は、この巨大な花の精神に、直接スキルを叩き込む。だが、どんな記憶を? 俺は、花の思考の断片を【マインドエコー】で拾い上げた。


『…ヒトツハ寂シイ…』

『…ミンナトヒトツニナレバ…幸セ…』


―――そうか。こいつ、寂しかったのか。


永い永い時間、この森の中心で、たった一人で咲いていた。その孤独を癒すために、他の生命を取り込んでいたんだ。ならば、俺が植え付けるべき記憶は、決まった。


俺はスキルを発動し、ありったけの想像力を注ぎ込んだ。憎しみでも、恐怖でもない。ただ、一つの温かい記憶。


―――偽りの記憶、創造。


『むかしむかし、この森には、二つの水晶の花が咲いていました。一つはあなた。そして、もう一つは、あなたとそっくりな、もう一人の仲間。二人はいつも一緒でした。あなたは、決して一人ではなかったのです』


俺が創造した「偽りの記憶」が、光の奔流となって巨大な水晶の花に流れ込む。

次の瞬間、花の明滅が、激しく乱れた。広場を満たしていた甘い香りが、ピタリと止む。


『……ア…?』


花から、初めて「戸惑い」の感情が伝わってくる。永遠に続いていた孤独の歴史の中に、突如として存在しないはずの「温かい記憶」が紛れ込んだ。その矛盾が、花の巨大な精神を根底から揺さぶったのだ。


花の輝きが、虹色から、穏やかな黄金色へと変わっていく。そして、花びらから、一粒の大きな雫が、ぽつり、と地面にこぼれ落ちた。


それと同時に、騎士団の兵士たちが、はっ、と我に返ったように一斉に顔を上げた。

「…ここはどこだ?」

「我々は、何を…?」


魂の牢獄から解放された人々が、困惑の声を上げる。水晶の花は、もう誰の意識も縛り付けてはいなかった。ただ、静かに、黄金色の光を放っている。


俺は、Fランクのハズレスキルマスター。そして今、この国最大の謎を、一つの「優しい嘘」で解決してみせたのだ。

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