第20話 虎狼狸の夜 前段
白里様の願いであれば、この鳥目、余さず語ると致しましょう。死に行く熊を送るに相応しい虎狼狸の夜の話だ。
お客人の前で顔も見せずに語るを責めてはくれますまいな。醜悪な見た目ゆえ、姿を見せるが無礼となろう。鳥目が人に示せるはこの声のみ。声のみならば、あるいは美しいとも言って貰えようからに。
河津と沙希がうちらの元へ来たのは五年前のこと。まだ五年か、はたまた早五年か。
当時、世間では虎狼狸が蔓延し、ばたばたと人死にが出ていた。幸い、いや霊水の効あって心水教では病いに倒れる者もなかったが、何処も彼処も、ひっそりと息をひそめるようにしていたものだ。
霊水があるとて無限にあるものでもない。むろん、助けを求めて訪れる者に手を差し伸べもしたが、何もかも誰も彼もとはいかぬ。虎狼狸にかかった者を受け入れて、うちらの中で病が猛威を振るえばそこまで。無体なことと思いながら、門内には入れず、助かる見込みの高そうな者を先としていた。
貴賎、貧富に関わらずと言いたいところ、現実にはそうはならず。斎藤がいつも五月蝿く吠えるように、これだけの所帯を維持するには綺麗事だけでは立ち行かぬ。
地獄の沙汰も金次第。
金があれば、良い薬を飲み、温かく清潔な寝床で眠り、まともな医者にかかることもできよう。河津と沙希は、そうではなかった。
二人が如何にして出会い、縁を結んだか、それは知らぬ。大方、どこぞで攫ってきたか、河津にとっては売り物であったろう。
だが、忘八の手先としては珍しいほど、河津の性根、卑しくはない。それがために生き延び、此処に二人しておるのだ。河津が死にかけていた折に、沙希を頼む、助けてやってくれと懇願されたのを覚えておる。魘されての譫言と、枕元で聞いた話によるが、虎狼狸の夜に至るところも少し。
河津と沙希と、金もないままにあてどなく旅をしていたと聞く。
そんな折、沙希が虎狼狸に襲われたのだ。
此処に来るまでにも、河津の奴は相当に手を尽くして助けようとしたらしい。だが、誰も彼も流行りの死病に触れたくはなし。医者も馴染みも門前払いだ。沙希の体は冷えびえと、意識朦朧の様子。水下痢を垂れ流すがままに背中に負って、最後に心水教の門を叩いたという。
とはいえ、先も告げた通り、此処でも無体な門前払い。仕方なかろう。悪く思うな、虎狼狸を入れるわけにはいかぬ。仕方がないのだ、わかってくれと。
鳥目がそこまで語ったところ、噂をすれば影が差すとはこのこと。仏頂面の河津が、懐手をしながらやって参りました。壊れた壁の外に立ち、倒れている蛙と死にかけの熊を冷たく見つめ、何があったと詰るように問いかけます。仔細を聞いた河津は、体は外に置いたまま手を伸ばして畳の上のドスを拾い上げました。
「熊に蛙に赤黒、鳥目、勢揃いでやられるたぁ、原田とやら見事なもの。白里様が御無事なのは良かったが、なかなか気が抜けねぇや」
抜き身のドスを肩にかけ、鳥目を見、一座を見渡したのでした。
「それで? 熊への手向けの昔話かい。
別に隠すようなことでもねぇ。あっしが話しやしょうか。時には洗いざらいぶちまけたくもなりやすんでね」
ドスを弄びながらの危うい語り。熊が死ぬのを待つような、蛙が生き延びたのを残念がるような、不吉な響きで紡いでの話です。
みなさまを左様な危うい響きに晒すわけにもいきませぬ。河津の語りはさておいて、その頃に遡ってみると致しましょう。五年ほど前、河津と沙希が訪ね来たる虎狼狸の夜のこと。鳥目に継いで、河津に代わって語らせて頂きたく。
さりながら、長い話になりそうです。夜も更けて参りましたので、一度、お休みになられては?




