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それにしても、警部の口は閉じたままである。おそらく仕事が忙しいだけだろうが、機嫌を悪くしている場合も考えられる。心配になった知世は気が利いていそうな言葉を自分なりに選び、小声でささやいた。
「あの、下村くんが下手やっちゃったんですよね」
「ああ」
「犯人じゃなくて、下村くんに手錠をかけたくなりましたか」
「さあ、どうだろうな」成沢はくすりともしなかったが、直後「よし」と電子ファイルを閉じ、顔を知世に向けた。
「どこまで調べた?」
訊かれた知世は瞬時にその言葉を吟味した。しかし、成沢が指しているものがわからず、「何がでしょうか」と問い返した。
「例の五百円玉についてだ」
知世は「ああ」と声を漏らした。なぜ一課の刑事が模造の疑いのある貨幣について知りたがるのか、という疑問は残ったが、ひとまず警部の問いに答えることにした。
「今、鑑識からの報告を待っているところです。午前中には届くはずだったんですが」
「拾われた状況は?拾得届けにもう目は通したんだろう」
「はい」
現時点で知世に渡された唯一の捜査資料。拾得者である女子大生が手書きしたものに、担当警官によっていくつか補足事項が記入されていた。知世は今日朝一で眺めたそれを頭に描きながら、言葉をひねり出していった。
「拾得者は黒内あかねさんという医療福祉大に通う学生です。拾得日時は昨日の午前七時頃。駅前の駐車場で、年配の女性がワンボックスカーから車椅子に移ろうとした際、ハンドバッグを落としてしまったそうです。そのときに小銭が路上に散らばり、それを目撃した学生が近づいて、拾うのを手伝いました。ワンボックスはおそらく介護タクシーだったと思われます。程なくして車は駐車場を出て、女性も車椅子を付添人に押されながら、市街地へと向かいました。その後、現場に残った学生がふと路上に目をやると、あの『純金色の五百円玉』が一枚落ちていた、ということです」




